カウンターで……(ジェシカ)
※ジェシカ目線の話です
「マスター、軽めのを一杯いただけます?」
「お疲れ様でした、ジェシカさん。今年は例年以上でしたね」
「まったく、誰かさんのせいで大変でした……」
『巣立ちの儀』この国に生まれた子供たちにとって、一生を左右するかもしれない大切な日は、私たち冒険者ギルド職員にとっては大忙しの一日でもある。
冒険者として登録を行うには、本人の血液と魔力パターンの登録が必要だ。
『女神の加護』によって生まれ持った属性魔法を封印されている間は、魔力パターンの測定が出来ないので、冒険者としての登録も出来ない。
そのため『巣立ちの儀』の当日には、封印が解かれた子供達が大挙して登録に訪れ、例年ギルドは大混雑する。
冒険者としての登録を終えれば、ギルド経由で依頼を受け、報酬を得ることが出来るようになるが、登録した者全員が冒険者として生計を立てていける訳ではない。
冒険者としての依頼の多くは、魔物の討伐や他の街へと向かう荷物や人の護衛などの荒事絡みだ。
当然、体格や魔法の威力などが問われ、人種や属性によっては最初から向いていないと思われる人も少なくない。
そもそも、魔力指数が飛びぬけて優れている子供達は、王国騎士団やラガート家の騎士団からスカウトされ、冒険者になることは殆どない。
つまり、『巣立ちの儀』の当日に登録を行ったとしても、実際に冒険者として活動する人の多くは、必然的に体格に恵まれた人種ということになる。
それ以外の者達は『巣立ちの儀』の記念としてギルドカードを作り、身分証明書として利用することが殆どだ。
私たちギルドの職員が、冒険者個人を認識するようになるのは、実際に活動を始め、実績を残し、頭角を現してからだ。
『巣立ちの儀』の当日に登録を行った子供を覚えているなんて、例外中の例外と言っても過言ではない。
それでも、2年前の『巣立ちの儀』の日に、少し遅れて登録に現れた猫人の少年のことは、今でも鮮明に覚えている。
私は、てっきり一緒に来た牛人の少年が登録に来て、猫人の彼は付き添いだと思っていた。
測定した魔力指数は平凡……いえ、本人には言わなかったけれど、冒険者として活動していくには絶望的と言って良いほど低かった。
付き添いで来た、騎士団にスカウトされたという牛人の少年の数値が飛び抜けていただけに、可哀相だとさえ思ってしまった。
しかも、猫人の少年の魔法属性は空属性。
一般的には、空っぽのハズレ属性とさえ言われている。
本人は、出来上がったばかりのギルドカードをキラキラした希望に満ち溢れた瞳で見詰めていたが、冒険者として依頼を受けに来る事は無いだろうと思っていた。
そんな矢先、猫人の少年は通りがかったヘラ鹿人の冒険者にギルドカードを奪われてしまった。
冒険者の中には、年下やランクが下の冒険者をいたぶるのを趣味にしている者がいる。
そのヘラ鹿人の冒険者も、そうした者の1人としてギルド職員の間で鼻つまみ者として知られていた。
冒険者同士の争いは訓練場での決闘を除いて、基本的にギルドはノータッチだ。
無論、再起不能になるような大怪我や殺人ともなれば話は別だが、対人の争いを解決出来ないようでは、護衛の仕事などこなせないというのがギルドのスタンスなのだ。
それでも、さすがに登録したての子供相手に、あまりにも大人げない行為だと思って注意しようと思ったのだが、その必要は全く無かった。
何をどうしたのか分からなかったが、猫人の少年は素早くギルドカードを取り返すと、牛人の少年の手を引いてギルドを飛び出して行った。
ヘラ鹿人の冒険者が、体勢を立て直した時には、猫人の少年は影も形も無くなっていた。
居合わせた他の冒険者の笑いものとなり、悪態をつきながら追いかけていったようだが、祭りの雑踏に紛れてしまえば見つかることはないだろう。
猫人の少年の身のこなしは、後の活躍を予感させるのに十分な鮮やかさだった。
「ふふっ……」
「なぁに? 思い出し笑い?」
「あらレイラさん、今日はお休みじゃないんですか?」
「うん、休みよ……何となくお客として飲みに来たの」
さすが酒場のマドンナとあって、女性の私が見てもドキリとする艶っぽさだ。
「それで、何を思い出し笑いしていたの? 今日は目が回るような忙しさだったんじゃないの?」
「ホント、今年は例年に輪を掛けて忙しかったです。誰かさんのせいで……」
「あぁ、なるほどねぇ……その誰かさんは、今頃王都で、うみゃうみゃ言ってるのかしらね?」
「言ってるんじゃないですかね……ふふっ」
依頼を終えて戻って来たらしい冒険者が一緒に飲まないかと声を掛けて来たが、レイラさんがヒラヒラと左手を振るだけで、スゴスゴと退散していった。
レイラさんのご機嫌を損ねれば、下手をすれば酒場に出入りする冒険者全員を敵に回すことになる。
それに、今日のレイラさんは仕事着ではなく普段着だから、誰かにサービスするいわれなどないのだ。
「イブーロに来てから、まだ半年ぐらい? 出世しすぎじゃないかしら?」
「いいえ、半年じゃありませんよ」
「あっ、そうだったわ。1年ぐらい前にも、一度ここで見掛けているわ」
「えっ、何ですかその話、教えてくださいよ」
「うーん……どうしよっかなぁ……」
「いいです、教えてくれないなら、2年前の『巣立ちの儀』の日に、登録に来た時の話は内緒にしておきます」
「えっ、嘘っ、ジェシカが担当したの?」
「はい、私が担当しましたよ」
「えー……2年前だって、凄い混雑だったんじゃないのぉ? 本当に覚えてるの?」
「勿論です。まだ左目がクリクリしてて可愛かったですよぉ」
「ちょっと、その話教えなさい……教えてくれるなら、今日は私の奢りでいいわよ」
「じゃあ、その1年前の話と交換ってことで……」
「仕方ないわねぇ……」
2年前の話から、1年前の話になり、ブロンズウルフに止めを刺した噂のルーキーとしてイブーロに来た頃からの話へと続く。
「Aランクに上がるのは確実ね」
「それこそ時間の問題ですよ」
実際、単純な戦闘能力ならば、イブーロのギルドで並ぶ者はいなくなっている。
ワイバーンを仕留めた話を未だに信じない冒険者もいるようだが、現実にギルドの射撃場の的を貫通させている。
的を壊したと申告に来て、私に怒られて尻尾を丸めて小さくなっていたと話したら、レイラさんはお腹を抱えて笑い転げた。
「痛い、痛い、お腹痛い。ジェシカ、ズルい、あー……見たかったなぁ……」
「ズルいと言うならレイラさんだって、最初にお持ち帰りしたんでしょ?」
「だって、あのフワフワの毛並みは独り占めしたくなっちゃうでしょ」
「あー……それは分かります。特に冬は良いですよね」
「でしょう、それにジェシカだってお持ち帰りしてるじゃないの」
「あー……でも私の時は大変だったんですよ」
「お風呂場で大暴れしたんだっけ?」
「そうです。天井まで泡だらけになって……勿論、自分で掃除させましたけど」
「あははは……本当にマメだからね」
「マメですよねぇ……早く帰ってこないかしら」
「ホントよねぇ……ちゃんとお土産買って来てくれるかしら?」
「うーん……どうでしょう。忙しくて忘れたとか言いそうですけどね」
「まぁ、その時は、その時で、しゅーんとしてる所を楽しませてもらうわ」
「ですね……」
猫人で、空属性で、見た目は全く冒険者らしくない。
リュックを背負って、ポテポテ歩いている姿は、そこら辺にいる子供と何ら変わらない。
普通、冒険者といえば、防具を身に着け、武器を携えているのが当たり前だ。
なのに、防具も武器も持っていないのだから、本当に冒険者らしくない。
「レイラさんは、王都に行かれたことあります?」
「あるわよ」
「どんな感じなんですか?」
「そうね……一言で言うなら、この国の縮図みたいな所ね」
「縮図……ですか?」
「そう、良いものも、悪いものも、ギューっと寄せ集めた感じ」
「じゃあ、猫人には暮らしにくい所なんですか?」
「普通の猫人ならね。でも、普通じゃないでしょ」
「普通じゃないですよねぇ……」
「意外と、お城の中まで入り込んでたりするかもしれないわよ」
「まさか……あり得ませんよ……と言い切れないですね」
「でしょう?」
猫人としても、冒険者としても規格外の性能を見せつけてしまったら、王族にも目を付けられかねない。
ふっと、胸の中に不安がよぎる。
「帰ってきますよね?」
「大丈夫よ、ちゃんとお土産買って帰ってくるわよ。でも……」
「でも?」
「いずれは出ていっちゃうかもね」
その通りだと思うけど、聞きたくなかった。
小さな猫人の少年だけど、彼にとってイブーロは小さすぎる気がする。
1人でか、あるいはパーティーとして旅立つのか分からないけど、その時私はどんな決断をするのだろう。
「マスター、ジェシカにお替わりお願いね」
「いえ、私はもう……」
「なによ、どうせ明日は代休なんでしょ?」
「そうですけど……」
「うちに泊めてあげるから、うみゃうみゃ言いながら飲んでなさい」
「言いませんよ……あっ、このお酒、うみゃ」
「ふふっ……早く帰ってこないかしらねぇ……」
「ですよねぇ……」
この後2人で猫人の少年を酒の肴にして、夜が更けるまで語り合った。





