憧れ
騎士達の葬儀が終わった後、ラガート子爵に呼び出された。
カバジェロと面談する条件として、面談は一日おき、間の一日は子爵と話をする約束だからだ。
騎士に案内された部屋へ出向くと、子爵は腰を下ろしたソファーとテーブルを挟んだ席に座るように手振りで示した。
テーブルの上には、俺が来るまでの間に目を通していたらしい書類が置かれている。
「さて、ニャンゴ。実行犯と話をしてみた率直な感想を聞かせてくれ」
「はい……自分の未熟さを思い知らされました」
俺の返事を聞いた子爵は、厳しい表情を少し緩めてみせた。
「ほぅ、どうしてだい?」
「カバジェロの挑発に冷静さを失って、自分の主張をぶつけただけで、何も聞き出せませんでした」
「奴らの主張を聞いて、どう思った?」
「詳しい内容までは話さなかったので、生活が苦しかったのだろう……とは感じましたが、だからと言って貴族がいなくなれば世の中が良くなるなんて主張には賛成できません」
「ふむ、その様子では感化されてはいないようだな」
子爵は軽く頷きながら、更に表情を緩めた。
「それで……カバジェロとの面談なんですが、もう止めさせて下さい」
「気が済んだか?」
「はい、たぶん俺ではムキになって言い返すだけで、肝心な話は上手く聞き出せない気がします」
「そうだな。同席した公爵家の騎士からも、同じ猫人とあって相手も反発が強かったようだと聞いている。取り調べについては、慣れている者に任せた方が良かろう」
「はい……」
子爵は、テーブルに広げていた書類を束ねると、俺に向かって差し出した。
「我々が葬儀を行っている間に、公爵家で調べを進めてくれた結果だ」
「俺が見ても構わないんですか?」
「まだ核心に迫るような内容ではないから構わない。それでも、事件の背景が少しは分かるだろう」
「拝見します」
書類は調べを行った実行犯ごとに供述を記録したもので、筆跡が違って見えるのは担当者が異なるからだろう。
ザックリと内容に目を通してみると、供述を行った実行犯全員がグロブラス領の住民だった。
「それは、実行犯が喋った内容をそのまま書きとめたものだ。話の裏付けは全く取れていないし、予め口裏合わせをした内容かもしれんからな」
「殆どの人が、小作人の次男か三男で、食っていけなかったのが襲撃犯に加わった理由みたいですね」
「そう供述しているだけだぞ……」
「あっ……そうでした、裏付けがまだでしたね」
最初から人を疑って掛かるのは、どうも苦手だ。
しかも生活に苦しんだ末に……なんて供述していると猶更だ。
調書を読んでいると、一つ引っ掛かる言葉が出てきた。
「この入れ札というのは……?」
「やはり気になるか……これも裏取りはまだだが、グロブラス領では地代を入札で決めているらしい」
「えっ、毎年同じ畑は同じ人が使うんじゃないんですか?」
「私の知る限りでは、どこの領地でもそのようになっているはずだが、どうやらグロブラス領では入れ札が行われていて、それが地代の高騰に繋がっているらしい」
入れ札では、区画ごとに最低価格を決めて、使いたい者が希望する金額を紙に書いて応募し、高い価格を提示したものが畑を使う権利を得るらしい。
「これは、アンドレアスが大地主を取り潰して、所有していた土地を直轄地とした頃から始められたそうだ。最初は、それまでよりも大幅に安い最低価格が提示されたから、住民達は喜んで入れ札を行ったそうだ」
「それだけ聞くと、問題が無いよう感じますが……」
「ニャンゴ、君がもし小さな畑を耕す小作人だったとする。地代がそれまでよりも大幅にさがったら、もっと大きな畑を使いたいと思わないかね?」
「それは思うでしょう……あっ、そこで競り合うようになったのか」
「その通りだ。地代が安いなら畑を広げたい、他の畑にも入れ札をしよう……その結果として畑を奪われる者が出る。翌年は畑を取り戻そうと地代を高く設定する……あとは、その繰り返しだ」
最初は、農民の救済策であったはずの入れ札が、いつの間にか農民の生活を圧迫する仕組みに変わっていったようだ。
地代が上がると、翌年は最低価格が引き上げられ、どんどん地代は値上がりしていったようだ。
「それじゃあ、年貢の額は国の定めの範囲内なんですか?」
「ほぅ、そんな話も聞いていたのか。いや、そちらも入っている情報では、かなり怪しいようだ」
「地代の高騰と、国の限度を超える年貢の徴収が住民を追い詰めていたんですね」
「という供述だが……実際に住民が、どれほど疲弊していたのか、どれほど金に困っていたのかは分からない」
「調査を行うんですか?」
「私には他領まで調べる権利や義務は無い。報告は入れるが、その後どのような対応がなされるのかは、王室次第だろうな」
ラガート子爵の言葉は、ちょっと冷淡なようにも聞こえるが、他の貴族が領地の経営に意見して対立を招けば、最悪内戦状態に陥る可能性がある。
ラガート子爵領とグロブラス伯爵領の間には、エスカランテ侯爵領があるので直接的な戦闘となる可能性は低いが、他領への干渉は貴族の間ではタブーとされているらしい。
「では、グロブラス伯爵に対しても、何もされないのですね?」
「いいや、報告はする。こうして調べた内容を我々は把握していると報告はするが……表だった行動は行わない」
「それは、理由があるんですね?」
「私とグロブラス伯爵が揉め事を起こす……それこそが奴らの思惑だからだよ」
今回、ラガート子爵の一行が襲撃された理由は、とばっちりとしか言い様がない。
当のグロブラス伯爵は、厳重な警備が施された屋敷に閉じこもっていて殆ど表に出て来ない。
そこで、本人を狙うのを諦めて、グロブラス領を訪れたラガート子爵の一行が狙われたらしい。
しかも、一行にはエスカランテ侯爵の息子デリックが加わっている。
一つの集団を襲うだけで、二つの家との対立を引き出せると考えたらしい。
「奴らの狙いは、貴族社会を崩壊させて自分達が権力を握り、甘い汁を吸うことだ。あぁ、勘違いしないでくれよ、貴族と言えど見た目ほど生活は楽ではないからな」
「でも、反貴族派の中にも純粋に国や領地を良くしたいと考えている人もいるのでは?」
「その通りだ。反貴族派が厄介なところは、一部の邪な目的の人間が純粋な人間を扇動して誤った方向へと導いていることだ。思いが純粋であればあるほど、考えや行動は過激化しやすい。そうでなければ、自分の命と引き換えに……などとは思わないだろう」
「では、自爆した猫人やカバジェロは……」
「その思いを利用されているのだろう」
社会の最底辺で、虐げられて生きてきた者達が、これ以上自分達と同じ境遇の者を生み出さないために……俺達が犠牲となってでも……などと言われたら心が動いてしまうのだろう。
「これは、あくまでも推測にすぎないが、生活のドン底にいて未来に希望を見いだせない者達が、死後に家族に金を払うとか、仲間の生活を良くする……などの甘い言葉を掛けられたら、簡単には拒絶できないのだろう。だからこそ……だからこそ、自分は安全な場所にいて、彼らを危険に晒した連中は許してはいけない」
テーブルの上で硬く握り締められた子爵の拳は、怒りに打ち震えている。
以前、山奥の村に住む者達や猫人の生活改善を要望した時、問題を認識していても簡単に解決出来ない苦しい胸の内を明かしてくれた。
それだけに、一朝一夕には解決出来ない問題や苦しんでいる者達を自分の利益のために利用する者達に怒りを覚えるのだろう。
「俺はどうすれば良いのでしょう。俺には何が出来るのでしょうか?」
「簡単だ、冒険者として活躍してくれ」
「えっ、それだけじゃ何の解決にも繋がらないのでは?」
「とんでもない。猫人であるニャンゴが、冒険者として確固たる地位を築けば、多くの猫人が君を見て自分でも出来るのではと考えるようになる」
「でも、猫人が冒険者になるのは簡単じゃないですよ」
「それを君が言うのかい? 簡単ではないと分かっても、努力と工夫でそこまで辿り着き、更に上に向かおうとしているんじゃないのかい?」
「それは、そうですが……」
「いいかい、ニャンゴ。誰しもが希望する未来を手に入れられる訳ではないが、希望を見出して、そこを目指さなければ何も始まらないんだよ。冒険者になるには、冒険者になりたいと思いを抱き、ではどうすれば良いのか考えて行動しなければならない。その最初の一歩は……憧れだ」
「憧れ……」
その一言を聞いた時、チャリオットのメンバーとして大物を仕留めてギルドに凱旋した時の風景が頭に浮かんだ。
若手の冒険者達が、ライオス、セルージョ、ガド、シューレに向ける視線は、憧れそのものだ。
いつかは俺も俺達も、あんな風に大物を仕留めてみせるという憧れが、彼らの原動力になっているのは間違いない。
「我々貴族が、見た目の良い生活を続けるのは、領民にもっと良い暮らしがしたいと思ってもらい、その為にどうすれば良いか考えてもらうためだ。良い生活とはどんなものなのか、目で見て分かるように、貴族は象徴であらねばならない。ニャンゴ、君が猫人の暮らしを良くしたいと思うならば、成功した猫人の象徴となってくれ。多くの猫人に、憧れられる存在となってくれ」
「俺が……憧れられる存在」
「まぁ、難しく考えることはない、今まで通りに活躍を続けてくれれば、それだけでも猫人を取り巻く環境は良い方向へと向かうはずだ。気負う必要は無い、自分が何とかする……などと思うと、奴らの思う壺に嵌るだけだ」
「はい、分かりました」
ラガート子爵は、この日の夕食を来客用の食堂ではなく、騎士達の使う食堂で騎士達と共にした。
騎士達と同じテーブルで、同じメニューを口にして、亡くなった騎士達の思い出話に花を咲かせた。
話の内容は騎士本人に留まらず、その家族のエピソードにまで及んだ。
子爵がどれだけ日頃から騎士達と密接に関り、強い絆で結ばれているのか良く分かった。
子爵の視線は、当然騎士だけに留まらず、多くの領民にも向けられているはずだ。
このような人を引きこもりのヘボ貴族の代わりに殺害しようなどと考える連中とは、間違っても手を結んではならない。
 





