43話 終わりと……
「本当に、これでよかったのかい?」
ヒノマがソレイユの顔色をうかがいながら尋ねる。ソレイユの表情は変わらない。ただ、少し寂しそうな色を瞳に浮かべ、頷いた。
ヒノマはふぅと肩の力を抜いて、穏やかに言った。
「帰ろうか、俺たちの家へ」
それから、数日が経った。
ボロボロに破壊されていた町は、マスターの幻覚魔法で見た目の問題を隠しつつ、その裏ではギルドメンバー全員で復旧作業にあたり、徐々に修理されている。
幸いなことに、町の人はなぜか全員「悪い夢を見た」と口を揃え、破壊された町のことは現実ではなかったと思い込んでいるようだ。ソレイユが町を歩いても、誰も後ろ指をさすことはない。
スペースのギルドメンバー達は、魔法の医療機関による魔力検査の結果、何者かに操られていたことが確定した。スペース曰く、彼らの最後の記憶は大魔導演武の一ヶ月ほど前らしく、何も覚えていないとのことだった。
ソレイユ自身も特に変わったところはなく、相変わらず人嫌いのまま、毎日 静かだが楽しそうに絵を描いている。強いて変わったところをあげるなら、ギルドメンバー全員の名前を、一人一人目を合わせてきちんと呼ぶようになったことだろうか。それから
「レイ、服買いに行くわよ!フリフリの可愛いやつ」
「……セーナ姐さんがフリフリって、珍しいね。いいよ、似合うと思う」
「え?私のじゃないわよ。レイの服よ」
「えっ………」
「もう素顔も性別も何もかもバレたんだから、いいでしょ。私、昔からレイはワンピースが似合うと思ってたの」
もうすぐ、服装が変わるかもしれない。プルートから貰った帽子が似合う服であることを祈るばかりだ。
「せめて、フリフリはやめよう……」
小さな声だが、本気で嫌そうに言うソレイユ。しかし、そこに空気も文字も読めないホモが口を挟んだ。
「えー、ちょっと見てみたいな。ね?リュウ!」
「ああ、ホモなら何でも愛らしいと思うぞ」
「いや、僕じゃなくて……」
なにはともあれ一件落着。今日も、平和だ。ソレイユは苦笑いした。
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それは、ソレイユがギルドメンバー全員の名前を呼ぶようになったきっかけの事件……つまりは妹襲来から1ヶ月が経つか経たないかというある日のことだった。
「あ、ソレイユさん。ちょっといいですか」
絵を描いていたソレイユに、マスターが話しかける。ソレイユは筆を動かす手を止め、マスターの方をチラリと見た。
「中期クエストに行ってもらえませんか」
ギルドのクエストは、達成までにかかる時間により三種類に分けられている。1ヶ月未満の短期クエスト、1年未満の中期クエスト、1年以上の長期クエストであり、難易度による分け方もあるが、ひとまず長さを表す分け方はこのようになっている。
マスターは「そこの本取ってください」とでも言うような軽い口調で言った。
「隣町の初等学校で、1ヶ月ほど先生をしてきてください」
ソレイユは、脳の処理が追いつかなかったのか、奇妙な体勢のまま静止した。
「魔法初等学校じゃなくて、一般の学校なんですけど、担任の先生の助手をしながら魔法のことについて教えてきてください。まあ、分かりやすく言えばマッキーさんの助手的なかんじです」
「………」
「よろしくお願いします」
「え……嫌だけど」
「えっ」
「えっ」
マスターは相変わらずの無表情のまま、無慈悲に言った。
「妹さんが暴れて無茶苦茶にした町と町の人たちの後処理、誰がやったと思ってるんです?」
「うっ……」
暗に、お前に拒否権はないと告げられたソレイユは、言葉に詰まる。その様子を見ていたセーナが、ため息をついて助け船を出した。
「ねえ、マスター。なんでレイを選んだのかはわからないけど、人選ミスじゃないかしら。最近ジユージュの皆には心を開き始めたとはいえ、人嫌いのこの子に1ヶ月も先生なんて人と関わる仕事は無理よ」
「今回のクエストはいつもみたいな個人依頼のクエストじゃなくて、国からの命令なんですよ。魔法と一般の垣根をなくそうだとか、双方の誤解をなくして異文化交流だとか、そんなことを言ってました。一応、はじめは断ったんですよ。『うちのギルドに、先生として子どもの見本になれるような人間性の魔導士はいません』って」
「なんで、お役人さんの前でそんなこと言うのよ!」
バシッ、と音がして、マスターは「痛い」と呟いた。
「まあ、ギルドとして断れない事情はわかった。でも、なんでレイなのよ」
「え、消去法ですけど」
マスターは、まるで呪文をとなえるかのようにボソボソと……いや、つらつらと話しだした。もちろん、その声に抑揚はない。
「俺はまあ、1ヶ月もギルドを離れられないし。セーナさんは、本人が無意識のうちに男性職員や保護者を誘惑して不祥事が起こると困るのでナシ。ヒノマさんは、力こそパワーして体罰だとか言われると問題になるのでダメ。トパスさんは、あんな低い声の髭の人が来たら子どもが泣くからアウト。ホモとエディは、先生としてじゃなくて、子どもと一緒に遊びだしそうだから論外。正直リュウでもいいと思ったけど、よく考えたらアイツ子どもに魔法見せられないし教えられないじゃん」
ね、ソレイユさんしか残ってないでしょう?と、同意を求めるようにマスターは首をかしげた。
一難去ってまた一難、というべきか。
ソレイユは中期クエストへと旅立つのだった。