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食傷花の花言葉  作者: 秋田友
プロローグ
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00

 血の匂いには慣れているけれど、花の香りには戸惑った。命は奪うものだと思っていたけれど、育むものだとは知らなかった。それらは本来、少女の世界に不要なものだった。

 けれども少女はひとつの関わりを持ったことで、それらに価値があることを知ってしまった。だからもう戻れない。

 少女は自身の抱えた業に背くことが許されず、それ故に願うことを諦めていた。

 少女に許されていたのは、祈ることだけ。苦しまずに済むこと、余計な犠牲が出ないこと。そして、これ以上、傷つく人が出ないこと。

 その祈りは少女が業を背負った十年間のうち、何かに届いたことが一度もない。届ける先が存在していないからだ。それでも少女は健気に祈り続ける。

 今、寝静まった夜の街に咆哮が響き渡る。

 人々は皆、夢の中にいるからそれには気づかない。それが少女にとっての救いだった。

 だって、これから少女が行おうとしていることは、人にとってはあまりにも衝撃的なことなのだから。

 赤い月が路上にふたつの影を映し出す。ひとつは四つ足の獣のようなもの、ひとつは静かに佇む人のもの。

 互いを伺うように対峙していたふたつの影は、獣のような姿をした方から動き出す。

 その影の主を少女は見据える。それは、少女と同じ学校の制服を着た、男子生徒だった。彼は首元に白いサザンカの花がある。それは飾りではなく、彼の皮膚から咲いているものだ。

 男子生徒は目を血走らせ、だらしなく開いた口から唾液を垂らしている。その呼吸は荒く、その様子は飢えた野犬のようだった。もはや彼に、人の言葉は届かない。

 彼は少女を獲物と定め、飛び掛かる。少女はそれを丁寧に避ける。

 少女は本来、こんなに丁寧にこういったものを相手取る必要などない。少女の役目は目の前にいる()()()()()()()を速やかに排除することなのだから、見つけた瞬間に背後からその首を落とすか、心臓を貫けばいいだけなのだ。

 それでもこうして律義に向き合うのは、少女の性格からだった。

「あなたを、愛します」

 その言葉に、目の前の獣はいっそう大きな声で吠える。それはまるで、少女の向けた愛情を拒絶しているようだった。

 それでも少女は続ける。言葉も想いも、届かなくてもいいと少女は思っている。これはただの自己満足なのだと、少女は自分を納得させる。そして、通常よりも刃先の長い刀を鞘から抜いた。

「だから、せめて。安らかに」

 少女は今宵も、胸中の祈りを何かに向かって捧げた。


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