株価乱高下
「では、お爺様、行ってまいります」
「うむ、身体に気を付けるのだぞ」
驚いたことに、エスカランテ侯爵家の四男デリックは、ラガート子爵家の魔導車に同乗して行くらしい。
侯爵家の子息ともなれば、専用の馬車に多くの護衛騎士を引き連れて行くものだと思っていたが、エスカランテ家の場合は違うそうだ。
デリックは王都で『巣立ちの儀』を受けた後は、王国騎士団へ騎士見習いとして入団するらしい。
通常、王国騎士団へは膨大な魔力資質を持つ者でなければ、見習いとしても入団出来ないが、エスカランテ侯爵家ほどの貴族の場合には入り込めるのだ。
ただし、見習いとして入り込めても、正式な騎士として認められるとは限らない。
王国騎士として相応しい活躍が出来ないと判定されれば、正式な騎士としては認められない。
見習いはコネで入れるけど、正式な騎士になるには実力を示さなければならないのだ。
当然、エスカランテ家の子息ともなれば注目されるだろうし、その中で結果を求められるのはかなり厳しいと思う。
それゆえ、デリックは家を出る時から相応の心構えをしているらしい。
俺なんか、アツーカ村からイブーロに出立する時、カリサ婆ちゃんとの別れが辛くてボロ泣きしたのに、デリックは瞳を潤ませることもない。
荷物は手にしているトランク一つで、後は騎士訓練所に入って支給されるものでまかなっていくそうだ。
貴族の中にも、こんな気構えを持って生きている人達がいるのだと初めて知った。
エスカランテ侯爵家の屋敷を出た一行は、街道を南へと進んで行く。
王都までは、あと7日ほどの旅程、ここから先は、俺にとっても未知の土地だ。
「ナバックさん、あといくつの領地を抜けて行くんですか?」
「エスカランテ侯爵領の隣がグロブラス伯爵領、その隣がレトバーネス公爵領、その向こうが王都だ」
話好きのナバックによれば、グロブラス伯爵領は穀倉地帯で、レトバーネス公爵領は街道の要衝として商業が盛んだそうだ。
「まぁ、グロブラス領は畑ばっかりで、あんまり景色が変わらないから退屈だな」
刈り取った麦や掘り出した芋などを運び出しやすいように、畑は街道の両側に広がっているそうだ。
見渡す限りの畑で、起伏もなだらかなので見通しが利き、盗賊などに襲われる心配も無いらしい。
ナバックにしてみれば退屈な景色なんだろうが、俺にとっては初めて行く場所だし、北海道のような景色を思い描いて、今から楽しみで仕方ない。
グロブラス領に入るのは明日以降なので、それまで楽しみはお預けだ。
見通しの良いグロブラス領は安全だと聞いたが、別にエスカランテ領が危険だという訳ではない。
武術が盛んな土地柄ゆえに、官憲や冒険者の質も高い。
ゾゾンのような腕利きの悪党も現われたりするが、全体の治安は良いそうだ。
加えて貴族様の車列となれば襲ってくる者はおらず、つまりは退屈だ。
話し好きとは言え、ナバックも喋り通しという訳ではない、護衛の騎士と言葉を交わして休息のタイミングや場所を計ったり、御者の仕事に専念している時間もある。
そうした時間は、俺にとっては退屈極まりない時間となってしまう。
そこで、集音マイクを使って魔導車の中の話を聞かせてもらった。
車内の話題は、やはり『巣立ちの儀』に関するものが多い。
儀式が行われる大聖堂に行ったことがあるかとか、儀式の式順とか、属性は何が良いかとか、昨晩はあまり話せなかったからか、アイーダが会話を主導している。
「デリック様は、やはり火属性がよろしいのですか?」
「うむ、祖父も父も火属性の使い手として騎士団長を務めて来たからな、私も火属性が良いと思ってきたのだが……」
「他の属性がよろしいのでしょうか?」
「うむ、空属性があれほど有用な属性であるとは知らなかった。水や風などの刻印魔法も使えるようだし、あの魔銃の威力は素晴らしい。猫人の魔力であれほどの事が出来るのだ、私が空属性魔法を手に入れれば、きっと歴史に名を残すような騎士団長となるだろう」
昨晩、空属性の魔法陣に興味を示していた姿や、今朝の出立の様子を見てデリックの評価を上方修正していたのだが、ちょっと怪しい感じがしてきた。
アイーダとの会話の端々に、自分は間違いなく成功する、将来を約束された選ばれた者だ……みたいな自信過剰な感じが漂っている。
だとすれば、今朝の堂々とした出立の様子も、ある意味納得出来る。
その後の会話を聞いていても、騎士の訓練所に入れば、ずば抜けた成績を残すのは間違いない、見習い期間が終わる前に騎士として叙任を受ける、すぐに兄達と肩を並べるなど……根拠のない自信に溢れた言葉が続いていた。
マイクを通して声を聞くだけで、中の様子はみられないが、時間を追うごとにデリックがそっくり返っていく姿が目に浮かぶようだった。
昼食は、途中の街にある貴族御用達の店で食べる。
先触れの騎士が店に連絡を入れ、席を整えさせ、到着と同時に待たずに食べられるように手配を済ませてある。
俺やナバックは、魔導車の見張りを兼ねて御者台で軽食を取る。
ところがその日は、店に入るまでの見送りに降りた俺に、デリックが声を掛けて来た。
「ニャンゴ、お前も一緒に来い」
「えっ……」
予想もしていなかった一言に、思わずラガート子爵に視線を向けてしまった。
「どうした、遠慮することは無いぞ。うみゃうみゃ鳴いたところで咎める気は無いぞ」
デリックは上機嫌で話し掛けて来るが、ラガート子爵は何の反応も見せない。
「申し訳ございません、デリック様。俺は魔導車の見張りを仰せつかっておりますので、御同席はまたの機会とさせていただきます」
俺が断りの言葉を口にすると、途端にデリックは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「ふん、我の誘いを断るのか……良い、好きにしろ……」
「はい……」
俺が神妙な顔で頭を下げると、デリックはズカズカと店へと入っていった。
その後ろ姿を見送って、チラリとラガート子爵を見やると小さく頷かれた。
既に先触れで人数を知らせてあるので、今更変更すると混乱するだけだ。
それに、この場を仕切っているのはデリックではなくラガート子爵だ。
本音を言えば、貴族のお坊ちゃまのオモチャにされるのは御免こうむる。
軽食と言っても、貴族御用達の店だから美味いし、ナバックと馬鹿話をしながら食べた方が楽しいに決まっている。
「なんだよ、ニャンゴ。向こうで美味い物を食わせてもらえば良かったのに」
「嫌ですよ。護衛のリクエストは受けましたけど、子守りのリクエストを受けた覚えは無いですからね」
「はっはっはっ、さすがイブーロギルドの若手のホープは言うことが違うな」
「いやぁ……でも、後々に悪影響が出ないか心配っちゃ心配ですよ」
今回はラガート子爵とデリックを天秤に掛けた形だけれど、これがデリックのみの場合だったら、どう対処していれば正解だったか考えてしまう。
とりあえず、デリックの評価は大幅に下方修正しておこう。
その日の宿に着いた後、また絡まれるかと危惧していたが、どうやらデリックの中で空属性魔法が下方修正されたようで、お呼びは掛からなかった。
食事の後に、俺を呼び出したのはラガート子爵だった。
用件は、昨晩話題にしていた新しい魔道具に関してで、どの程度開発が進められているのか問われたのだが、カリタラン商会の関係者ではないので答えようがない。
「そうか、それもそうだな。いやいや、デリックの前のめりが移ってしまったかな?」
「ハッキリした事はわかりませんが、明かりの魔道具やドライヤーの試作品は出来上がっていました。それと、超振動ブレードの開発にも取り掛かるって言ってました」
「超振動ブレード? それは何だ?」
超振動ブレードの理論とロックタートルの甲羅を切断した時の様子を伝えると、ラガート子爵は身を乗り出すようにして聞き入っていた。
「カリタラン商会では、その超振動ブレードの開発を始めているのだな?」
「はい、始めるとは言っていましたが……」
「何か問題があるのか?」
「魔法陣の形状が特殊なので、実用化には時間が掛かると思います」
超振動を実現するには、最低でも厚さ1メートルを超える魔法陣を作る必要がある。
空属性魔法ならば作れるが、物理的に製作するのは大変そうだ。
「なるほどな……だが構わん、新しい技術に挑戦することで職人の技量は必ず向上する。魔道具に関する技術は、この10年ほどの間に大きく進歩してきたが、ここ最近は頭打ちになってきていると聞いている。だが、ニャンゴのおかげで、我が領地から新しい技術を発信できるだろう」
「そうですね。イブーロが魔道具の一大生産拠点となって、周辺の村の生活も良くなって欲しいです」
良い機会なので、イブーロとアツーカの生活レベルの格差、それと猫人の置かれている状況などの改善を要望してみたが、ラガート子爵は腕を組んで黙り込んでしまった。





