第六王子ファビアン
「カーティス、こんな所で何をしてるんだい?」
教会の入口から祭壇に向かって歩いていると、気さくに声を掛けてきた男性がいた。
プラチナブロンドの髪を短く整えたチーター人で、細身だけれど鍛えている感じがする。
カーティスに気軽に声を掛けて来るのだから、どこかの貴族の息子なのだろう。
後ろには、小柄なガゼル人らしき女性騎士が控えていた。
「ファビアンか、そっちこそ教会に来るなんて珍しいんじゃないのか?」
軽い調子で受け答えをしたカーティスとは対照的に、アイーダとラガート家の騎士は跪いて頭を下げた。
これはマズいと感じて、慌てて俺も跪いた。
「あぁ、そんなに畏まらないでくれ、どうせ僕は王様にはならないからね」
「そうそう、ファビアンは、そういうの苦手だから普通にしていて構わないぞ」
会話の内容から察するに、このファビアンは王子様のようだ。
王様にならないというのは継承順位が低いのか、それとも本人にその気が無いのかは分からないが、いばり散らすタイプの王族ではないらしい。
カーティスに促されて、アイーダや騎士が立ち上がったのを確認して俺も立ち上がる。
その様子をファビアンと呼ばれている男性に見られていたようだ。
こちらを見る瞳の中に、隠し切れない好奇心が動いている。
背中に嫌な汗が滲んできたのを感じた時、アイーダが挨拶の言葉を述べた。
「お久しぶりです、ファビアン殿下。カーティスの妹のアイーダです」
「やぁ、アイーダ。カーティスから噂は聞いているよ、とてもお淑やかな妹だと……」
「お、恐れ入ります……」
ファビアンが浮かべた意味深な笑顔とアイーダの動揺ぶりからして、お淑やかというのは逆の意味なのだろう。
その証拠にアイーダに睨まれたカーティスは、視線を逸らして笑いをこらえている。
「アイーダも『巣立ちの儀』を受けるのだったね。僕の妹のエルメリーヌとは学園でも一緒になると思うから、仲良くしてやってくれるかな?」
「はい、喜んで……」
アイーダに微笑みかけた直後、またファビアンは俺に視線を向けて来た。
こういう時は、俺から先に挨拶をすべきなのか、それとも平民ごときが王族に挨拶するなど失礼にあたるのか、こちらの世界どころか前世でも王族なんかに会ったことが無いので分からない。
挨拶すべきか迷って、あわあわしていたらファビアンが視線を外してカーティスに問い掛けた。
「カーティス、彼は?」
「ニャンゴか……うちの切り札だ」
「ほぉ……」
うわぁ、なんつー面倒な紹介をしてくれやがるんだ。
「イ、イブーロ・ギルド所属のBランク冒険者、ニャンゴです」
「ほぉぉ……Bランク」
「おっと、ファビアン。ニャンゴは駄目だぜ、ラガート家が先約だ」
「それは、フレデリックが目を付けたってことかい?」
「そうだ、親父が道中の護衛に雇い、その狙い通りの活躍をしてみせたんだぜ」
たぶん、子爵から詳しい話を聞いたのだろう、カーティスはまるで自分が見ていたかのようにフロス村での襲撃の様子を語り、話が進むほどにファビアンが俺を見る目が怪しい光を増しているように感じる。
てか、切り札と言うなら、ペラペラと手の内をバラしちゃ駄目だろう。
カーティスは善良だけど少々思慮が浅く、兄のジョシュアは思慮深いけど少々腹黒く感じる。
兄弟二人を足して一つにすると、子爵になるような感じだ。
カーティスの話に、もう好奇心を隠そうとしなくなったファビアンも面倒そうなのだが、その後ろに控えている女性騎士の圧が恐ろしい。
銀髪のショートカット、臙脂の騎士服という出で立ちは、もっと周囲の注目を集めてもおかしくない美しさなのだが、驚くほど気配が薄い。
そして、どこを見ているのか分からない茫洋な目つきは、戦闘態勢に入った時のシューレと同じ雰囲気で、相当な使い手だと感じる。
本来、要人の護衛とは、この女性騎士のようであるべきなのに、初めて王都の大聖堂を訪れたことで、いつの間にか観光気分になっていた。
護衛としては、こんなに注目されているべきではないし、周囲への注意を怠るべきではないだろう。
俺の話題ばかりなのが気に入らない様子のアイーダが、上手く話題を『巣立ちの儀』に切り替えてくれたところで、一歩下がって大聖堂の内部を見回した。
大聖堂は外から見ても大きいと思うが、内部は地下二階分掘り下げられているので、更に高く、広く感じる。
地上部分までの壁面にはビッシリと大理石の彫刻が施され、地上部分からはステンドグラスを通した色とりどりの光が降り注ぐ。
祭壇は地下二階部分から地上部分までの高さがあり、巡礼者は女神ファティマの像を首が痛くなるような角度で見上げることになる。
暗い地下の部分から見上げるので、ファティマ像は一層明るい光に照らされて神々しい雰囲気に包まれていた。
なるほど、信徒のための演出としては、これ以上ないと思われる出来栄えだ。
ファティマ像は、両腕を前方に差し出すようにして軽く上を見上げている。
東を向いて置かれているので、たぶん朝日が差す時間には、更に神々しさが増すのだろう。
ファティマ像が置かれた祭壇は木材と大理石を組み合わせて作られていて、こちらも見事な装飾が施されている。
その祭壇やファティマ像を眺めていたら、ふと違和感を覚えて視線を戻して二度見した。
ファティマ像は、全てが流れるような曲線と曲面で形作られているのだが、首の後ろに角のようなものが見える。
他の彫刻を見ても、台座の部分には直線の部分はあるが、彫刻自体は滑らかな曲面ばかりだ。
「どうした、ニャンゴ。行くぞ」
ファティマ像に気を取られて、カーティス達が先に進んだのに気付かず、護衛の騎士に急かされてしまった。
「あの、あそこ……」
「ファティマ像が、どうかしたのか?」
「ええ、首の後ろに何か置かれてませんか?」
「首の後ろ……ん、なんだ……?」
どうやらラガート家の騎士も違和感を覚えたようで、ファティマ像を見上げて目を細めている。
こちらからは逆光になってしまうので見辛いのだが、何か角ばった物が置かれているように見えるのだ。
「どうした、何かあったのか?」
「カーティス様、ファティマ像の首の後ろに何か置かれているようです」
戻って来たカーティスは、騎士から話を聞いてファティマ像を見上げ、その様子を見たファビアン達も戻って来た。
ラガート家の騎士が教会の職員に声を掛け、更には外で警備を行っている王国騎士も呼んで来て、俄かに聖堂内部は緊迫した空気に包まれた。
巡礼者達が聖堂の外へと退去させられ、俺達も祭壇から一番離れた入口近くまで下がって見守ることになった。
教会の職員と一緒に、フルプレートの鎧に身を固めた騎士が祭壇に上る。
身の安全を優先する意味では仕方ないが、祭壇に上がれる部分は人間1人がやっと通れる狭さなので、重く視界の悪い鎧姿で上るのは大変そうだ。
シーンと静まり返った聖堂の内部に、職員が足の位置を指示する声と、鎧のパーツがこすれる音だけが響く。
彫刻や装飾を壊さないように、慎重な足取りで騎士は進み、ファティマ像に辿り着くだけで15分程を要した。
下から見上げていたので然程大きく感じなかったが、騎士が横に並ぶとファティマ像は思っていたよりも大きい。
騎士がファティマ像の後に回ると、スッポリと姿が隠れてしまった。
こちらからは騎士の姿は全く見えないが、教会の職員が上への足場の位置を指示しているようだ。
鎧のパーツが擦れる音の他に、何かを動かしているらしい音も聞こえるが、こちらからは全く様子が見えない。
大きなファティマ像の裏に騎士が姿を消し、再び現れるまでに10分ほどの時間を要した。
そして、慎重な足取りで姿を見せた騎士は、右手に持った50センチ角ほどの板を掲げてみせた。
しかも、左手には別の板切れが複数握られているようだ。
「粉砕の魔法陣」
「ニャンゴ、あれは襲撃に使われたものか?」
「たぶん同じもの……いえ、なにか付いてますね」
騎士が掲げた板切れからは、紐のようなものが下がっていた。
魔法陣を掲げた騎士は、手振りで祭壇の下にいる騎士に何かを示しているようだ。
「あれは、魔力を通す導線だろうね。直ちに教会内部の捜索を行え! 僅かな異常も見逃すな!」
先程までは、ちょっと軽いイメージだったファビアンだが、厳しい口調で騎士に指示を出した後、腕組みをして考え込んでいる。
そのファビアンが、祭壇から目を離してこちらを振り返った。
「お手柄だ、ニャンゴ。カーティス、申し訳ないが城まで同行してくれ」
「了解した。ニャンゴ、お前も一緒に来てくれ」
「えっ、俺もですか……こんな格好ですけど」
「ふふっ、構わんだろう……なぁ、ファビアン」
「あぁ、勿論一緒に来てもらうぞ、襲撃の時の話も聞かせてもらいたい」
王都に来るのは楽しみだったが、まさか城の中にまで連れて行かれるとは思っていなかった。
カーティスが一緒なら大丈夫だと思うが……無事に帰れるのかにゃ?





