ニャンゴの日記
「ニャンゴ、俺はもう駄目だ……」
「兄貴ぃ?」
土の採掘場近くの山に分け入り、コボルトの群れとゴブリンの巣を一つ潰して戻ると、兄貴は昼飯を食う陶器工房の職人ゼルーカの膝でグッタリとしていた。
「いやぁ、すまんすまん。土の採掘を手伝ってもらったんだが、張り切り過ぎたみたいでな、魔法の使い過ぎによる魔力切れだ。飯食って休んでいれば、イブーロに戻る頃には起きられるだろう」
「はぁ……兄貴、ちゃんとペースを考えようよ」
「すまん……」
兄貴は工房の職人さんから分けてもらって昼食を済ませたそうなので、毛布を借りて日当たりの良い御者台で寝かせてもらうことにした。
まぁ、自分が役に立つと分かって、張り切る気持ちは分からなくない。
これで、自分の稼いだ金を実感すると更に頑張りたくなるから、気を付けるように言っておかないと駄目だな。
俺も手早く昼食を済ませたら、トラッカーの3人に声を掛けた。
「カルロッテ、俺が見張ってるから昼休みにしなよ!」
「分かった、フラーエ、ベルッチ、飯にしよう!」
トラッカーの3人が、昼休みを取っている間、ステップで高さ20メートルぐらいの場所から周囲を見渡す。
北の山は、尾根の向こう側で討伐を行ったので、たぶんこちらまで出て来ないだろう。
東側の街道沿いの山道、小川を挟んだ南側、そして西側の川の上流さえ抑えられれば、とりあえず近づいてくる魔物はいないはずだ。
念のため、探知ビットもバラ撒いておく。
これまでは、一面に探知ビットを設置していたが、それでは全周をカバー出来る範囲は限られてしまう。
そこで、一定の高さと幅、例えるならばドーナツ状に配置するようにした。
例えば、高さは地面から30センチから60センチにして、幅10センチ程度、俺を中心として半径200メートルで設置しておけば、魔物の通過は捉えられるはずだ。
探知ビットは目では見えないのだから、わざわざ跨いで行くはずもない。
これならば、ぐるっと囲っても魔力に余裕があるので、反応があったら周辺を重点的に探知すれば良い。
ワイバーンのように空を飛ぶ魔物には対応できないが、地面を歩く魔物はカバー出来る。
食事を終えた途端、すぐ配置に付こうとするカルロッテを止めて、もう少し休息させる。
陶器工房の職人達が午後の作業に入るまで一緒に休憩してもらい、トラッカーの3人が配置に付いたところで俺が休憩に入った。
30分ほど休憩した後で、今度は小川を挟んだ南側の斜面を登る。
土の採掘場から、半径500メートルぐらいの範囲では討伐を行わない約束になっているので、その範囲内で見掛けた魔物は範囲の外までバーナーとかの魔法で追い出す。
ステップで地上10メートルぐらいの所を移動しながら、範囲内にいた15頭ほどのゴブリンの群れを範囲の外まで誘導し、採掘場から1キロ以上離れた所で討伐する。
強力な雷の魔道具を使い、片っ端から感電死させた。
感電死なら血が出ないので、他の魔物を呼び寄せる心配は要らない。
全部で17頭のゴブリンが倒れたところで、周囲を空属性の壁で囲い、空属性の槍で首を突いて止めを刺した。
更に、空属性の作業着を着込み、全てのゴブリンから魔石を取り出す。
近くに人里も無いので、死体はこのまま放置する。
南側の斜面をチェックしながら、小川を遡っていくと、範囲の中にある洞窟にコボルトが巣を作っていた。
探知ビットで探ると、洞窟内部には20頭以上のコボルトがいるようだ。
「これも、放置は出来ないか……」
入口付近にいた3頭ほどのコボルトを洞窟へと追い込んだら、入口を空属性魔法で作った壁で塞いだ。
その状態で、入口から内部に向かって大きなバーナーを移動させていき、全てのコボルトを焼き殺した。
我ながら残酷な手口だけれど、時間が無いので手段を選んでいられない。
空属性魔法でダクトを設置して、風の魔道具で洞窟内部の空気を入れ替えてから、魔石の回収作業を行った。
回収作業を終えた後は、粉砕の魔法陣を使い、洞窟を崩して塞いだ。
これで東側を除けば、採掘場の近くに魔物は現れないはずだが、ハグレ者のオークとかまではどうにも出来ない。
魔石でリュックが重たくなったので、一旦馬車まで戻ろうと思っていたら、カルロッテの声が聞こえてきた。
「ニャンゴ! オーガだ!」
急いで採掘場へ戻ると、小川の下流からオーガが近づいて来ていた。
トラッカーの3人が、盛んに鉄の輪を鳴らしてもオーガは歩みを止めそうになかった。
陶器工房の職人達も、作業を中断して馬車の近くに集まっている。
「お待たせ、カルロッテ」
「どうする、ニャンゴ」
「川下に追い払って、十分に離れたら討伐する」
「出来るのか?」
「やるっきゃないよ」
オーガはオークよりも知恵が働く。
例え追い払ったとしても、ここに餌となる者達がいると覚えてしまったはずだ。
他の陶器工房が採掘に訪れた時に、このオーガはまた姿を現して人を襲う可能性が高い。
採掘場まで150メートルほどに近付いた所で、火の魔法陣と風の魔法陣を組み合わせて大きな火柱を作り、オーガの行く手を遮った。
「グォォォォォ!」
ボーデとの決闘で使っていた火柱なので、迫力は十分だ。
少し焦げるぐらいギリギリの所を狙って火柱を立てると、オーガは顔を両手で覆って背中を見せた。
すかさず尻や背中をバーナーで炙ってやると、オーガは悲鳴を上げて逃走を始めた。
「カルロッテ、ちょっと行って来るからリュックをお願い」
「分かった、頼む!」
身軽になったところで、念のためのフルアーマーを装備してオーガを追いかける。
火柱やバーナーを使い、オーガを小川の下流へと追い詰めていく。
オーガは小川に足を踏み入れ、バシャバシャと体に水を浴びせた。
まぁ、身体を濡らした程度じゃ、バーナーで焙られる熱さには耐えられないだろう。
ボーデの時とは違い、きっちり手加減する必要は無く、範囲の外に出るまで自力で歩いてくれればそれで良い。
オーガは、水を浴びるようなフリをしつつ、川原の石を拾って、こちらに向かって投げ付けてきた。
「シールド」
オーガの手を離れた瞬間、石は斜めに立てたシールドにぶつかって大きく逸れていく。
その後もオーガは投石で反撃してきたが、バーナーの炎には勝てず、範囲の外まで逃げていった。
「ではでは、デスチョーカー・タイプR」
「グフッ……ガァ……」
オーガは首筋に突き刺さった槍の穂先から逃れようとして、別の槍で喉を突かれ、小川の中で血だるまになりながら力尽きた。
オーガから流れ出た血で、小川が赤く染まっていく。
血の流出が止まり、完全にオーガが動かなくなったのを確認してから、川岸へ引き上げて、魔石の取り出し作業を行った。
更に、額に生えている角を、空属性魔法で作った鏨を川原の石で叩いて何とか切り落とした。
「はぁ……朝から働きづめだから、流石に疲れてきたな」
小川の下流は、街道から見ると崖下だし、採掘場から十分に離れているので、オーガの死体も放置する。
焼くのも埋めるのも、時間が掛かり過ぎて現実的ではない。
「でも、ここに放置すると魔物が寄って来そうだよなぁ……」
オーガの死体を空属性魔法で作った頑丈なケースで囲い、その状態で粉砕の魔法陣を発動させてミンチにして、水の魔法陣で小川へ流した。
酷い環境破壊だと思うけど、現状では、これが一番魔物を引き寄せないで済む方法だと思う。
角と魔石を小川の上流で洗い、ポケットに突っ込んで採掘場へ戻った。
「ただいま、討伐してきたよ」
「もうかよ、さすがBランクだな」
採掘場では、カルロッテ達が警備の配置に戻り、陶器工房の職人達は採掘を終えて後片付けを始めていた。
「おかえり、ニャンゴ。怪我してないか?」
「うん、どこも怪我なんかしてないぞ。兄貴も少し回復したみたいだな」
「あぁ、ニャンゴに較べたら、大して働いていないのに情けない……」
「まぁ、慣れない仕事を夢中でやったんだから仕方ないさ。でも、良い経験になったんじゃない?」
「あぁ、ペース配分を含めて勉強になった」
工房の職人たちが片付けを終え、イブーロに向けて馬車が走り始める。
手綱を握っているのは、ゼルーカとは別の職人で、トラッカーの配置は朝と一緒だ。
荷台には、採掘した土が積まれているので、人間が乗るスペースも膝を突き合わせるぐらいに限られてしまっている。
まぁ、真冬の今の時期は、このぐらい密着していた方が暖かくて良いかもしれない。
「ベルッチ、見張りを任せても良いかな?」
「いいよ、ニャンゴは朝から動き通しだったから、イブーロまで眠ってて」
「ありがとう、頼むね」
兄貴の肩に頭を預けると、すぐに眠りが訪れた。
兄貴には偉そうなことを言ったけど、俺のペース配分もまだまだだな。





