ハイオーク
「ニャンゴ、時間を稼ぐ、この間にハイオークを討てるか?」
「やってみます!」
オークの群れの様子は、とても普通の状態には見えない。
命を懸けた戦いだから興奮状態に陥るのは当然なのだが、これまで何度か戦ったオークと比較してもテンションが異常だ。
大抵の魔物は火を恐れるので、火を見ると警戒度を上げて少しだが冷静さを取り戻す。
ところが、今夜のオーク達は火の着いたバリケードすら恐れずに壊そうとして、身を焼かれる熱さで不意に我に返って一旦は離れるのだが、また雄叫びを上げて接近してくるのだ。
理由は、西側の暗闇から響いて来る、ハイオークの声しか考えられない。
「ブオッ、ブオッ、ブオッ、ブオッ」
短く、リズムを刻むようなハイオークの声に合わせて、ヘッドバンキングのように頭を揺らしているオークもいる。
このハイオークの声を止めれば、オークの興奮状態も収まるかもしれない。
学校の屋根に立ち、西の方向へと探知ビットを広げていったがハッキリとした反応が出ない。
どこかにジッと身を潜め、声だけをオーク達に送り付けているのだろう。
「それなら、集音マイク」
空属性魔法で集音マイクを二つ作り、オークがいると思われる場所を南北から挟むようにして、東から西へと移動させていく。
自分の耳で聞く声と、二つの集音マイクを通して聞こえる声を基にして、オークの位置を絞り込んでいく。
「ここは、畑の中?」
アツーカ村では、クート麦と呼ばれる麦の一種を栽培している。
冬に種を蒔き、雨季に入る前に収穫する種類で、寒さや病気にも強く成長も早いのだが、食味が良くないので売り物ではなく自分達で食べるための作物だ。
もう俺の背丈以上の高さまで伸びているようだが、ハイオークが身を隠すには低すぎるだろう。
「どこだ……どこにいる?」
学校からは百メートルも離れていないし、視界を遮る物も無い。
ステップを使って屋根よりも高い場所から見下ろしながら、ハイオークがいると思われる一帯を照らすように明りの魔法陣を十個発動した。
「いた! くそっ、逃げやがった」
畑の中に這いつくばるようにして身を潜めていたハイオークは、明かりを点けた瞬間に素早く立ち上がると、光の輪の外へと逃げ出した。
オークよりも更に大きな体には似合わない反応と速さだ。
一度見失ったが、探知ビットをばら撒いてから再度明かりを点すと、今度はバッチリ居場所を捕捉できた。
明りを消すと、別の畑へと逃げ込んだハイオークは、伏せた状態から頭を上げて周囲の様子を窺った後、また吠え声を上げ始めた。
「ブオッ、ブオッ、ブオッ、ブオッ」
ハイオークが逃走している間、止まっていた声が再開されると、低下しかけていたオーク達のテンションがまた上昇した。
自分は安全な場所に身を隠して、手下をボロボロになるまで使うとは根性が腐りきってやがる。
「調子こいていられるのも、ここまでだ……砲撃!」
探知ビット、集音マイクの情報を基にして、ハイオークの頭の位置を特定。
二十センチ程度の距離から、後頭部を狙って魔銃の魔法陣を発動した。
ドン! っと重たい音が響いたと同時に、ハイオークの声は消失した。
念のために探知ビットを配置しておいたが、ハイオークがいたと思われる周辺には動く物の気配は感じられなかった。
ハイオークを仕留めたところで、プロテクターと魔力回復の魔法陣を作り直した。
減っていた魔力は補完されていく感じはするのだが、何だか体の芯にダルさを感じる。
魔力さえ補い続ければ、無限に魔法を使い続けられるという訳ではないのかもしれない。
ハイオークの声は止まったが、オーク達の興奮は完全に収まってはいない。
ただし、統率が取れなくなったことで、オーク同士での小競り合いも起こっている。
「とりあえず、一頭ずつ倒していくか……砲撃、砲撃、砲撃」
村のおっさん達に流れ弾が当たる心配も要らないし、学校の屋根の縁を歩きながら、オークを一頭ずつ仕留めていく。
途中、逃げ出すものもいたが、追跡するだけの余力は残っていない。
仲間が次々に倒れていく中で、何が起こっているのか理解出来ずに立ち尽くしていた最後のオークを仕留めてプロテクターを解除した。
上手く表現出来ないが、体の芯に鉛の棒でも差し込まれたようなダルさが居座っていて、もうステップ一つ発動させたくなかった。
「このまま寝ちゃいたいけど、屋根から転げ落ちたら怪我しそうだし……」
屋根に寝転がって夜空を見上げていると、下が騒がしくなった。
「終わったのか?」
「オークはみんな倒れてるみたいだぞ」
「変な声も止んでる」
ざわめく村人たちの中から一際大きな声でゼオルさんが声掛けてきた。
「ニャンゴ、ハイオークはどうした?」
「たぶん、倒しましたー、西の畑の中でーす!」
「分かった、よし、生き残ったぞ!」
ゼオルさんの言葉を聞いて、わっと歓声が上がって下が賑やかになり始めた。
階段を戻せとか、酒持って来いとか、取り合えず一頭解体して食おうとか……いやいや、みんな寝ようよ、もう夜も更けてるんだしさ。
「ニャンゴ、ニャンゴ、どこだい? ニャンゴ」
あぁ、婆ちゃんが呼んでるから行かなきゃ、でもすっごくダルいんだよね。
屋根と同化しようとする背中をベリベリ剥がす感じで起き上がり、ステップを使って一階を目指したけど、なんか頭がフラフラする。
目敏く見つけたシューレが駆け寄ってきたのを見たら、なんだか気が抜けてステップを踏み外した。
あぁ、落っこちた……と思ったけど、シューレが受け止めてくれるだろうと思っていたら、ちゃんと受け止めてくれたので、そのまま寝ちゃうことにした。
「ニャンゴ、ニャンゴ、大丈夫なのかい?」
あぁ、婆ちゃんの声がする。
婆ちゃん、俺、なんだかとっても眠いんだ……。
どれだけ眠ったのだろうか、息苦しさを感じて目を覚ますと、シューレに抱き枕にされていた。
「ふふっ、踏み踏みニャンゴ可愛い……」
「うにゅう、ここは何処?」
「村長の家……」
「ハイオークは死んでた?」
「畑の中で頭が無くなって死んでた……」
「あいつ、自分だけ安全な所に隠れて、声だけ出して、卑怯な奴だった」
「でも、それは作戦としては正しい、正気に返ったオークは火を恐れてバリケードに近付いて来なかった」
確かにシューレの言う通り、ハイオークの声が消えた後、オーク達は火の着いたバリケードを壊してまで学校を襲おうとはしていなかった。
学校を襲撃してきた時だって、銃撃を食らったらもっと怯んでいてもおかしくない。
ハイオークはオーク達にとって欠くことの出来ない司令塔だったのだろう。
「でもさ、オーク達は納得して従ってたんだろうか?」
「そこまでは分からない。知る由も無いわ……」
今回村を襲ったオーク達は、たぶん北の奥山から連れられて来た者達だろう。
アツーカ村から北の高い尾根を越えた先には深い森が広がっていて、そこには魔物が多く生息しているから村人も足を踏み入れない。
どのぐらい先まで森が続いているのか知らないが、王国よりも広いという人もいる。
今回倒した程度の数では、オークの生息数に大きな影響を及ぼさないのか、それとも巡り巡ってイブーロ近郊のオークの数にも影響するのか、考えてみたけど分からなかった。
シューレに介抱してもらい、身支度を整えてゼオルさんに状況を聞きに行くと、居合せた村長にお礼を言われてお願いをされた。
「エルメール卿、昨夜は村を救っていただき、本当にありがとうございます」
「やだなぁ、村長、いつもみたいにニャンゴでいいですよ」
「いやいや、村の窮地を救っていただいて……それに無理なお願いもしなければならないのですから」
「無理なお願い……ですか?」
「はい、エルメール卿が仕留められたオークの魔石や肉を村の復興費用に充てさせていただきたいのです」
朝になってから確認したところ、村の家の殆どがオークによって多かれ少なかれ被害を受けていた。
俺の実家も扉や壁が壊されているそうだし、カリサ婆ちゃんの薬屋もメチャメチャだ。
畑も踏み荒らされてしまっているし、ラガート子爵に年貢の免除などをしてもらったとしても、生活を立て直すのにはお金が必要なのだ。
「構いませんよ、全部村に寄付します」
「申し訳ない。殆どのオークはエルメール卿が仕留めたものなのに、本当に申し訳ない」
「その代わり、婆ちゃんの薬屋再建に力を貸して下さい」
「勿論だ、カリサやエルメール卿の家族の家は、責任をもって再建する」
「それと、今はこんな状態で手を付けられる状況ではないですが、村が落ち着いたらお願いしたい事があります」
「なんだね。我々に出来る事ならば全面的に協力させてもらうよ」
「実はですね……」
プローネ茸の栽培の話を切り出すと、村長は身を乗り出すようにして話を聞いていた。
村長も、村の生活を向上させるために、外貨を稼げる産業の育成を考えていたそうだ。
「なるほど、プローネ茸か……だが、栽培なんて出来るのかね?」
「そこが問題ですよね。年単位の試行錯誤が必要だと思いますが、成功すれば大きな利益を産む可能性を秘めています」
「うむ、そのルチアーナ先生が協力してくれるのだね」
「はい、出来れば最初から計画に参加したいと言ってくれてるので、一度会ってもらえると助かります」
「分かった、領主様にも面談しなければならないし、商業ギルドにも手を借りなければならない、イブーロへ行くついでに会って相談してこよう」
「お願いします」
プローネ茸の栽培に関して村長の協力が得られるようになったし、ではでは村の片付けを手伝うとしますかね。





