王位を争う者達
『巣立ちの儀』の翌日、また俺はラガート家の屋敷に足止めされていた。
オラシオの所を訪ねたかったのだが、昨日の騒動で騎士団は現場の調査や片付け、襲撃犯の身元の調査、聞き込み、不審者の洗い出しなど大騒ぎが続いており、そこに騎士見習いも駆り出されているらしい。
花見なんて行ってられる雰囲気ではないし、ナバックも魔導車に損傷が無いか点検をおこなっている。
革鎧の手入れも済ませてしまったし、つまり俺は暇を持て余しているのだ。
日当たりの良いバルコニーで昼寝でもしたいところだが、生憎と朝からシトシトと雨が降っているし、やることが無かった。
雨が降っているせいで肌寒く、騎士達の使う宿舎の談話室の暖炉の前に空属性魔法でクッションを作り、そこで丸くなろうかと思っていたらジョシュアが訪ねてきた。
「ニャンゴ、少し王族について話しておこうと思うのだが……」
「いえ、王位継承争いとか知らない方が……」
「王子の名前を間違えたら、下手をすると首が飛ぶが……」
「聞きます、説明して下さい」
「まぁ、冗談だがな……」
くぅ……やっぱり腹黒お坊ちゃまだ。
「ニャンゴが顔を会わせた王族は、アーネスト殿下、バルドゥーイン殿下、ファビアン殿下、エルメリーヌ姫の四人だな?」
「国王陛下と王妃様にも『巣立ちの儀』の会場でお会いしました」
「あぁそうか、陛下と第四王妃様かな?」
「さぁ、たぶんエルメリーヌ姫の母君だと思いますが」
「ならば、第四王妃フロレンティア様だろう」
ファビアン殿下とエルメリーヌ姫は、第四王妃の子供だから日頃から仲が良いらしい。
「まぁ、他の王妃の子供であっても仲は良い……ようには見えるな」
「その口ぶりですと、実際には色々とありそうですね」
「少々複雑だから、良く聞いてくれ」
「はい……」
あまり首を突っ込みたくないのだが、ジョシュア自身が誰かに話して考えをまとめたいようにも見えたので仕方なく聞いたのだが、少々どころか相当面倒な状況のようだ。
「シュレンドル王国には6人の王子がいたのだが、アーネスト殿下が亡くなられて現在は……第二王子バルドゥーイン殿下、第三王子クリスティアン殿下、第四王子ディオニージ殿下、第五王子エデュアール殿下、第六王子ファビアン殿下の5人だ」
「すみません、ジョシュア様、次の王様は王位継承順位で決まるものなんですか?」
「いや、そうではない。一応、王位継承順位は考慮されるだろうが、最終的な判断を下すのは現在の国王様だ」
「では、国王様の意志次第では、継承順位が下の王子様が国王になることもあるのですね?」
「そうなんだが、そうした場合には当然揉め事が起こりかねない。すんなりと王位継承が行われる場合もあるが、大きな争いとなった事もあったそうだ」
たぶん王家の歴史とか内乱とかは、アツーカ村の学校でも教えていたのだと思うけど、俺は薬草摘みに出ている事の方が多く、習った記憶が残っていない。
というか、全く興味が無かったので、右から左に聞き流していたのだろう。
「確か、次の国王には慣例として獅子人の王子が選ばれると聞きましたが、5人の中で獅子人はどなたとどなたですか?」
「第三王子クリスティアン殿下、第四王子ディオニージ殿下、第五王子エデュアール殿下の三人なのだが……クリスティアン殿下とディオニージ殿下は母親が別の王妃で、誕生日は1ヶ月程度しか離れていない」
「エデュアール殿下はいくつ年下になりますか?」
「2つ下の16歳だ」
「では、普通に考えると、クリスティアン殿下とディオニージ殿下のどちらか……ということになるのでしょうか?」
「そうなるのだが……なぜこの話をしているのか思い出してくれ」
「あっ……昨日の襲撃」
アーネスト殿下は、魔導車に仕掛けられた粉砕の魔法陣によって暗殺された可能性が高い。
王位継承順位1位のアーネスト殿下が亡くなれば、当然継承順位2位の者が得をすることになるが、そのバルドゥーイン殿下は白虎人ゆえに慣例で選ばれにくい。
だとすれば、クリスティアン殿下かディオニージ殿下が怪しいのだろうか。
「正直に言うと、ファビアン殿下を除いた4人の王子は全員怪しい」
「でも第二王子のバルドゥーイン殿下は獅子人じゃないですよね」
「そうなのだが、バルドゥーイン殿下の母親である第二王妃は、ディオニージ殿下の母親でもあるのだ」
「あっ……弟を次の国王にするため……ですか?」
「というよりも、各王妃の陣営が怪しいという感じだな」
「王子個人というより、各王子を次の王様にしたい人達の仕業……という感じですか?」
「そう考えるべきだろうな。王妃に実家である貴族、懇意にしている貴族、それらと取り引きのある商人、裾野はどこまで広がっているか分からん」
これは、俺が想像していたよりも遥かにドロドロしてそうだ。
王族や貴族が、こんな争いに夢中になって民衆をないがしろにした結果、反貴族派なんてものが出来上がり、その反貴族派が王位継承争いに利用されているとしたら、俺が討伐した連中なんて無駄死にそのものだ。
「その第三、第四、第五王子は、みんな次期国王への意欲を示しているのですか?」
「そうだな、これまで表立って公言していたのは第三王子のクリスティアン殿下ぐらいだが、ディオニージ殿下も エデュアール殿下も、その気は無いと公言はしていない」
「選ばれたらやる……みたいな感じですか?」
「そんな感じだな。アーネスト殿下と対立していないように取り繕っていた感じだ」
「もしかして、アーネスト殿下が亡くなられて、これからは対立が表面化するんでしょうか?」
「それも無いとは言えないな」
「ラガート家の立ち位置は?」
「中立だ。我が家は、どこの派閥にも加担しない」
隣国との国境に接するラガート家が、どこかの派閥に属して遺恨を遺せば、有事の際の出兵に悪影響を及ぼしかねない。
くだらない遺恨のために国が滅ぶような事が無いように、王位継承争いには関わらないのが家訓だそうだ。
「それならば、アーネスト殿下の殺害疑惑など調べなければ良いのではありませんか?」
「それは違うぞ、ニャンゴ。我々は特定の王子に肩入れする事はないが、邪な方法で他者を蹴落とすような王族がいるならば諫言せねばならない。『巣立ちの儀』の会場の襲撃が、アーネスト殿下を殺害するために行われたのだとすれば、例え王族の仕業であったとしても許されることではない」
いまだに正確な数字は聞いていないが、今回の襲撃で命を落とした人は10人や20人ではすまないだろう。
少なく見積もっても100人以上であるのは間違いない。
王位を手に入れるために、他者の命を踏みにじるような人物が、次の国王に相応しいか否かなど言うまでもない。
「犯人は見つかるでしょうか?」
「さぁな……国王が調査を行う騎士団に、どの程度の権限を与えるか……だな」
調べを進めていけば、必ず王族や貴族が壁となって立ち塞がるだろう。
露骨な捜査妨害をすれば怪しまれてしまうが、王族が不敬であると言えば騎士と言えどもそれ以上の追及はしづらいだろう。
「実はな、既に第三王子クリスティアン殿下からニャンゴの譲渡を打診されたが断わった」
「えぇぇ……」
「なんだ仕官したかったのか?」
「いえいえ、そうではなくて、何で自分を欲しがるのですか?」
「そんなもの決まっているだろう。あの襲撃の中でエルメリーヌ姫を守り抜いた防御力を買われたのだ。アーネスト殿下亡き今、一番王位に近いのはクリスティアン殿下だ。次に狙われるのは自分だと思っているのだろう」
「なるほど……ですが、クリスティアン殿下には近衛騎士が付いていらっしゃるんですよね?」
「無論だ。だが、近衛騎士は1人しか選べない訳ではない。アーネスト殿下と会っているなら、複数の騎士を連れているのを見ただろう」
「あっ……そういえば、そうでした」
頭を下げて足下しか見えなかったので、アーネスト殿下は後姿しか見ていないが、数人の騎士を引き連れていた。
あれが全部近衛騎士で、それだけの人数を揃えていても爆破テロを仕掛けられれば命を落とすのだ。
「他の王子からも打診されたりするんですかね?」
「可能性は高いな……仕官するか?」
「とんでもない。そんな窮屈な所に行くぐらいなら、エルメリーヌ姫の近衛騎士になりますよ」
「去勢されてもか?」
「えっ……?」
「女性王族の近衛騎士は、当然後宮にも出入りする必要があるから、男性の場合には去勢されるぞ」
「ふみゃぁぁぁ……き、聞いてませんよ。危ない、エルメリーヌ姫の近衛騎士なら……って、ちょっと思っちゃってました」
「はははは……正式な任命を受ける前に分かって良かったな」
猫人に生まれ変わってから、女性との恋愛をどうすれば良いのか悩み続けて結論が出せないでいるが、何もなすことなく取られちゃうのは勘弁してもらいたい。
昨日の反貴族派の襲撃よりもゾっとさせられたよ。
てか、そんな大事な話は、もっと早く教えておいてくれ。





