対策の変更
幌馬車の周囲に明かりの魔法陣を設置し、出入口に使っている後方へ屋根を作ったところで呼子笛の音が途絶えた。
幌を開けて顔を覗かせたライオスも、川の方角を見やりながら耳を澄ませている。
「出ますか?」
「いや、少し様子をみよう」
野営地に残っている他のパーティーも、起きて明かりは灯したものの飛び出して行く者はいない。
大粒の雨が降り続けているし、地面には水が浮いている。
呼子笛の音が続いているならば、ヴェルデクーレブラとの格闘が続いているのだろうが、笛の音が途絶えたという事は、討伐されたか逃げられたか結果が出ているはずだ。
今更雨の中を駆け付けたとしても、おこぼれに預かるのは難しいという判断だ。
そのまま三十分ほど待っていると、俺達と交代で監視に出ていた冒険者達がゾロゾロと引き上げて来た。
雨に打たれ、成果も無く、どの顔にも覇気が見受けられない。
その中に混じって戻ってきたジルに、ライオスが声を掛けた。
「ジル、何があった?」
「上流にいた冒険者が一人やられた。隣で見張っていた奴が、用を足しに持ち場を離れた瞬間を狙われたようだ」
「毒は?」
「使ってないみたいだな。川の中から一気に食らいついて、そのまま川に引きずり込まれたらしい」
ジルも直接現場を見た訳ではなく、犠牲になった冒険者の近くにいた者から聞いたらしい。
「上流、下流、どっちに逃げたんだ?」
「そいつも分からねぇ。なにせ、この暗さで、この雨だから、川に潜られたらお手上げだ」
「雨季が近いし、このまま雨が続くようだと厄介だな」
「まったく、この雨じゃ野営するのも嫌になってくる。うちにもニャンゴみたいな空属性魔法の使い手が欲しいぜ」
空属性魔法で作った屋根を見上げて、ジルがしみじみと言うのも無理は無い。
本降りの雨の中で野営するのは楽じゃない。
自前の馬車を持っているパーティーは、大きな幌布でタープを張ったりして煮炊きする場所を確保しているが、それでも晴天の時と較べると自由度が大きく下がる。
その点、チャリオットは俺が自由に屋根を設営出来るので、雨中の野営も楽に出来るのだ。
「とにかく、今夜のところは惨敗だ。騎士団の連中も仕切り直すと言っていたから、夜が明けてから集まれって言って来るだろう」
「そうだな、ジルも休んでくれ」
「あぁ、そうさせてもらうが、快適に……とはいかないだろうな」
雨の中を戻って来た冒険者の多くは、薄手の革を使ったポンチョのようなレインコートを着ているが、膝から下はぐしょ濡れだ。
天幕の中も、下手をすれば浸水してくるだろうし、そうでなくとも湿気が籠って快適とは言い難い環境だろう。
「ニャンゴ、俺達も朝まで休もう」
「はい……」
ライオスと一緒に、俺も幌馬車の中に入って休む。
シューレが怪しい視線を向けてきたが、両腕で×印を作って抱き枕は拒否した。
不満そうな表情を見せていたが、討伐依頼中なので諦めたようだ。
幌馬車の荷台はそれなりに広いが、パーティー全員で横になると流石に手狭に感じるので、空属性魔法で寝床を作って丸くなる。
ついでに、吸湿の魔法陣を使った除湿機も作っておいた。
構造は至って簡単、筒の中に吸湿の魔法陣と風の魔法陣をセットして、排水用の管を付けただけだが効果は絶大だ。
筒を通り抜けた空気は、明らかに乾いてサラっとしているし、排水用の管からはチョロチョロと水が滴り落ちてきた。
排水は馬車の外へと送り出せば、外が本降りの雨の中とは思えないほど幌の中の湿度が下がった。
夏場は、ここに冷却の魔法陣を追加すれば快適に眠れるだろう。
てか、カリタラン商会にエアコンの魔道具開発を勧めれば良いのか。
日本のエアコンのように、室温に応じて自動で運転とかは難しいだろうが、除湿冷房が出来れば夏が快適になる。
イブーロに戻ったら、レンボルト先生に魔道具検証の結果を伝え、ついでにカリタラン商会にも行こう。
変な時間に起きて、変な時間に眠ったので、ウトウトしたと思ったらすぐに朝になってしまった。
「ニャンゴ、朝よ……」
「うにゃ? もう……?」
「ニャンゴ、これは何? 乾いた風が出てくるけど……」
「それは、除湿機の試作品」
寝る前に作った除湿機の前には、ミリアムが陣取って風にあたっている。
うん、うん、分かる、分かる、雨の日は毛がジットリしてきて気持ち悪いんだよね。
「ニャンゴ、早く魔道具屋に知らせて製品化させて……」
「はいはい、帰ったらね」
シューレもミリアムも風属性の魔法が使えるけど、風属性の魔法だけでは湿った空気が動くだけでカラっと乾燥させられない。
もう少し早く吸湿の魔法陣を知っていれば、雨季までに製品化が間に合ったかもしれないが、それは言っても仕方のないことだろう。
夜が明けたけれど、空は厚い雲に覆われていて辺りは薄暗い。
夜半ほど強くはないが、雨も降り続いていて、野営地の地面はぬかるんできていた。
チャリオットの馬車の周辺は、野営を始める前にガドが土属性魔法で硬化させているので、水溜まりは出来ているがぬかるみにはなっていない。
こうしておかないと、下手をすると車輪が埋まって出られなくなる恐れがあるのだ。
殆どのパーティーが朝食を済ませた頃、昨夜同様に騎士団から召集が掛けられ、ライオスが出掛けていった。
話し合いが終わるのを待ちながら、馬車から降り続く雨を眺めているセルージョの表情は冴えない。
「暗さ、雨、それに足元の悪さ……条件は最悪だな」
「でも、雨が降っているなら、毒の効果は薄まるんじゃないですか?」
「おぅ、そうだな、その点については恵みの雨だが、討伐全体を考えるならマイナスの要素の方が大きいな」
水の中さえ自由に動き回るヴェルデクーレブラはぬかるんだ地面も苦にしないが、討伐する側の冒険者は大きな影響を受ける。
その場で獲物を丸呑みにするなら討伐のチャンスもあるだろうが、昨晩のように獲物を咥えたまま逃亡されたら追いつくことすら難しい。
「どうやって討伐するんでしょう?」
「そうだな、たぶん川岸での監視は中止だろうな」
「それだと、巣の場所が分からなくなるんじゃ?」
「巣の位置を特定するよりも、出て来たところを叩く方を重視するんじゃねぇか?」
セルージョが言うには、昨日のように川岸で監視を続けていれば、川から上がってくる所は見つけられるだろう。
その代わり、川までの距離が短いので逃げられる可能性が高まる。
それならば、もっと川から離れた場所で待ち伏せ、回り込んで川への退路を断って総攻撃を仕掛けるというのがセルージョの予想した作戦だ。
実際、騎士団と各パーティーのリーダーの話し合いで決まった作戦も、セルージョの考えたものとほぼ同じだった。
川岸からは五十メートルほど離れた場所に警戒ラインを引き、そこに昨夜と同様に冒険者や兵士が並んで警戒を行う。
ヴェルデクーレブラに襲われた者は、とにかく川と逆方向へと逃げて、その間に周りにいる者達が包囲を終える作戦だ。
割り当てられた監視場所は、気心が知れたボードメンと隣り合わせの場所になれば良いな……と思っていたのだが、全然離れた場所に配置された。
チャリオットもボードメンも、イブーロでは名前の売れたパーティーなので、主力級の戦力が固まってしまうと他が手薄になると思われたらしい。
「俺達の両サイドは、まだ経験の浅い連中だから、戦力として期待しない方が良いだろう」
「ライオス、戦力を平均化するという目的は分かるが、下手すると俺らだけで戦う羽目になるぞ」
「セルージョの心配は当然だが、なにしろ警戒範囲が広いし、人材には限りがあるから割り切るしかないな」
「おいおい、小僧共のお守りをしながら戦える相手じゃないだろう」
「分っている、だから俺らの持ち場に向かってきた場合には、足止めに徹するしかないだろうな」
「ニャンゴにも足止めさせるのか?」
「そこだな。ニャンゴ、ヴェルデクーレブラを倒せるか?」
「実物を見ていないので断言は出来ませんが、倒す方法はあると思います。ただ……」
「ただ、どうした?」
「雨が降り続いて地面が濡れていたら、雷の魔法陣を使った足止めは使えません」
長さが十メートルを超えるヴェルデクーレブラを動けなくさせるには、相当強めの魔法陣でないと駄目だろう。
下手をしたら、濡れた地面を伝って冒険者まで感電する可能性がある。
「他に足止め出来そうな方法は無いのか?」
「ありますけど、素材の価値を落としたり、他の冒険者を巻き込む可能性があります」
「そうか……とりあえず、いくつかパターンを想定しておいてくれ、少しでも時間を稼いで包囲網を完成させられれば、それだけ討伐できる可能性が上がるからな」
「了解です」
昼食を済ませたら、各自夜に備えて思い思いに休息を取った。
夕方目を覚ますと、一旦雨が上がって雲が薄くなった空は、不気味な赤紫の夕焼けに染まっていた。
 





