足止めの理由
親族へゾゾン討伐の報告を終えたシューレが合流して、ようやく少し肩の荷が下りた。
やはり1人で護衛をするのは、俺には少し荷が重い。
心配された誘拐犯たちの襲撃だが、どうやらリスクを考えて行われなかったようだ。
ぶっちゃけ何かあった場合には、まずエリーサとリリカによる拘束から抜け出すのに一苦労していただろう。
俺がグッタリしているのは、昨日の昼間の暴れ馬騒動や誘拐犯へ対処していたからだとシューレには伝えておいた。
本当の理由は、一晩中柔らかな膨らみに挟み込まれて、眠るどころではなかったからだが、そんな話はシューレにもボルツィにも気付かれる訳にはいかない。
「ニャンゴさんはとても紳士で、昨夜はグッスリと眠れました」
「はい、私もお嬢様の隣……のベッドで休ませていただきましたが、旦那様が御懸念なさるような事はございませんでした」
一晩中俺をもて遊んだくせに、エリーサとリリカは何事もなかったような顔でボルツィに報告していた。
シューレが戻って来たので、湯たんぽ代わりは一晩だけだったが、あの晩以降2人が俺の毛並みを狙う目がちょっと怖かった。
てか、そんなに猫人をモフりたいなら、もっと猫人の待遇を改善すれば良いんじゃないの?
色々とアクシデントはあったものの、キルマヤでの商談は滞り無く終わり、俺達はイブーロへの帰路についた。
前方左右はシューレが監視、後方左右は俺が探知ビットで監視する体制で、道中は問題なく進んでいくように思えたのだが、ブーレ山の麓で旅行者が足止めを食らっていた。
ブーレ山の麓を抜ける街道のエスカランテ領側の街ルガシマでは、兵士が通行を制限していた。
通行制限の理由は、キラービーの被害が頻発しているからだ。
既に真冬に差し掛かろうとしているこの時期に、新しい巣を作る羽目になったキラービーが食料の備蓄に焦っているらしい。
俺達が襲われた時にも、かなりの人数の盗賊が犠牲になっていたが、その後も馬車1台が丸々襲われてしまったり、馬を食い殺されたりする事例が続いているそうだ。
そのため街道の向こう側、ナコートまで行くには、Bランク相当の火属性魔法が使える者の同行が義務付けられたそうだ。
キラービーを退治する一番の手段は、火属性の魔法による焼却だ。
鋭く丈夫な顎や、毒針を持つキラービーだが、その身体を飛ばす羽は火に弱い。
地面に落ちてしまうと、攻撃力は半減どころか大きく減退してしまうし、火で燃やすと仲間を興奮させる体液の匂いを、焦げた匂いが打ち消すらしい。
実際、規模の大きな火属性魔法を使うと、キラービーは危険を感じて去っていくそうだ。
ただし、俺達の襲撃に使われた、質の悪い魔銃で発動出来る程度の魔法では、キラービーを追い払えないようだ。
もっと広範囲に、何匹もまとめて焼き落とすぐらいの威力が必要らしい。
ルガシマから先へ進みたい者は、実際に規模の大きな火属性魔法が使えると、エスカランテ家の騎士団から証明書を貰う必要があるそうだ。
馬車の護衛をする者は、何も火属性の持ち主とは限らない。
現にシューレは凄腕だけど風属性なので、申請しても証明書は下りないだろう。
ルガシマでは規模の大きな火属性魔法を使える冒険者への依頼料が高騰し、普段の3倍以上になっているそうだ。
それでも、人材には限りがあるので、護衛を見つけられない馬車が足止めを食らっているという訳だ。
騎士団からの通行証明は、ギルドのランクに関わらず、実際に魔法が使えるか確認し発行されるらしい。
どうにか部屋を確保した宿で事情を聞いたボルツィは頭を抱えたが、シューレはむしろ胸を張ってみせた。
「ニャンゴがいるから心配無用……」
「いや、ニャンゴは空属性なんだろう? 火属性の魔法を使えなければ……」
「ニャンゴは超有能だから、問題無い……」
訳が分からないと首を捻るボルツィ達の護衛をシューレに任せて、俺は証明書を発行してくれる騎士団の詰所へと向かった。
詰所には、俺達と同様にルガシマに到着してから事情を知り、明日出発できるように証明書の申請に来た者が10人ほど待っていた。
一応、身分証明のためにギルドカードを確認しているが、ランクよりも実際に魔法が使えるのかを見ていた。
ランクが高くても、攻撃魔法が得意とは限らないからだ。
例えギルドのランクがBであっても、身体強化魔法をメインに戦うタイプで、攻撃魔法が苦手という者もいる。
キラービーが相手では身体強化は殆ど用をなさないので、実用レベルの攻撃魔法が使えない場合には、証明書を出してもらえないようだ。
順番を待ちながら実技を見物すると、縦横5メートルぐらいありそうな炎のカーテンを展開した人は証明を受け取っていた。
威力の高い炎弾を撃った人がいたが、見た目の規模の小ささが仇になって証明書をもらえなかった。
どうやら求められているのは、攻撃の威力よりも範囲のようだ。
俺の順番が来て、ギルドカードを提示すると、受付の兵士は怪訝な表情を浮かべた。
「空属性……? いや、火属性魔法の審査をしているんだよ」
「はい、見てもらえばわかりますし、火の魔法を使えるので、とにかく審査して下さい」
ギルドカードの属性の欄を見て首を傾げる兵士に、とにかく見てくれと言って審査を受けさせてもらった。
「じゃあ、出来るだけ大きな炎を作るような魔法を使ってみて」
「分かりました」
見た目重視みたいなので、ボーデと戦った時に使った火柱を更にスケールアップして、直径5メートルほどのものを3本発動させた。
「おぉぉぉ……凄いな。良いね、合格。今日一番だな」
火柱を目にした兵士は驚きの声を上げ、即座に合格の判定をくれた。
「いやぁ、凄い威力だけど、空属性なのに何で火の魔法が使えるの?」
「まぁ、そこは冒険者としての秘密なので……」
「そうか、別に詮索するつもりはないし、先に進んでもらって構わないが、くれぐれも注意してくれ。報告では、キラービーとしてもかなり凶暴な部類に入るようだ。必要とあらば馬を餌に差し出してでも身を守ることを優先してくれ」
「分かりました、十分気を付けて進みます」
ルガシマの街は、足止めを食らった旅人でごった返していて、宿を確保するのも一苦労だ。
家具工房ディアーコの一行も、確保出来たのは4人部屋が1部屋だけで、男性達は馬車で一夜を明かした。
と言っても、家具工房の馬車なので、座席は下手な安宿のベッドよりも寝心地が良さそうだし、宿にあぶれた他の旅人よりは恵まれている。
俺は、馬車の警護をしながら、空属性で作ったクッションに丸くなって一夜を過ごした。
翌朝、ルガシマから北へと向かう街道には、出発を待つ馬車の列が出来ていた。
この先に進む馬車には、火の魔法が使える護衛の同行と、5台で即席のキャラバンを作ることが義務付けられた。
一人の魔法で追い払うよりも、複数の者が魔法を使えば、更に規模が大きくなって追い払いやすくなるそうだ。
他の馬車を護衛する冒険者と挨拶を交わしたのだが、どうやら全員シューレが火の魔法を使うと思い込んでいるようだ。
即席のキャラバンとは言っても、前後の間隔を詰めて馬車を走らせるだけだ。
キラービーに遭遇した場合には、なるべく小さな固まりとなって、火の魔法で迎撃する予定だ。
出発前に、互いの身元を明かしてキャラバンを組んでいるので、盗賊に対する心配は殆ど要らない。
どの馬車の護衛も、道中に目を向けていたのはブーレ山の方向だった。
出発して2時間ほどで、中間地点で休息を取った。
駐在している兵士の話では、今日はまだキラービーが出たという情報は入っていないそうだ。
ここから先は、ラガート子爵領になり、俺達が襲撃された場所も通る。
実際、キラービーの被害の8割は、ラガート子爵領に入ってからだそうだ。
「十分に気をつけてくれ。昨日は雨だったから被害の情報が入っていない。今日は襲撃があると思って進んでくれ」
キラービーは、雨の日には狩りを行わない習性があるらしい。
羽が濡れるのが嫌なのかもしれない。
即席のキャラバンを組んだ他の馬車の者達は、兵士の話を聞いて顔を引き攣らせていた。
他の馬車の護衛をやっている30代ぐらいの犬人の冒険者が、平然としている家具工房の一行に話し掛けて来た。
「なぁ、あんたらキラービーの怖さを知らんのか?」
「いいえ、存じておりますよ。我々はイブーロからキルマヤに向かう途中で一度遭遇していますから」
「そうなのか? どんな状況だったんだ」
執事のキーンが自慢げに語ったせいで、他の護衛達まで集まってきた。
「はぁ? 空属性魔法で馬車全体を覆って助かった?」
「空属性って、あの空っぽの空属性なのか?」
キーンに話を聞いただけでは信じられないのか、俺の所にも護衛の冒険者が集まってきた。
「なぁ、馬車5台をまとめて守れるか?」
「無理ですね。うちの馬車を囲うのが精一杯です」
「おたくの馬車の下に潜ったら助かるか?」
「はい、それなら何とか……」
即席のキャラバンには、2台の幌馬車が含まれている。
木製のキャビンならば、中に籠ってやり過ごせるが、幌馬車ではキラービーの餌食にされてしまう。
襲撃があった場合、振り切れそうなら止まらずに突破し、数が多い場合は他の馬車のキャビンに退避させてもらうように決めた。
家具工房ディアーコの馬車でもルガシマを出た時点で、職人さんは幌付きの荷台ではなくキャビンに搭乗している。
俺達の前に、2つのキャラバンが出発して行った。
残り2時間少々の道程、果たして無事に辿り着けるだろうか。
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