38話 記憶①
ヒノマによる案内で、一同は指示された場所にやってきた。森の入り口近くのそこには、ソレイユの姿をした誰かが立っていた。
「ようこそ」
ソレイユの偽者が、甘い声で囁く。偽者が、指揮棒を振るように手を振り下ろした。
「わっ!!何これ!」
ホモが驚いて声をあげる。景色が、一瞬で森の前から室内に変わっていた。洋館の中だろうか、広いダンスホールのような場所だった。
唯一の光源は、部屋の隅を反時計回りに走り続ける数十の木馬が背に乗せた蝋燭のみ。
「遊園地みたいですね……」
エディが、回転木馬を見て言った。
「何て高度な造形魔法なんだ」
そう言うトパスの声は、畏怖で少し震えていた。
「セーナさんを、返してくれるかな」
ヒノマが、ソレイユの偽者に言った。口調こそ穏やかなものの、怒りの表情を浮かべている。ヒノマだけでなく、他のメンバーもセーナを取り戻すためならば手段は選ばないとでもいうように、戦闘体勢に入った。
「うん、いいよ」
しかし、偽者はあっさりとそう言った。
「ねぇ、そこの優しいお兄さん」
「えっ、俺ですか?」
偽者に声をかけられたエディが、返事をする。
「うん、そうだよ。セーナお姉さんのこと、落とさないでね」
「どういう意味で……あっ!!」
突如、エディの目の前の宙に、ボロボロのセーナが現れる。落としてはいけない、それだけが脳内を占め、エディは慌てて手を伸ばした。
セーナの体が、エディの腕の中に落ちてくる。
「……セーナさん、よかった……」
セーナは気を失ってはいるものの、しっかりと息をしていた。
「本当に優しいね、ジャムの蓋を開けてくれたお兄さん」
偽者は、にっこり笑った。エディと、ホモとリュウの表情が凍る。
「まさか……」
リュウが呟く。偽者は、緩やかな動きで自身にかけた魔法を解いた。
ピンクサファイアの瞳が、三日月の形になる。毛先に蜂蜜がかかったかのような月色の髪はが、サラサラと揺れた。
「君は、スペースの!!!」
そこには、大魔導演武の時に出会った少女がいた。
「改めて、はじめまして。私はリュヌ」
そして、リュヌはソレイユに向き直った。
「それから……」
刹那、攻撃魔法が放たれ、ソレイユの帽子が遠くに飛ばされる。帽子にかかっていた魔法が解け、ソレイユの星空色の髪は、本来の色と長さに戻っていた。
「そんな……」
トパスが声をこぼす。
月色の髪は、先にいくにつれ蜂蜜がかかったかのような濃い色になり、サラサラと流れた。
そのピンクサファイアは、ひどく怯えていた。
「同じだ……」
あのマスターですら、驚愕を隠せない。
リュヌは、満足そうに笑った。
「久しぶりだね、お姉ちゃん」
「……っ…」
ソレイユの口からは、意味をなさない音が漏れた。リュヌはそれでもかまわずに話しかけた。
「ねぇ、何して遊ぼうか。お絵描き?魔法を見せてくれる?それとも、この中の誰かが……私たちを見分けられるかどうか。賭けて遊ぼうか」
ソレイユが、その場に崩れ落ちる。そんな姉の姿を見て、妹は邪悪な笑みを浮かべた。
「あのね、お姉ちゃん。今日はお姉ちゃんに紹介したい人を連れてきてるんだよ。お姉ちゃんが覚えてるといいな」
ほんの一瞬だった。
ソレイユとリュヌの間に突風が吹いた。
髪が乱れ視界が悪くなったソレイユは、髪を整えたあと目を開く。
「!!」
すると、リュヌの隣に人影がある。
それは、大魔闘演武でリュヌと一緒にいた、プルートと呼ばれる青年だった。
ソレイユは瞬きもせず、プルートを凝視していた。
決して、その瞳を逸らすことはなく、ただひたすらにプルートを見つめる。
「ただの知り合い…ってわけじゃなさそうですね」
ソレイユの近くでマスターが呟く。
ソレイユの表情からしても、他のメンバーもなんとなくそれを察した。
「プルート…?…プルート……?」
一歩、また一歩と、ソレイユはプルートの方へと歩み寄る。
プルートの方へ歩み寄れば寄るほど、とある記憶がソレイユの脳内を支配していった。
同時に、リュヌも何かを思い出していた。
ーーーそう、あれはソレイユとリュヌがまだ幼いとき。
そこは、名前さえない小さな村。
村自体は小さくとも、作物は順調に育ち家畜もたくさんいる、そんな村に住んでいる村人たちは自給自足の生活を送っていた。
だが、どんな場所にも闇は存在する。
この村には決して破ってはいけない掟があった。
それは「双子を産んではならない」という掟。
もし、双子を産んでしまったら、早急に片方を殺してしまわなければならない。
ーーそれが、決して破ってはいけない掟。
「リュヌ!見てよ!」
「どうしたの?お姉ちゃん」
「今日は綺麗なお花を見つけたの!だから今から私の魔法で、それを見せてあげるね!」
「わーい!」
だが、そんな村に双子が産まれてしまった。
その親たちは、双子のうちの片方を殺すことができなかった。
しかしそれは、愛情などではない。
双子を産んでしまったことへの絶望感、醜いものを自分の手で殺すことさえ汚らわしい。
そんな歪んだ感情が、片方を生かした理由だった。
「お母さん…リュヌ、お母さんの絵を描いてみたの…」
「…」
「大好きなお母さんの絵だよ…」
「…」
「お母さーー」
「汚らわしい」
だが双子とはいえ、姉と妹がいる。
親にとっては後から産まれた妹こそが、不必要な存在であった。
妹であったリュヌは、親には存在しないものとして毎日扱われた。
決して、外に出ることも許されず、まさに家で監禁状態であった。
対して姉のソレイユは、親から沢山の愛情を注いでもらった。
生まれつき造形魔法も扱え、近所にはプルートと呼ばれる仲が良い少年もいて、ソレイユは楽しい毎日を送っていた。
対照的なこの姉妹だが、仲はとても良かった。
ソレイユが造形魔法で、外の世界のことをリュヌに教えたり、ときには入れ替わってリュヌを外の世界へ出していたからだ。
「レイ!」
「プルート?どうしたの?」
「えっと、これ…お婆ちゃんが作ってくれて、あっ、あげる!」
「わぁ!素敵な帽子だね!でも少し大きいね〜」
ソレイユはただ、リュヌに笑っていてほしかっただけだった。
だから、プルートの存在もリュヌに教えた。
だから、外の世界のことも沢山教えた。
だから、リュヌとして入れ替わることもした。
「お買い物いってくーー」
「ううん!リュヌがいくよ!」
「村の図書館にーー」
「リュヌが借りてくるね!」
だが、リュヌの思考は段々おかしくなっていた。
優しいお姉ちゃん。
お父さんとお母さんに愛されて羨ましい。
プルートも村の人も、皆んなお姉ちゃんが好き。
ソレイユと入れ替わる度、リュヌの心は次第に崩壊していってたのである。
そして、ソレイユがそのことに気づいたときには既に手遅れだった。