エルメール卿(ルベーロ)
※オラシオと同室のルベーロ目線の話です
「うちは心を込めて贈る品物を作っているんだ、女たらしに売るような品物は扱っていないよ」
「誤解ですよ。お世話になっているギルドの職員さんや、抜け駆け禁止の酒場のお姉様や、パーティーの同僚で武術の師匠に贈る品物です。女たらしどころか、オモチャにされている身にもなって下さい……」
「あはははは、これは失礼した。そういう事情があるならば、腕に縒りを掛けて選ばせてもらうよ」
三軒目の宝飾店、オラシオの幼馴染だというエルメール卿に、後々の勉強になるだろうから一緒に来るように言われ、俺達も足を踏み入れたのだが場違い感が凄い。
普段は太々しい雰囲気を漂わせているザカリアスが、他のお客さんの邪魔にならないようにデカい体を縮めて小さくなろうとしている。
田舎育ちの朴訥さが抜けていないオラシオやトーレは、入口を入った所で置物みたいに固まっている。
かく言う俺も、エルメール卿の観察という目的が無ければ、他の三人と一緒だったろう。
結局、エルメール卿は石の色が異なるペンダントを三本購入した。
金貨1枚を支払って、大銀貨1枚のおつり。
そんな大金を使っても平然としているのは、やはり冒険者として活動しているからなのだろう。
エルメール卿に促されて店を出ると、オラシオは大きな溜息をついてみせた。
「ふぅ……凄い場違いで緊張しちゃったよ」
オラシオの言葉にトーレが凄い勢いで頷いているが、エルメール卿は苦笑いを浮かべている。
「しっかりしろ、オラシオ。騎士になればもっと高級な店にも出入りするようになるだろうし、王族や貴族と顔を合わせる機会も増えるんだぞ」
「わかってるよ……わかってるけど、急には慣れないよ」
まったくだ、オラシオの言う通り田舎育ちの俺達が、そんなに簡単に華やかな街に馴染んでたまるか。
王都に来て2年になるが、訓練は敷地の中で行われているし、街中で活動する時も上官に連れられて行き来しているだけだ。
自分達だけで、こんなに訓練場から離れて行動したことは初めてだ。
オラシオも俺と同じことを考えていたらしく、ここから帰れと言われたら迷子になると話している。
「情けない……そんなことで王都を守れるようになるのか?」
「だって……」
「というか、王都じゃ迷子になんかならないだろう。今は昼過ぎなんだから、太陽の位置からみれば王都の中心はあっちだ。見ろ、あそこに大聖堂の塔が見えてるじゃないか」
「あっ、本当だ……」
「大聖堂は、第二街区の西門を入った所だ、そこから壁沿いに南に向かえば、訓練場まで迷いようが無いぞ」
「そうか、大聖堂の塔を目印にすれば良いのか」
「とは言っても、王都の治安を守るようになれば、瞬時に自分の居場所が分からなきゃ話にならない。休みの日には、王都の街を歩き回って地理を頭に叩き込め」
「うん、そうするよ」
「よし、オラシオ、あの甘い匂いのする屋台に行くぞ」
エルメール卿は、オラシオと手を取り合うようにして屋台へ小走りで向かっていく。
体格も性格も全然違っているから、こうして上手くやっているのだろうか。
俺も故郷にいる頃には、たくさん友達がいたのだが、王都に来てからは訓練についていくのが精一杯で疎遠になってしまっている。
今年一年訓練をやり通し、振るい落としの試験に合格すれば一時帰郷が認められる。
故郷に戻った時に、オラシオとエルメール卿みたいに、俺を迎えてくれる友達は何人いるだろう。
ちょっと……いや、かなり二人が羨ましく感じてしまった。
「おっちゃん、7つおくれ」
「あいよ、まいどあり!」
エルメール卿が突撃したのは、揚げパンの屋台で、棒状に揚げた生地にたっぷりと蜂蜜が掛けられているものだ。
「はいよ、ザカリアス、トーレ、ほら、ルベーロも、よし、オラシオは2本持っていてくれ」
「ちょっと、ニャンゴ。どこ行くの?」
エルメール卿は両手に揚げパンを持つと、今来た道を戻って行く。
20メートルほど駆け戻ったかと思うと、急に方向を変えて道を横切ると、ハイエナ人のカップルの前に立ちふさがって揚げパンを手渡した。
いきなり揚げパンを差し出されたカップルは驚いて断わっていたが、エルメール卿から何かを言われると、ガックリと肩を落として揚げパンを受け取った。
「もしかして、あの2人がギルドマスターの監視役なのか?」
「あっ……」
ザカリアスに言われて、昼食前にエルメール卿が話していた事を思い出した。
「でも、ニャンゴは周りを気にしてなかったけど……」
「オラシオ、戻って来たら聞いてみてくれ」
「うん……」
戻って来たエルメール卿に揚げパンを手渡しながらオラシオが尋ねると、あっさりその通りだと認めた。
「ニャンゴ、どうしてあの二人が監視してるって分かったの?」
「ふふーん……それは秘密だ。冒険者は簡単に手の内を明かさないものだぞ」
確かに、騎士とは違って単独で依頼を受けることもある冒険者が、自分の手の内をホイホイ明かしてしまったら敵対する者に弱点を晒すことになりかねない。
それでも、さっきのあれだけは教えてもらいたいから思い切って聞いてみた。
「あ、あの……エルメール卿、どうして複数の属性魔法が使えるのです?」
「使えないよ。俺が使えるのは空属性魔法だけ。さっきギルドの魔道具で判定するところを見たよね?」
「でも、さっきは火を起こしたり、水を出したり、明かりを点けたりしてましたよね?」
「あれはね……刻印魔法なんだ」
今手の内は明かさないと言ったばかりなのに、エルメール卿はあっさりと複数の魔法が使える理由を明かしてくれた。
「も、もしかして、他の刻印魔法も使えるんですか?」
「使えるよ。でも、でもこれ以上は教えられない。一緒に依頼や任務を受ける機会があれば、その時にはもう少し種明かしするよ……うみゃ、揚げパン甘くてサクサク、うみゃ!」
話は終わりだとばかりに揚げパンを齧り始めたエルメール卿に、これまでずっと無言だったトーレが問い掛けた。
「あの……魔銃の魔法陣も使えるのですか?」
「うん、使える。使えなかったら、襲撃犯を退けられなかったよ」
ギルドで絡んできた冒険者を封じた魔法、それに魔銃の魔法陣を使えるとなれば、確かに姫殿下を守り、襲撃犯を撃退したというのも頷ける。
ギルドで計測した魔力指数からしても、相当な防御力、攻撃力を持っているのだろう。
「うもぉ、甘い、甘くて美味しいよ、ニャンゴ」
「うみゃいな、オラシオ。これ食べ終わったら、次は武器屋に行くぞ」
「ニャンゴ、何か武器を買うの?」
「パーティーの仲間へのお土産だ」
エルメール卿は、揚げパン屋の親父から有名な刃物店の場所を聞き出して、そこを目指して移動を始めたのだが、美味そうな物、面白そうな物がある度に足を止める。
猫人だから、そんなには食えないと言いながら、菓子でも料理でも片っ端から俺達に買い与え、オラシオに一口寄越せと言っては味見をしている。
いや、俺達だって無限に食える訳じゃないから……。
ザカリアスは笑顔だが、俺とトーレはもう限界だ。
刃物店に入ったエルメール卿は、店員さんに色々と説明を聞いた後で、1本大銀貨2枚もするナイフを7本も購入した。
「ニャンゴ、そんなに大きなパーティーに所属しているんだ」
「いや、お土産に持って帰るのは3本だけだ。残りの4本はオラシオ達の分だ」
「えぇぇぇ! こんなに高いナイフ貰えないよ」
「あって困るものじゃないだろう? 良い冒険者は良いナイフを使っているものだ。野営すれば焼いた肉とかハムとかは、ナイフで削いで食うだろう? 切れるナイフを持っていれば、それだけ多く食えるぞ」
オラシオは幼馴染だから良いとして、俺達まで貰うのは……と断わったが、この先もオラシオを支えて欲しいと頼まれて押し付けられてしまった。
エルメール卿が選んでいる時から凄いナイフだと分かっていたし、正直に言うと喉から手が出るほど欲しいと思っていたから、手渡された時には震えたほどだ。
刃物店を出た後も、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、オラシオを慌てさせながらエルメール卿は笑い続けていた。
訓練場に戻るまでには、俺達が全員で抱えるほどの菓子を買って押し付けてきた。
「訓練場のみんなで分けて食べてくれ、じゃあ、オラシオ。次に会えるのは何時になるか分からないけど、元気でいろよ」
「うん、ニャンゴも元気で……」
「馬鹿、泣くな……もう会えなくなる訳じゃないんだぞ」
「でも、でも……」
「ちゃんと騎士様になって、胸を張ってアツーカ村に帰って来い。あぁ、俺が一足先にミゲルを見返しておくから、ちゃんと後に続けよ」
「分かった、ミゲルも災難だね」
「そりゃ、何年にも渡って俺達を馬鹿にしてきたんだ、ツケを払ってもらうだけさ」
「ニャンゴ、また手紙を書くよ」
「おぅ、イブーロのギルド宛にしてくれ、そうすれば依頼の時に受け取れるからな」
「うん、分かった」
エルメール卿は、何度も振り返りながらラガート子爵の屋敷へと戻っていった。
その小さな後姿が見えなくなっても、暫くオラシオは立ち尽くしていた。
「オラシオ、行こう。食堂でみんなに菓子を配って、エルメール卿の話をしなきゃ」
「うん、そうだね」
オラシオは、目尻に溜まった涙を袖で拭うと、俺達と肩を並べて宿舎へと戻った。
俺と同じ年で、あんなに小さな猫人なのに、名誉騎士に、Aランク冒険者に上り詰めた人がいる。
俺達にだって、やってできない事はないはずだ。
エルメール卿と過ごした1日を、俺は生涯忘れる事はないだろう。





