ボディーガード
4日間の行程を経て、家具工房ディアーコの馬車は、無事にキルマヤへ到着した。
翌日から2日間の日程で、ボルツィは取引き先との商談を行うそうだ。
馬車に積んで来た新商品を実際に見てもらい、新規の注文を取り、イブーロに戻ったら製作を始め、まとまった数が出来上がったら輸送する形になるらしい。
商談と同時に、納入した商品の代金の回収も行うそうだ。
つまり、帰り道は多額の現金を積んでいるので、より一層の注意が必要……なんて事は無く、代金は商工ギルドの口座に預けてしまうそうだ。
多額の現金を持ち歩かないなら、盗賊に襲われる心配は少ないのではないかと思ったが、現金が無くても人は乗っているので、拉致監禁して身代金要求を狙うらしい。
例えば、家具工房ディアーコの場合だと、エリーサを人質にボルツィに身代金を支払わせたり、2人を人質にして工房から身代金を引き出すわけだ。
盗賊の活動は、もっぱら人里はなれた街道だが、誘拐犯は街中でも隙をついて拉致を行ったりするらしいので気は抜けない。
キルマヤに着いた翌日、ボルツィ達は俺1人で護衛することになった。
シューレは、地元に戻ってゾゾンを討伐して従姉の仇を取ったと親戚に報告するそうだ。
今回の依頼に俺が同行したのは、シューレが報告でいなくなる穴を埋めるためでもある。
シューレの地元ならば、腕の立つ武芸者がゴロゴロしていそうで、ちょっと行ってみたい気がするが、今日は護衛に専念しよう。
護衛と言っても気を付けるのは、宿から取引き先までの道中だけだ。
家具工房ディアーコと取引きしている商会は、いずれも一流の商会なので、敷地の中まで気を配る必要はない。
宿を出た馬車は、裏通りへと入り、グラーツ商会の通用門を通って敷地へと入った。
建物の裏口近くに馬車を停めると、職人さん達が荷台へと上がる階段を設置する。
この馬車は、言うなれば動くショールームらしい。
キャビンから降りて来たボルツィとエリーサ、大きな鞄を抱えた執事のキーンと一緒に商会の中へと足を踏み入れる。
出迎えたグラーツ商会の主、オイゲンは40歳前後のシマウマ人で、いかにもやり手といった雰囲気の男だ。
ハキハキとした喋り方、嫌味の無い笑顔、洗練された身のこなし……この10分の1、いや50分の1でも良いからうちの親父に分けてもらいたい。
うにゃうにゃと聞き取りにくい話し方、卑屈な作り笑い、オドオドした振る舞い……猫人の悪い所を集めたような親父と、瓜二つな一番上の兄貴は何とかならないものだろうか。
フォークスも拠点に来たばかりの頃は、チャリオットのメンバーに対してビクビクしていたが、最近は慣れてきたようだ。
やっぱり周囲の環境が、態度とかに現れてくるのだろう。
フォークスもチャリオットのメンバーと普通に話せるようになれば、自分で仕事をする時にも上手く喋れるようになるだろう。
商談が行われている間、俺は執事のキーンと一緒に部屋の隅に控えていたのだが、オイゲンのボディーガードらしきサイ人の男の値踏みするような視線に晒された。
年齢は、オイゲンと同じぐらいか少し年上だろうか。
冒険者というよりも執事に近いビシっとした服装だが、服の上からでも尋常ではない筋肉の持ち主であるのが分かってしまう。
うちのガドを洗練した感じで、もし敵に回すことになれば、相当に厳しい戦いを強いられそうだ。
シューレを真似て、特定の場所に焦点を合わせないようにして平静を装っているが、ヒゲがピリピリしてくる。
挨拶と納品済みの商品の清算、新作商品の概要の説明が終わると、実物の確認をするために馬車へと移動となった。
応接室から馬車へと向かう廊下で、サイ人のボディーガードが俺の隣に来て、話し掛けてきた。
「いつもの護衛は来ていないのか?」
「はい、今日は別の用事がありまして……」
「ふむ、不用心だな」
「不用心……ですか?」
「あぁ、猫人一人に護衛を任せて、自分は別の場所に向かうなんて、正気の沙汰とは思えぬ」
憮然とした表情で、俺を見下しながらサイ人のボディーガードが言い放った。
まぁ、護衛が俺だけじゃ、こんな反応になるのも無理も無いんだけどね。
ちょっとムカっときたけど、ギルドの酒場と違って揉め事を起こせないから黙っていたら、俺の横を歩いていた執事のキーンが口を開いた。
「御心配いただきありがとうございます、タールベルク様。ですが、こちらのニャンゴさんは大変有能な冒険者でいらっしゃいますので、御懸念にはおよびません」
「ほぅ、それは失礼した」
表面上はにこやかな2人だが、なんかバチバチしてるねぇ。
てか、初日の待ち合わせ場所で俺を見た時は、キーンも同じような目で俺を見てたんだけどね。
ボルツィが実物を見せながら商談を進める間、俺達は馬車の外で待機となった。
待機している間、タールベルクは俺の隣に立って、何やらチョッカイを出すつもりのようだ。
まぁ、やるとしても脅し程度で、攻撃を当てるつもりは無いのだろうが、念のため厚めのシールドを立てておこう。
商談が進み、商品の説明のために、俺達と一緒に馬車の外にいた職人さんが呼ばれた時だった。
ゴツンと凄い音がして、タールベルクが顔を顰めて右手の甲を押さえた。
「タールベルク、何の音だ?」
「さぁ、外から聞こえたような……見てきますか?」
「いや、いい。そこで警護していてくれ」
「分かりました」
並んで立っている俺の鼻面スレスレに裏拳を寸止めしようとしたらしく、立てておいたシールドを思いっきり殴ったようだ。
俺を脅すつもりが痛い目に遭って、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「お前、何をやった……」
「冒険者は、簡単に手の内を明かしたりしませんよ」
「ほぉ……ただの猫人じゃねぇってことか」
改めて値踏みするような視線を投げ掛けて来るタールベルクに、俺の逆側に並んだキーンが笑みを浮かべて胸を張った。
うん、別にキーンが自慢することでもないけどね。
商談は滞りなく終わったようで、昼食はオイゲンお薦めの店で取るらしい。
オイゲン夫妻、ボルツィと娘のエリーサがレストランの個室で食事をする間、俺はキーン達と一緒に壁際でお預けを食らっていた。
前菜から始まってデザートまで7、8品のフルコースを見ているだけは非常に辛い。
御者のヘイグと二人の職人さんは、別室で食事にありついているらしい。
シールドを立てて遮ったつもりだったが、どこからか良い匂いが流れ込んできて、くーっと胃袋が情けない音を立てた。
この時ばかりは、本気で冒険者から足を洗おうかと思ったぐらいだ。
「ふっ、裏路地の野良猫人みてぇだな……」
俺を嘲笑った途端、タールベルクの腹が大音響で不満を訴えた。
「何か言いました? 腹の音が大きすぎて、良く聞き取れなかったんですが……」
「くっ、何でもねぇよ……」
40過ぎのオッサンが、拗ねてみたって可愛くないっつーの。
ほらほら、雇い主のオイゲン夫妻が笑いをこらえきれずに、料理をむせちゃってるよ。
それにしても、お腹空いたなぁ……このまま次の商談の護衛をやってたら倒れちゃうかもしれないよ。
途中、俺に鞄を預けて部屋を出たキーンは、暫く戻って来なかった。
トイレにでも行ったのかと思ったが、さては裏で食事を済ませていやがるな。
毎日タンスの角に、足の小指をぶつける呪いを掛けてやる。
タールベルクと微妙な距離を保ちつつ、依頼主達の食事風景を眺める時間は、やけに長く感じられた。
ボディーガードが揃って腹ペコとは、なんとも情けない状況だ。
ボルツィ達が食事を終えて席を立つ頃になって、ようやくキーンが戻って来た。
キーンは小ぶりの紙の箱を2つ抱えていて、その一つをタールベルクに手渡して言葉を掛けた。
「どうぞ、後でお召し上がりください」
「やっ、これは申し訳ない……」
仏頂面を浮かべていたタールベルクは、相好を崩して箱を受け取った。
どうやらキーンは、テイクアウトを頼んでくれていたようだ。
それならば、毎日茶柱が立つように祈ってあげよう。茶柱が立てば小指の痛みも……相殺されないか。
「ニャンゴさんも、次の商談に向かう間にお召し上がりください」
「ありがとうございます」
紙の箱からはフワリと良い匂いがして、また胃袋がくーっと情けない音を立てたが、ぐぐぐぅぅぅ……っと地鳴りのようなタールベルクの腹の虫の叫びが掻き消してくれた。
タールベルクとニヤリと笑みを交わす。
空腹の辛さには、ベテランも新人も無いらしい。





