初めての友達(カバジェロ)
今回はジェロの話になります。
ルアーナに誘われて向かったのは、ギルドに併設されている酒場だった。
ギルドの酒場は、昼の時間は夜とは別の人物が食事やお茶を提供しているそうだ。
外食なんて、キルマヤに来る途中にグラーツ商会の人達と食堂に入った事しかない。
あまり大勢の人のいる場所では、何か失敗をやらかした時に恥ずかしいと思ったが、ギルドの食堂には数えるほどの人しか入っていなかった。
「ギルドが混雑するのは朝と夕方よ。この時間はギルドの職員のためのサービスみたいなものよ」
「そうなのか……なるほど」
確かにルアーナの言う通り、テーブルについている人の殆どがギルドの制服を着ていた。
キョロキョロと見ていたのを気付かれて会釈されたので、慌ててペコペコと頭を下げたら、くすっと笑われてしまった。
ルアーナは何度も利用しているらしく、慣れた様子でカウンターで注文を伝えていた。
「お昼のセット、お茶には砂糖とミルクをいれてくれる? ジェロは?」
「えっ? お、お、俺も……お、同じものを……」
ルアーナの会計が終わったら俺の順番だと思っていたのに、急に聞かれたので焦ってしまった。
後で知ったのだが、昼のメニューは手間を省くために三種類ほどに限られているそうだ。
ルアーナはまとめて会計を済ませると、俺の分のトレイも持ってテーブルに向かった。
慌てて金を出そうとしている間に、ルアーナは歩いて行ってしまった。
「か、金を……」
「私が誘ったのだから払っておくわ……」
「いや、駄目だ。ちゃんとしたいんだ」
「そう……じゃあ銅貨四枚よ」
「分かった。えっと……」
俺が革袋の中をゴソゴソと探っている間に、ルアーナは小さな人種用の高めの椅子を持って来てくれた。
「とりあえず、座りましょう」
「えっ、あ、あぁ……」
座面の高い椅子によじ上ろうとしていたら、ルアーナが抱え上げてくれて、テーブルとの距離まで調整してくれた。
手助けしてもらえるのは有難いのだが、酒場に入ってから何も出来ていないのに気付いて落ち込んでしまった。
「ちょっと、どうしたの?」
「いや、本当に俺は何も出来なくて情けなくなる。これ、銅貨四枚……」
「ごめん、余計なお世話だった?」
「いや、とても助かってる、ありがとう……」
「うん、次は聞いてからやるよ」
「ありがとう、なるべく自分で出来ることは自分でやってみたいから、そうしてもらえると助かる」
「さぁ、冷めないうちに食べましょう」
メニューは厚切りのベーコンを炙ったものと目玉焼き、それにサラダとパンとお茶が付いて銅貨四枚。
ギルドの職員用価格なので、街中の店よりは割安らしい。
さあ食べようと思ったのだが、向かいの席で食べ始めたルアーナを見てふと気が付いた。
俺は片手なので、ナイフとフォークを一度には使えない。
仕方がないので、ベーコンをフォークで刺して、そのまま齧り付いた。
「熱ぅ! ジュワって……」
齧り付いたら、熱々の汁が溢れ出してきた。
すごく美味いけど、すごく熱い。
「あははは……慌てて食べるからだよ。食べやすいように切ってあげようか?」
「うー……頼む」
「はいよ」
ルアーナが、ベーコンを一口大に切り分けてくれた。
ナイフで切られる度に断面から溢れて来る透明な脂が、さっきの熱々の正体のようだ。
厚切りのベーコンが、こんなに危険なものだとは知らなかった。
切り分けてもらったベーコンをフーフーしてから口に運ぶ。
外側はカリカリで、噛みしめるとジュワっと肉汁が溢れて来る。
肉に染みた塩気と肉汁の味が混然となった美味さに、また涙が溢れそうになる。
「うみゃいな……うみゃい……」
「そう? 普通だと思うけど」
「そうか、これが普通なのか……」
開拓村で口に出来たのは、スープを煮出すのに使い、すっかり味が抜けきってパサパサになった干し肉の切れ端ぐらいだ。
外の世界の普通を知るほどに、開拓村の悲惨さを思い知らされる。
開拓村を思い出すと感傷的な気分になるが、今は目の前の料理を味わうことに集中しよう。
ベーコンうみゃい、目玉焼きうみゃい、パンもフカフカでうみゃい、サラダもお茶もうみゃい、みんなうみゃい。
少しも残さないように食べ終えると、向かいの席からルアーナにジッと見られていた。
「な、何か……」
「ジェロって教会の神父さんみたいだね」
「えっ、神父……?」
「なんかさぁ、食事しているのにお祈りを捧げているみたい」
「お祈り……」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
外では普通と思われている食事すら口にできず死んでいった知り合い達に、食べながら無意識に祈りを捧げていたような気もする。
「でさ、魔法の話なんだけど……」
ルアーナは格闘の動きをしながら魔法を撃ちたいと試みているが、思うようにいかないらしい。
「どうしたら良いと思う?」
「えっ、どうしたらって……俺に聞かれても……」
「でもジェロは、どんどん上手くなってたじゃん」
「そう言われても……」
そもそも俺の魔法は我流だし、今日の練習だってニャンゴの真似をしただけだ。
「上手い人の真似をしてみるのは?」
「うーん……上手い人って言われても、あんまり属性魔法と武術を併用する人がいないんだよねぇ……」
武術の盛んなエスカランテ領では、多くの冒険者は身体強化魔法を使って格闘戦をするらしく、手本になるような人が見当たらないそうだ。
ルアーナも身体強化魔法を使えるそうだが、本来持っている力を増幅させるものなので、同じように使えるなら体格の良い人との差は更に広がってしまうらしい。
そこでルアーナは、武術と属性魔法を組み合わせた戦いを模索しているそうだが、これが上手くいかないらしい。
「動きながら詠唱してるんだけど、魔法の発動と突きのタイミングが合わないのよねぇ」
「うーん……最初から用意しておいちゃ駄目なのか?」
「えっ、用意しておくって……?」
「最初に火球を作って、持って戦う……みたいな」
「でも、それじゃあ拳が握れないよ。もっと、突きと一緒にドーンみたいな感じでさ……」
「ルアーナは殴りたいのか、それとも魔法を当てたいのか、どっちなんだ?」
「えっ? えっと、拳からドーンって……あれっ?」
ルアーナは首を捻って考え込み始めた。
どうも、明確なイメージが出来ていないように感じる。
「どっちも一度にやるのは難しいんじゃないか? 上手く出来るか俺には分からないけど、相手が火球を持っていたら不用意に殴りに行けないと思うが……」
「火球を持ってる相手……確かに嫌かも。うん、うん、それいいかも!」
ルアーナは両手の拳で仮想の火球を握ると、ピクっ、ピクっと突きを放つ初動を繰り返し始めた。
頭の中の仮想の敵と戦っているのか、視線はこちらに向いているが俺の姿は見えていないようだ。
「うん……うん、うん、いいよ、いいよこれ! 相手が攻撃してくれば、撃ち出さなくても当てられるじゃん、いいよこれ!」
「でも、実践してみないと上手くいくか分からないぞ」
「そっか、じゃあ射撃場に戻ろう」
「いや、俺はもう魔力切れだから」
「それなら、あたしの練習を見てアドバイスしてよ。いいでしょ、ねっ、ねっ!」
ルアーナは慌ただしく席を立つと、俺の分の食器も返却に行き、早足で戻って来たかと思ったら、俺を抱え上げて歩き出した。
「うわっ、ちょっ……」
「大丈夫、大丈夫、身体強化魔法を使ってるから平気だよ」
いや、そういう意味じゃないんだが、まぁいいか……。
射撃場に着くと、ルアーナは早速両手に火球を作って武術の動きを始め、とんでもない方向に火球をすっ飛ばした。
「うわぁ、殺す気か!」
片方の火球は、俺の頭の上を掠めていった。
「ごめん! これ、思ってたよりも難しいかも」
「いや、いきなり全力で動くのは無理だろう」
「だよねぇ……てへっ」
「いくら射撃場が空いてるからって……気を付けろよ」
「了解、了解、今度はゆっくりやるから大丈夫だよ」
気を取り直して、ゆっくりとした動きで武術の型を使い始めたルアーナは、まるで炎の舞いを舞っているかのようだった。
途中で的へ向けて火球を投げたが、その大きさや威力は俺のものよりも小さいような気がした。
その後、徐々に動きを早くしていくと、また途中で火球をすっ飛ばした。
幸い、俺の方には飛んで来なかったが、ルアーナの動きが速まるごとに思わず後退りしてしまう。
「ちょっと、なんでそんなに遠くで見てるのよ!」
「こっちは、おまえみたいにヒョイヒョイ動けないんだぞ。そんなに近くで見てほしいなら、鉄の盾でも用意してくれ」
膨れっ面してみせたって、これ以上は近付かないぞ。
何度か練習を繰り返したが、動きが速まると火球は意図しないタイミングで飛んでいく。
手の中に保持しているが、普通の球のように握りしめていないからだろうう。
「あぁ、もうなんで上手くいかないのよ」
「なぁ、まずは片手から始めた方が良くないか?」
「えっ……そっか、なるほど」
ルアーナは火球を作るのを片手にすると、動きを速めてもすっ飛ばさなくなった。
「良くなったんじゃない?」
「ううん、駄目。火球にばっかり意識がいっちゃって、今度は動きがぎこちなくなってる」
武術の心得のない俺から見れば、十分すぎるほど滑らかな動きに見えるのだが、ルアーナにとっては不満なのだろう。
ここまで見た感じでは、どうやらルアーナは不器用らしい。
一度に複数の事をやろうとすると、どこかが疎かになって失敗するタイプのようだ。
とは言っても、俺より遥かに器用だし、武術の動きは練習を積み重ねた結果なのだろう。
「ねぇ、なんかパッと上手くいく方法って無いかな?」
「そんな方法があるなら、みんなやってるだろう」
「だよねぇ……地道にやるか」
この後、ルアーナはヘトヘトになるまで、片手に火球を保持しながら武術の動きを繰り返した。
「はぁ……はぁ……あれ? ジェロ、まだいたんだ」
「お前なぁ……まぁいいけど」
「ごめん、ごめん、どうする夕食も食べにいく?」
「いや、夕方までには帰ると言ってあるから戻るよ」
「そっか、じゃあ帰ろうか」
呼吸を整え、汗を拭ったルアーナと、途中まで一緒に帰ることにした。
射撃場からギルドの中へと戻ると、昼とは打って変わって混雑していた。
片足しかない俺は、思うように動けないので、人ごみに気圧されてしまう。
「ジェロ、ゆっくり歩くから私の後ろに付いて来て」
「すまん、助かる」
「それとも、だっこしようか?」
「恥ずかしいから勘弁してくれ」
「ふふっ、冗談よ」
集まっているのが体の大きな冒険者ばかりなので、ルアーナの気遣いは本当に有難い。
間を空けると人に入り込まれそうなのでピッタリ後ろに付いたが、顏の前でルアーナの巻尾がフルフルと揺れて鼻がフガフガしてくる。
「ふがっ、ごめん……」
突然ルアーナが足を止め、ぶつかってしまい謝ったのだが反応が無い。
先程まで上機嫌に揺れていたルアーナの巻尾が、ビリビリと緊張している。
「あーら、誰かと思えばおチビのルアーナじゃないの、あんたまだ冒険者やってるの?」
「だから、何? グロリアには関係無いでしょ」
どうやら知り合いに出くわしたようだが、好ましい相手ではないらしい。
「関係あるわよ、キルマヤのギルドは冒険者の質が悪い……なんて言われたら迷惑なのよね」
「くっ……」
堅く握り締めたルアーナの拳が震えている。
グロリアの言葉には嫌味ったらしい響きがあるが、反論出来ない程の実力差があるのだろう。
こうした嫌味な言葉は、今まで散々浴びせられてきたので、ルアーナの腹立たしさは良くわかる。
気付いたら、ルアーナの後から出てグロリアを見上げていた。
グロリアは虎人で背丈はルアーナよりも頭二つ以上高く、その後ろには、更に背の高いヒョウ人と狼人の男が控えている。
「思ったほど強そうじゃないな」
「なんですって……?」
ルアーナの後から姿を見せた俺に、怪訝そうな表情を浮かべていたグロリアの眉が吊り上がった。
「薄汚いニャンコロに、身の程って奴を教えてあげましょうか……」
「止めておけ、死ぬぞ……俺が」
「はぁぁ?」
「こんな体だし、武術の心得も無い。軽く蹴られただけでも死ぬ自信がある。いくら冒険者でも相手を殺したらマズいんじゃないのか?」
「ちっ……こんなニャンコロに庇ってもらうなんて、ますます冒険者なんか辞めた方が良いんじゃないの?」
再び矛先を向けられたが、ルアーナは言い返せずに俯いてしまった。
ならば代わりに俺が言いたいことを言わせて貰おう。
「あんたももう止めておいた方が良い。自分よりも弱い相手をいたぶっても弱く見られるだけだぞ」
「こいつ、調子にのりやがって」
いつの間にか俺達の周りから人が離れて、半径五メートル程の人垣が出来ていた。
グロリアは目を剥いて俺を睨み付けた後、すっと目を細めて身構えた。
「本当に強い奴は、弱い奴に対しても配慮の出来る奴だって、俺の同僚が話してたぞ」
「ふん、そいつはどこの馬の骨だい?」
「タールベルクっていうグラーツ商会のサイ人のオッサンだ」
「なっ……」
タールベルクの名前を出した途端、グロリア達の顔色が変わった。
あのオッサン、意外と有名人なのか?
「ちっ、今日の所は見逃してやる。行くわよ……」
グロリアは、男二人連れてカウンターの方へと歩み去っていった。
それを横目で見送ると、ルアーナは俯いて歯を食いしばり震えていた。
「行くぞ、ルアーナ」
「えっ……?」
どうやらルアーナは、俺が前に出たことにも気付いていなかったようだ。
「行くぞ……」
ギルドの出口の方へと顎を振って歩き出すと、トボトボとした足取りながらルアーナは付いて来た。





