子爵の方針
「なるほど、魔導車の補助動力の代わりに粉砕の魔法陣に魔導線を繋げば、その場に居なくとも爆破させられる訳だな」
「はい、アーネスト殿下の魔導車が爆破された場所が、坂を上り始めた辺りだとしたら、ほぼ間違いないと思われます」
「ふむ……」
花見から戻り、来客との面会を終えた子爵に時間をもらい、ナバックが立てた推理を話したが今一つ反応が良くない。
全く興味が無いという感じにも見えないが、積極的に話を聞こうという感じにも見えない。
「分かった、折を見てアンブリスにも話してみよう。ただ、ナバックに思いつくことならば、王城や騎士団で魔道具を担当している者でも気付くであろう。あまり外から意見を押し付けても混乱するばかりだからな」
「そうですね。すみません、捜査の役に立つと思って少し舞い上がっていたようです」
「なぁに、構わん。こうした王都の空気に触れさせるために連れて来たのだからな。それに、騒動に関わった者とすれば、その成り行きが気になるのも当然であろう」
確かに子爵の言う通り、『巣立ちの儀』の会場でエルメリーヌ姫を守って奮闘したからこそ、黒幕が誰なのか気になっている。
これがイブーロにいて噂話として聞いたのであれば、ここまで積極的に真相を探ろうなんて気にはなっていないだろう。
「ニャンゴ、私はアイーダの入学式を見届けたら、ラガート領に戻るつもりでいる。恐らくだが、それまでにアーネスト殿下を殺害した者は見つからないだろう」
「魔導車の手入れを行っていた者……という訳ではないのですね?」
「次の国王に一番近いと思われていたアーネスト殿下が殺害されたのだ、そんなに簡単な話ではないし、恐ろしく根の深い話になるだろう……それでも首を突っ込むか?」
「それは……」
「『巣立ちの儀』の襲撃の際には十全な力を発揮できなかったが、王国騎士団は無能ではない。襲撃に関与して捕らえられた者もいるし、国王様が徹底した捜査を命じた以上、我々が知り得ない場所でも捜査が行われているはずだ」
「本職に任せろ……ということですね?」
別な言い方をするならば、出しゃばり過ぎるなということなのだろう。
「ニャンゴの心配はエルメリーヌ姫殿下の安全だろうが、『巣立ちの儀』の時とは違い、害が及ぶことはまず無いだろう」
「それは、光属性を授かったからですか?」
「そうだ。あれほどの治癒魔法を使える者は、国中を探しても数えるほどしかおらぬ。それを害するような愚か者はおらぬだろう」
子爵は自信ありげに話したが、俺は逆に不安を感じた。
「果たして、そうでしょうか?」
「希少な治癒魔法の使い手を害する者がいると思うのか?」
「それは、これからの姫殿下の行動次第だと思いますが、いかに優れた治癒魔法の使い手であっても、治療できる人数には限りがあるはずです。姫殿下のお立場であれば、王族や貴族の治療が優先されてしまわれるでしょう。そうなった場合、一般庶民にとっては手の届かない存在、王侯貴族優先の象徴と見られてしまうような気がします」
実際、俺の左目を治したような凄い治療は、庶民の手が届くような値段ではないはずだ。
どんなに凄い治癒魔法であっても、自分達に利益をもたらさないなら、あっても無くても同じだと考える者が出て来てもおかしくない。
「だがニャンゴ、姫殿下が王族や貴族の治療を担当されるようになれば、これまでその役目を担っていた治癒士が金持ちを、金持ちを診ていた治癒士が庶民を癒すことになるのだぞ」
「理屈ではそうですが、これまで金持ち相手に高い報酬を得ていた治癒士が、安価な報酬で治療を請け負うでしょうか?」
「ふむ……なるほど、確かにその通りかもしれないな。反貴族派から見て分かりやすい標的になる心配はあるな」
子爵の話しぶりに、ちょっとした違和感を感じたので確かめてみた。
「子爵様は、今回の襲撃は王位継承争い、アーネスト殿下の殺害が真の目的だとお考えですか?」
「なぜそう思うんだ?」
「王位継承が目的だとすれば黒幕は王族であり、強力な治癒魔法の使い手であるエルメリーヌ姫殿下は、どこの陣営にとっても有用な人材であり、危害を加えられる心配はいりません。逆に純然たる反貴族制度を目的とする者であれば、姫殿下を王侯貴族の象徴として攻撃の標的にする可能性が高い。子爵様が想定されていたのは、前者でございますよね?」
「こいつはまいった、外では話すなよ」
ニヤリと口元を緩め、ギロっと視線を険しくした後で、子爵は持論を語り始めた。
「まず、アーネスト殿下の殺害は偶然ではない。恐らく、先程ニャンゴが知らせてくれたような方法を用いて殺害が行われたのだろう。だとすれば、会場の襲撃とアーネスト殿下の殺害、どちらが真の目的か言うまでもないだろう」
「何者かが、反貴族派を利用した……ってことですよね?」
「あるいは、反貴族派を装って襲撃しろと言われていたのかもしれないぞ」
「いえ、襲撃してきた連中は、本当に貴族に対して恨みを抱いているように感じました」
「そうか、ならば利用されたのだろうな」
「バルドゥーイン殿下でしょうか?」
第二王子の名前を出すと、子爵の表情がサッと険しくなった。
「分かっているとは思うが、もう一度言っておくぞ。外では口にするな、特に特定の王子の名前は絶対に出すな」
「はい、分かりました」
「今回の襲撃で、ニャンゴの有用性は広く知れ渡った。それは、味方に付ければ心強く、敵に回せばこの上なく厄介な存在だと知られたという事だ。特定の勢力に肩入れすれば、当然敵対する勢力からは要注意人物として見られるようになる。ましてや相手は王族だ、下手をすればイブーロに戻れなくなるぞ」
「えっ……?」
やはり名誉騎士に叙任され、報奨金やら年金やらの大金が貰えると分かって調子に乗っていたのかもしれない。
長年『物を言う貴族』として接してきたラガート子爵は、俺などが窺い知る事も出来ない王族や貴族の闇を見知っているのだろう。
「分かりました。この件に関しては、静観というか極力関わらないようにします」
「そうだな。能天気にうみゃうみゃしているぐらいが丁度良い」
「まさか、晩餐会で俺に自由に食事させていたのは……」
「食い物に釣られて、自分の置かれている状況すら忘れてしまうほど単純だと思われていれば、おかしな暗闘に引き入れられる心配は要らないだろう」
周囲の人々が注目していたのは、そうした思惑も絡んでいたのだろうか。
「姫殿下は、そこまで考えて……」
「いや、エルメリーヌ姫の行動は、純粋に好みの問題だと思うぞ」
「ですよねぇ……」
治療と称して俺を撫でまくっていた時の、少し逝っちゃってる目は怖かった。
「ニャンゴ、アーネスト殿下の件は王国騎士団に任せるとして、イブーロに戻ってから反貴族派への対策を手伝ってもらいたい」
「えっ……反貴族派は王位継承争いに利用されたのでは?」
「その可能性は高いが、反貴族派が存在しない訳ではないぞ。あれだけの人数を集めるのには、王都以外の場所からも連れて来る必要があるだろう。それにグロブラス領での襲撃は、王都での襲撃を行った者達とは直接的な関りは無いような気がする」
「ラガート領にも、反貴族派は存在しているのでしょうか?」
「さて、そこまでは分からないし、存在してほしくは無いが、居ると思って対策を進めるべきだろう。襲撃が行われれば関係の無い者を巻き込む可能性もあるし、私が死ねば領地が混乱する。それは領民にとって不利益をもたらすはずだ」
グロブラス領での襲撃では俺が爆風を防御したから、子爵一行よりも見物していた人々の方が多くの死傷者を出している。
仮にラガート子爵が殺害された場合、ジョシュアが家を継いでいくのだろうが、領内の治安は悪化するだろう。
「反貴族派のような連中は、突き詰めていけば現状の生活に不満を抱いている者達だ。生活が苦しい、周囲の者達よりも酷く貧しい、迫害されている……そうした不平不満が蓄積したところに扇動する者が現れると、一気に爆発して大きな事態へと発展していく」
「どう対処なさるおつもりですか?」
「これまでも少しずつ進めていたのだが、貧民街の解体を加速させるつもりだ」
「それでは猫人の権利も……」
「無論、考えてはいるが、貧民街に落ちるのは猫人とは限らないのは知っているな?」
子爵の言う通り、夜の貧民街で客引きをしているのは、猫人だけではない。
街娼以外にも、いかがわしい仕事はあるそうで、多くの人種が劣悪な環境で働かされているらしい。
「ラガート領では、イブーロの貧民街が最大の規模だが、他の街にも同じような区画が存在する。そこに巣食う者達が、全員反貴族派として活動を始めたら、ラガート騎士団だけでは対処できないだろう」
「では、どうやって解体を進めるのですか?」
「城があるトモロス湖では魚の養殖を行っているのは知っているな?」
子爵の城が立っているトモロス湖や、周辺の沼や池では魚の養殖が行われている。
以前、飛行船で上空を飛んだ時にも、いくつもの養殖いかだが見えた。
「はい、お城の夕食でいただいたモルダールは絶品でした」
「そのモルダールの商品化を前倒しして、雇用を創出する。村を出てイブーロに来たものの仕事にありつけなかった者達が働く場とするつもりだ」
「つまり、貧民街に落ちる者を減らすのですね?」
「その通りだ。それに加えて、各村独自の産業が起こせないか、今一度見直しを行わせる」
「アツーカ村もですか?」
「当然だが、簡単ではないのは分かっているな?」
アツーカ村は周囲を山に囲まれていて、これ以上の耕作地の開墾は難しい状態だ。
山の樹木も植林されて、手入れを行ってきた物ではないので、材木としての価値が低い。
「はい、俺が生まれ育った村ですから、良く知っています」
「ならば、知恵を貸してくれ、アツーカにあって、イブーロや王都には無い物」
「特産品ってことですよね?」
「そうだ。出来れば、モルダールのように人の手で増やせるものが望ましい」
「人の手で増やせて、イブーロに持っていけば……あっ!」
「どうした、何か思いついたか?」
「はい、ですが人の手で増やせるかどうか……」
「それは何だ?」
「プローネ茸です」
「おぉ、確かにプローネ茸ならば価値はある。問題は、どうやって増やすかだな」
「日が当たらない、湿気がある場所に生えるので、同じような環境を作ってやれば増やせるかもしれません」
「ふむ……学校の教師に研究させるか。エスカランテに出荷出来れば、良い儲けになるかもしれんな」
「はい、土に生えたままの状態で運べば、キルマヤ辺りまでは余裕で運べると思います」
子爵は領地に戻り次第、プローネ茸の栽培の研究を始めさせると言ってくれた。
これが成功すれば、アツーカ村にも新しい産業が出来るかもしれない。
王都での生活も楽しいが、そろそろイブーロやアツーカが恋しくなってきた。





