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33話 2人のソレイユ


「うわあああああ!!!待って、逃げないでぇぇええええ」


エディが、豚にもイノシシにも見えるよくわからない生物を追いかける。その生物は当然のようにジユージュのギルドの扉を破壊し、町の方へ一直線に駆けていった。


「扉の修理、町の方々へのお詫び……」


マスターがボソッと呟くと、セーナは頭を抱えてうなだれた。


「もうやめて」


その声は、まるで何度も何度も同じことを経験して疲弊しているかのように、弱々しかった。


「これで、セーナさんにハーブティーを淹れてあげてくれるかな」


ヒノマ(♂)が乾燥した葉が入った小さな袋をソレイユに渡す。それを見ていたトパスが尋ねた。


「それはどんなハーブなんだい?どう見ても例のブツにしか見えないんだけど」


「はっはっは!これはね、気分が上がって一気にハッピーになれるハーブなんだよ」


「いや、それ普通にアウト……」


今日も今日とて、ジユージュは騒がしかった。


「ねぇねぇ、リュウ!そこの雑巾とってくれないか?」


「雑巾……?お手拭きのことか」


「そうそう、それだよー。ありがとう」


ギルドの入り口近くのテーブルでは、ホモがお手拭きで自分の洋服を拭いている。エディが逃がした生物の風圧で食器が飛ばされ、飲み物がこぼれてしまったのだ。

入り口のすぐ近くのテーブルは今ややけに風通りがよくなっており、半テラス席のようになっていた。


扉がなくなった入り口から、ソレイユが入ってくる。


「あっ、レイおかえり。どこ行ってたの?」


ホモが気の抜けるような笑顔でソレイユを出迎える。ソレイユは小さな声で「クエスト」とだけ言った。


「セーナ姐さん、誰かお客さんが来たみたい」


ハーブティーを淹れたティーカップを差し出し、ソレイユはセーナに伝えた。


「もうクレームが来たのかしら……」


セーナはヨロヨロと立ち上がる。何とか上手く対応しなければ、とセーナが無理に表情を作ろうとしたところで、リュウは慌ててフォローした。


「大丈夫、ソレイユがクエストから帰ってきただけだから」


ソレイユが、クエスト達成の報告をするためにセーナのもとまでやってくる。ソレイユは、ティーポットを手にしたまま「ぇ」と言葉にならない声を出した。


「……そんな、まさか」


それは誰が言ったのか。ジユージュの魔導士たちは、無意識のうちにその場から数歩下がった。


ソレイユが二人、そこにいた。



「……この人、誰」


先に口を開いたのは、ティーポットを持っている方のソレイユだった。


「それはこっちの台詞」


クエストに行っていた方のソレイユも、すぐに言った。どちらも同じ声だった。


「真似しないで、その魔法を解いて」


「真似してるのはそっち、嘘はやめて」


ジユージュのメンバーは、冗談だと笑うことができなかった。ソレイユはけして冗談を言うようなタイプではないし、冗談にしてはあまりにも殺伐としていた。


「セーナ姐さん、この偽者を追い出して」


「違う、こいつが偽者だ」


「えっ、えぇ……」


セーナは二人の顔を交互に見た。どちらも、鏡に写したように違いが全くない。


(……どっちが本物なんです?)


マスターが頭の中で神に尋ねる。マスターのふざけたキツネの面の目が、一瞬赤く光り、神が姿を現した。


『……これは、どういうことだ』


神の姿や声を認識できるのは、マスターしかいない。神が二人のソレイユに近づいても、誰も神に気づくことはなかった。


『同じだ。何もかも………魔力も、魂も』


(つまり、自作自演のイタズラってことですか)


『いいや、魂は一人にひとつ。それが二つに別れることはない』


「どういうことですか?」


理解不能な神の言葉に、マスターは思わず直接声に出して問う。偶然にも、状況的に不自然な内容ではなかったため、マスターの疑問は違和感なくその場に受け入れられた。


「こっちが本物だ!」


「ちがう、あっちが嘘をついてる!」


ソレイユの声が怒気を帯びはじめ、言葉尻が強くなる。「いや、俺に怒鳴られても」とマスターは困り果て、ヒノマに助けを求めた。


「ヒノマさん。この子と一番親しかったあなたなら、どっちが本物かわからないんですか?」


すると、計4つのピンクサファイアの目が祈るようにヒノマに向いた。


「……」


ヒノマは答えられない。それが答えだった。


「っ!!!」


片方のソレイユの目が大きく見開かれる。そして


「待ってくれ!!!」


クエストから帰ってきた方のソレイユは、ギルドを飛び出した。


「レイ!!」


ホモがソレイユを追いかける。リュウがホモに向かって叫んだ。


「どっちが本物かわかったのか!?」


「わかんない!!でも、何となくこうしなきゃいけない気がしたんだ!!」


本能のままに動くホモ。リュウは「ああ、もう!」と吐き捨てて、ホモに続いたのだった。


「待ってよレイ!」


どれだけ走り続けたのか。

ホモが何度も呼びかけるが、ソレイユの足は止まらない。

気がつけば、町外れの湖の方まで走ってきていたのだった。


「ねぇ!君はレイでしょ!」


その声に、ピタリと足を止めるソレイユ。

だが、ホモたちに背を向けたままで、振り向こうとは一切しない。

心なしか、顔も少し俯いているように見える。


「君がレイなら、ちゃんとこっちを見て、そう答えてほしいんだ」


ホモはいつになく真剣な表情で、ソレイユの背中を見つめる。


「そしたらぼくは、君を信じるよ。誰がなんと言おうと、君がレイだって信じるよ!」


「!」


ホモの言葉に、ソレイユは瞳を見開き顔を少しあげた。

そして、両手の拳を強く握りしめ、恐る恐るホモたちの方に振り返る。


「…っ」


私が本当のソレイユ。信じて。


そう叫びたいのに、口が開かない。声が出ない。怖い。


セーナ姐さんも、ヒノマさんも気づいてくれなかった。


…またあのときと…いやだ。こわい。


そんな感情が、ソレイユの脳内を侵食していく。

生気がなく絶望した表情を浮かべ、一方で全身を微かに震わせている。


「ソレイユ…」


様子がおかしいことに気づいたリュウが、手を伸ばし一歩だけ歩みよるが、その瞬間ソレイユの体が大きく震えた。


「レイ!」


ホモとリュウの間を突っ切って、ソレイユはまた駆け出した。

二人もすぐに追いかけようとしたが、ソレイユが走っている最中に仕掛けた造形魔法により、暫く足止めされてしまった。

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