再会
晩餐会の翌日、ようやくオラシオを訪ねられることになったのだが、昨夜はエルメリーヌ姫がなかなか帰してくれなくて大変だった。
食事を一通りうみゃうみゃした後で歓談の時間となり、念のために治癒魔法を掛けましょうと言われて、折角の申し出なのでお願いしたのだ。
「では、ニャンゴ様、失礼いたします。光よ、癒せ……」
エルメリーヌ姫は、光属性の治癒魔法を発動させて、俺の左目の辺りを優しく撫で始めた……ところまでは良かったのだが、いつまで経っても治療が終わらない。
それどころか両手で顔を包み込むようにして、撫でり……撫でり……と撫で続けた。
「ふふっ……ふふふっ……」
「えっと、姫様……?」
「ふふっ……大丈夫ですよ……ふふふっ……」
いやいや、大丈夫じゃないだろう。
言っちゃ悪いけど、怖いよ、怖い……って、あっ、耳は……。
あれ、国王様が止めてくれなかったら、一晩中撫でられてたんじゃないかな。
グッタリ疲れて、ラガート家の屋敷に帰った後はすぐに眠ってしまったのだが、朝起きてみると顏から頭の毛並みが艶っ艶になっていた。
エルメリーヌ姫の治癒魔法は凄いけど、怪我とか病気をしない限りは遠慮させてもらおう。
昨晩、デリックの父親である騎士団長から教えてもらったのだが、今日と明日は騎士見習いに休みが与えられるらしい。
騎士見習い達も『巣立ちの儀』に備えて、連日警備の手伝いに駆り出されていたそうで、久々の休みなので朝食を終えると早々に出掛けてしまう可能性があるらしい。
なので、俺も朝食を終えた後、すぐにお屋敷を出て騎士見習いの訓練場を訪ねた。
騎士見習いの訓練所は、貴族の屋敷がある第一街区南門を出て、王城側の第二街区にあたる所にあった。
今日は護衛の仕事ではないので、ラガート家の紋章が入った革鎧も着ていないし、もちろん王家から下賜された名誉騎士の服も着ていない。
普段着の生成りのシャツに紺のカーゴパンツ姿なので、門前払いを食らってしまうかと少し心配したが、全くの杞憂だった。
「ニャンゴ! ニャンゴぉぉぉぉぉ!」
門の脇にある受付に声を掛けようと歩み寄ったら、敷地の中から大声で名前を呼ばれ、視線を向けると地響きがしそうな勢いで、ごっつい牛人が駆け寄って来た。
「ニャンゴ、ニャンゴだ……えぇぇぇぇ! ニャンゴが小さくなっちゃった!」
「落ち着け、オラシオ。お前がデカくなりすぎなんだよ」
『巣立ちの儀』を受けた時でも大人と子供ぐらいの身長差があったが、この2年の間にオラシオは呆れるほど大きくなっていた。
「まったく、何を食ったらそんなに大きくなるんだよ」
「えっと、訓練が凄く大変で……だから凄くお腹が空いて……いっぱい食べても良いって言われたから……ニャンゴ大きくならないね」
「ほっとけ……でも、元気そうで良かったよ」
「うん、ニャンゴと約束したから頑張ってるよ」
「そうだな、約束したもんな。さぁ、オラシオ、王都を案内してくれ!」
「あっ……それは……」
実は昨晩、騎士団長から騎士見習いについて話を聞いている。
最初の三年ぐらいは、とにかく訓練が厳しくて、休みの日には寝て過ごす者が殆どらしい。
訓練場の外に出るとしても、訓練場近くのボリューム自慢の食堂に出掛ける程度らしい。
「どうした、オラシオ。俺、イブーロの人達にお土産を買って帰らなきゃいけないんだよ。どこで何を買ったら良いかな?」
「えぇぇ……えっと、えっと……」
腕組みした猫人の前で、ごっつい牛人が冷や汗を流しながら、しどろもどろになっている絵面はなかなかに貴重じゃないかな。
「ご、ごめん、ニャンゴ。まだ、全然王都の事は分からないんだ……」
「そうか、でも今日は休みなんだよな?」
「えっ、うん、そうだけど……」
「じゃあ、大丈夫だ。迷子になっても誰かに聞けば良いだけだ」
「う、うん、そうだね」
「じゃあ、まずは冒険者ギルドに行くぞ!」
「あっ、ちょっと待って、ニャンゴ。友達も一緒に行っても良い?」
「あぁ、勿論良いぞ、オラシオが日頃お世話になってるんだろう?」
「うん、みんな仲良くしてくれてる同室の仲間なんだ」
オラシオの後方でゴツい三人組が固まって、俺達の方を眺めているのには気付いていた。
「紹介するね、寮で同室のザカリアス、トーレ、ルベーロだよ」
「どうも、オラシオの幼馴染の冒険者ニャンゴです」
「なんだよオラシオ、やっぱり別人じゃんか」
肩を竦めてみせたのは、犬人のルベーロだ。
四人の中では一番小柄だが、それでも俺から見れば十分にゴツい。
イブーロの犬人のパーティー、トラッカーの3人と較べても遥かにゴツい身体つきをしている。
「ねぇ、ニャンゴ、王都の『巣立ちの儀』で第五王女様を守ったラガート家の騎士がいたって聞いたんだけど……ニャンゴじゃないの?」
「えっ、あぁ……あれは警護をしやすいように、子爵様が紋章入りの革鎧を用意して下さったんだよ。子爵家の護衛として王都まで来たけど、俺は騎士じゃなくて冒険者だぞ……って、オラシオ?」
俺がラガート家の騎士のような扱いになっている理由を話したのだが、オラシオを含めて四人ともが固まっている。
「す、凄いよ、ニャンゴ! やっぱりニャンゴだったんだ、凄い、凄い!」
「ふみゃぁぁぁ、馬鹿……下ろせ、オラシオ……」
興奮したオラシオに持ち上げられて、高い高いをされてしまった。
オラシオはめちゃめちゃ興奮しているが、他の三人は顔を見合わせている。
まぁ、届いている噂話には色々と尾鰭が付いているのだろうし、今の俺と見較べても信じられないのだろう。
「あれっ、みんなどうしたの?」
「いや……何て言うか、仕入れた情報と較べると……なぁ?」
「うむ、身のこなしは、なかなかのレベルだと思うが……」
ルベーロの言葉に同意を示したザカリアスは、何か武術の心得があるような感じがする。
馬人のトーレは黙ったままだが、判断を下せないのか首を捻っていた。
「みんな。ニャンゴが嘘をついているとでも……」
「よせ、オラシオ。手柄を信じてもらえないのには慣れてる。どんな噂話が流れているのか知らないけど、俺が関係していなかったら猫人が出来る事だとはオラシオも思わないだろう?」
「それは……そうかもしれないけど……」
「いいから、いいから、ここで突っ立ってたって時間の無駄だ。とりあえず冒険者ギルドに行くぞ」
「うん、分かった……って、ニャンゴ、浮いてる……」
ステップを使って目線を合わせると、オラシオは目を真ん丸にして驚いた。
「どうだ、これが俺の空属性魔法だ。オラシオがデカくなりすぎて、こうでもしないと首が痛くなりそうだからな」
「うん、僕もこっちの方が話しやすいや」
冒険者ギルドの場所は聞いてあるので、満面の笑みのオラシオと、半信半疑といった表情の3人を引き連れて、第三街区へ出る南西門へと向かった。
王都の殆どの役所は第二街区の中にあるが、色々と胡乱な人物も立ち寄る冒険者ギルドは第三街区に設置されていた。
第三街区に追いやられたとは言っても、さすがは王都の冒険者ギルドとあって、その規模はイブーロのギルドの何倍もの大きさがあった。
「ねぇ、ニャンゴ。ギルドには何の用事なの?」
「あぁ、昨日、国王様から新しいカードが支給されるから取りに行けって言われたんだ……って、オラシオ?」
突然立ち止まったオラシオは、ギギギっと軋み音でも立てそうな動きで後の三人を振り返った。
視線を向けられた三人は、目を丸くして俺を凝視している。
「ニャンゴ、今何て言ったの?」
「えっ、国王様に新しいカードを……」
「国王様に会ったの?」
「うん、晩餐会で会った……って、オラシオ?」
「ニャンゴ、お城に入ったの?」
「入ったけど、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃないよ。凄いよ、僕らお城になんて入れてもらえないし、国王様にも会った事ないよ」
「えぇぇ……王国騎士の見習いだよな? 入隊式みたいなのは無かったのか?」
「あったけど、来たのは騎士団長だよ」
「あぁ、アンブリスさんにも会ったよ」
「ア、アンブリスさんって……」
「姫様と一緒に、騎士団長の息子も助けたから、お礼を言われた……って、オラシオ?」
「ニャンゴが……ニャンゴが遠くに行っちゃった」
「いやいや、待て待て、確かに凄い人達と知り合いになったけど、俺は俺だからな、良く見てみろ、俺を」
オラシオは、じーっと俺を見た後で頷いた。
「うん、ニャンゴだ……」
「だろう、色々気にしすぎだ」
「そうかなぁ……」
どうやら、騎士見習いにとっては、国王どころか騎士団長も雲の上の人みたいだ。
ギルドは、まだ朝の混雑が続いていたので、少し端っこで待ってから受付に向かった。
「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょうか?」
犬人の受付嬢は、さすが王都と思わせるシュっとした美貌だ。
いや、ジェシカさんが垢抜けていないなんて言ってる訳ではないぞ。
「すみません、新しいギルドカードを受け取りに行くように言われて来たのですが……」
「新しいカード……ですか?」
「はい、俺も良く分からないんですが、ここで古いカードを出せば分かるって……」
「はぁ……少々お待ち下さい」
犬人の受付嬢は、俺のギルドカードを受け取ると、後の上司と思われる男性に確認しに行き、凄い勢いで戻って来た。
「失礼いたしました、エルメール卿。ただ今、別室にご案内いたします!」
「えっ……よ、よろしくお願いします」
犬人の受付嬢がカウンターを回り込んで来る間に振り返ると、またオラシオがフリーズしていた。
「エルメール卿って……ニャンゴ、貴族様になったの?」
「気にするな、形だけの名誉騎士だ。それに、あと何年かしたらオラシオだって騎士になり、貴族の仲間入りするんだろう? 俺と約束したろう?」
「う、うん……約束した」
「だったら、そんなにビクビクするな」
「でも……」
「住む場所や所属や立場が変わっても、俺はアツーカ村で生まれ育ったニャンゴだ。お前は誰だ」
「僕は、アツーカ村で生まれ育ったオラシオだよ」
「だろ? せっかく久しぶりに会えたんだ、余所余所しくしないでくれよ」
「ニャンゴ……ごめん、僕もニャンゴに会えて嬉しい。でも、ビックリしすぎて……」
頭を掻きながら照れたように笑う姿は、体は大きくなっても俺の良く知っているオラシオだった。
「まぁ、俺自身ビックリの連続で、ちょっと麻痺しちゃってる感じだけどな」
「そうだよ、ニャンゴ、ビックリさせすぎだよ」
「悪い悪い……そうだ、オラシオ」
「どうかした?」
「俺、この前、ワイバーンを仕留めたんだぜ」
「へぇ……えっ? えぇぇぇぇぇ!」
驚いたオラシオの大声に、案内に出て来た受付嬢がビックリしてた。
うん、やっぱりオラシオといると楽しいにゃ。





