天候
吹き飛ばされたシューレとセルージョ、それに離れた場所で戦っていたライオスも、土埃だらけの酷い有様だったが、幸い打ち身程度で大きな怪我はしていなかった。
俺も自慢の尻尾が埃だらけになってしまったが、フルアーマーのおかげで怪我はしていない。
「仕留めたと思ったのに……」
「折角、ニャンゴがチャンスを作ってくれたのに情けねぇ」
「セルージョだけじゃないぞ、たぶん討伐に参加した全員が思っているはずだ」
ライオスが言う通り、野営地に戻った冒険者の多くが悔しさを口にしていた。
「まさか脱皮して逃げるなんて、想像もしてなかった……」
「てか、あんなに簡単に脱皮できるものなの?」
「分からない。そもそもワイバーンの生態は良く分かっていない……」
脱皮して逃げるなんて、シューレにとっても予想外だったようだ。
普通、脱皮というと薄皮一枚を剥ぐような感じだと思うが、ワイバーンはもっと分厚く皮膚を脱いでいたように見えた。
あれは魔物としての固有能力なのか、この世界の生物としては珍しくないのか、生物学を学んだ訳でもないので分からない。
イブーロに戻ったらレンボルト先生にでも、ちょっと聞いてみよう。
チャリオットのメンバーは、土埃を落とした後で中途半端だった食事の続きを食べている。
野営地にも土埃が舞ったが、一旦隠れた兄貴が、ポトフの鍋に蓋をしておいてくれたのだ。
おかげで、少し煮詰まって味が濃くなったが、土埃でジャリジャリしないで済んだ。
うん、兄貴、グッジョブ。
食事が一段落したところで、ライオスから戦闘の様子を尋ねられた。
「さて、ニャンゴ。実際に戦ってみた感触はどうだ?」
「そうですね。ブロンズウルフよりも硬そうですが、全く攻撃が通用しない訳ではないです」
粉砕の魔法陣や、雷の魔法陣は、一定の効果があるように見えたが、それ以上にワイバーンがタフだったという印象だ。
「倒せると思うか?」
「やり方次第で倒せるはずですが、問題はどうやって落とすかです」
「今日と同じやり方は通用しないか?」
「と思います。それに、罠を維持するのに結構魔力を使ってしまって、肝心の戦闘で余裕がありません」
光の魔法陣を遠隔操作で複数動かして、更に上空に複数の雷の魔法陣を設置し、反応があったら粉砕の魔法陣を発動させるなど、複数の魔法陣を維持するのは大変だった。
「では、次はどうする?」
「出来れば、強力な雷の魔法陣か、強力な粉砕の魔法陣で落として、手加減無しの魔銃の魔法陣で攻撃出来れば勝機があるかと……」
「ブロンズウルフの時のやり方では駄目なのか?」
「ラバーリングからフレイムランスでも大丈夫だとは思いますが、ワイバーンの力が予想以上なので、拘束できるのか少し不安です」
「なるほどな……まぁ、実際に戦闘になってみないと、どんな状況になるのか分からないから、臨機応変に動けるように準備だけは整えておこう」
チャリオットは、俺とセルージョは基本的に離れた場所からの攻撃、シューレも出来る限り距離を取って魔法による攻撃を主体にして動く予定だ。
ガドとライオスは、基本的には接近戦の要員なのだが、今回のように合同で討伐を行う場合には、獲物の周囲に人が密集する場合が多いそうだ。
弱った魔物をそのまま討伐出来れば問題ないが、ワイバーンは脱皮してダメージを軽減して反撃してくる可能性がある。
「余程の出血があるとか、尾を斬り落としたとか、反撃の手段が無くなるまでは不用意に近付けないな……」
ライオスとガドは、どのタイミングで近付くのか、2人で入念な打ち合わせを始めた。
いくら手柄を立てても、命を落としてしまっては何にもならないのだ。
この晩も、俺は見張りを免除され、魔力の回復を優先するように言われた。
まったくの勘なのだが、明日はワイバーンが現れないような気がしていた。
脱皮は体力を消耗させるだろうし、新しい皮膚もこれまでと同じ硬さにはなっていないような気がする。
そういう意味では、明日襲って来た方が俺達にとっては有利だが、不利だと分かって襲うほどワイバーンは馬鹿では無い気がする。
俺の考えを話すと、ライオス達も賛同してくれた。
一応、見張りは立てるけれど、チャリオットは明日はゆっくり始動する予定となった。
夜明け前から夜遅くまで、それこそ命懸けの覚悟を保っているなど何日も続けられない。
念のため、襲撃があっても良いように酒だけは飲まなかったが、チャリオットのメンバーは見張りを残して早々に眠りについた。
翌日、冒険者達のざわめきで目を覚ますと、まだ太陽は昇っていなかった。
昨晩、あと一息の所まで追い詰めたので、冒険者達は俄然やる気を出しているらしい。
その日の野営地を一言で現すなら、意気軒高といった感じだ。
それは、ラガート側だけでなく、エスカランテ側も同じのようだ。
冒険者達の士気は高いが、空はどんよりとした雲に覆われている。
川原で用を足して馬車に戻ろうと思ったら、ポツポツと雨が降り始め馬車に戻る頃には本降りになった。
馬車の下に作ったシェルターの入口には、いつの間にか屋根が作られていたし、階段の降り口も周囲よりも一段高くなっていた。
ちょっと歪んでいる感じはするけど、これならばシェルターに雨が流れ込んで来る心配も無い。
シェルターの内部にも、いつの間にか改造が施されて、暖炉が作られていた。
ちゃんと煙突まで作ってあり、煙がこもらないようになっていた。
「ニャンゴ、けっこう降ってるか?」
「えぇ、急に強く降り始めました。この調子では今日は一日雨じゃないですかね」
「かぁ、酷い降りだぜ……」
この時間、見張りの当番のセルージョも髪を濡らして戻って来た。
どうやら、今日は雨で討伐は中止のようだ。
「ワイバーンが来たらどうするんですか?」
「うちを襲わずに帰ってくれるように祈るだけだな」
冗談めかしてライオスが返事をしたが、どうやら本気らしい。
土砂降りの日は、火属性魔法の威力が落ちてしまうし、チャリオットには水属性の持ち主はいない。
よく考えてみると、土砂降りの中で雷の魔法陣を使ったら、こっちまで感電しかねない。
粉砕の魔法陣は問題なく発動するだろうが、他の攻撃手段の威力が落ちる中で、無理に戦っても得られる物は少なさそうだ。
「ねぇ、入口に屋根作ったのって、もしかして兄貴?」
「えっ……あぁ、うん……まだ不格好だけどな」
「凄いじゃん。確かに、ちょっと歪んでたけど、雨は入って来ないように出来てるじゃん」
「まぁ、何度も作り直したけどな……」
「もしかして、暖炉も?」
「あぁ……うん」
「凄いじゃん、兄貴。見直したよ」
「そ、そうかぁ……?」
ライオス達からも口々に褒められて、兄貴は照れくさそうにしている。
これまで、あんまり人に褒められることが無かったから、どう反応して良いのか分からないのだろう。
「うん、フォークスも有能……」
「い、いや、俺はまだまだだし……」
うん、シューレに撫で回されて、照れてる兄貴はちょっと可愛い。
俺も、後でモフってやろうかな。
雨は昼近くになっても、一向に弱まる気配が無かった。
試しに外の様子を探知ビットで探ろうとしたのだが、雨粒がノイズのように邪魔をして上手く形を捉えられない。
空属性で作った集音マイクも、表面が濡れたり、雨粒が当たるとノイズになって聞き取りにくい。
何かの接近を探知するには、空属性魔法で極細の糸を張っておくしか無さそうだが、いくら透明で目には見えない糸でも、水滴が付いてしまえば存在がバレてしまう。
こうしてみると、雨は空属性にとっては邪魔な存在なのかもしれない。
折角の雨なので、色々と工夫をしてみたいところだが、万が一ワイバーンが現れた時に備えて、魔力は温存しておかなければならない。
毛布に包まって、色々な場面を想定してシミュレーションを繰り返していたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
シューレに昼食ができたと起こされた時には、雨音が止んでいた。
「雨、止んだの……?」
「いいえ、降ってるわよ」
「えっ? あっ、雪になったの?」
馬車の下に作ったシェルターに籠っていたから気付かなかったが、雨が強まるうちに気温がグンっと下がったらしい。
探知ビットを使って外の様子を探ってみると、さっきとはノイズの入り方が違っていた。
「さすがに雪が降っていたら、ワイバーンの野郎も出て来ないだろう」
セルージョの言葉に全員が頷いているが、来ないと思うというよりは、来てほしくないというのが正直な気持ちだ。
「それにしても、このシェルターは作っておいて正解じゃったな」
「ガドとフォークスのおかげで、外は大雪だってのに全く寒くないぜ」
どうやら外は雪が積もり始めているようで、天幕を潰された冒険者の悲鳴も聞こえてきた。
これでは、明日以降の討伐が出来るかどうかも分からない。
セルージョなどは、良い骨休めだと呑気に寝転んでいるが、あまり滞在が長引いてしまうと食糧が底を尽いてしまう。
ラガート騎士団に頼めば、ある程度は融通してくれるかもしれないが、討伐に参加している全てのパーティーまで面倒は見きれないだろう。
それに、俺はステップで足場を作って移動するから関係ないが、雪が解けて地面がぬかるめば、冒険者達は足を取られて動きが鈍くなってしまう。
空を自由に飛べるワイバーンのアドバンテージが更に大きくなってしまいそうだ。
「考えたって天気まではどうこう出来やしねぇよ。無駄なことを考えてるぐらいなら寝ちまえ」
セルージョの言葉に従った訳ではないが、食後の睡魔には抗えず、また毛布に包まって夢の世界へと旅立ってしまった。





