生きていた男
崩落が起こった直後は、騎士団も官憲も思考停止に陥っているようだったが、体制を立て直してからの行動は迅速の一言だった。
外部へと通じる広い通りに面したバラックを解体撤去し、土属性魔法を使って整地して、あっと言う間に救護用の天幕を設営した。
同時に、冒険者達の協力も募って、崩落したバラックの撤去作業にも着手した。
身体強化魔法を使える力自慢の男達が、まるで重機のごとく瓦礫を持ち上げ、リレー方式で移動させていく。
瓦礫の撤去作業が始まると、崩落に巻き込まれた住人達が次々に発見されたが、その多くは既に事切れているか、命に係わる重傷を負っていた。
中には瓦礫の空間に潜り込み、殆ど無傷の状態で助け出される者もいたが、そのように運の良い者は少数に限られた。
そして、助け出された後も、受けられる手当ては傷口の洗浄や縫合、骨折部位に宛て木をする程度で、治癒魔法を掛けてもらえるのは騎士や官憲の隊員に限られていた。
もし日本で同じような災害が発生したならば、人種や職業に関わらず、重症度によって選別が行われるだろうが、イブーロでは命の価値に明確な差が設けられているのだ。
騎士や官憲が優先、貧民街の住民や裏社会の構成員などは後回しというよりも、放置に近い状態だが、現場は文句など言えないほどの張り詰めた空気が支配していた。
当然と言えば当然なのだが、瓦礫の撤去が進み、下の方に埋もれていた人ほど被害の度合いは深刻だ。
日本のような鉄筋コンクリートの建物ならば、潰れ方にもよるが下敷きになる階でも大きな空間が出来たりする。
だが、貧民街の場合、建物の強度が不十分なので下に行くほど圧縮率が高まり、生存出来る空間も減ってしまうようだ。
地下七、八階あたりで罠にはまり、更に下層へと落下した突入部隊の生存は望むべきも無いと思っていたから、作戦の翌日に探索の様子を訊ねに行った前線の指揮所で、バジーリオの姿を見つけた時には本当に驚いた。
「バジーリオさん!」
「あぁ、エルメール卿、よくぞご無事で」
「それは俺のセリフですよ。他の方達は……?」
「私を含めた騎士団員九名、官憲7名が無事に戻りましたが、トレンメルは……」
「そうですか……でも、どうやって脱出したんですか。まだ瓦礫の撤去は終わっていないと思いますが」
「我々は、本当に運が良かった。例の抜け穴を使いました」
「えっ、学校に繋がっている抜け穴ですか?」
「そうです。あの抜け穴です」
崩落に巻き込まれた二十人のうち十六人が生存し、しかも自力で脱出して来られた理由は、彼らを危機に陥れた罠の仕組みにあった。
貧民街を崩壊させる切っ掛けとなった爆発は、やはり遠隔操作による粉砕の魔法陣だった。
裏社会の幹部共は、突入してきた精鋭部隊を確実に仕留めるために、彼らが横穴と呼んでいた学校から続く抜け穴の出口部分に罠を仕掛けたようだ。
あたかも幹部連中が立て籠もっているかのように見せかけた横穴に突入部隊を誘導し、粉砕の魔法陣を一斉に発動させて爆死させる計画だったらしい。
裏切り者のソブスが、住民達に幹部の居場所を尋ねていたのは、突入部隊を確実に誘導するためで、通り道の住民には訊ねられたら横穴にいると答えるように指示していたらしい。
そして、横穴の捜索が始まったと思われるタイミングで爆破が行われたのだが、俺達がその手前で止まって相談を行っていたために、爆破の直撃を受けずに済んだようだ。
粉砕の魔法陣は、横穴の奥の壁から貧民街の中心部に向かって発動されたらしい。
爆風によって、横穴の出口付近のバラックが吹き飛ばされ、達磨落とし的に上の階層が落下。
本当ならば、一斉に発動するはずだった粉砕の魔法陣が時間差で爆発したために、更に達磨落としが加速されたようだ。
俺達が立ち止まっていたのは横穴の出口の真上、二階ほど上の場所だったらしい。
爆破直後の横穴出口に落下した形で、瓦礫が傾いて止まったために突入部隊の面々は横穴に転がり込む形になったそうだ。
爆破によって何も無くなった横穴の空間に転がり込んだことで、直後に落下してきた瓦礫の直撃を受けずに済んだらしい。
それでも騎士団員一人とトレンメルを含めた官憲の隊員三人、合わせて四人は瓦礫の下敷きとなって命を落としたようだ。
運良く生き残った者達は、学校へと繋がる抜け穴を進み、土属性魔法が使える者が地上に向けて穴を掘り、自力での脱出を果たしたそうだ。
「皆さんが無事で良かったですが、四人の他にも沢山の方が亡くなっています」
「おっしゃる通りです。この償いは必ずさせなければなりません」
「幹部共の居場所は分かったのですか?」
「それなんですが、どうやら街を抜け出したようです」
「えっ、作戦が行われた時には貧民街の中にいたんですよね?」
「奴ら、街の外に通じる別の抜け穴を用意していました」
新たな抜け穴は、貧民街を挟んで横穴の真向いの位置に掘られていたそうだ。
貧民街から出るだけでなく、イブーロを囲む壁の外に通じているそうだ。
「イブーロの西側の雑木林の中に通じていて、木の枝などで隠していたようです」
「じゃあ、幹部連中の行方は……」
「申し訳ございません。現在、捜索を行っているところです」
「手掛かりは?」
「無いこともないのですが……」
幹部の行方に繋がる手掛かりがあるようだが、何やら話しにくい内容のようだ。
もしかして、騎士団にも内通者がいたのだろうか。
「あの、騎士団の機密に関わる内容ならば……」
「いえ、そうではなく、関係するのはエルメール卿なのです」
「俺が疑われているんですか?」
「いえいえ、そうじゃありません。実は、良からぬ噂を撒いている者がいるようで、その者を官憲が尾行しているようです」
「噂……ですか?」
「はい、この貧民街の崩壊は、エルメール卿の魔法によって引き起こされたというものです」
「それって、例の裏切り者が話していた内容じゃないですか」
「おっしゃる通りです。たぶん、ガウジョ達は自分たちの罪をエルメール卿に擦り付けるつもりなのでしょう」
危うく殺されかけただけでなく、無実の罪まで着せられるなんて、また怒りが込み上げてくる。
「勿論、官憲も騎士団も噂を否定していますし、その出所となったと思われる人物を特定して、既に監視下に置いているようです」
「では、そいつから辿って行けば、幹部共の居場所に辿り着くわけですね」
「その通りですが、どうも奴らの新しいアジトはイブーロ以外の場所にあるようです」
バジーリオの話によると、瓦礫の中から発見される裏社会の構成員は、末端の下っ端ばかりで、主要なメンバーの姿はどこにも無いようだ。
作戦が始まる前か、崩落が始まる直前かまでは分からないものの、少なからぬ人数が一旦外部に出てからイブーロに戻れば気付かれないはずがない。
「では、他の街に移ったのでしょうか?」
「いいえ、おそらくですが、イブーロ近郊の村に移ったのでしょう」
「でも、小さい村に裏社会の連中がゾロゾロと押しかければ、目立ってしまいませんか?」
「目立つでしょうね。でも、何か弱みを握られて、村全体が脅されていたらどうでしょう?」
「それは……目立つ、目立たない、以前の話ですよね」
「はい、ですが全く可能性が無い訳ではありませんし、むしろ十分に考えられる事態です」
貧民街で搾取されていた人達は、無知に付け込まれて借金を重ねさせられ、抜け出せなくされる。
それを個人単位ではなく、村全体で行われたとすれば、アジトに使われても逆らえないという状況が起こり得るだろう。
「噂を流している人物の追跡と同時に、行商人への聞き込みも始めているようです」
「行商人……ですか?」
「えぇ、彼らは客の変化には敏感です。お客になると思えば訪問する回数を増やしますし、自分の身に危険が及んだり、損失になると思えば訪問を取りやめます」
「なるほど、周辺の村の変化を聞き取るんですね」
「そうです、どこかの村に拠点を移したのだとすれば、いずれ尻尾を出しますよ」
今回の貧民街の崩落によって、騎士団、官憲、そしてギルドの職員が多数命を落としている。
いうなれば、ガウジョ達は三つの組織に対して喧嘩を売った形だ。
「奴らは、越えてはいけない一線を越えました。ガウジョ達には捕縛ではなく討伐命令が下されることになるでしょう」
「でも、どこかの村が脅されているのだとしたら、村全体を人質に取られているようなものじゃありませんか?」
「そうですね。討伐には困難が予想されますが、それで諦めると思いますか?」
バジーリオの瞳には、確固たる意思と怒りの炎が燃えている。
終始冷静に話を進めていたので忘れかけていたが、仲間を殺されてバジーリオ自身も殺されかけているのだから、怒っていないはずがない。
「勿論、俺も参加させてもらえるんですよね?」
俺の問いに、バジーリオはニヤリと笑みを浮かべた。
「えぇ、今度は屋外になりますから、ワイバーンを仕留めた一撃を存分にぶっ放してもらいますよ」
「アジトを見つけたら知らせて下さい。他の仕事は保留にしてでも作戦に加わらせてもらいますから」
「よろしくお願いします」
不敵な笑みを浮かべたバジーリオと握手を交わし、今は瓦礫の山と化した貧民街を後にした。





