包囲陣の結末
配置に付く時間になっても、相変わらずハッキリとしない空模様が続いている。
雲の切れ間から月が顔を覗かせたかと思えば、真っ黒な雲が大粒の雨を降らせたりする。
ジットリと湿気を含んだ風は、南から吹いてくるらしく生暖かい。
夜だというのに、不快指数の針が上がり続けている感じだ。
俺達チャリオットは、見通しの良い牧草地の中で距離を取って川の方向を監視している。
他のメンバーには申し訳ないが、監視をしている間、空属性魔法で三畳間ほどの空間を仕切り、魔法陣を使ったエアコンを試作してみた。
「ふにゃぁ……カラっとして、涼しくて、天国にゃ……」
小型の送風機も作って、服の中に風を入れると一層快適になった。
居眠りしている暇が無いのが残念だけど、他の人に比べたら随分と楽をさせてもらっている。
「まぁ、出番が来たらフルパワーで働くから勘弁してもらおうかにゃ」
空属性魔法で作った壁で仕切った空間にいるので、呼子笛の音を聞き逃さないように、外の空間に集音マイクをいくつか設置しておいた。
これなら自分の耳だけで聞くよりも、早く、確実に音を拾えるはずだ。
日付が変わる頃まで小降りだった雨脚が強くなり始め、昨夜と同じぐらいの時間に呼子笛が鳴った。
ピ────ッ! ピ────ッ! ピ────ッ!
「上流だ、行くぞ!」
ライオスが声を掛ける前に、チャリオットのメンバーは全員笛の音を目指して走り始めていた。
笛の音が聞こえて来る方向の空に、明りの魔法陣を並べて闇を払う。
セルージョやガドだけじゃなく、シューレでさえも水をたっぷり含んで柔らかくなった足元に注意を奪われているが、ステップの上を走る俺には関係ない。
「先に行きます!」
ライオスを追い抜いて、更にスピードを上げると、遠くの暗がりに大きな影が動くのが見えた。
その上空に明りの魔法陣を配置した途端、エメラルドグリーンの巨体が一瞬ブレて見えるほどの速度で動いた。
「うがぁぁぁぁ……」
鋭く振り回された尾によって、数人の冒険者が宙に舞う。
次の瞬間、大きく身を捩ったヴェルデクーレブラが、空中で無防備になった冒険者に牙を剥いてガッチリと咥え込むと、水飛沫を上げて逃走を始めた。
逃走する方向に、行く手を阻むように上空から砲撃を行ったが、身をくねらせるヘビ特有の動きに狙いが定められない。
しかもヴェルデクーレブラの動きは、想像していたよりも速く、あっと言う間に木立に紛れ込み、川の方角へと姿を消してしまった。
ヴェルデクーレブラの囲い込みが行われていた場所に着くと、何人もの冒険者が水の浮いた地面に倒れ込んでいる。
どうやら、尾で薙ぎ倒されただけでなく、何人かは毒を食らわされているようだ。
救護がしやすいように、明りの魔法陣を浮かべて辺りを照らしてみたが、殆どの冒険者が泥だらけで誰なのか判別が出来ないほどだ。
「水だ水! 毒を食らった奴は、とにかく水で洗い流せ!」
「誰か、水属性の魔法を使える奴はいないか!」
噛み付かれて牙から毒を注入されたのではなく、吐き掛けられただけみたいだが、体に浴びただけで手足が痺れて身動きが取れないらしい。
こんな毒を飲んでしまったら、助からない気がする。
「おいっ、しっかりしろ! 誰か、ポーション持って来い!」
バシャバシャと水を浴びせられていたにも関わらず、一人の冒険者がガクガクと体を痙攣させて泡を吹き始めた。
麻痺が手足の筋肉だけでなく、全身に広がっている感じだ。
ヴェルデクーレブラの毒は命を奪うものではないと聞いたが、この容態はもっと深刻に見える。
「しっかりしろ! すぐポーション持って来るから、頑張れ! おいっ、おいっ……くそぉ……」
全身を揺さぶっていた痙攣は次第に収まっていったが、冒険者はそのまま動かなくなってしまった。
これまでに現れたものよりも強力な個体なのか、それとも過去の認識が誤っていたのか分らないが、ヴェルデクーレブラの毒は致死性と考えるべきだろう。
結局、毒を食らった冒険者二名が命を落し、尾で薙ぎ払われた一名が首の骨を折って絶命、連れ去られた一名を加えると、今夜だけで四人の冒険者が命を落とした。
多くの冒険者は、負傷者の救護などに動いていたが、中には座り込んだままで立ち上がれない者達もいる。
ヴェルデクーレブラの猛威に心を折られてしまったのだろう。
もしかすると、明日にはイブーロに戻る冒険者が出るかもしれない。
ワイバーンを討伐した時も、物見遊山で見物に徹するつもりで来ていた連中は、野営地まで襲われると知ると引き上げていった。
今回は野営地まで襲撃されることは無さそうだが、討伐の現場は命懸けだ。
毒を吐き掛けられるだけで命を落とすのでは、大盾を持たない者では接近するだけでも危険を伴う。
討伐すれば名誉も金も手に入るのだろうが、死んでしまったら元も子もない。
果たして、明日は何人の冒険者が残っているだろうか。
救護活動が一段落すると、みんな野営地に向けて引き上げていく。
獲物を手にしたヴェルデクーレブラは、今夜はもう姿を見せないだろう。
引き上げて行く一団の中には、ジルの姿があった。
「ジルさん」
「おぉ、ニャンゴか、攻撃に明りに、本当に多才だな」
「まぁ、出来る事をやってるだけですよ。それより、ヴェルデクーレブラなんですけど、現れたのは昨晩と同じ場所ですか?」
「いや、少し下流寄りだな。昨晩現れた辺りには俺達が張ってたんだが、特定の餌場を持つタイプじゃねぇかもしれねぇな」
「じゃあ、明日もこの辺りに現れるという確証は無いんですね?」
「そうだな、それに今夜は包囲する所まではいったし、ニャンゴも攻撃を仕掛けたから、違う場所に現れる可能性も考えるべきだろうな」
太さは一メートル以上、長さは軽く十メートルを超え、強力な毒を吐き、尾の一撃で冒険者を薙ぎ払う。
そんな屈強な身体を持ちながら、動きが速く、獲物を仕留めたら迷わず逃走する。
「出現場所が分っていても討伐するのは大変そうですよね」
「ブロンズウルフ以上、ワイバーンと同じくらい厄介だな」
いずれにしても、夜が明けてからの打ち合わせで対策の変更があるだろう。
「ニャンゴ、明日の打ち合わせには参加してくれないか?」
「俺もですか?」
「ブロンズウルフの時も、ワイバーンの時も、結局止めを刺したのはニャンゴだし、イブーロの最大火力を温存したままで敗北を続けるほど馬鹿な話は無いだろう」
「まぁ、俺が近くにいれば毒の直撃は防げますから、被害は減らせますね」
「それだけでも大違いだぞ。実際、毒の一撃で包囲がガタガタになってたからな」
「でも、どこに現れるのか、今日と同じ辺りに現れてるなら対応出来ますけど……」
「そうなんだよなぁ……裏をかかれたら、ニャンゴが駆けつけるまで持たせられるかどうかだな」
少なくとも今日と同じ距離で包囲しても、結果は同じになりそうだ。
野営地へ戻って一眠りして朝食を済ませたら、騎士団から招集が掛かったのでライオスと共に出向いた。
二日連続での惨敗、しかも昨晩は一度に四人の冒険者が犠牲になっているので、騎士団の方針に疑問を挟む者が目立った。
騎士団側もヴェルデクーレブラの脅威が予想を上回っている状況に戸惑っているように見えて、なかなか次の作戦が決まらない。
俺は聞き役に徹していたのだが、騎士団を指揮する隊長から意見を求められてしまった。
「エルメール卿、何かご意見はございませんか?」
「そうですね……まず包囲陣形は被害を大きくしそうなので見直しませんか?」
「そう申されますと?」
「理由は二つあって、一つは包囲した後に昨夜のように討伐出来なかった場合、ヴェルデクーレブラは逃げるために包囲を破らなければなりません。そうなると、包囲を破られた場所では当然犠牲が出てしまいます」
「なるほど……確かにそうですね」
「もう一つの理由は、包囲陣形だと流れ弾が味方に当たる恐れがあって、思い切った攻撃が出来ません。俺がワイバーンを仕留めた時の砲撃を放って、避けられてしまったら反対側にいる冒険者を何人吹き飛ばすか分りません」
砲撃が同士討ちになるかもしれないと話すと、集まった冒険者がどよめいた。
この中には、ワイバーンの討伐に参加していた者も混じっているのだろう。
脱皮したてとはいえ、ワイバーンの胸板を貫通するような一撃は、俺でも食らいたくない。
「では、エルメール卿は、どのように討伐を進めるべきだとお考えですか?」
「まずは隠れ家を見つけませんか?」
「しかし、どうやって追い返せば良いのです?」
「それなら……餌を使ってみませんか? 羊を何ヶ所かに囮として繋いでおいて、ヴェルデクーレブラがどこに戻っていくのか探り、隠れ家で安心しているところを一気に叩くというのはどうでしょう?」
「ですが、巣の場所が分かったとしても攻撃出来ますか?」
「さぁ、それは隠れ家の場所次第ですが、特定してもらえれば攻撃する術はあると思いますよ」
姿を現したら即攻撃を開始すべきだという意見も出たが、結局一番被害が少なくて済みそうな俺の意見が採用された。





