王族兄弟の訪問
王都での貴族の生活は、他家を訪問する日と来客を迎える日の繰り返しだそうだ。
俺が花見に出掛けた日はラガート家が客を迎える日で、魔導車の出番が無かったのでナバックも外出できたのだ。
花見の後、子爵からはアーネスト殿下殺害の件は静観するように釘を刺されて了承したのだが、こちらが避けても相手から寄って来る場合もある。
二日後、ラガート家は第二王子バルドゥーイン殿下と第四王子ディオニージ殿下の兄弟を屋敷に迎えることになり、俺も会合に同席するように要請された。
どうやら王族兄弟の目的は俺の取り込みらしいが、子爵からは断わって構わないと言われた。
「でも、何と言って断れば良いのでしょう?」
「私と一緒にラガート領に戻り、反貴族派対策を進めることになっていると言えば良い。実際、ニャンゴには手伝ってもらわねばならぬからな」
「街の実情を調査するには、ラガート家に雇われている騎士よりも冒険者の立場の方が都合が良い……みたいな感じですか?」
「うむ、それで構わないぞ」
既にエルメリーヌ姫殿下と、第三王子クリスティアン殿下からの近衛就任の要請も断っているので、第二王子もゴリ押しはしないだろうというのが子爵の読みだ。
例え味方に引き入れられなくても、敵対しなければ構わないといったところだろうか。
この日は、朝から雨模様で、王都では花の季節を迎えると天気が崩れる日が増えてくるらしい。
冬の間は乾燥した晴れの日が続き、一雨ごとに暖かくなるらしく、前世の東京を思い出した。
王族を迎えるとあって、ラガート家では家族が総出で出迎えた。
子爵夫妻、ジョシュア、カーティス、中でもアイーダは、午前中から落ち着かない様子だった。
何をそんなにソワソワしているのかと思ったら、第四王子ディオニージ殿下は妻帯していないそうだ。
そう言えば、シュレンドル王国の貴族は『巣立ちの儀』を迎えると本格的な縁談が解禁になるのだったが、アイーダはラガート家の騎士ジュベールに熱を上げていたはずだ。
第一王子のアーネスト殿下が死亡し、王位継承争いは第三王子クリスティアン殿下、第四王子ディオニージ殿下が横並び、少し遅れて第五王子エデュアール殿下という状況だ。
ディオニージ殿下に見染められ、王冠の行方次第では王妃になれるかもしれないとなれば、自家の騎士など霞んでしまうのだろう。
将来ラガート騎士団を引っ張る存在だと期待されてたんだがなぁ……哀れなりジュベール。
王子兄弟を迎える際、ラガート家の末席に並ぼうとしたのだが、子爵の横に呼び付けられた。
家の格式としては当然ラガート家の方が高いのだが、一応俺はエルメール家の当主という扱いになるそうなので、ジョシュアやカーティスよりも立場は上になるらしい。
「目立ちたくないから、隅っこで良いんですけどねぇ……」
「それは無理というものだ、彼らの目的は息子達ではなくニャンゴだからな」
「はぁ……ボロを出さないか心配です」
「いいや、多少ボロを出してもらった方が良いぞ」
「そうは言われても緊張しますよ」
「なぁに、美味いケーキを用意しておいたから、心ゆくまでうみゃうみゃして良いぞ」
「はぁ……」
深みのある臙脂色に塗られた王家の魔導車は、滑るようにラガート家の敷地へと入ってきた。
魔導車の前後には、四騎ずつ合計八人の護衛騎士が帯同している。
いずれもフルプレートの鎧を着込み、鞘を払った槍を携えた本気モードだ。
ラガート家の玄関前に魔導車が止まると、まず騎士服に金属製の胴金を着けた近衛騎士が二人降りてきた。
その後から、白虎人のバルドゥーイン殿下、獅子人のディオニージ殿下の順番で姿を現した。
「ようこそラガート家へ、バルドゥーイン殿下、ディオニージ殿下」
「出迎え感謝する、子爵殿。急な訪問を要請して申し訳ない」
「とんでもございません。王族の皆様をお迎え出来るのは我々シュレンドル貴族の誇りでございます」
「ありがとう、そう思ってもらえると王族の一人として喜ばしく思うが、あまり堅苦しくせず、親戚の若僧が訪ねてきたぐらいに思ってくれ」
「畏まりました」
バルドゥーイン殿下と子爵が挨拶を交わしている間も、ディオニージ殿下は俺を品定めをするように耳の先から尻尾の先まで二往復ほど視線を動かしていた。
そして、バルドゥーイン殿下の視線も俺に向けられた。
「エルメール卿。こうして会うのは二度目だな、晩餐会の時にはエルメリーヌに独占されてしまったからな。今日は、ゆっくりと話を聞かせてくれ」
「はい、畏まりました」
応接間に場所を移すと、ディオニージ殿下は待ちきれない様子で俺に話し掛けてきた。
「エルメール卿、早速だが空属性の魔法を披露してくれないか?」
バルドゥーイン殿下も子爵も苦笑いを浮かべつつ頷いたので、直径30センチほどのシールドをディオニージ殿下の前に展開した。
「どうぞ、ディオニージ殿下の前に小型の盾を作りました。触ってお確かめ下さい」
「盾だと? そんなものがどこに……おぉ! 兄上、お分かりになりますか、ここに確かに盾がございます」
「どれ……うむ、確かに盾だな。しかも、かなりの強度がありそうだ」
ディオニージ殿下に促されてシールドに触れたバルドゥーイン殿下は、厚さや大きさを確かめると軽く拳で叩いて強度を試した後で質問してきた。
「エルメール卿、この盾は大きさ、形は自在になるものなのか?」
「はい、自由に変えられますが、大きさや強度には限界がございます」
「この盾だけで、あの石礫を全て跳ね除けたのか?」
「いいえ、あの時には、別の柔らかい盾を併せて使いました」
「柔らかい盾だと?」
「はい、バルドゥーイン殿下の前に作ってみましたので、お確かめください」
「ふむ……おぉ、確かにこれは柔らかいが、弾力があるのだな?」
「はい、硬いばかりでは割れやすくなります。弾力を持たせた盾は、刃などを防ぐには適しませんが、石礫などの衝撃を分散させ防いでくれます」
「なるほど、しかしこれほどとは……」
ディオニージ殿下も手を伸ばし、柔軟性を持たせた盾を揉みしだいて確かめると、満足げな笑みを浮かべて来訪の目的を告げた。
「エルメール卿、私の近衛騎士となってくれ」
「ディオ、話が急すぎるぞ」
「兄上、これほどの守り手は国中を探しても見つからないでしょう。ブラーガが剣、エルメール卿を盾とすればシュレンドル王国は安泰です」
ブラーガというのは、部屋の隅で頷いている厳めしい顔付きの熊人の近衛騎士なのだろう。
見るからに攻撃特化の騎士といった身体つきをしている。
それにしても、シュレンドル王国は安泰とは……もう王位に就いたつもりなのだろうか。
確か、二十歳ぐらいだと思ったが、年齢よりも言動や振る舞いに幼さを感じる。
バルドゥーイン殿下も俺と同じことを考えているのか、眉間に少し皺が寄っている。
「申し訳ございません、殿下。私は……」
「なんだと、私の申し出を断るつもりか? シュレンドル王国の民ならば、将来の王のために役立とうとは思わぬのか?」
「ディオ、話を最後まで聞きなさい。エルメール卿には、エルメール卿の考えがあるのだろう」
「はい、私はアイーダ様の入学式が終わり次第、子爵様と共にラガート領へと戻り、反貴族派への対策を進めるつもりでおります」
先日のような襲撃事件を繰り返さないためには、反貴族派の解体は急務であり、そのためには王都から遠く離れた地域でも経済的な発展が欠かせないと、それらしく答えてみた。
ディオニージ殿下は不満げな表情を崩さなかったが、バルドゥーイン殿下は大きく頷いて賛同してくれた。
「騎士団の調べによれば、襲撃に加わった者の中には、王都から離れた地域から連れて来られた者もいるようだ。王都周辺地域と僻地の生活レベルには厳然たる格差があり、それに不満を抱く者がいる。そうした不満の芽を摘むのも、王国を支える大切な仕事であろう」
「ですが兄上、そのような仕事は他にいくらでもやれる者がいるでしょう。私の盾となる以上の価値は……」
「ディオ、民の生活が立ち行かなくなれば、国は国としての体を成さなくなる。格差を根絶するには、実情を知る者の存在は不可欠だ」
「ですが……」
「それに、我々は先日の襲撃に十分な備えが出来なかった。子爵殿の先見が無くば、エルメリーヌもどうなっていたか分からぬぞ。その子爵が必要だと考え、エルメール卿も賛同しているのだ、我らがその活躍を妨げるべきではない」
バルドゥーイン殿下に理詰めで説き伏せられ、ディオニージ殿下は渋々といった感じで俺の勧誘を諦めた。
この後、反貴族派の暗躍について話すことになったが、バルドゥーイン殿下は真摯に心を痛めているようだった。
「残念な話だが、長く平穏な時代が続いた弊害として、貴族の身分を笠に着て、領民に難題を押し付ける者がいるらしい。基本、領地の経営は各家に任せてはいるが、国の律令に背く行為が行われているならば正さねばならぬ。ここだけの話だが、グロブラス家に対しては内偵を進めているし、隣接するエスカランテ、レトバーネスの両家についても、怪しい人物の流入に注意するように申し付けた」
「それほどまでに切迫した状況でございますか?」
「いや、子爵殿が懸念するほどではない……と思いたいな」
人種に対する偏見についても意見を聞いてみたかったが、あまり物事を考えないキャラを演じるために聞き役に徹しておいた。
子爵の予告どおり、アップルパイとカスタードクリームをふんだんに使ったケーキが出されたので、遠慮なくうみゃうみゃさせてもらった。
バルドゥーイン殿下も苦笑いを浮かべていたし、ディオニージ殿下は急速に俺への興味を失っていったようだ。
かと言ってアイーダのアピールが功を奏したかと言えば、あまり芳しい反応は無かった。
言動に幼さが感じられるとは言えども、二十歳になろうかという男性が『巣立ちの儀』を迎えたばかりの女の子に興味を示すのは倫理的にも、絵面的にもマズいだろう。
それに玉の輿を目指すなら、もう少し磨きを掛けないと駄目そうだ。
王族兄弟が帰った後、子爵の執務室へと呼び出された。
「ニャンゴ、率直に、二人をどう見た?」
「そうですね……会って話をする前は、バルドゥーイン殿下が襲撃の黒幕だと疑っていましたが、どうも違っているような気がしてきました」
「ディオニージ殿下はどうだ?」
「少し危ういと感じますね。実際の年齢よりも、精神年齢が幼いように感じられました」
「そうだな、バルドゥーイン殿下も心配しておられるようだ」
「ですが、バルドゥーイン殿下が後ろ盾となっていれば、次期国王に就任しても大丈夫じゃないですか?」
「それはどうかな。ニャンゴを諦めさせた時でも、明らかにディオニージ殿下は不満そうだった。今は良いとしても、国王となられたらバルドゥーイン殿下の意見を聞かなくなるのではないか」
「確かに、そうかもしれませんね」
ディオニージ殿下が黒幕という事は考えにくいので、側近の誰かが反貴族派を利用したのかもしれない……というのは考えすぎだろうか。
いずれにしても、今のままのディオニージ殿下に国王の座に座られるのは、不安しか感じられない。
王位継承争いには首を突っ込まず静観する予定だが、それはそれで不安が募ってくる。
いったい、この国はどこに向かっていくのだろうか。





