王国騎士団
北門から王都に入った我々からは、ミリグレアム大聖堂は右手前方に見えている。
王城に向かって祭壇の女神ファティマ像が正対するように、大聖堂は東向きに建てられているそうだ。
「アイーダ嬢、大聖堂が見えるぞ」
「デリック様、動いている間にお立ちになられると危のうございます」
「もうすぐだ、もうすぐ魔法を授かれる。兄達に追い付き、追い越し、次代の騎士団長となるのだ……」
車内に集音マイクを設置するまでもなく、興奮気味のデリックの声が聞こえてくる。
代々王国騎士団長を輩出しているエスカランテ侯爵家に生まれれば、余程のことが無い限り魔力指数が乏しいなんてことは起こらない。
侯爵家のコネで王国騎士団の見習いとなることは決まっているようだが、恐らく、それに相応しい程度の魔力の強さは示すのであろう。
とにかく魔法が使えるようになりたい……程度だった俺とは期待の大きさも違うのだろう。
第二街区は、途中から中心部に向かって緩やかな上り坂となっている。
その先の第一街区から王城まで、新王都は元々あった台地の上に建てられているそうだ。
王都の中心である王城は、第三街区や都外からは、見上げるような高さに建っている。
古来の日本の山城では、水の確保に難儀したそうだが、こちらの世界では水は魔法によって確保が出来る。
そのため、第二街区と第一街区の間にも水堀と壁が築かれている。
堀から溢れた水は、水路を通って第二街区の公園などの木々を潤しているそうだ。
第二街区から第一街区へ入る門には、さすがに行列は出来ていない。
この先には、基本的に王族と貴族、それに仕える者しか立ち入れない場所だ。
門の手前は半径50メートルほどの広場になっているが、これも不審者を不用意に近付けないための造りのようだ。
門の両側には屈強な騎士が2人ずつ並び、ラガート子爵の一行を出迎えた。
第一街区へと入る門の手前で車列は一旦停止し、ヘイルウッドが俺を迎えにきた。
子爵たちを乗せた魔導車は第一街区へと入り、襲撃犯を乗せた馬車は堀沿いの道を進んで第一街区には入らずに騎士団へと向かうそうだ。
第一街区に不審者が入り込むのは難しいので、襲撃の危険性はほぼ無い。
第二街区を進む襲撃犯を乗せた馬車の方が、反貴族派の襲撃に遭う可能性が高いので、俺はそちらの警備を頼まれたのだ。
「たいした距離ではないが、よろしく頼むぞ、ニャンゴ」
「了解です。気を抜くつもりはありませんよ」
ヘイルウッドの副官を務めるジョンストンが、護送の指揮を執るそうだ。
第一街区と第二街区を仕切る水堀に沿って、護送用の馬車は進んでいく。
王国の騎士は2人が魔導車に同行し、残りの2人はこちらの馬車の前後を固めている。
熊人の騎士は、馬車と並走する形で御者台の隣りにいるのだが、時々こちらに視線を投げて来る。
俺はシューレに教わった方法で、一箇所に焦点を合わせずに視野を広くして見ているのだが、騎士の首がこちらにチラチラ向くのが気になってしまった。
だが、俺よりも先に御者を務めるジョンストンが騎士に話し掛けた。
「そんなにニャンゴが気になりますか?」
「あ、いや……そうだな、騎士団には猫人は一人もいないし、第二街区の内側でも巡礼者を除けば見掛けることはない。魔力的にも体力的にも劣っ……いや、恵まれていないと思うのだが……」
「そうですね。ラガート家の騎士団にも猫人は一人もいません。ですが、彼の魔法は本物ですよ。銃撃ではなく砲撃、自在に砲撃を操る『魔砲使い』だと、あのアルバロス・エスカランテ様が仰ったぐらいですから」
「なっ……先代騎士団長が? それほどか……」
「いえいえ、それだけではないです。彼の守りの魔法は素晴らしい。彼がいなかったら子爵様は無事ではなかったはずです」
「ふぅむ……」
熊人の騎士は、今度は隠す様子もなく俺を見詰め、小さく唸り声を上げてみせた。
堀沿いの道を500メートルほど進むと、街区を仕切る壁と同じ高さの壁が正面にそそり立っていた。
この壁から東側は王城の敷地になるが、街区を仕切る壁はその先にまで続いているそうだ。
つまり東西に少し長い楕円形の王都の東側半分を占める王城の敷地の中にも、三重の壁と堀が作られているという訳だ。
現在のシュレンドル王国で、この王城が敵に囲まれるような状況は考えにくいが、万が一他国との戦争になって軍勢が押し寄せて来たとしても、戦えるように作られているのだ。
護送用の馬車は、壁に突き当たった所で左に曲がり、少し坂を下った門へと向かった。
王城の敷地の第二街区にあたる部分の殆どが、王国騎士団の敷地だそうだ。
有事の際には、この門が開かれ、第二街区全域に騎士が配置され、王族と貴族を守る体制が作られるらしい。
熊人の騎士に先導され、門を潜った先は別世界だった。
王城の敷地にもヒューレィの木が植えられ、甘い香りが漂っているのだが空気が違う。
騎士団の敷地に入った途端、たくさんの視線が突き刺さってきた。
普段とは違うイレギュラーな存在に対して警戒する視線に晒されて、ヒゲがピリピリする。
馬車は更に鉄柵と門を抜けながら、奥へ奥へと進んで行く。
受け渡し、引き継ぐようにして、警戒する視線は一向に途切れない。
長く平和な時期が続いているシュレンドル王国だから、王国騎士団も意外とノンビリしているのでは……なんて少し思っていたのだが、とんでもない誤解だ。
馬車が進むほどに、ドラゴンの体内に飲み込まれていくような錯覚に陥った。
「大丈夫か、ニャンゴ」
「いや、なんというか圧力が凄いですね……」
「その歳で、それが分かるならば大したものだ」
御者台の隣でジョンストンが笑顔を浮かべて見せたが、少し引き攣っているようにも見える。
最初の門を潜って、1キロ以上進んだところで、ようやく馬車が停められた。
石造りの頑丈そうな建物は、いわゆる政治犯のための収容施設らしい。
ラガート子爵の一行を襲った連中は、ここで厳しい取り調べを受けることになるそうだ。
「ここはもう警戒する必要は無いから、ニャンゴは動かずに座っていてくれ」
「分かりました」
たぶん、猫人の俺がウロウロしていると、あらぬ疑いを掛けられるのだろう。
仕方がないので、探知ビットと集音マイクで引き渡しの様子を探ろうとしたら、怒鳴り声が響いてきた。
「誰だ! 誰が魔法を使用している! 今すぐ魔法の使用を止めて申し出ろ!」
「すみません……自分です」
恐る恐る御者台で手を挙げると、槍を構えた騎士達に取り囲まれてしまった。
「貴様、何者だ! ここで何をやっている!」
「待って下さい、彼は……」
「下がれ! 今はこいつに質問している。例え子爵家の騎士殿であっても口出し無用!」
取りなしてくれようとしたジョンストンの言葉も、あっさりと遮られてしまった。
「俺は、イブーロの冒険者ギルド所属のBランク冒険者ニャンゴ。ここへは襲撃犯の護送の手伝いで同行しました」
「先程、広範囲で魔素の動きを観測した。何をしようとした?」
「探知魔法で、引き渡しの様子を観測しようとしていました」
「探知魔法? 風使いか?」
「いえ、空属性です」
「空属性ぃ……? 怪しいな、本当に空属性なのか?」
「はい、なんなら証拠をお見せしますが……」
「空属性は、空気を固める属性だったな? では、ここを固めてみせろ、ただし、広範囲にわたる魔法の使用は禁じる」
どうやら、範囲を広げた探知魔法の使用に気付かれてしまったらしい。
指示通りに、指定した辺りの空気を丸く固めてみせた。
「どうぞ……」
「はぁ? どこが固まって……なんだこれは……」
騎士は固めた空気の球を撫で回し、続いて軽く拳で叩いて確かめ始めた。
「ふむ……これが空属性か、初めて見た」
殺気立って槍を構えていた騎士達も、空気の球を確かめる騎士の様子を興味深げに見守っている。
「貴様、先程探知魔法と言っていたな? どうやって空属性で探知を行うのだ」
「その球よりも、ずっと小さく、壊れやすく作った空気の粒をばら撒いて、それに触れた物の形で探知しています」
「そんな事も出来るのか?」
「はい、魔力切れで倒れるほど、たくさん練習しましたから」
「ほほう、そうか……だが騎士団の敷地内で範囲魔法の使用は禁じられている。今回は子爵家に免じて見逃す。次は無いから気を付けろ」
「はい、すみませんでした。あの……範囲魔法以外の使用も禁止ですか?」
「どんな使用法だ?」
足場を作って、高い位置を歩かないと踏み潰されそうだと言うと、取り囲んでいた騎士達も表情を緩めた。
実演してみろと言われたので、騎士より少し目線が低い程度の位置にステップを使って立ってみせた。
「その足場は、もっと高い位置にも作れるのだな?」
「はい、それは可能です」
「一般的な成人程度の高さまでは認めよう、ただし、上に登って王城の中を覗こうとしたり、侵入を試みた場合には撃ち落とされると思え」
「はい、分かりました」
「空属性で猫人の冒険者か……辺境は面白いのだな」
「はぁ……」
たぶん、騎士には何の悪気も無いのだろうが、何となく地方を見下すような響きを感じてしまった。
不用意な俺の魔法の使用で少し騒ぎになってしまったが無罪放免、ジョンストンに小言を言われながら、馬車でラガート子爵の屋敷へと向かった。





