4話 カジノ
ネオンがギラギラと光るカジノは、ざわざわと騒がしい。大勝して狂ったように酒をのみ高笑いする者、負けが続いて全裸になる者、そんな彼らを見て笑う者、蔑む者。
ここは、この世の綺麗なところも汚いところも、全てを縮図したかのようなシステムで運営される華やかな場所だ。
そこに、死ぬほど似合わない二人がいた。
「リュウ、俺カジノなんてはじめてだよ!」
ホモが、周りをキョロキョロと見渡す。自分よりも低い位置でピョコピョコと動く頭を見て、リュウは苦笑いをした。
死ぬほどカジノが似合わない二人がこんなところにいるのは、例のハーブの女性、ヒノマにお使いを頼まれたからに他ならない。
この前ヒノマの家に行ったときに、「ジユージュに興味があったら来て」と言われたホモは、そこまでジユージュに興味が湧いたわけではないが、なぜか中毒性のあるあのハーブの香りをまた嗅ぎたくなって、ヒノマの家を訪ねたのである。
そこで、ヒノマに「ついでだからカジノにいる私の仲間に、ハーブを届けてくれない?」と頼まれたのだ。報酬は、余った分のハーブである。
さて、ホモとリュウは、ヒノマの仲間にハーブを届けなければならないのだが、いかんせんヒノマの残した仲間の情報が
「見たらすぐにわかる」のみであったため、どうしていいのかわからず現在カジノをたださ迷っている。
「いいかホモ、俺から離れるんじゃ…」
時すでに遅しとは、こういうときに使う言葉だろうかと、リュウは小さなため息をつく。
すぐに辺りを見回してホモを探すと、なにやら奥の方で人集りが出来ていることに気がついた。
「まったく…」
リュウは小走りで駆け寄る。
すると、なぜかガタイの良い大男数人に絡まれているホモの姿がそこにあった。
「お前みたいな小せぇのがこんなところで何してんだ?」
「おチビちゃんはおウチにかえりましょーねー?」
明らかに、馬鹿にした態度でホモを見下ろす大男たち。
ホモは悔しげな表現を見せるが、相手が怖いのか言い返す素振りを見せなかった。
だが、そこへリュウが駆け付けてくる。
「すみません、その子は俺の知り合いで…」
「ーーおい」
またもやリュウの言葉が途中で切れる。
「ユ、ユーリさん今日きてたんスねっ!」
「俺ら少し騒ぎすぎましたよね、帰りま…」
急いで立ち去ろうとする大男たち。
だか、その前にユーリの手が彼らの肩を掴み、逃げ場をなくさせる。
ユーリは今夜の財布を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「あっ」
ホモは、ユーリの手にはめられた指輪を見るなり、気の抜けた声を出す。
それは、どこかで見覚えのある指輪。
一際目立つ外見だけでも、彼がヒノマの言っていた仲間であることは理解できていた。
しかし、やはり中指にはめられたギルドの証こそが、ユーリを魔道士であることを示す。
「あの!!ヒノマさんが!!」
大男たちを連れて立ち去ろうとするユーリに、咄嗟に大声で話しかけるホモ。
ユーリは「ヒノマ」という単語を聞くなり、ピタッと足を止めた。
そして、顔だけホモの方に振り返り、
「そこで暫く待ってろ」
と言って、大男たちを連れていってしまった。
待っている間、ホモはまた離れないようにと、リュウに餌付けされていた。
「ブラックジャックでどうだ?」
どうだ、と質問の言葉をかけながら、しかしユーリの口調は有無を言わさない威圧的なものだった。ユーリと大男たちはトランプのテーブルにつく。本来ディーラーがいるはずの位置には、ユーリが立った。
「ルールはお前らも知ってるよな」
ユーリは慣れた手つきで、トランプを繰った。
「合計で21に近づける、Aは1か11、絵柄は全て10だ。親は俺で、親は16未満はヒット、17以上はスタンド確定。さて、それで計算すると親かバーストする確率は30%。危なくなったらスタンドできる子に比べて、親のリスクは高い。どうだ?」
ユーリは、不敵に笑った。
ユーリの言う通り、ブラックジャックは圧倒的に親が不利なゲームだ。好きなときにヒットとスタンドができるのはもちろん、その他にもたくさんの利点が子にあるのに対し、親の利点は唯一、両者ナチュラルブラックジャックになった時に親の勝ちと判定されるのみ。
子がリスクを回避し続ければ、ほぼ子が勝てると言ってもいい。
もっとも、それは『普通に』ブラックジャックをしたときの話である。
一方その頃、取り残されたホモとリュウは、ただただ辺りを見回していた。
「まだかなぁ…」
「その内くるでしょ」
さて、何度このやり取りをしただろうか。
そう思うくらいの時間は過ぎていた。
「ーーおい」
ふと気がつけば、背後からユーリが話しかけてきた。
ホモは突然のことに驚いて、変な声を発する。
「あっ、ぇっ!?」
「気の抜けた声だしてんじゃねぇよ。それよりヒノマさんから預かってるもの出せ」
ユーリに指示され、ホモは鞄の中からハーブを取り出す。
その横でリュウは、ユーリの上着のポケットから今にも溢れ出しそうな札束を凝視していた。
「用はこれだけだな」
じゃあ帰れとでも言いたげな顔で、ユーリは二人を見つめる。
「ホモ、報酬という名の分け前を貰うんじゃなかったのか?」
「!……ホモ…だと?」
ユーリはその響きに、その場から立ち去ろうとした足をピタッと止めた。
「てめぇか。学習能力のねぇワンパターン野郎は」
「うわっ」
グイッと胸倉を掴まれ、どうして彼が怒っているか理解できないホモは、ともかく必死に謝る。
リュウも仲裁に入るが、ユーリはホモの胸倉を掴んだままである。
「魚料理しかレパートリーがねぇのか?こっちは金払ってんだぞ?肉とか色々あるだろ」
前にも似たような言葉に聞き覚えがあるホモとリュウは、お互いに顔を見合わせた。
そして、ホモが恐る恐ると呟く。
「もしかして、アリちゃん??」
ーーなぜだろうか。
こいつに「アリちゃん」と呼ばれると、無性に腹が立つ。
そう思ったユーリは、ホモの胸倉から手を離し、一度大きなため息をついた。
「場所変えるぞ」
今はこれ以上の言葉が出てこないのか、ユーリは出口に向かって先々と歩いていく。
後の二人も置いていかれぬよう、バタバタと追いかけた。
「新人か?」
外に出るなり、ユーリはホモたちに問いかける。
ホモたちは、一旦これまでの経緯を全て話すことにした。
全てを話し終えた頃には、ユーリの眉間に皺が寄っていた。
その間ホモたちは、ただ黙ってユーリの反応を伺う。
「…いいか?俺がカジノと繋がってることは、一部の奴らには極秘なんだ」
だ・か・ら
と、ユーリは強調して話を続ける。
「絶対にバラすんじゃねぇぞ。とくにホモ」
「うん!わかったよ!アリちゃんがカジノと繋がってることは、絶対に内緒だね!!!」
「「………」」
悪気はないが、あまりにも大きすぎるホモの声。
周りに誰もいなかったのが幸いか。
ユーリとリュウは、心臓がべつの意味でドキドキしていた。
少し冷静になってきたところで、リュウが口を開く。
「まぁなんというか、ホモはともかくとして、俺が君の秘密を隠す保証はないよ。メリットがないし」
そう、ホモは他人からの命令に考えなしに従うが、リュウは少なくともそこまで単純ではない。
ユーリは冷ややかな目でリュウを見ると、ポケットから札束を取り出した。
「早い話、コレが欲しいんだろ」
ユーリは札束で自分の顔をあおぎながら、リュウを煽るような素振りを見せる。
「うわぁーっ!アリちゃん凄いなーっ!」
ホモの陽気な発言に、張り詰めていた空気が一瞬でとける。
「凄いといえば、こないだドラゴンを…あっ」
ホモは言葉の途中で、ハッと息を呑んだ。
そして、そのまま視線を恐る恐るリュウの方へと移した。
以前、ドラゴンの話を持ち出したときのリュウの反応を、ホモは気にしているようだ。
「なんだホモ、ドラゴン飼育係に興味があるのかよ」
「え?!なんだいそれは?!」
聞き慣れない言葉だが、あまりにも興味を惹かれるその単語に、ホモは瞳をキラキラと輝かせ問いただす。
ドラゴンの飼育係は、ごく一部の者にか許可されない。
保護することが許された、たった数頭のドラゴンの管理とも言えるだろう。
人類のなかで最もドラゴンに近く、最もドラゴンの知識を得ている者である。
だからこそ、利用されることも多いがな…と、ユーリは最後に言葉を付け足した。
それからというものの…。
ユーリにドラゴンの飼育係のことを聞いてからホモは、毎日のようにユーリがいるカジノに顔を出すようになった。
勿論、リュウも一緒である。
少し複雑な心境であったが、本当にドラゴンが好きなホモを止めることは、彼にはどうしてもできなかった。
「ーーーあ゛ぁっ!!わかった!!わかったっての!!」
「じゃあ!!」
大声による名指しの呼び出し。
カジノのイメージダウン。
変わらない料理のレパートリー。
そんな営業妨害と苦痛が毎日続いたユーリは、とうとうホモの要求を呑むことにした。
「あぁ…ギルドへ入れてやるよ……」
はんば諦めモードのユーリとは対照的に、ホモはその場で嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
リュウはそんなホモの笑顔を見て、薄く微笑んだ。
「そうと決まれば早速だが着いてこい。ギルドの奴らを紹介してやるよ」
一同はカジノを出ると、真っ直ぐにギルドへ向かう。
…いったい、ギルドとはどんな場所なのか。
どんな人がいるのか。
ドラゴンには会えるのだろうか。
ホモはそんな淡い期待を胸に足を進めていった。