ご飯の友
ミゲルをやり込めたけど、何だかスッキリしない気分で学校を出た後、足を向けたのはイブーロの市場だ。
目的は、米を炊くための鍋の購入だ。
チャリオット全員分の米を炊くとなると、かなり大きな鍋が必要になる。
ライオスやガドは身体がデカいから、食べる量も半端じゃない。
毎食米を炊いていたら、買って来た米がすぐに無くなってしまいそうだし、米を研ぐのも一仕事だろう。
とりあえず、全員分の鍋は棚上げにして、マイ鍋を買うことにした。
「そうだ、茶碗と箸、しゃもじも欲しいけど、売ってるかなぁ?」
市場では食器だけでなく、食料品、香辛料や乾物、衣類、靴、鞄、工具、武器など、およそ生活に必要な物は何でも揃う。
日本で言うなら、築地の場外市場とかアメ横みたいな感じだ。
最初に覗いたのは陶器を扱う店で、茶碗として使えそうな器を探した。
イブーロには、日本のようなご飯食の文化が無いので、ご飯茶碗も存在していない。
茶碗というよりも、サラダボールに近い形だが、茶碗として使えそうなものをとりあえず三つ買った。
自分の分と兄貴の分と予備、他のメンバーはとりあえず何かの皿で試食してもらって、その後は自分の気に入った器で食べてもらおう。
陶器の店には、ご飯を炊くのに手頃な大きさの土鍋も売っていたので、こちらも購入して茶碗と一緒に布で包んでもらいリュックに仕舞った。
近くの調理器具の店を覗くと、木のヘラが売っていたので、しゃもじ代わりに購入したが箸は売ってないようだ。
料理をする時も、今買った木のヘラとか、フライ返し、フォークなどを使っているので、菜箸のようなものも売っていなかった。
ちょっと思いついて市場の端の方まで足を伸ばす。
この辺りには、竈や焼き台を組むためのレンガとか、店の棚を作るための板など、ちょっとした建材を扱う店が集まっている。
材木を扱う店をのぞくと、目的の物が置いてあった。
材木の端切れなどを、焚き付け用に無料で持って行って構わないと、店先の箱に放り込んで置いてあるのだ。
その中から、目が詰んでいて固そうな材を選んで、店の人に声を掛けて貰ってきた。
拠点にもどったら、これを削って箸を作ろう。
木の香りがする良い箸が作れそうな気がする。
「鍋よしっ! 茶碗よしっ! 箸……作るから、よしっ! あとは……ご飯のおかずだな」
足を向けたのは、乾物を扱っている一角で、最初に選んだのはゴマだ。
塩はあるから、ゴマ塩を作るつもりだ。
こちらの世界にも、黒ゴマ、白ゴマ、金ゴマと、色んな種類のゴマが売っていた。
「こんにちは、ゴマが欲しいんですが」
「どんな風に使うんだい?」
丁度暇そうにしていたイタチ人の店主は、気さくにゴマ選びを手伝ってくれた。
「こう、料理にパラパラってかけて風味付けをしたいんですが」
「風味付けねぇ……炒った時の香り付けならはこっちの金ゴマ、味わいが強いのはこの黒ゴマだね」
「黒ゴマは炒っちゃ駄目なんですか?」
「いや、黒ゴマだって炒って大丈夫……というか炒った方が香ばしさも味も良くなるよ」
「じゃあ、その黒ゴマを下さい」
「はい、毎度あり!」
黒ゴマを買って、そのまま並びの店を眺めながら歩いていると、魚介類の干物を売っている店があった。
干物といっても、アジの開きのような半生タイプではなく、木材みたいにカチンカチンになるまで干したものだ。
大きかったり、小さかったり、丸かったり、長かったり、色々な種類の魚の干物が売っているが、これまた違いが分からない。
どれが良いのかと悩んでいたら、店の奥からカワウソ人の店主が出てきた。
「いらっしゃい、何にする?」
「えっと、そのままほぐして食べても美味しいのってどれですか?」
「そのままほぐす? 火を入れないでか?」
「えぇ、こう移動の最中にパっと火を使わずに食べられると楽だと思って」
「うーん……そのままねぇ、出来れば炙るか、スープの出汁に使うと美味いんだが……そのままだったら少し値段は張るが貝柱の方が良いんじゃないか?」
「にゃっ、貝柱?」
店主に手招きされて店の奥へと入ると、大小様々な貝柱の干物が置かれていた。
「魚の倍から三倍ぐらいの値段はするが、こいつならそのままでも、水で戻しても美味いぞ」
「じゃあ、この中ぐらいの大きさのを下さい」
「あいよ!」
「あっ、あと、あのジャコも……」
「あいよ!」
この後、アーモンドに似た豆も買い込んで、乾物エリアでの買い物は終了。
次に向かったのは、鮮魚を扱うエリアだ。
「な、に、に、し、よ、う、か、にゃ!」
魚を扱う店にも色々な種類の魚が並べられていた。
市場にはレストランや酒場の店主も仕入れに来るので、ドンと大きなままの魚も置かれている。
尾頭付きの塩焼きにしようか、はたまた大きな輪切りのムニエルにしようか、カラっとフライにしようか悩みながら歩いていると、スジコのような物が置いてあった。
「おじさん、これは何?」
「それか、そいつはポラリッケの卵の塩漬けだ。塩辛いがコクがあって美味いぞ。酒のツマミには最高だな」
「みゃっ、買う! これちょうだい、それとポラリッケの切り身も」
「あいよ、毎度あり!」
トラ人の魚屋は、手早く切り身と塩漬けを経木で包んでくれた。
これで買い物は終わり、というか終わりにしないと肉とかもドッサリ買い込んでしまいそうだ。
拠点に戻っても、チャリオットのみんなは戻っていなかった。
食堂のテーブルに、帰りは早くても明日だと書置きが残されていた。
なので、今夜は一人でポラリッケの切り身を焼いて、ご飯をワシワシ食べるのだ。
まずは買ってきた土鍋を洗って、米を研いだ。
買って来た米は、一応精米してあるのだが、米糠がいっぱい残っている感じだ。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ……」
研ぎ汁の濁り具合を見ながら、味が抜けてしまわないように、糠臭さが残らないように何度か水を流してから米をひたしておく。
米に水を吸わせている間に、超振動ブレードを使って材木を箸に加工した。
続いて、黒ゴマを炒って、砕いた岩塩と混ぜてゴマ塩を作った。
ジャコと貝柱の干物、それに豆は明日の朝にしよう。
ポラリッケの切り身を串に刺し、軽く塩を振っておく。
卵の塩漬けは小さく切って、小皿に盛っておいた。
「ではでは、ご飯を炊きますかね」
土鍋をコンロに乗せ、水加減を確認した後、空属性魔法で火の魔法陣を作った。
「初めチョロチョロ、中パッパ……だよね?」
水加減も火加減も、正直手探りの状態だ。
小学校の調理実習でご飯を炊いたような記憶もあるが、家では炊飯器にセットするだけだった。
最初は失敗するかもしれないけど、何事も経験、美味しいご飯のためだ。
土鍋を火にかけながら、ポラリッケの切り身も焼いていく。
魚焼きに関しては、何の心配もしていない。
アツーカ村にいる頃から、何度も何度もやってきた作業だからだ。
焦がさないように、それでいて中までしっかり火が通るように、遠火でジックリと焼いていく。
特に皮の部分をパリパリに仕上げるのが、本日最大のミッションだ。
土鍋がクツクツと音を立て、蓋の間からフツフツと蒸気が漏れる。
噴きこぼれないように注意しながら、火を止めるタイミングを探る。
ポラリッケの切り身からもプツプツと小さな泡が出て、香ばしい匂いが漂い始める。
「うにゃぁ……お腹空いたにゃぁ……」
土鍋の音に耳を澄ませ、切り身の焼き加減に目を光らせる。
ご飯の炊ける匂いと、切り身が焼ける匂いが混然となって、日本を思い出してしまった。
「帰れないって分かってるけど……帰りたいにゃ」
音と蒸気の出具合から、ご飯が炊けたと判断して火を止める。
早く食べたい所だけど、じっくり蒸らすためにまだ蓋は取らない。
ポラリッケの切り身は、身の部分にも皮の部分にも軽く焦げ目が入る焼き具合に仕上がった。
切り身を皿に盛りつけ、卵の塩漬けの小鉢を添え、それではご飯をよそりましょう。
布巾を載せて土鍋の蓋を取ると、ふわっと湯気が立ち昇った。
「ふにゃぁ……ご飯の匂い……」
土鍋の中で、お米が艶々に輝いている。
濡らした木ベラで混ぜる前に、思わず一口つまみ食いした。
「熱っ……うんみゃぁぁぁぁ! 米、うんみゃぁぁぁぁ!」
さすが、王都第二街区に店を構える米屋のセレクションだけのことはある。
香り、舌触り、味わい……どれを取っても一級品。
「これ、ササニシキにも負けないんじゃない? ヤバい、王都の米屋ヤバっ!」
土鍋のご飯を混ぜ終えたら、早速茶碗によそる。
もちろん、大盛り、てんこ盛りだ。
「いただきます! まずは、卵の塩漬け……うんみゃぁぁぁ! しょっぱいけど、米と一緒に食べると絶妙! うみゃ、うみゃ、うみゃ……」
茶碗を持ち、箸を構えてワシワシとご飯を掻き込む。
これだよ、これこそご飯の時間だよ。
おっといけない、ポラリッケの塩焼きを忘れるところだった。
「うみゃぁ! 皮パリパリ、身は外ホコホコの中シットリ、俺、魚焼くのうみゃ!」
焼いた切り身は塩加減控えめで、魚の旨味とご飯の旨味が混然となって最高だ。
「ほぐした身をご飯に混ぜて、そこに卵の塩漬けをのせて……うんみゃぁぁぁ! ポラリッケの親子丼、うみゃすぎるぅぅぅ!」
俺以外誰もいない拠点に雄叫びを響かせながら、ご飯おかわりして食べちゃったよ。





