また会う日まで
昼食を御馳走になった後、学院を出てラガート家の屋敷に戻ろうかと思ったのだが、ふと思い付いて南に向かった。
足を向けたのは、騎士見習いの訓練場だ。
オラシオと同室の仲間と共に、買い食いをして王都を観光して歩いた日に、もう別れは済ませた気でいたが、いざ明日王都を離れると思ったら、もう一度会いたくなってしまった。
冒険者も騎士も、安全とは言い難い職業だ。
『巣立ちの儀』を迎える前は、人が死ぬ場面など目にする事は無かったが、ブロンズウルフの討伐、ワイバーンの討伐、フロス村での襲撃、先日の襲撃……沢山の人の死を目撃してきた。
俺自身も、コボルトの逆襲に始まり、ワイバーンにも、反貴族派にも襲われた。
イブーロまでの帰り道で襲撃されない保証は無いし、オラシオだって現場に出れば見習いだって襲撃される可能性はゼロではない。
出来れば、お互いに年を重ねて爺さんになってから死に別れしたいと思うけど、それが叶わなかった時でも悔いは残しておきたくなかった。
名誉騎士として叙任された、この騎士服の姿を一目だけでもオラシオに見てもらいたかった。
学院で入学式が行われたのと同様に、騎士見習いの訓練場では入隊式が行われていたようだ。
騎士見習いとして選ばれる者は、各地の『巣立ちの儀』で魔力の高さを認められた者達なので、こちらは学院とは違って例年に近い賑わいをみせていたようだ。
王都に程近い街から選ばれた者の晴れ姿を見ようと親族達が集まったらしく、訓練場の門の近くには多くの人の姿があった。
入隊式が行われたのであれば、今日は訓練は行われていないだろうし、案外すんなりとオラシオに会えるかもしれないと思いつつ受付に歩み寄ろうとしたら、中から騎馬の列が現れた。
人波が左右に割れて、頑強そうな軍馬の背に揺られて姿を見せたのは、金の飾りがついた臙脂の騎士服に身を包んだ騎士団長だった。
王城の玄関ホールから連れて帰ってもらった件は礼状は送っておいたが、直接お礼を言っておきたい。
左右に分かれる人垣から一歩出るようにして姿を見せると、騎士団長は俺の前で騎馬を止めた。
「アンブリス様、先日は大変お世話になりました」
「いやいや、エルメール卿には息子の命を救ってもらったのだ、あの程度はお安い御用だ。わざわざ礼を言いに来てくれたのかい?」
「いいえ、こちらにはアツーカ村の幼馴染がお世話になっていますので、明日王都を離れる前に会っておきたいと思って訪ねてきました」
「そうか、騎士も冒険者も危険を伴う仕事だ。会える時には会っておきたまえ」
「はい、ありがとうございます」
騎士団長は受付にいる兵士に、俺をオラシオの所まで案内するように指示してくれた。
案内役の犬人の兵士からは、握手を求められた。
王都で働いている兵士の多くは、騎士見習いとして王都に出て来て、振るい落とされた後に兵士として雇われた者達だそうだ。
騎士としての道は断たれてしまったが、手柄を立てれば名誉騎士として叙任されるチャンスは残されているらしいが、実際に叙任を受ける者は非常に少なく、正直諦めかけていたらしい。
「エルメール卿の活躍を聞いて、みんな希望を取り戻しました。ありがとうございます」
犬人の兵士も、もう一度基礎から魔法の使い方を練習し直しているらしい。
こうした地道な努力を重ねている人を飛び越えるような形で名誉騎士になってしまったのが、少しだけ申し訳なく感じてしまった。
訓練場の中へと進んでいくほどに、周囲から視線を集めるようになり、『不落』とか『魔砲使い』なんて言葉も聞こえてくるようになってきた。
何だかとっても気恥ずかしいのだが、ここでペコペコ挨拶するのは違うと思い、胸を張って案内役の兵士の後に続いた。
オラシオ達が暮らしているという建物は、平屋建ての飾り気の欠片も感じられない、ザ・兵舎という感じで、中にはゴツい兄ちゃん達がたむろしているかと思いきや閑散としていた。
訓練自体は休みらしいが、殆どの者が自主練習に出掛けているらしい。
「オラシオ訓練生は、射撃場で自主訓練を行っております!」
訓練生は、休日以外は何処で何をしているのか申告してから宿舎を出るらしい。
足腰を鍛えるための野山を想定した走路、格闘場、筋力鍛錬場、水泳場、そして射撃場。
訓練所での最初の三年間は、ひたすら体を鍛えることに費やされるそうだ。
射撃場へと行く間に、他の訓練施設も覗かせてもらったが、訓練を行っている者達は真剣そのものだった。
格闘場で立ち合いを行っている者達も、動きこそ粗削りだが、スピードとパワーには目を見張るものがあった。
ゼオルさんやシューレに較べれば、動きの質で一段か二段ぐらい落ちそうだが、一発貰ったらタダでは済まない怖さがある。
「どうです、参加してみますか?」
「とんでもない、陛下から下賜された騎士服なんで、遠慮しておきます」
「術士のエルメール卿に対して失礼でしたね」
「いえいえ……」
どうやら、俺は物理的には戦えないと思われているみたいだが、身体強化を使えば互角以上の戦いをする自信はある。
ただし、ウエイトを絞るために数日の猶予は欲しいにゃ。
オラシオが自主訓練を行っているはずの射撃場は、敷地の奥の地下に作られていた。
地下約20メートル、幅約80メートル、奥行きは300メートルぐらいありそうだ。
地下に作った理由は、間違って流れ弾が人のいる場所に飛ばないようにするためで、多くの訓練生が黙々と魔法を撃っている。
面白いのは、火属性の者と水属性の者がコンビを組んで、同じ的に向かって交互に魔法を撃ち込んでいた。
延々と火属性の魔法を撃ち込んでいると、鉄製の的でも熱に耐えられなくなってしまうので、水で冷やしているそうだ。
自主訓練ではあるのだが、射撃場では教官役の騎士が指導を行っていた。
手元が狂えば大きな事故に繋がるし、血の気の多い見習い生同士が魔法を撃ち合うような騒ぎを起こさないためらしい。
オラシオの姿を見つける前に、その指導を行っている教官に見つかってしまった。
「これはこれは、ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますな。このようなむさ苦しい場所にどうされましたか?」
理由は良く分からないが、教官役の騎士の言葉には敵意が含まれているように感じる。
「訓練中に失礼いたします。こちらに自分の故郷の幼馴染が訓練生としてお世話になっておりまして、明日王都を発つ前に一目会っておきたいと思ってお邪魔いたしました」
「ほぅ、幼馴染ですか……」
俺がキッチリと頭を下げて挨拶をしたからか、教官の敵意が少し緩んだように感じる。
そして、俺と教官のやり取りを耳にして、いつの間にか訓練生たちの手が止まっていた。
「エルメール卿の幼馴染とは誰だ!」
「はいっ! 自分であります!」
教官の呼び掛けに答えた声は、オラシオのものとは思えないほど厳しく引き締まっていた。
「こちらに来て名乗れ」
「はっ、自分は本日より三回生に上がりましたオラシオであります!」
「よし、オラシオ。エルメール卿に日頃の成果をお見せしろ!」
「はい、了解しました!」
奥の列から駆け寄ってきたオラシオは、俺に向かって力強く頷いてみせると、背中を見せて的に向かって右手を大きく振り上げた。
「風よ!」
オラシオが勢い良く右腕を振り下ろすと、200メートルほど先に設置された鉄製の的が、ガーンと大きな音を立てて震えた。
的までの距離を考えれば、風の攻撃魔法の速度は相当なものだろう。
「続けて、十連射!」
「はいっ! 風よ、風よ、風よ、風よ……」
オラシオが右腕を振るう度に、鉄製の的は大きな音を立ててビリビリと震え、今にも吹き飛んでしまいそうだった。
「エルメール卿、どうされた?」
「えっ……あっ、これは……」
気付かないうちに俺は涙を流していた。
先日再会した時にも、体が大きくなっていて驚いたが、イブーロのギルドでも間違いなく上位にランクされるであろうレベルの攻撃魔法を連発する姿を見て、オラシオの成長を実感して嬉しくなってしまったのだ。
「すみません……嬉しくて……」
「オラシオ、エルメール卿と平時の会話を許可する!」
「はい、ありがとうございます!」
涙を流したのが恥ずかしくて目元を拭っていたら、歩み寄ってきたオラシオに抱え上げられてしまった。
「よせ、子供じゃないんだ……」
「ニャンゴ、僕の魔法見てくれた?」
「あぁ、ちゃんと見たぞ、頑張ったんだな?」
「うん、僕は格闘も、走りも、泳ぎも今いちだから、魔法は頑張ったんだ」
「そうか、でもオラシオなら、もっともっと強くなれる。格闘だって、走りだって、泳ぎだって上手くなれるさ」
「ニャンゴ……」
「俺は、明日王都を発ってイブーロに戻る。そしたら、一度アツーカ村にも帰るつもりだから、オラシオの両親にも元気でやっていたと伝えてくるよ」
「ニャンゴ……また会えるよね?」
「馬鹿、当たり前だろう。俺とオラシオは、爺さんになってから自慢話をしあうんだからな。それまで一杯活躍して、一杯手柄を立てて、元気でいろよ」
「うん、約束する」
「よし、オラシオ、今度は俺が自慢の魔法を見せてやるから、目ん玉見開いて見逃すんじゃないぞ」
オラシオに下ろしてもらい、教官役の騎士に訊ねた。
「すみません、あの的、壊してしまっても構いませんか?」
「ほぅ、『魔砲使い』の腕前をご披露いただけるのか。あの的は耐魔法攻撃の刻印を施した特製です、壊せるものなら壊して構いませんよ」
「的の後ろ側はどうなっていますか?」
「はぁ? 的の後ろ側だと……?」
「はい、突き抜けた場合の後ろ側の耐久性は大丈夫かと思いまして」
「ははっ、突き抜けることなどあり得んが、後は粘土質の分厚い壁が三重に設えてあり、更にその先に的の倍の厚さがある鉄の壁がある。訓練場が壊れたり、崩れたりする心配など必要無いから思う存分魔法を撃ち込んでもらって構わんぞ」
俺としては、念のために確認したのだが、教官の機嫌を損なってしまったようだ。
「ニャンゴ……」
「なに心配そうな顏してんだ、いいから良く見ておけよ。オラシオと同じく、単射の後に十連射をやってみせるから……」
「うん……」
オラシオが、今できる全力を見せてくれたのだから、こちらも全力で応えるしかないだろう。
「いくぞ!」
ワイバーンを仕留めた魔法陣を更に強化した一撃は、ドンという重たい発射音を残すと、鉄製の的の中心を撃ち抜き、背後の土壁を吹き飛ばした。
ドドドドドド……。
直後の十連射も砲撃で行うと、鉄製の的は粉々に千切れ飛んだ。
反響した重たい発射音の残響が収まると、地下の射撃場は水を打ったように静まりかえった。
「見たか、オラシオ。これが俺の攻撃魔法だ」
「す……すっごいよ、ニャンゴ! すごい、すごい、すごい!」
「うわっ、馬鹿、下ろせ……」
「すごい、すごい、やっぱりニャンゴはすごい!」
俺がオラシオに抱え上げられ、高い高い状態で振り回されてる横で、教官が口をあんぐり開いてフリーズしていた。
勿論、壊せるものならって言ったんだから、後の責任はよろしく頼むよ。
この後、自主訓練を切り上げたオラシオの同期達に食堂で質問攻めにされた後、ラガート家の屋敷に戻ることにした。
オラシオは、訓練所の門まで見送りに来てくれた。
「じゃあ、元気でいろよ、オラシオ」
「うん、僕も必ず騎士になって、ニャンゴに追い付いてみせるよ」
「じゃあ、次に会う時は、お互いに騎士様だな」
「うん、ニャンゴも元気でね。また、一緒に遊びに行こうね」
「あぁ、その代わり、今度はちゃんと案内できるようになっておけよ」
「分かった。美味しいお店を一杯探しておくね」
「おぅ、約束だぞ」
「うん、約束」
オラシオとガッチリ握手を交わした後、ラガート家の屋敷を目指して歩き出す。
途中で何度振り返っても、門の前でオラシオは手を振り続けていた。





