魔砲使い
デリックは、男4人女2人の兄弟の一番末っ子だそうだ。
兄や姉は、既に王国騎士団に入団したり、王都の学校に通っているらしい。
現当主のアンブリス夫妻も王都の屋敷で暮らしているそうで、エスカランテ領にあるこの屋敷には、前当主であるアルバロスとデリックしか住んでいないそうだ。
エスカランテ家の子供たちは幼少期をこちらで過ごし、『巣立ちの儀』を境に王都で暮らすらしい。
幼少期をこちらで過ごすのは、領地の学校に通い、領地の者と接する機会を作り、繋がりを作るためだそうだ。
貴族の中には、幼少期の教育を家庭教師に任せたり、王都で過ごさせたり、平民との交わりを断つ家もあるそうだが、エスカランテ家は真逆の方針のようだ。
これは、有事の際に領民を統制し、的確に動かすための布石だそうだ。
領民にしてみれば、顔も知らない領主から命じられるのと、幼少期を共に過ごした領主から頼まれるのとでは雲泥の差がある。
平時において有事を忘れず……まさに武門の家らしい習慣なのだ。
アルバロスがタールベルグから街の話を聞き取っているのも、退屈しのぎのためでもあるが、民の生活を知り領地の現状を把握するためでもあるらしい。
デリックを薫陶した後、アルバロスに空属性魔法を披露してくれと頼まれた。
披露しろと言われても、そもそも空属性魔法は目に見えないので、明かりの魔法陣を発動させてみせた。
「このように、空属性魔法で空気を魔法陣の形に固めると刻印魔法が発動します」
「おぉ、これは空気中の魔素を使って発動しているのか?」
「はい、恐らくそうだと思われます。空属性で作った魔法陣は、通常の魔道具とは違い、魔法陣全体で刻印魔法を発動しています」
俺の空属性による魔法陣の理論を使い、これまでよりも効率の良い立体の魔法陣を用いた魔道具の開発中だと伝えると、アルバロスだけでなくデリックも話に聞き入っていた。
顔を合わせた時には、いけ好かない奴だと思ったが、自分のために有用であると知れば態度を改めるあたりもミゲルとは大違いだ。
中空構造の魔法陣を使ったドライヤーも実演し、こちらも商品化が進められていると話すと、子爵夫人とアイーダが凄い勢いで食いついて来た。
やはり長い髪を乾かすのは、女性にとって大きな問題なのだろう。
空属性魔法や新しい発想の魔道具について話していたら、あっと言う間に夕食の時間になってしまった。
空属性の有用性を貴族の人々に知ってもらいたいと無意識に思っていたのか、自分でも驚くほど饒舌だった。
「ニャンゴよ、まだワイバーン討伐の話も聞いておらぬ。夕食も儂の隣に座れ」
「はい……」
「なぁに、我が家の食卓は礼儀作法などの気遣いは無用だから心配いらんぞ」
「ありがとうございます」
アルバロスはデリックと共に、新しい明かりの魔道具を使った夜間行軍などという、『巣立ちの儀』前の子供には相応しいとは思えない話をしながら食堂へと歩いていく。
ラガート子爵の一家を見送ってから、後に続いていこうと思っていたら、アイーダにボソっと呟かれた。
「みっともないから、にゃーにゃー鳴くんじゃないわよ」
「ぐぅ……気を付けます」
別にホスト自ら礼儀作法や気遣いは要らないって言ってるんだから、うみゃうみゃしたって良いと思うが、一応ラガート子爵家に雇われているのだから善処しよう。
食事は、食前酒とスモークチーズを使ったサラダから始まった。
「では、アイーダ嬢とデリックに良き魔法がもたらされるように……乾杯」
「乾杯!」
食前酒は、果実酒を長く寝かせたもののようで、とても良い香りがするが、同時に強いアルコールの匂いもする。
「どうしたニャンゴ。この酒は、エスカランテ領の名物なんだが口に合わなかったか?」
「いえ、いただきます!」
アルバロスから言われてしまっては断わりづらい、お猪口ぐらいの小さなグラス一杯だから大丈夫だろうと食前酒を一気に飲み干した。
口の中が果実園になったかと思うほど、芳醇な香りが爆発するように広がり、鼻腔へと抜けていく。
同時に酒が流れ落ちた胃袋がカーっと熱くなり、さぁ食い物をよこせと催促されているように感じた。
食欲に突き動かされるようにナイフとフォークを握り、サラダを口に運んだ。
「うみゃ! このチーズ、うみゃ! 味わいが濃厚なのに、スモークされているから後味にクセがなくて、シャキシャキ野菜のほろ苦さと一緒になって……うみゃ!」
「はっはっはっ、気に入ったようで何よりだ」
アイーダが物凄い目で睨んでいたけど……知らん、このチーズと野菜のシャキシャキのコラボは絶妙なのだ。
2品目は、手長エビを素揚げにしたものだった。
「うみゃ! 殻パリパリで、身が甘くて、塩加減も絶妙で、うみゃ!」
殻まで丸ごと食べられるから、まさにエビを味わい尽す感じで、尻尾が勝手に揺れてしまうのも仕方がないのだ。
3品目は、クリームシチューだった。
「熱っ、うみゃ! 熱っ、うみゃ! 熱っ、うみゃ、うみゃ!」
クリームシチューも濃厚で、具の芋はサツマイモに近い感じで甘みが強く、ブロッコリーに似た野菜の緑も鮮やかで、うみゃいけど熱い。
メインディッシュは、ルンデン鳥の丸焼きだった。
ルンデン鳥は、七面鳥ぐらいの大きさがある大きな鳥で、育てるのに手間が掛かるので高価だ。
ドーンと大きな皿に載せられたルンデン鳥の丸焼きを調理人が切り分けてくれた。
「うんみゃ! なにこの濃厚さ、うみゃ! 噛みごたえがあるけど硬いだけじゃなくて、肉を噛みしめる度にジュワーって肉汁が溢れてきて、うんみゃ! パリパリの皮と皮ぎしの脂が、うんみゃ!」
アルバロスは、ワイバーン討伐の話を聞きたがっていたが、そんな暇は俺にはにゃい。
今はルンデン鳥の討伐に全力を注ぐ時だ。
もも肉の他に、胸肉と背肉をお代わりして、ようやく満足した。
デザートのアップルパイをハーブティーをお伴に、うみゃうみゃしながらワイバーン討伐の話をしたようだが良く覚えていない。
目覚めたのは、どこか知らないベッドの上で、布団の中でヌクヌク丸くなっていた。
意識がハッキリしてきて、王都に向かう途中だと思い出して跳ね起きたが、自分がどこにいるのか分からない。
窓の外を見ると、ようやく夜が明け始めた頃で、普段拠点で起きている時間のようだ。
部屋は、ベッドの他には机があるだけの簡素な作りで、昨日着ていた服はキチンと畳まれているし、洗濯もされている。
たぶん、原因は食前酒だろう。
猫人の体格ではアルコールが一気に回ってしまうのか、そもそもアルコール耐性が低いのか分からないが、強烈に酔ってしまうのだけは確かなようだ。
うちの親父は酒を飲まなかったから、俺個人の問題なのか、猫人特有の問題なのか分からない。
失態は、ジェシカさんと食事に行った時に続いてなので、酒は控えた方が良さそうだ。
とりあえず、いつでも出発出来るように荷物をまとめて部屋を出た。
ドアの外は廊下になっていて、同じようなドアがいくつも並んでいる。
窓の外を見たので、二階にいることだけは分かっている。
階段を探して一階に下りると、ラガート家の騎士の姿があった。
「お、おはようございます……」
「おっ、起きて来たな、魔砲使い」
「まほうつかい……?」
「なんだ、覚えていないのか?」
「えっ……俺、何をやらかしたんですか?」
「御屋敷の庭で、空に向って凄まじい砲撃を連発してたぞ」
「えぇぇ……」
どうやら俺は、アルバロスの要望に応えて、ワイバーンを討伐した砲撃や、魔法陣の設定を変えて、大きさ重視にしたものや、連射などを次々に披露したらしい。
「いやぁ、王国騎士団の魔術士部隊が現われたのかと思うほど、火球が空を覆い尽くすような勢いで打ち上げられてたぞ。それで、アルバロス様が砲撃を自在に操る者『魔砲使い』だなと仰られたんだ」
「えぇぇ……」
記憶をほじくり返してみると、確かにそんな事をやったような気もしないではない。
「俺、何か失礼なこととか、やらかしてませんかね?」
「いや、大丈夫だろう。アルバロス様も、デリック様も、うちの旦那も上機嫌だったぞ」
「はぁ……良かった。もう当分の間は酒は飲まないです」
「はっはっはっ……あぁ、お嬢様だけはご機嫌斜めだったな」
「げぇ……」
夕食前の忠告をガン無視したような形で、はしゃぎまくっていれば、そりゃ不機嫌にもなるよな。
「なぁに、何かありましたかって、すっとぼけておけば大丈夫だ。それより朝食に行こう」
「はぁ……」
まぁ、同じ魔導車に乗って行くけど、俺は御者台だから直接顔は合わせないし大丈夫……だと思いたい。
はぁ……早く王都に着かないかにゃぁ。





