エキシビジョン
ギルドマスター、コルドバスとの面談を終えた後、ギルドを出てカリタラン商会へと向かった。
ロックタートルの解体に超振動ブレードを使ってしまったので、ギルドの解体部門から魔道具作成の依頼が出されると思ったからだ。
一応、解体部門の主任を務めるローウェルには超振動ブレードの原理を説明したのだが、肝心の物が透明で見えていないので何度も首を捻っていた。
依頼する人間が理解出来ていなかったら、魔道具製作の依頼を受ける方は更に意味が分からないだろう。
混乱しないように、俺の口から説明しておいた方が良いだろうし、魔道具を作る職人ならば超振動ブレードについても理解できるような気がする。
売り場の店員さんに来訪の意図を伝えると、すぐに商会主であるルシオに取り次いでくれた。
「これはこれは、ニャンゴさん。ようこそいらっしゃいました。何でも新しい魔道具について教えてくださると聞きましたが……」
「はい、実は先日うちのパーティーでロックタートルを仕留めまして、その解体の時に使った魔道具なんですが……」
超振動ブレードの性能と原理について話すと、ルシオは目を丸くして驚きながらも、身を乗り出して聞き入っていた。
「なるほど……超高速で振動することで物を切断するのですね」
「はい、何か硬い物があれば実演してみますけど……」
「それでは、工房へまいりましょう」
魔道具の製作を行っている工房に移動すると、ルシオは魔導車を作っている職人に声を掛け、木材の切れ端を持って戻ってきた。
「ニャンゴさん、これはストラー樫といって、魔導車や馬車のフレームに使われる木材です。非常に目が詰まっていて丈夫ですが、硬くて加工がしづらいのが欠点でもあります」
「これは、削ってしまっても大丈夫なものですか?」
「はい、端材ですので、ぜひ削ってみせて下さい」
5センチ角で長さ10センチほどのストラー樫は、ズシっとした重さを感じ、空属性魔法で作った棒で叩いてみると金属のような音がした。
作業台の万力を借りて端材を固定し、空属性魔法で超振動ブレードを作って端の部分を削り落とした。
ロックタートルの甲羅に負けないほどの抵抗を感じつつも、端材はザクザクと削れていった。
「おいおい、冗談だろう。ストラー樫だぞ、どうなってんだ」
「あんなに簡単に削れるようになったら、もっと色んな加工が出来るようになるぞ」
端材が削れる度に、工房の職人たちは驚きの声を上げた。
原理を説明し、俺が手を添えて実際に使ってもらうと、驚きの声は更に大きくなった。
「ルシオさん、こいつは絶対に作るべきだ」
「だが、これだけの厚みの魔法陣をどうやって作るんだ」
「それこそ俺達職人の腕の見せ所でしょう。こいつが出来れば、職人の現場は大きく変わりますよ」
「よし、早速試作を始めるぞ」
商会で魔道具の試作を行っているグループが、早速超振動ブレードの開発に取り掛かるようだ。
新しいアイデアに対するお礼がしたいとルシオから申し出があったので、チャリオットのみんなと楽しめる美味しいものを届けてもらえるようにお願いしておいた。
カリタラン商会を出て、次に向かったのはイブーロの学校だ。
商会にだけ情報を伝えて、レンボルト先生への連絡を忘れていたら、後で怒られそうだから伝えておかないといけない。
研究棟の前で待っていると、午前の授業を終えたレンボルト先生が俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「やぁ、ニャンゴ君、今日は何の用かな?」
「はい、超振動ブレードという新しい魔道具についてお知らせしようと思い……」
「何かね、そのチョウシンドウ……ブレードとは?」
「刃物を高速で振動させると、切断能力が上がる……と言う感じの物です」
「刃物の切れ味が上がる? 実に興味深いね。あぁ、丁度お昼だ、続きは食事をしながら聞かせてもらおうか」
「はい」
レンボルト先生が授業の資料を置きに行くのを待って、一緒に食堂へと向かう。
いや昼飯時を狙って来た訳じゃなくて、ギルドからだとカリタラン商会の方が近かったから、たまたま、たまたまだからね。
本日のお奨めは、ゴーダウナギの赤ワイン煮だった。
ゴータウナギは、前世日本のウナギよりも長くて太い種類で、そのまま食べると小骨が気になってしまうのと皮が硬い。
貴族や富裕層の子女が集まる学校だから、きっと庶民用よりも手の込んだ処理がしてあるはずと睨んだのは正解だった。
「うみゃ! 皮も小骨も柔らかくなってるし、身はホロホロ、脂のクセも抜けて旨味だけが残っていて、めっちゃうみゃ!」
「うん、これは料理人の丁寧な仕事が光る逸品だね。私は子供の頃、このウナギが苦手だったから、ここの食堂の赤ワイン煮を食べて驚いたよ」
「ホント、まるで別のウナギを食べてる気がします。うみゃうみゃ!」
前世は日本人の俺とすれば、ウナギは蒲焼が最高と思ってきたけど、これは肩を並べるぐらい美味しい。
ウナギの赤ワイン煮や食後のお茶を楽しみながら、超振動ブレードに関する説明を終えた頃、体育教師のメンデス先生が歩み寄って来た。
「やぁ、ニャンゴ、久しぶり」
「お久しぶりです、メンデス先生」
「レンボルト先生、ご一緒しても構いませんか?」
「どうぞどうぞ、私の目的の話が終わったところですから、大丈夫ですよ」
「それは丁度良かった。ニャンゴ、この後、少し時間はあるかい?」
「なんでしょう? 俺自身の予定は入っていないので大丈夫ですが……」
「実は今、学校では武術大会の予選が行われているんだ」
学業は筆記試験で、武術は対戦で、年に二回の長い休みの前に成績査定が行われるそうだ。
武術は、休みに入る直前に学年ごとのトーナメント戦が行われ、その順位が成績に加味されるそうだ。
初めて学校を訪れた時に絡んで来たジャスパーは、前回の学年チャンピオンだと言っていた。
あれから性根を入れ替えて頑張っているみたいだし、今回も好成績が期待されているらしい。
「今は予選を行っている時期でな。自分の学年だけでなく、他の学年の試合にも多くの者が見学に訪れている。ちょっと覗いていかないか?」
「そうなんですか、面白そうですね。是非、見学させてください」
「あぁ、退屈はさせないと思うぞ」
昼の休憩が終わった後、メンデス先生と一緒に練武場へと向かった。
練武場には、ライバルや憧れの先輩の戦いぶりを一目見ようと、多くの生徒が集まっていた。
「で……何で俺は防具を着けて、棒を持って、練武場の真ん中にいるんですか?」
「うはははは、体格が劣っていたら勝負にならないと、最初から勝負を諦めてしまう者がいてな、そうではない事を実際に見せてやろうと思ったのだよ」
「はぁ……でも、俺とメンデス先生じゃ、それこそ勝負になりませんよ」
「ではニャンゴは、最初から勝負を投げ出して、何の抵抗もせずに打たれるのかい?」
狼人のメンデス先生が、遠い先祖を思わせるような犬歯を剥いて笑みを浮かべる。
「勿論、むざむざと負けるつもりはありませんよ……」
不敵な笑みを浮かべて、メンデス先生の顔を見上げる。
練武場に集まっている生徒の大半は、半分程度の身長しかない俺が、武術の教師を務めるメンデス先生とまともな勝負になるとは思っていないだろう。
「ニャンゴ、魔法を使っても構わないぞ」
「おや、メンデス先生、今から負けた時の言い訳の準備ですか?」
「ほほぅ、ならば手加減は無用だな?」
「聞かれるまでも無いですよ」
5メートルほどの距離を取って向かい合ったメンデス先生は、長剣サイズの木剣を身体の右側へと寝かせ、腰を落として構えた。
笑みを消した表情は、獲物を狙う狼そのものだ。
エキシビションなので審判はいないが、開始の合図など必要ない。
「ふっ」
短く息を吐いたかと思うと、メンデス先生は一瞬で距離を詰めてきた。
同時に、強烈な横薙ぎが俺の左胴へと放たれる。
棒で剣を跳ね上げ、首を竦めて潜り抜けながら前へと踏み込み、剣を振り抜いてがら空きになったメンデス先生の胴に突きを放つ。
「ちぃ!」
メンデス先生は独楽のように身体を回して突きを回避し、同時に俺の右後方から横薙ぎを送り込んできた。
走り抜けるようにして木剣を躱し、こちらも独楽のように回転しながら、棒の端を持って足払いを仕掛ける。
木剣を振り上げて踏み込んで来たメンデス先生は、左足を引き上げて右足一本で打ち込んで来た。
頭上を襲う一撃を半歩下がって躱しながら、木剣を抑え込むように棒を振り下ろす。
カツーンと乾いた音が練武場に響き、ほんの僅かだがメンデス先生の体幹がブレた。
その隙を逃さず、一気にメンデス先生の懐へと踏み込む。
離れた間合いはメンデス先生の距離、俺が勝機を見出すには長剣が振るえない距離に踏み込むしかない。
俺の意図を察したメンデス先生の強烈な右膝蹴りが俺の顔面に迫るが、それは勿論織り込み済みだ。
悪いけどシューレの凶悪な蹴りに較べれば、一段落ちる。
ユラリと上体をくねらせて蹴りを躱し、逆手で振るった棒でメンデス先生の左のふくらはぎを強かに打ち据えて走り抜ける。
距離を取って振り返ると、メンデス先生は左手でふくらはぎを押さえてしゃがみ込んでいた。
「参った……」
「おぉぉぉ……」
メンデス先生が敗北を認めると、練武場に驚きのどよめきが起こった。
いや、俺自身もこの結果には驚いている。
メンデス先生が手を抜いたようには感じなかったが、日頃のシューレとの手合せで応用力が上がったのかもしれない。
「いやぁ、まさかやられるとは思っていなかった。ニャンゴは腕を上げたようだし、私は少々鈍ったようだな」
「パーティーのメンバーに鍛えてもらってますから、その成果だと思います」
「そうか……私も騎士団の訓練に混ぜてもらうかな。これで一勝一敗、次の対戦が楽しみだな」
「俺はもっと強くなりますよ」
「そいつは、ますます楽しみだ」
ニヤリと笑ったメンデス先生と握手を交わすと、練武場は割れんばかりの拍手に包まれた。





