16話 出場メンバー
ギルドマスターの執務室は、ギルドの最上階にある。天窓からこちらをのぞく月を見つめ返しながら、マスターは手に持った盃を回した。盃の中身がゆるゆると動く。
ちなみに、いかにも極東の国の透明の酒を飲んでいるように見えるが、中身はアルコールではない。マスターは死ぬほどアルコールに弱い。
『暇そうにしているな』
脳内に直接話しかけてくる神様に、そうですねー、とマスターは小さな声で返す。
「暇そうにしてるわね」
「なんで2回も言うんですか?」
「えっ?」
「えっ?」
何かがおかしい、とマスターが振り返ると、女の姿のヒノマが立っていた。
「いつの間に………」
「一応ノックはしたのよ?それよりも、2回もって何?」
「いや、こっちの話です。気にしないでください。ところで、どうしたんです?」
「新人たちの修行の成果を報告しに来たのよ。ギルドマスターは大魔導演武に出られないから、慌てて修行する必要もないし、暇でしょう?」
ヒノマはクスッと笑うと、マスターの隣に腰かけた。その際にふわりと花のいい香りがする。
「相変わらず、すごいですね。その変装?は。元が常に上半身裸の筋肉マッチョな男とは思えないです」
「それ以上はいけない。力こそパワーしちゃうぞ」
力こそパワーされるのは困るため、マスターは口をつぐむ。
「この間ホモ君にハーブを使った治癒魔法を教えたんだけどね、成果はいまいち。治癒魔法はともかく、ハーブはあまり向いてないみたいね。あと、造形魔法の才能は欠片もないってあの子は言っていたわ」
「そうですか。捕縛魔法は?」
「人嫌いのあの子が造形魔法を教えようとしただけでも奇跡よ。あと、トパス君が少し攻撃魔法を教えたみたいだけど、そっちは得意みたい。筋がいい、って言っていたわ。セーナさんも、ホモ君にはいろんな人と戦わせたけど、攻撃魔法がよくきまってるって」
「そうなんですか」
「セーナさんといえば、彼女はリュウ君のことも教えてるみたい」
何を思ったのか、ヒノマはマスターの手から盃を奪う。そして、その中身をぐいっと飲み干した。
「………なにこれ、味しないんだけど」
「水ですから」
「……………」
「そんな顔しないでください。で、リュウの方はどうなんです?」
「リュウ君は今、いっぱい悩んでいっぱい考えて、努力してるよ。残念ながら、俺たちが彼にしてあげられることは何もない。ブチョウ君は気付いてる?彼のこと」
「ええ、まあ。純粋な人間じゃないってことは」
リュウがホモと共にジユージュにやって来たすぐの頃、マスターは神様に言われていた。
『あの者は、人の子にあらず』とだけ。無気力で無関心なマスターは、それ以上何も考えることはしなかったが。
「まあ、別に………今さらもう一人くらい人間以外の奴がいても、どうってことないでしょう」
「そうね。だからこそ、セーナさんが彼に手を差し伸べたのでしょうけど」
ヒノマはスッと盃を差し出す。マスターはその盃に水を入れた。
「ところで、大魔導演武の出場メンバー、誰にするか決めたの?」
マスターはさっと目をそらした。
「またセーナさんに怒られるわよ?」
「…………一応、候補はあるんですよ」
マスターは机の引き出しから紙を取り出すと、1ダース198イブで売ってそうな書き心地の悪いHBの鉛筆でジユージュの魔導士たちの名前を書き込んだ。
「どうぞ、見てください」
ヒノマは紙を受けとると、書きあがった内容に目を通した。
「えーっと………個人の部はセーナさんで確定?」
「ええ。本人の強い希望です。それに、彼女の魔力の都合上、一番彼女が力を発揮できるのは個人の部だと判断しました」
ヒノマは脳内でシミュレーションする。セーナが大勢の男たちに囲まれ、セーナのフェロモンに男たちが酔いしれる。そして…………
ヒノマは、ピッと親指を立て、なにかを悟った笑顔をマサキに向けた。
「すごくいいと思うわ」
ヒノマだって、健全な男性である。ちょっとやそっとのお色気シーンを期待するくらいは、仕方がないことだといえよう。もっとも、もしセーナに万が一があれば、すぐに飛び出せるよう準備は整えておくつもりだ。
「て、ペアの部は………『案①ヒノマさん&トパスさん』もしくは『案②ヒノマさん&ソレイユさん』…どっちにしても私は入ってるのね」
「まあ、そうですね。ヒノマさんはジユージュの攻撃の核ですから」
「…………念のために言っておくけど、私の魔法はハーブを使用した治癒魔法だからね。力こそパワーは…アレはただの物理だから」
「ただの物理が、ジユージュの攻撃ナンバーワンじゃないですか。ヒノマさんがペアの部に出るのは確定してるんですよ。なんと言っても、賞金を狙っていかなければならないので………」
フッとマスターの目が遠くを見つめる。マスターの脳裏には、こちらを威圧するようにいい顔をして笑うセーナの姿がちらついていた。
「ああ、うん…………えっと、私のペアがどっちかにはなるのね。マスターくんはどう悩んでるのかしら?」
ヒノマは無理矢理マスターの意識をこちらに引き戻させた。
「一応、人選は戦闘ができるメンバーです。うちのギルドはどちらかというとサポート魔法をメインとする魔導士が多いので、必然的にこの二人が候補になりました。基本的にはヒノマさんの攻撃を、相方がフォローする形でいくのが理想かなと思っています」
「なるほどね。攻撃系の魔法、防御系の魔法それぞれを使えるオールラウンダー……選択としてはいいと思うわ」
「どっちと組みたいです?」
「えっ、俺が決めるの?」
せっかくしっかりと考えていたのに、最後の最後で投げやりなマスターの言葉に、ヒノマはつい素の口調で返したのだった。
「トパスさんとソレイユさんのどちらを選んでも、それぞれ強みと弱味はあります。
トパスさんの詠唱魔法はなんと言っても、成功率が高い。トパスさん自身経験が豊富で、キャリアもそれなりです。うちのギルドでも古株ですし。
トパスさんの詠唱魔法が直接攻撃・防御できるのに対して、ソレイユさんの造形魔法は、直接攻撃・防御はできません。捕縛魔法も同様。一度、攻撃・防御できるものを造形する必要があるため、一瞬の隙が生じます。」
「スピードと攻撃力だけで見るなら、トパスくんに利があるわね。逆に、トパスくんの詠唱魔法は使いたい魔法が複雑になればなるほど呪文も長くなるし、発動に時間がかかる。それに、詠唱魔法はバリエーションが少ないわ。その点、造形魔法は創造力次第で使い方は無限だし、捕縛魔法は工夫することで使い方は多岐にわたる。」
珍しく真剣に考え話し合っている。
と思いきや、マスターが言う。
「つまり、ヒノマさんが好きだと思う方を選べばいいんですよ」
「ちょっと!!余計に選びにくいじゃない!」
ヒノマの声が少しオカマっぽくなったことについては、ヒノマに非はない。
「まあ、団体戦のメンバーによって相方を考えるわ。たしか、団体戦は1チーム5人まで魔導士を選んで出場でしょう?うちのギルドは少人数だから、何人かはペア戦と団体戦両方に出なきゃならない。極力負担がかからないようにしなきゃ」
「団体戦は案①~③まであります」
「けっこうあるわね。ええと………『案①ホモ・リュウ・エディ・ソレイユ・ヒノマ』……これは?」
「それは、新人育成も兼ねてます。ホモやリュウはもちろん、エディも実践経験はほとんどありませんから」
「なるほどね。『案②ヒノマ・トパス・ソレイユ・セーナ』………4人?」
「それはガチで賞金を狙いに行くメンバー編成です。無理矢理5人にするために新人を入れてヘタに足を引っ張ることになるくらいなら、ってかんじですかね」
「ああ、うん……………『案③ホモ・リュウ・ソレイユ・ヒノマ・トパス』これはどういう人選?」
「新人の育成もしつつ、賞金も狙いにいくってかんじですかね」
ヒノマは顎に手をあて、ふむ……と考え込んだ。その間に、マスターはヒノマの盃に水を追加する。
「大魔導演武は、単純な戦闘だけで勝敗が決まるわけじゃない。種目は色々あるし、ペア戦は魔法に応用が欲しいわね。もし団体戦を案①で行くなら、どこにも出場してないトパスくんと出るけど、団体戦が案①以外でチーム編成するなら、ペア戦はあの子と出ようかしら」
ヒノマはグイッと水を呑み込んだ。
「後は任せたわよ!」