10話 戦闘
ーー所変わって、ギルドから一番近い街の広場には、オーヤドージョの『キューア』と『モエ』と名乗る女が二人と、ジユージュのエディがまさに戦闘の真っ最中であった。
キューアのボディーはとても魅力的で、そこらの男なら簡単に釣れるくらいのスタイルの良さだったが、対照的に髪が男並みに短く、口調はいつも棘がある話し方であった。
そのため、エディは初めから警戒心マックス状態である。
キューアは攻撃力強化魔法に優れていて、そこらに落ちているただの棒も、彼女の魔法に掛かれば凶器となす。
そのキューアの横で、いつもサポートをしているのがモエ。
防御力強化魔法に優れていて、彼女にかかればギルドの古びた木の扉も、頑丈な扉へと変化する。
モエはオーヤドージョの中で、最も体が小さく、本人もそれを気にしている。
顔は可愛いというのに、時々オヤジのような発言をするために、色々と残念な子だと言われていた。
ともかく、この二人が揃うということは、つまりは盾と矛が揃うということなのである。
ジユージュで言えば、物理攻撃魔法を得意とするヒノマが矛で、造形や捕縛魔法を得意とするソレイユが盾なのである。
そんな盾と矛が揃った状態というだけでも、正直なところ敵としては部が悪い。
それなのに、その二人の相手をするのが新人魔導士のエディであることは、まさに部が悪すぎるということなのである。
ましてやエディはまだ、自分がどの魔法タイプであるかを見極めている最中。
今できる魔法といえば、以前ヒノマに教わった物理攻撃魔法が、ほんの僅かにできる…というのが現状なのだ。
「ぐっ…やっぱり俺の魔力じゃまだ…」
攻撃してもモエの盾で防がれ、そっちに気を取られれば、キューアが矛で次から次へと矛で攻撃してくる。
呼吸の合ったコンビネーションに、エディの体力は徐々に失われ、ついには地面に片膝がついた。
ジユージュのギルドの敷地から少し北の方には、小高い丘がある。開戦の気配を感じるや否や、真っ先にあの場から離れたソレイユは、その丘の頂上へ向かうために走っていた。それは、もちろん敵前逃亡などではなく、後方から戦場を一望し、戦況に応じてジユージュを支援するためである。
自分の魔法の使い方は、何よりも自分自身がよく知っている。
複数の魔法を使える魔導士は珍しいが、ソレイユが使う2つの魔法はどちらもこういった正面からの戦いには不向きなものだ。
先日のクエストでルマエダが言っていた通り、造形魔法は発動に時間がかかる。もうひとつの魔法である捕縛魔法はあくまで捕縛をするのであって、実際の戦闘で使うのには向いていない。
向いていないだけであって、一応使えないわけではない。
昔は、自分の魔法を攻撃にも生かそうと考えていた時期もあったのだ。
しかし、ソレイユは自らの捕縛魔法が相手の体をボンレスハムのように圧迫し、そしてどんどんと肌に食い込んでいき、最後には相手がところてんのようになるのをやけにリアルに想像して以来、出来ればそれは最後の手段にしようと決めていた。
丘へと急ぐソレイユの足が、ピタリと止まる。厳密にはソレイユが意図して止めたのではなく、何者かによってその場に留められたのだ。
異常に気がついたその瞬間、ソレイユは筆とパレットを取り出し、攻撃に備える。
「どうもどうも、シモラです。はじめまして」
ヘラヘラした笑みを浮かべ、その男は現れた。
ソレイユの不意をついたにもかかわらず、シモラがすぐに攻撃する様子はない。
「ルマエダ君とキミとの戦いを見てたけど、どうやら今回は影武者じゃないようだね」
シモラはゆっくりと、しかし確実にソレイユとの距離をつめていく。
「いやー。本当なら今ごろキミは死んでるか、最悪戦闘不能に陥ってるはずだったんだけどなぁ。まさか、キミが勝利してあの早漏野郎をブタ箱に入れるとは思ってなかったよ」
シモラは、ソレイユのすぐ目の前で立ち止まった。ソレイユは、呟くように言った。
「あのクエストは、はじめから計画されていたもの……」
「そりゃあそうでしょ。だってジユージュって言えば、10人足らずの少人数ギルドだもん。あー…最近二人増えたんだっけ?まあいいや。それぞれの魔導士の魔法の特性を知ってりゃ、その魔導士が行きそうなクエストを意図的に作ることができる。そして、そのクエスト先には例えばルマエダみたいに、クエストに行った魔導士とは相性の悪い魔導士を配置する」
ペラペラと話すシモラに、ソレイユは顔を隠す大きな帽子の下で、眉間にシワを寄せた。なぜだかわからないが、シモラは自分にとって苦手なタイプかもしれないとソレイユは悟った。
ちなみに、シモラの話の間ソレイユはギルドのこと、ソレイユを連れ出すための囮として破壊された村・村人については、いっさい心配もしてなければ何の感情も動かされなかった。
「ま、そんなわけでさ。本当ならルマエダ君がやる仕事がオレに来てるんだよねー」
シモラは大袈裟にため息をついた。話し方も仕草も、どこか芝居がかっている。話すのが好きなのか、話している自分が好きなのか、シモラはひとりで喋り続ける。
ソレイユはシモラの話など聞く価値もないと判断し、己の両足を拘束するものを観察した。地面のどこにでもある雑草が伸び、雑草それぞれが結びつき強固なものとなりソレイユの両足に絡みついていた。
(捕縛魔法の一種か)
魔法の種類は限られているが、魔法の形は十人十色。自然物を操り、対象を固定する。オーソドックスな捕縛のやり方だ。シモラもまた、捕縛魔導士のようだ。
「ああ、これがオレの魔法。キミも捕縛魔導士だろ?キミってさ、捕縛魔導士の中では有名だよね。亀甲模様の捕縛」
「…………」
「ってゆーか、キミの素顔って誰か知ってんの?その帽子脱がないの?脱ぎなよ」
シモラは、そう言い終わる前にソレイユの帽子に手を伸ばしていた。この男、やけに脱がせたがることで有名である。
シモラは帽子の縁に手をかけ、ついっと上にあげた。
「………!」
一瞬驚いたあとシモラはニヤリと笑い、ヒュ~と下品な口笛を吹いた。
「売ったら、けっこういい値段がつくんじゃない?」
調子に乗ったシモラが、いっそ帽子を全部脱がそうとしたその時。
「ぐっ」
きゅっ、とシモラの全身が締め付けられた。言うまでもない、ソレイユの捕縛魔法である。
「この程度の生ぬるい捕縛、同じ捕縛魔導士として恥ずかしい」
ソレイユは小さく吐き捨てるように言う。そして、やや強引に雑草の捕縛を引きちぎった。対して、亀甲模様の捕縛は、脱け出すことはほぼ不可能だ。
同じ魔法を使う魔導士同士の戦いは、実力の差が大きく出る。
「ちょっと、苦手なタイプ。生理的に無理」
ピンクサファイアの瞳が、シモラを冷たく見下す。
これはボンレスハムからの、ところてんコースかもしれない。