30話 大魔導演武 了
その審判の声を聞いたマスターが、トパスダヨに軽く話しかける。
「これで残るは3人。うちのギルドと、ポテトとウンエトゥーカですね」
「そうだね。でも意外なメンツが残ったなぁ…ね、ヒノマくんもそう思わないかい?」
待機場から観客席に戻ってきたヒノマだが、先程までトパスダヨの隣にいたのに今は姿が見えない。
トパスダヨが辺りをキョロキョロと見回していると、同じく待機場から既に戻ってきていた、エディが話しかけた。
「ヒノマさんならソレイユさんが戦闘不能と判断された途端に、待機場へ走っていきましたよ!」
「そっか。まぁ特別あの子のことは心配するだろうな…」
トパスダヨは何かを思い出すかのように頷いたあと、視線をまたスクリーンの方へと戻す。
すると、スクリーンでは丁度マッキーとブンカが戦闘中になっていた。
「うわ…凄い戦いですね…」
その様子を見て、エディがボヤく。
他の観客者たちも二人の戦闘に釘付けになっていた。
「マッキーさんの造形魔法は、相変わらず独特だなぁ」
「相手の変身魔法の種類も豊富ですけどね」
「そうだね。…でも、動物系の変身魔法って少し珍しいよね」
トパスダヨの呟きに対して、マスターは深く頷いた。
エディはその意味が分からず、近くで水を飲んでいたセーナに声をかけて、事情を軽く説明した。
「そもそも、変身魔法にもいくつか種類があるのよ」
セーナはそう言うと、変身魔法について語り出す。
変身魔法は、人型と動物型の二種類がある。
自分の魔力や体格がわりと影響するため、変身魔法を会得する魔導士は、人型を会得することが多い。
仮に動物型を会得したとしても、大きな動物となってくると体格で補えない分、それだけ膨大な魔力が必要となってくるため、魔導士にとっては中々不利益なのである。
また、変身魔法は身代わりや密偵などに使えるため、人型を選ぶ魔導士が殆どなのだ。
その辺りの説明を聞き終えたエディは、納得した顔でスクリーンにまた視線を戻す。
すると、ソレイユを背中におぶったヒノマが現れた。
セーナはソレイユたちの方に駆け寄る。
「レイ!大丈夫な…あ、今は寝てるのね」
「あぁ。ちゃんと治療室で治療もしてもらったあとだよ」
ヒノマはそう言って、慎重にソレイユを長椅子に下ろすと、ソレイユの体をゆっくりと横に傾けた。
するとエディは、何かを思い立ったのか突然自分が着ていた上着を脱ぎ出す。
それを3、4回折り畳むと、ソレイユの頭を少し持ち上げて、その下に上着を置いた。
「枕代わりになればいいですけど…」
エディは少し申し訳なさそうにソレイユを見つめる。
ヒノマはエディの行動に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あ、それなら軽い布団の代わりも必要よね」
セーナは閃いたのか、そのままマスターの背後に近寄る。
なにやら殺気を感じたマスターは、すぐに後ろを振り返った。
「ひぇ、なんーーー」
ブチブチブチブチッ!!
言葉の途中で、マスターの上着の前のボタンが全部無理やり引き裂かれた。
「脱いで?」
「…。せめて先に言ってほしかったです…あと、もうそれ使えないのであげます…」
マスターは上着を脱ぐと、渋々とセーナに渡した。
セーナはそれを、横になるソレイユの上へと被せる。
「元気だしなよマスターくん」
「今のは中々の力こそパワーっぷりだな」
マスターを慰めるトパスダヨとは逆に、ヒノマはセーナの肩を軽く叩いて褒めていた。
だが、そんなことをしている間に、マッキーとブンカの戦況に変化があったようだ。
「おや?いまブンカが使った魔法は、少し特殊な魔法じゃなかったか?」
ヒノマは、ブンカがマッキーの一瞬の隙を目掛けて放った魔法を見逃さなかった。
そこにトパスダヨも賛同する。
「たしかに。あれは発動には中々時間が掛かるはずなのに、どうして今のタイミングで…?」
「あ!また何かに変身するみたいですよ!!」
ブンカの周囲が光り出すと、エディは期待の眼差しで彼女を凝視する。
彼女が変身したと同時に辺りの観客席は騒ついた。
「小さな、ドラゴン…?」
エディは聞こえるか聞こえないかくらいの声で、弱々しくそう呟いた。
たしかに、スクリーンに映っていたのはとても小さなドラゴンだった。
勿論、これはブンカが変身したドラゴンである。
だがさすがに、実際のドラゴンのような大きさで変身できるほどの魔力はないため、サイズはかなり小さい。
「彼女の髪の色と同じ、桃色の可愛いドラゴンだね。ね?エディ」
トパスダヨはクスクスと笑いながら話しかける。
しかし、隣を見てもエディはいない…いや、いるが何故か地面に膝をついている。
まるで、体の力が抜けたかのように、その場に崩れ落ちているようだった。
「エディ?!」
心配したトパスダヨは、軽く放心状態のエディの肩を大きく揺さぶる。
我に返ったエディは、途端に頭を抑える。
「すみません、なんか急に頭が痛くなって…ちょっと休憩所に行ってきます…」
ふらふらと歩くエディが放っておけないトパスダヨも、肩を貸すようにして一緒に休憩所へと向かった。
「エディに気を取られて気づかなかったが、どうやらブンカとマッキーさんの決着ついたみたいだな」
ヒノマの発言に一同はスクリーンに振り向く。
そこには、敗者ブンカ勝者マッキーと映し出されていた。
「残りは二人か…」
マスターがそう言うと、ジユージュの一同はリュウが映し出されているスクリーンに目を向けた。
「…」
丁度その頃、リュウは少し思い詰めた様子で空を見上げていた。
セーナに教えてもらった力の扱い方を、本当に上手く扱えるのか。
…いや、制御できるのか。
それがリュウの脳内を、不安という文字で埋め尽くしている。
「ホモ…」
リュウはホモの名を何度か呼び、その度に彼の顔を思い浮かべては、ため息をつく。
「リュウ、ぼくに嘘をついていたのかい?」「リュウ、君は…」と、想像の中のホモがリュウを追い詰める。
「…違う」
ホモはこんなやつじゃないと言わんばかりに、リュウは目を見開く。
そして決意を固めたのか、マッキーの気配が感じる方へと歩いていった。
「いたな…」
だが、先に相手を見つけたのはマッキーの方だった。
早速、いつものように魔法を唱え始めが、なんだか顔色がよくない。
「え、嘘だろ?」
すると、突然マッキーの魔法が消えた。
本人もそのことに驚きを隠せない。
相手がこちらに気が付いてないから不意を打とうとしたのに、何度試みても魔法が上手く発動しない。
状況を理解できないマッキーは、少し冷静に考えてみることにした。
「まさか…いや、でも、おかしい」
自分に言い聞かせてはいるものの、マッキーは明らかにおかしな点に気がついていた。
…そう、魔力が徐々に尽きていっていることに。
魔導士が完全に魔力が尽きてしまうと、体に大きな負担が掛かり、大抵の魔導士は気絶してしまうのである。
魔導士には生まれつき魔力がある者、後から身につく者、魔法によって魔力を与えられた者が存在する。
後から身につく者と魔力を与えられた者に関しては、元は一般人のため魔力が尽きても気絶だけで済むが、生まれつき魔力がある者が魔力を全て使い切ると、最悪の場合は死んでしまうなんてこともある。
だが、大抵はその一歩手前まで来ると、気絶することが多いため、一気に奪われない限りはまだ可能性は低い。
マッキーがどの体質なのかは分からないが、ほんの僅かに余裕のある素振りからしても、少なくとも生まれつき魔力があるパターンではなさそうだ。
ともかくマッキーは、先ほどのブンカとの戦いを思い出す。
「…あぁぁっ、あのときかっ」
マサキが呟いていたブンカの「少し特殊な魔法」とは、このことだったのだろう。
魔法発動に時間は掛かるが、発動すれば相手の魔力を徐々に失わせる魔法だ。
「弱体化特化型魔法の一つだったよな…てことは、あいつを一気に片付けるしかないか」
「悪いですが、それはこっちの台詞です」
さすがにもうマッキーの存在に気付いたリュウが、マッキーの背後から話しかけた。
マッキーは咄嗟に身構える。
「今までこの力を制御なんてしたことがないんです。だから逆に何が起こるか分からなくて…」
「?なに言ってーーー」
マッキーの声が風圧で掻き消された。
同時にマッキーの姿がリュウの目の前から消えている。
また、近くにあった映像魔法も全て吹き飛ばされ、会場のスクリーンは砂嵐になっていた。
「ぐっ…」
見ると、リュウの片腕が人の腕の形を留めていない。
それは普通の腕よりも少し大きく、指先には鋭い爪、全体的に硬い鱗で覆われたリュウの腕があった。
腕からは湯気のようなものが湧き出ているのが、薄っすらと見える。
「やっぱり…力を一部だけに抑えると反動が大き過ぎる…」
リュウの足元には衝撃波らしき痕跡があり、周りにあった建物は全て無くなっていた。
そして、遠くの方で倒れているマッキーを発見すると、リュウはゆっくりとその力を消し去っていった。
本来の腕に戻ったと同時に、会場のスクリーンも回復したようだった。
「えぇっ!なんでっしゃろ!マッキーはん、倒れてますがな!」
コーチの声が会場全体に響き渡る。
状況をある程度理解した審判が、ともかく試合終了と告げる。
「いやぁ、せっかくの擬似都市がめちゃくちゃでんがな。まぁええでっしゃろ。団体の部も終了したことですし、順位の発表といきましょ」
「それでは閉会式と致します。各ギルドの皆様フィールドにお並びください」
「あぁでも、スペースの皆はんは帰りましたやろ?わしだって早よ帰りたいのに、あれは出世できまへんで」
コーチがそんな会話をしている間に、各ギルドが急いでフィールド内に集まる。
ソレイユも、その慌しい物音からようやく目を覚ました。
ヒノマに声をかけられ、状況を理解したソレイユは自分の枕になっていた上着と、布団になっていた上着に、交互に視線を送るとゆっくりと立ち上がる。
「…エディ」
「え!あっ、はい!」
初めてソレイユから名前を呼ばれたことに驚きつつも、大きな声でしっかりと返事をする。
ソレイユはエディに上着を返すと、ペコリと頭を下げて次はマスターの方へと近づいた。
またもや殺気のようなものを感じたマスターは、すぐに後ろを振り返る。
「な、なんですか…」
「…」
ソレイユはマスターの上着を、床に叩きつけた。
「ひぇ。やめてください」
あげるとは言ったものの、ぞんざいに扱われるとさすがに傷つくらしい。
「不良品」
ソレイユはそう呟いた。
どうやらボタンが千切れていることが気にくわないらしい。
どうせくれるなら、着れる服を寄こせということみたいだが、そもそも不良品にしたのはマスターではない。
マスターはそのことについて言おうとするが、
「ほら、いくぞ」
というヒノマの声で、弁解できないままその場を後にした。
「えぇ、皆はんお疲れ様です。今年は去年よりも早よう終わりまして、わしも嬉しいです。団体の部、1位ジユージュ、2位ポテト、3位マギョウになりましたわ。個人・ペア・団体の賞金に関しましては、またそれぞれのギルドに送られますんで安心してくだされ」
コーチの話を聞いて、セーナはホッとしたかのように肩をなでおろす。
「ほんまはこの後お茶でもかと思いましたけど、色々とすることがありますねん。というわけで解散しましょ」
少し拍子抜けするような終わり方に、各ギルドが騒つく。
そこを纏めるかのように、審判の声がフィールドに響き渡る。
「以上をもって、大魔闘演武を終了とする!!」