集められた情報
子爵家の屋敷に戻り、革鎧を脱いで汗を流した。
意識していなかったけど、緊張状態が続いていたから汗ビッショリだったし、今になって疲労感が圧し掛かって来た。
ゴブリンの心臓を食べた時にも、ヒャッハーした後に酷い疲労感に襲われたように、魔力ポーションも使うと反動が出るのかもしれない。
風呂から上がった後で、ドライヤーの魔法陣を発動させるのもダルかったけど、しっかりフワフワに仕上げておいた。
汗を流して気分はスッキリしたが、首から掛けているメダルが重い。
まさか近衛騎士の叙任用などとは思ってもみなかったし、そりゃ櫓の騎士がすんなり入れてくれるわけだ。
ナバックに起こしてくれるように頼んで、夕食まで仮眠を取った。
寝ぼけ眼で食堂へと行くと、子爵が特別なメニューを出すように手配してくれていた。
「みゃっ、すごいステーキ……」
「おう、俺も御相伴にあずかれるとは有難いな」
テーブルにドンと置かれたのは、分厚く切られたステーキと、皿に盛られたライスだった。
「さぁさぁ、ニャンゴ。眺めてないで食べようぜ」
「ふみゃっ、ナイフがスって……スって切れた……うみゃ! 溶けた! 肉溶けた! うみゃぁぁぁ!」
黒オークのステーキも美味いけど、このステーキは更に上をいく。
たぶん、特別な方法で飼育された牛の良い部分を使っているのだろう。
「うみゃ、うみゃ、肉うみゃ、米うみゃ、肉、米、うみゃ!」
「そんなに慌てなくても、肉も米も逃げたりしねぇよ」
「だって、イブーロに戻ったら、どっちも食べられそうもないですよ」
「ニャンゴ、お前、お姫様を守りぬいたんだよな? お城の食事に招かれるんじゃねぇの?」
「みゃ? お城の食事……?」
「そうそう、晩餐会とかいうやつに招かれたら、もっと凄い料理が出て来るだろうし、落ち着いて食べないと……」
「に、肉も米も、うみゃいでないか……」
「ふふふふ……まぁ、頑張れ」
「にゅー……その時は、その時に考える。今は、肉も米も、うみゃっ!」
中年のおっさんのように、お腹がポッコリするまで夕食を堪能して、部屋のベッドで大の字になっていたら子爵の呼び出しを受けた。
呼びに来たメイドさんに付いて行くと、子爵の他にジョシュアとカーティスが待っていた。
「お呼びでしょうか?」
「あぁ、ニャンゴ。疲れているところ済まないな」
「いいえ、美味しい夕食を用意していただき、ありがとうございます」
「なぁに、アイーダの命に較べれば安いものさ」
「お話というのは……?」
「うむ、家の者をあちこちに走らせて、今日の出来事を探らせた。だいぶ全体像が見えてきたので、ニャンゴにも聞いてもらおうかと思ってな。ジョシュア、頼むぞ」
「はい、では、ここからは私が説明します」
王都に暮らす貴族の屋敷は、全てが第一街区に集められている。
屋敷自体は独立しているのだが、使用人同士には特別な繋がりがあるそうで、こうした大きな騒動の時には自分達が集めた情報を共有するそうだ。
勿論、その家にとって他家に知られたらマズい情報は外には出さないし、深入りして詮索するのはタブーとされているので、その家独自の情報網というものもあるらしい。
ジョシュアがまとめた情報は、それらを統合したものなので、この場で聞いたことは他言しないように釘を刺された。
「今回、反貴族派が人数を割いた場所は、第二街区と第三街区を繋ぐ西門だけでした」
「えぇぇぇ、だって砲撃が北西や南西からも……」
「まぁ、待てニャンゴ。そちらの説明もこれからする」
「すみません……」
ジョシュアの話によると、北西と南西の砲撃を行った場所は、いずれもこの半年ほどの間に買い取られた建物で、屋上に襲撃に使われた大砲が据え付けられていたらしい。
大砲には魔導線が繋がれていて、1人でも一斉発射が出来るような仕組みになっていたそうだ。
「つまり、北西と南西の拠点は、仕組みを据え付けるまでは人員を必要としたが、実行の際には1人配置すれば事足りるようになっていて、ある種の陽動としても使われたらしい」
「あの、襲撃の最中に北西と南西の門が襲われていると聞いたのですが……」
「それが陽動だ。『巣立ちの儀』の会場からは、どちらの門も視認できない。発射の音が響けば、襲撃が行われたと思ってしまうだろう」
「確かに……」
「実際、会場を警備していた騎士団からは、応援が割り振られている。会場から門まで駆けつけるには相応の時間が必要だ。冷静に考えれば、そんなに早く知らせは届かないと分かるのだが、混乱した状況で冷静に判断を下すのは難しいだろう」
「つまり、たった2人の人員で、攻撃を加えた上に警備を手薄にしたってことですね?」
「そうだ、そして、そのタイミングを見計らって西門、大聖堂のすぐ裏手にある門を破って雪崩れ込んできたというわけだ」
西門の襲撃にも、粉砕の魔法陣を使った大砲が用いられたそうだ。
台車に載せた大砲を門に向かって水平発射して警備の兵士を排除、待機していた襲撃犯達が会場へと突入したらしい。
この攻撃にも、多くの一般市民が巻き込まれているらしい。
「どうやら今回の襲撃は、相当前から入念に計画されたものらしい。うちの魔導車が襲われたのが、予行演習かと思っていたのだが、今日調べた感じでは全く別の計画のような気がする」
「それって別の組織の犯行ってことですか?」
「その可能性もある……というだけだな」
「でも、同じ粉砕の魔法陣が使われていたんですよね?」
「それも微妙だな。今日使われたものには、全て魔導線が付けられていたらしい」
「じゃあ、自爆前提ではなかったのですね。それにしても、こんな大掛かりな襲撃は、相当な資金が無ければ出来ないですよね?」
「それが、そうでも無さそうなんだ。大砲の砲身だが、王都や周辺の街で使われている下水管だそうだ」
「えぇぇぇ、下水管……」
下水管なので、太さや長さは統一の規格に合わせて作られている。
勿論、そのままでは発射の衝撃に耐えられないから周囲を補強してあったそうだ。
粉砕の魔法陣は土管の直径に合わせた大きさで作られていて、下水管のジョイントでつないで周りを補強するだけで大砲の形になるらしい。
「下水管を砲身に使うメリットは幾つか存在している。下水管だけに王都内部への持ち込みが容易。同じ規格で作られた物だから値段も安いし、砲弾も準備しやすい」
「魔法陣さえ用意出来れば、法外な資金は必要無いってことですか?」
「その通りだ。それと粉砕の魔法陣はその性質ゆえに、これまではあまり活用されてこなかったが、魔導車の発達に伴って魔導線の性能が上がり、今回のような使い方も出来るようになったと言う訳だ」
粉砕の魔法陣は、旧王都にあるダンジョンを攻略している冒険者達が、罠などを破壊するために使いだし、遠隔爆破という方法に辿り着いたらしい。
「あの、アーネスト殿下の魔導車は、どういった攻撃を受けたのでしょう? そもそも、現場警備の責任者であるアーネスト殿下が、なぜ先に避難されたのですか?」
「殿下の避難の件は、私が説明しよう」
子爵の説明によれば、本来なら国王が先に避難してアーネストが残る手筈なのだが、娘を残していけないと国王が拒否したらしい。
それでは万一の場合の備えができなくなるので、王位継承順位1位のアーネストが王城へ戻ることになったそうだ。
「それでは、国王様が先に避難なさっていたら、国王様が襲撃されていたかもしれないんですね?」
「その可能性も無いわけではないが……ジョシュア、アーネスト殿下が襲われた時の状況を話してくれ」
「はい、沿道で警護していた騎士の話によれば、殿下の乗った魔導車が突然爆発したそうだ」
「えぇぇぇ……城に向かう道は、粉砕の魔法陣などが埋められていないか、ファビアン殿下の指示で調べたのでは?」
「ニャンゴ、ここから先の話は、絶対に外に漏らすな」
「はい……」
ジョシュアは、俺の鼻先を指差しながら厳しい表情で念を押してから話し始めた。
「どうも、粉砕の魔法陣は魔導車に仕掛けられていたらしい」
「それじゃあ、城の中にまで反貴族派の手先が入り込んでいるんですか?」
「いや、そうとは限らない。反貴族派による犯行と見せかけて、王位継承順位1位の殿下を亡き者にしようと考えた者がいるのかもしれないが、まだ何の確証も無い……」
ジョシュアの話を聞いた瞬間、ゾワっと背中の毛が逆立った。
王城で顔を会わせた第二王子バルドゥーイン殿下の視線が、誰に似ていたのか不意に思い出したのだ。
あれは、イブーロの貧民街で用心棒をやっていた狼人ゾゾンと同じ目だった。
表情は明るくにこやかで全く似ていなかったから思い出せなかったが、目の底にある剣呑な光がそっくりだ。
そう言えば、ゾゾンはシューレの従姉だけが本質を見抜いていたと話していたが、もしかしてこんな感じなのだろうか。
「どうした、ニャンゴ」
「い、いえ、王位継承争いが絡んでいるなんて予想もしていなかった話なので……」
「そうだな。俺も確証があって話している訳ではないが、王城に行ったことのあるニャンゴなら、入り込むのがどれだけ難しいかは分かるだろう?」
「はい、反貴族派なんかが簡単に入り込める警備体制じゃないです」
「だからこその推論だが、何の確信も無いから他では口にするな」
「分かりました」
貴族の息子であるジョシュアでさえ、これだけ慎重なのだから、俺などが確証の無い話をする訳にはいかない。
それに、王位を狙っているのがバルドゥーインだけとは限らない。
まだ顔を会わせていない他の王子の方が、王位を狙っているかもしれないのだ。
ただ、それでも俺のヒゲは、バルドゥーインが怪しいと感じている。
「父上、襲撃に関して今の時点で分かっているのは、こんな感じです」
「そうか、この後も暫く情報を拾っておいてくれ」
「かしこまりました」
「さて、ニャンゴ。その首から下げているメダルの件だが、私としては名誉騎士に叙任という形で留めてもらえるようにするつもりだ」
「名誉騎士……ですか?」
「うむ、勲功爵と呼ばれるもので、大きな功績を残した者が爵位を名乗れるようにする制度だ。騎士として叙任されるが領地は与えられない、その代わりに毎年決まった恩給が受け取れるようになる」
「それは、何かの役割を負わされるのでしょうか?」
「いや、特別な役目は無いが、その代わりに恩給は小遣い程度だ。強いて言うなら、称号を与えるのだから敵には回るな……という感じだな」
「冒険者を続けても大丈夫なんですね?」
「そうだ、それなら構わないか?」
「はい、それでお願いします」
王家とすれば、どこかの家に仕官されるのは困るし、敵に回られるのも困る。
ラガート子爵家としても、王家に占有されるのは困る。
俺としては、特定の家に縛られるのは困る。
三者の利益を損なわない落としどころが名誉騎士という形なのだろう。
エルメリーヌ姫は美しいし、王城のケーキは美味しいけれど、まだ冒険者として活動したい。
年を取って動けなくなったら、ゼオルさんのような感じで、どこかの貴族が顧問に雇ってもらえないかにゃ。





