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29話 好敵手

しかし変な奴らもいたものだ、と自分や自分の所属するギルドのことを完全に棚にあげてソレイユはため息をついた。描きかけの絵のページを破り捨て、筆とパレットを片付ける。

魔力でできた筆とパレットがキラキラと光の粒になり溶けるように消えていく中、ソレイユは首をかしげた。

変な奴らという風に記憶してあるが、ソレイユは既にキカクとエーゾの顔は思い出せなくなっていた。


「おーい…………おーーーい!!!」


馬鹿デカい声がきこえて、ソレイユはその場で足をとめた。聞き慣れた声だ。


「レイ、俺とやろうぜ!」


細身で長身、モデル体型の男性が手を犬の尻尾のように振りながらソレイユの方に向かって走ってきた。そのスピードは、ちょっと引くくらい速く、フォームも完璧だった。


「………別に、いいけど」


「よっしゃ!」


ソレイユの目の前で急停止したその男は、満面の笑みを浮かべた。白く輝く歯が眩しい彼は、ギルド・マギョウの末っ子、モリゾーだ。


「ってゆーかさ、俺何回もレイのこと呼んだんだけど聞こえなかった?」


「……聞こえなかった」


「相変わらず、まわり見てないよな」


基本的に自分の世界にこもりっぱなしのソレイユは、実は簡単に不意打ちができる。少し前の話になるが、オーヤドージョのシモと戦ったときに容易く先手をとられたのもそのためである。

今回も、やろうと思えば簡単にソレイユの隙をついて先制攻撃することができた。


しかし、それをやらないのがこの男モリゾーだ。

自身が他のギルドの選手に見つかることもいとわず、遠いところから何度も大声でよびかけ、相手の同意を得てから戦いを始める。例えば競技中に卑怯な戦法を使って他のチームを脱落させるようなどこかのギルドとは違い、フェアプレー精神の塊だった。


(せっかくのチャンスなんだから、攻撃してしまえばいいのに)


ソレイユはそう思うが、それと同時に真面目で正直なモリゾーのことは好ましく思っていた。少なくとも、キカクやエーゾと戦った直後で疲れていたとしても、本気を出して戦おうかと思うくらいには。


「絵を描くのに時間がかかるだろ。先手は譲ろうか?」


「別にいらない」


「そっか……」


一瞬の間。それはお互いが意識を戦闘にむけて切り替えた瞬間であり、ソレイユもモリゾーも相手の準備が整ったことを同時に理解した間だった。


「うおおおお!レイ覚悟ォ!!」


モリゾーが全力で魔力を解放する。

すると、あちらこちらで地面がボコボコと隆起したかと思えば、そこから無数の木々が固い土を突き破って出てきた。

その木々は急流のような速さで成長していき、木と木が、枝と枝が絡まり合いソレイユを囲った。

木々は繭のような形になり、中にソレイユを閉じ込める。

5秒ほど、なんの音もせずに静寂が場を占めた。


しかし、繭の中からパチパチと小さな音がしてくると、繭が一気にごうごうと燃え上がった。

焼け落ちる木々、燃え盛る炎の中でソレイユはたしかに笑っていた。


「正気じゃないな」


そう呟く言葉とは裏腹に、モリゾーもまた笑っている。ソレイユもモリゾーも、実力をすべて解放した好敵手と本気でやりあえることが楽しくてしかたないのだ。


いつの間に造りだしたのか、ソレイユの手には赤と青で色付けられた缶があった。ソレイユはその缶を口もとで傾け、中身を嚥下えんげした。そして、ボソッと言う。


「……翼を授ける」


バサッと音がしたかと思えば、ソレイユの背中から白い羽が生えた。翼はソレイユの意思でパタパタと動く。ソレイユはモリゾーの魔法から逃れるために、空高く飛び上がった。

空中から下を見たソレイユは驚いた。

仮想空間の街は全てモリゾーの魔法に飲み込まれ、地平線の向こうまで森が続いている。


「相変わらず、とんでもない魔力……」


モリゾーは、植物魔法の上位互換魔法である森魔法を使う。森魔法は植物魔法に比べ、魔法がおよぶ範囲も規模も桁違いに膨大だ。その分必要な魔力や、魔法を使いこなすための才能も桁違いになるのだが、森魔法を扱うのに十分すぎる実力をモリゾーは持っている。

さすが、ギルド・マギョウの末っ子でありながら、ギルド最強の名を背負っているだけはある。


「すげぇ! レイのその魔法、超カッコいいな!」


モリゾーがソレイユを見上げ、満面の笑顔を見せる。そして、森を操り先端が槍のように尖った大木をいくつもソレイユに向け成長させた。

純粋で真っ直ぐなモリゾーの攻撃は、それ故に容赦なく、無慈悲で残酷だ。


ソレイユは体を守るように左腕を前に出す。モリゾーの木でできた矛がソレイユに突き刺さる直前、ソレイユの左腕の前に巨大な盾が現れた。

矛が突き立てられた盾は破壊され、盾に防がれた矛は砕け散る。


「………モリゾー、殺したら失格なのに」


確実に致命傷を負わせる一手に、ソレイユは苦笑いしながら言う。モリゾーに悪意はない。戦いに夢中になりすぎて、ルールなどとっくに忘れていることを、ソレイユはわかっていた。

モリゾーが攻撃の手を休めることはなく、再び地面からの攻撃がくる。

ソレイユはモリゾーの攻撃を、水や反射や腐敗で、自身に害をなす前に捌いた。


「レイ、絵描いてる?」


造形魔法の弱点である速さを克服した対処に、モリゾーがたずねる。ソレイユは首をふった。


「……今から、書く」


ソレイユがこの速さで魔法を発動できたのは、先ほどのキカクとエーゾとの戦いで、描いたものの結局使わなかった魔法を、今発動させているだけだ。それももうネタ切れになった。


「さすがにこの状態で攻撃されると、死ぬ」


ソレイユは筆とパレットを取りだし、絵を描く。

好敵手の存在、心踊る戦闘に、辺り一面が森になるという非日常。この上なくインスピレーションが湧いていた。


「悪いけど、待ってやるほど余裕はないぜ!」


「大丈夫」


モリゾーが攻撃を放つと同時に、ソレイユは作品完成のサインを印した。


パクッ


「えっ………」


モリゾーの体は、巨大な食肉植物に飲み込まれていた。食肉植物は、森の中で驚くほど自然に存在していた。


「悪いけど、手加減してあげられるほど余裕ないから……死なないで」


主の気がそれたことにより、森の魔法は狙いがブレる。ソレイユは自分の方に来た攻撃を弾こうとして



ーーー見ぃつけた



「がっ………」


一瞬の隙は命取りだった。森の魔法がソレイユのわき腹を掠める。飛び散る赤が絵の具みたいだ、と『それ』は笑った。

魔法がとけ、翼をなくしたソレイユは森のクッションに落ちる。その直後にモリゾーの魔法もとけ、森は跡形もなく消えた。


「ギルド・ジユージュのソレイユ選手、ギルド・マギョウのモリゾー選手、両者戦闘不能につき退場とする!尚、ギルド・マギョウは最後の選手が戦闘不能となったため、敗退となります」


審判の声が響く。文字通りの死闘に、観客たちは拍手を送った。


「そしてたった今、ギルド・スペースがリタイアを表明しました。これにより、ギルド・スペースは団体戦敗退となります。」

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