9話 襲撃
ーーそして次の日。
まだ空が明るくなるかならないかの時間に、マスターがギルドに向かって歩きだす。
毎朝必ず一番に現れ、必ず一番に帰るこの男は、いったい普段何をしているか気になるところではあるが、誰も追求しようとはしない。
今日もいつものように、歩き慣れた道を進んでいると、とある違和感に気がついた。
パン屋、花屋、武器屋、そしてその並びに自分たちのギルド。
街の中じゃどの建物よりも大きいギルドが『いつもなら』そこにある。
マスターは、あったはずの場所で足を止めた。
「…え?……フーッ」
マスターは一度ため息をついたあと、途端に何度も何度も指パッチンを鳴らす。
その間に思考をフルに活用し、現状を把握する。
…あの立派なギルドがない。
いや、正確に言えばあるのか。
だが、それはもう見事なくらいに破壊されたギルドがそこにあるのだ。
ヒノマ愛用のハーブ調合室も、トパスダヨが死んだ目でいつも座っている椅子も、ソレイユがすぐ縛るギルドの扉も、マスターの唯一の居場所も、もうないのだ。
そんな現実に、やっとのことで思考が追いついたマスターが、鳴らしていた指を止めた。
「…よろしい。ならば全面戦争だ」
話を聞きつけ駆けつけてきたギルドメンバーが、久しぶりにほぼ全員集まった。
「酷いっ…なんてことをっ…!」
そう言いながらヒノマは、大量の試作品を失ったことへの悲しみに、手で顔を覆いポロポロと涙を流す。
その横でトパスダヨが、慰めようと肩を何度か軽く叩く。
ホモは口をぽかんと開けたままで、ただただ破壊されたギルドを見ていた。
すると、セーナが眉間に皺を寄せたあと呟き始める。
「ただでさえ請求が貯まってお金ないのに、今度はギルドが…もう…だめ…」
頭を抱えたあと、途端にその場で倒れそうになるセーナ。
ソレイユは咄嗟に作った造形魔法で、倒れるセーナの下に柔らかい布団を出現させる。
だがその優しさとは裏腹に、なぜか片方の手には捕縛魔法用のロープが握られていた。
いったいそれで何をするつもりなのかと、リュウが不安そうに横目で見ていた。
「脳みそのねぇ糞共がナメた真似してくれんじゃねぇか。人間様に逆らったらどうなるか、嫌というほど味あわせてやる」
ユーリがそう言ったときだった。
今この場にいるジユージュ一同の体に、突然重力が掛かる。
マスター、ヒノマ、トパスダヨ、ユーリ、セーナ、ソレイユ以外はその重力に耐えきれず地面にひれ伏した。
「早速お出ましってわけか」
ユーリが見つめる先には、オーヤドージョのギルドマスター、オ・カーノを始めとするギルドメンバーが大勢揃っていた。
「あ、どうもどうも。オーヤドージョのギルドマスターのオ・カーノです」
と言い、二度ほど深々と頭を下げ、なぜか眼鏡を外し磨き始める。
だが、頭を下げたとはいえ、建物の上からいくら下げられても、はたから見ればただ見下ろしているようにしか思えない。
すると、オ・カーノの隣にいた坊主頭の男がジユージュに声をかけてきた。
「えーと?オ・カーノさん、どうやら9人中3人がまだ基本魔力がないようですねー?」
先ほどの重力は、この坊主頭が放った魔力である。
一定の魔力がない魔導士、もしくは普通の非魔導士は、その放たれた範囲内にいれば重力にやられてしまう。
「じゃあミノくん、人数的にもこっちが有利みたいだし始めようか」
坊主頭のミノと呼ばれる男は、頷いたあと背後にいる仲間たちに指示を出した。
その瞬間、一斉にジユージュに襲いかかるオーヤドージョの一同たち。
どちらのギルドも、何人かは早速場所を移す者たちがいた。
唯一、場所を変えなかったのはホモとリュウ、そしてオーヤドージョのミノだった。
必然的に互いが戦うことを察したのか、三人の間に緊張が走る。
一方その頃、ヒノマとセーナは20人ばかりのザコに囲まれていた。
普通なら大人数で攻めた方が効率的だというのに、なぜかオーヤドージョのザコたちは各々に散らばらず、全員がヒノマの後をついてきた。
そして、その異様な光景を見かけたセーナが、さらに後を追ったのである。
「またお前らかよぉぉ」
ヒノマは昨日メンタルを破壊されたせいか、耳を塞ぐ構えを取る。
「やーい!ぼっちのヒノマー!」
「あっれぇ?今日は女連れかぁ?」
「あまりの寂しさにレンタルしちゃったのかなー??」
いくらヒノマが耳を塞いでも、ザコたちはそれ以上の大声でヒノマの心をえぐる。
セーナはヒノマの肩を揺らしながら、彼を正気に戻そうとするが、ヒノマのメンタルは昨日から既に限界を超えていた。
「ヒノマは死ぬまでぼっちっちー……って、あれ?よく見たらあの女…」
「あぁ…やべぇ…」
ヒノマばかり見ていたザコたちは、セーナの容姿が視界に入るなり、ザワつき始めた。
先ほどまで人を見下したような目で見ていた彼らだが、今となっては血走った目でセーナを凝視している。
「な、なによ…」
独特の嫌なオーラを感じたのか、セーナが威嚇するように周りを睨んだ。
「たまんねぇ!!!…ヒノマその女よこせぇぇぇぇ!!!」
昨日はヒノマの圧倒的なパワーに戦うことを諦め、メンタルを破壊し始めていたというのに、ザコたちはヒノマに一斉に襲いかかった。
その瞬間、ヒノマは瞳をカッと開き、セーナを肩に担ぎあげる。
セーナは今までどんな男にも、このように乱暴に扱われたことはないため、突然のことに思考が停止する。
「オラァァァ!!」
まず初めに殴りかかってきた数人を、ヒノマは片手で軽くあしらう。
あしらった後は耳元で「暴力はよくないぞ」と、一人一人に呟くが、普段から力こそパワーだと言っているこの人物に、そんなことを言う権利があるのかとセーナは思考を取り戻す。
「おっと」
突然ヒノマの足元から、いくつかの魔法陣が現れたが、先にそれを察知したヒノマは次々と足元からの攻撃を避けていく。
だが、ヒノマが避けるたびに飛び跳ねるため、そのたびにセーナはヒノマの逞ましい肩の筋肉がお腹に食い込み、地味に痛い思いをしていた。
「…さてと。セーナさん少しここにいてくれ」
ヒノマは避けながらザコの半数以上を倒したあと、セーナを近くのベンチに下ろす。
お腹を抑えて苦しそうにするセーナを、不思議そうに見たあと、ザコの中心に向かって一気に突っ込んだ。
だが、先ほどからザコたちの様子がおかしい。
何度ヒノマに倒されても、動けなくなるまでひたすら向かってくる。
それを遠目から見ていたセーナは、ハッと何かに気がついたかのように立ち上がった。
全員、正常ではないのだ。
まさかとは思ったが、セーナは自分が無意識のうちに発してしまうフェロモンに、ザコたちが当てられたのだと確信した。
ようはセーナを自分のものにしたいザコたちは、まず一番邪魔なヒノマを倒そうということなのだ。
「ヒノマさん!この人たち!」
セーナが声をあげると、ヒノマはすぐに振り返り親指を上に立てる。
そして満面の笑みを浮かべた。
それだけでセーナはなぜか安心した。
「なんだお前っ?!」
「やるってのか?!」
ヒノマの周りに集まるザコとは別に、ほかのザコたちがなにやら揉め始めた。
どうやら仲間割れをしているようだ。
だが、そのおかげでいつの間にかザコは残り一人になっていた。
「さぁて」
「い、嫌だぁぁぁぁ!!」
ヒノマが最後の一発と言わんばかりに、拳を構えると残りの一人が逃げながらセーナの方へと一直線に向かう。
「最後にその美しさを拝みたいぃぃぃぃ」
「はぁ?!バカなの?!」
近づいてくるザコにセーナが一言そう告げると、途端に立ち止まりザコはそのままその場に倒れた。
そして、眼を閉じながら最後にこう呟いた。
「女神に罵られた…はぁ尊い…」