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過去と未来と君と僕と  作者: @PrincipiaX
第一章 運命の傷を乗り越えて
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1章-6話 六大魔女

「状況は分かりました。相手が魔物や魔獣を自在に操れるというのであれば、アストレア軍の次は、他の国にも侵攻する可能性があります。ラング王国のクフ王、それと砂漠の国シスイ王国の女王パトラ様にも助力を頼むとしましょう。私に任せておいてください」


 クリスティーはハルトから、アストレア軍の戦況を聞き、成り行きが芳しくないことを知る。と同時に、そのような環境下で活躍を魅せている息子を誇らしくも思っていた。


 「お袋の方も大変だったみたいだな。その喪服を着た女の侵入者って、そんなにやばいやつなのかよ?」


 「私は直接、会ったわけではありませんが、ルーシィーを襲ったことは事実。裕也さんたちが、機転を利かせてくれたおかげで、一旦は退いてくれましたが、いずれまた姿を現すことでしょう。警備の兵を雇い館を守らせてはいますが、正直言って効果は薄いでしょうね」


 「そういえば、あいつらルーシィーと仲良くしてくれてるんだってな。ルーシィーが俺たち以外の人間と親しくしてるなんて、驚きだぜ」


 「彼らは街でルーシィーが迫害されてたときにも、助けてくれたみたいです。まったく、そんな大事なお客様に出会って早々に襲い掛かるなんて・・私はあなたをそんな風に育てた覚えはありませんよ」


 クリスティーが珍しく少しだけ声を荒げる。それについてはハルトも反省している。自分では常に平常心を持って冷静に振舞っていたつもりでも、ルシファー軍との戦いの中で苛立ちが募っていたのだろう。味方の軍から英雄扱いされていても、まだまだ年も若い。常に最前線で戦い続けていたことによる疲労もかなり溜まっていた。


 「あいつらには後で改めて、ちゃんと謝罪するよ。一緒にいた精霊にはすっかり嫌われちゃったけどな」


 「自業自得です。まったく・・」


 ハルトがクリスティーからお叱りをうけていたころ、クレアとルーシィーは、裕也に折り紙を教えてもらい、その技術に感心していた。


 「ほら、これをこうすると、手裏剣の完成だ。回転をかけて飛ばすと、飛距離が伸びるぜ」


 きっかけは、ルーシィーぐらいの年齢の子であれば、面白がってくれるかもしれないと思い、裕也が鶴を折ってあげたことだった。途中でクレアが参戦し、私にも教えて欲しいと言ってきたので、裕也がまだ幼かった子供のころの、ほとんど消えかかっている記憶をなんとか引っ張り出し、思い出せる限りのものを作っていた。


 「ボクだって、本当はこんなの簡単に作れるんだからね。今日はたまたま調子が悪いだけでさ」


 リーアも一緒になって折っているが、こちらは中々上手くいかない。最初はリーアの体格では、同じサイズの紙を折るのは難しいためだろうと思ったが、そういうわけでもないみたいだ。リーアのために、紙をより小さな正方形の形に切って渡してあげたが、なかなか独創的なものばかりを作り出している。


 「リーアってさ、もしかして不器用なのか?」


 「バ、バカ・・何言ってんのさ・・、ボクが不器用なわけないじゃないか。調子が悪いだけだって言ってるじゃないか」


 「折り紙に調子とか体調とか、関係ないと思うんだが」


 「マスターなんて知らない。ホント意地悪ばっかり言うんだから」


 そう言いながらも、リーアは裕也のそばを離れようとはしない。もはや定位置となっている裕也の肩に腰掛け、足を組んで、その足をぶらつかせる。


 「もう、裕也さん、そんなこと言わないの。リーアさんだって、すぐに慣れるわよ」


 リーアと対照的に、驚くほどの手先の器用さを魅せたのがクレアだ。リーアのために小さく切り取った紙でも、思いのままに自由にイメージした建物や動物の形を作り出す。さらにそこから先、適当な形に折りたたんだ紙にナイフで、僅かな切り目を数か所にいれ、広げて見せた。


 百合の花びらのような形を模った、クリスティー家の館の紋章を見事に表している。折り紙で切り絵などという、慣れてる人でも難しいテクニックを早々と独自で習得してしまったようだ。もちろん、裕也は切り絵なんて教えてないし、そもそも出来ない。


 大体、この家の家紋なんか、館に入るときに一瞬見ただけだろうに、記憶力、創造力ともに常人の域をはるかに突出している。裕也が鶴の折り方をクレアに教えたのは、ほんの数十分前。既に裕也はクレアから教わる側になっていた。


 「なんだぁ裕也、お前、随分変わった趣味持ってんだな」


 クレアに切り絵を教わっていた裕也に後ろから声がかかる。ハルトが半分あきれ顔で、折り紙大会に従事る面々を眺めていた。


 「ハルト、いつから、そこにいたんだよ。声ぐらいかけろよな」


 「お前が夢中になってて気が付かなかっただけだろ。そっちの彼女はお前の恋人か?」


 クレアを指さして尋ねる。何故かリーアがすごい形相でクレアを睨みつける。


 「いや、違う違う。この人はクレアさん。ほら、例のマスカレード舞踏会の招待客だよ。踊りを教えてもらったり、何かと世話になってんだ」


 「はじめまして、クレアです。ハルトさんですか?アストレア軍の戦いの報せは私も聞いてます。もっとも、戦争の当事者の方からすれば、何もわかってないのと同然でしょうけど」 


 「いえ、そんなことは。ハルトです。お見知りおきを。こんな綺麗な方とお近づきになれて、光栄です」


 「初対面の人間にいきなり襲い掛かってくるような奴だけど、悪い奴じゃないと思うぜ、多分な」


 「余計な事、言ってんじゃねぇ。コロすぞ、まじで」


 「あ、なに、マスターにまたそんな口利くの?ちょっとボク、教育してあげようか?」


 クレアに対して恭しく礼をしたハルトに向かって、痛烈な裕也の皮肉がとぶ。すかさずやり返すハルトだが、リーアも舞踏会での一件以来、裕也のことになると沸点が極端に低くなるようだ。


 クレアはそんな三名を見て、くすくすと笑いながら、ルーシィーに紙飛行機を渡す。ルーシィーが投げると、紙飛行機は部屋の窓から勢いよく飛び出し、庭の木のてっぺんまで飛んで行った。


 「で、どうしたんだよ、ハルト。なんか俺に用か?」


 「ああ、例の侵入者の件で、おまえにも話を聞いておきたいと思ってな。俺はすぐにまた戦場に戻らなきゃならないから、あんまり時間はとれないんだが、ルーシィーを襲った件もあるし、何かしらの力は貸したいと思ってよ。紙遊び楽しんでるところわりいが、一緒に来てくれるか?お袋も交えて話したいんだ」


 裕也は了承し、ハルトの後を追ってクリスティーの部屋に向かう。当然のようにリーアだけは裕也の肩に座ってついてくる。部屋に入るとクリスティーは透き通るようなブルーのハーブティーを差し出してくれた。一枚だけ形の良い葉が上に載っている。ほのかに甘い匂いのする、心が安らぐ一杯だ。


 「協力してくれるんなら助かるよ。俺らも有効な対策が練れなくて困ってんだ。もう聞いたかもしれないが、一番厄介なのは、喪服女に対する有効な攻撃手段が分からないってことだ。ただ手練れのものが必要ってことなら、クリスティーさんだったら、いくらでも優秀な人材を用意できると思う。だが、そんなんじゃ、あいつには通用しない」


 「受けた攻撃をそのまま相手に返す・・か。逸話にあるリフレクトってやつかな」


 「リフレクト?」


 「ああ、六大魔女って知ってるか?俺も詳しいことは知らないんだが、古くから各国の政財界を裏から支えてるとかなんとかって噂されてる連中だよ。誰も正体知らないし、都市伝説みたいなもんだと思ってたが、噂話のひとつにリフレクトってのがあんのさ。お前の言う、攻撃したはずなのに、自分が喰らってるってやつだ」


 六大魔女・・裕也がパーティー会場で喪服女と遭遇した時、偶然にも喪服女の記憶の一部を読み取る機会があった。確かその時に、名前だけ聞き覚えがある・・


 「六大魔女ですか・・まさか自分の息子とその話をする機会が訪れるとは思いませんでした。彼女たちの影響力は時の国王をも凌ぐと言われています」


 「お袋、何か知ってんのか?」


 「リフレクトについては私も聞いたことがあります。呪いの一種ですね。望んでもいない力を手に入れたものが、死ぬことすら許されない業を背負わされるために授かる力」


 クリスティーさんは、ハーブティーを口に運び、ゆっくりと飲み込む。その動作に合わせて、裕也とハルトも手元のハーブティーに手をかける。リーアもどういうわけか同じサイズのティーカップに口をつける。何故、自分の体より大きい体積の飲食物がリーアの胃袋に収まるのか、毎回不思議でならない。


 「呪いですか?そんなに凄い力なのに。自分から進んで欲しがる人も多いんじゃないですか?」


 「考えてみてください。自分がどんなことをされても、自分の体には何も残らないんですよ。なるほど、確かに単純に戦闘場面だけを見れば、無敵の力とも言えます。ですが、頭を撫でられても、裕也さんの好きなデコピンとやらをされても、全部相手に跳ね返してしまうんです。好きな異性に抱擁されても何も感じられない・・」


 デコピンが好きというのは、ものすごい誤解があるし、何故クリスティーさんが、そんな誤解をするにいたったかは、誤解を招いたであろう犯人、リーアに後でじっくりと問いただすとして、何も感じられないか・・

 

 戦闘ではなく、日常生活という観点からすれば、不便なこともあるかもしれない。しかし、その程度の不利益なら目を瞑る連中も多いのではないだろうか。


 「でもね、裕也さん。そんなことよりも、ずっと辛いのは、いつまでたっても死ぬことが出来ないってことなの。人はいつか必ず死ぬ。だから、子を作り、育み、次の世代へと継承していく。でもリフレクトは誰に何をされても、決して死ねない。そして魔女には病も寿命もない」


 「永遠のときの中を、誰も愛せず、誰からも愛されず、一人で孤独に生きていくしかない。辛いわよ。誰でもいいから殺してくれって叫ぶぐらいにね・・」


 「ちょっと待て、お袋。なんでそんなに詳しい・・いや、感情移入してるんだ?只の都市伝説だろ?」


 「六大魔女は都市伝説なんかじゃないわ。私が昔、その一人だったんだもの」



*************************************



 漆黒の甲冑に真紅のマントを身に着けた一人の男が歩いている。コツコツと甲高い靴音が静寂した廊下に鳴り響く。アストレア王国の東に位置するルグアナ地方にひと際大きくそびえたつマウナ山。その山の中腹部を切り抜いたところに造られた聖杯堂の奥に、綺麗な長い青髪を真っ直ぐに伸ばした一人の少女が鎖でつながれていた。


 白い布を無造作に巻き付けられただけの簡易な服装。目には生気はなく、両腕を上から鎖でぶら下げられた形で吊るされており、地面に座り込んでいる形だ。男は、少女に向かって真っすぐに歩みを進める。


 少女の前まで歩いてきた男、ルシファーは、自分の身の丈ほどはあろうかという大剣をとりだし、一閃する。少女の鎖は小さな音をたてて、地面に落ちる。束縛から解放された少女は、自分を支えるものを失い、その場に倒れ堕ちた。


 「しっかりしろ。すぐに手当てしてやる」


 ルシファーは少女を両腕で抱え、聖杯堂の入口へととって返す。その場に待機させていた、治癒魔術師に少女を任せると、控えていた別の一人の男に目を向ける。顔が完全に覆い隠されているフードをまとっているため、男の表情は外から伺うことが出来ない。


 「アストレア軍が退いたようだな。だが、一時的なこと。すぐに体制を立て直してくるだろう」


 「戦に勝つだけが目的であれば、もう少し楽なのですがな。竜を何匹か呼び寄せて、一息浴びせるだけで敵の戦力は半減できるでしょう」


 「それだと、死傷者が大勢出ることになる。我々は人殺し集団ではない。敵兵とはいえ、家族も友人もいる。待たせている恋人もいるかもしれない。そしてそれは当然、味方も同じ。故に、こちらの兵を出来るだけ戦闘に駆り出させずに済む術を持つ、おまえを重宝しておるのだ、ハルシオンよ」


 「有難いお言葉ですが、そのような甘い考え、クルガンに付け入る隙を与えるだけですぞ。結局は自軍の兵の命を落とすことに繋がります」


 「確かにな。だが竜の件は保留にさせてくれ。それより、ニースを救出した今、ここにはもう用はない。行くぞ」


 ルシファーが部屋を出た後、ハルシオンは後ろを振り返る。黒の頭巾とマント付きローブをまとい鉄の爪を装着した兵たちの、哀れな死体の山が大聖堂のいたる所に転がっていた。


 「敵味方問わず兵の命の尊さとその家族、周囲の思いを考えることは出来ても、こやつらは別か」


「無理もないですよ。こいつらを放置しておけば、より多くの罪なき命が奪われます。広い目で見るなら、手荒な人命救助とも言えるんじゃないですかねぇ」


 ハルシオンの呟きに、兵の一人が応える。それもそうだなと納得し、ハルシオンはいつ何の命令が来てもいいように、準備する算段を頭の中で検討させながら、ルシファーの後に続いていった。



**************************************



 「お袋が六大魔女ってどういうことだよ?」


 「もう昔のことですよ。今はただのお祖母ちゃんです。あの頃は、こんなに穏やかで幸せな生活を送れるなんて、夢にも思いませんでした・・」


 クリスティーの話によれば、六大魔女は継承性らしい。病も寿命もないが、力の継承の機会というものがあり、魔女として今の自分よりも優れた適正を備えた人物を見つけ出すことが出来れば、その者に自分の力を譲渡して、自らは引退することが出来るわけだ。


 もっとも、そんな機会を得ることは滅多にない。魔女としての適性を持つ者が世に誕生することすら珍しく、ましてや六大魔女となった人物よりも、さらに優れている人物を見つけるなど、宝くじをあてるような確率だ。


 クリスティーはいくつもの幸運と奇跡が重なった結果、適性人物を見つけ、魔女を引退することが出来たが、六大魔女の長い歴史から見ても、そのような事例は数えるほどしかないらしい。全く皆無というわけでもないが、クリスティーは運に恵まれていたといえる。


 政財界を裏から支えるという逸話もあるが、六大魔女は滅多なことでは動かない。影響力が大きすぎるためだ。善悪関係なく、自分の管理下に置くことすら出来ないような、あまりに巨大な力はかえって利用価値が低い。失敗すれば諸刃の剣となり、自分自身に刃を向けることになってしまう。


 そのため諸国では、本当にこれしか手段がないという、鬼気迫った状況下でのみ、議会での全員一致の意思表示の元、六大魔女の力の使用が許されたのである。


 また、国家間の争いごとに六大魔女の力を利用するのは、御法度とされ、国全体での同盟が出来上がった。規則を破った国は、その時点でどのような正義、大義名分があろうと関係なく、同盟に加入している国全てを敵に回すことになる。


 同時に同盟国の間では、民衆への圧政や奴隷への虐待などあまりに非人道的な行為が目に余る国に対しては、調査、忠告がなされ、指定回数以上の忠告後も改善の余地が見られなければ六大魔女を仕向けるという規約も制定された。このことが、結果的に国の平和と秩序の維持に一役買っているという側面もある。


 クリスティーは自分の六大魔女としての力を、適合者であるシャロンと名乗る後継者に譲渡し、自らは力を失った。そして代わりに、人としての自由と幸せを得た。やがて今は亡き夫と結婚し、ハルトを身ごもり、今では何の不自由もない満足な生活を送れている。


 「お袋、六大魔女の政治的な役割は、なんとなくわかったけどさ。喪服女がリフレクトとかいう能力を使えることと、どう結び付くわけ?」


 「喪服の女性、ルーシィーを襲って舞踏会にも現れた侵入者が、本当にリフレクトの能力を使用できるのであれば、答えはひとつ。彼女もまた、私以外の六大魔女の一人から力を継承したということです」


 クリスティーはそこでまた一息つき、自分のカップにハーブティーのお代わりを注ぐ。裕也たちのカップにも同じように注いだ後、一口飲んで、話を続けた。


 「もっとも、六大魔女と言っても、互いにどのような能力を持っているかは、ほとんど把握していません。私もリフレクトという能力の名前と概要だけは聞いたことがありましたが、誰がどのように使うかまでは知りません。これは他の六大魔女も同じこと」


 六大魔女はそれぞれが固有の特殊能力のようなものを身に着けており、そのうちのひとつがリフレクトということらしい。喪服女の使っていた瞬間移動も能力のひとつかもしれない。但し、誰がどのような能力を、いくつ持っているかなどは、互いに知らないということだ。


 「それで、クリスティーさん。リフレクトを打ち破る手段はあるんですか?」


 「いえ、裕也さん。彼女たちの能力は誰かに簡単に打ち破れるというものではありません。もし、侵入者が本当に六大魔女の一人として、力を継承しているのであれば、正直言って裕也さんたちでは勝ち目はないでしょう」


 「ちょっと待ってよ、クリスティーおばちゃん。それじゃ、ボクたち、あの不気味な女が現れたら、ただやられるしかないってことなの?」


 「いやだから、おばちゃんはやめろって、リーア。仮にもオーアールの人だぞ」


 クリスティーをおばちゃん呼ばわりするリーアを、いつものように窘めながら、裕也もハーブティーのお代わりに口をつける。


 「なんだ裕也、オーアールって?」


 「オールド六大魔女」


 「・・おまえ、絶対緊張感ねぇだろ。ったく、おまえが機転聞かせて、その危ねぇ女を退かせたっての、眉唾じゃねぇのか? 大体お前、剣も魔法も大したことねぇだろうが」


 ハルトの発言を受けて、もはや身体反応とでもなったかのように、リーアがハルトを睨みつける。


 「また、マスターのこと悪く言って。ねぇマスター、ボクにひと声命令してくれれば、煩い口をすぐに黙らせてあげるよ」


 「ほぅ、いっとくが俺はアストレア軍で英雄扱いされてる男だぞ。一介の精霊ごときにどこまでやれんのか、見せてもらおうじゃねぇか」


 「ボクだって、パーティー会場で襲われて、もう死ぬかもしれないって思ったときに颯爽と駆け付けてくれたマスターを英雄扱いしてるもん」


 「いいから、二人ともやめろって。脱線し過ぎだ。すいません、クリスティーさん。話を続けてもらえますか?」


 「元はと言えば、おまえがオーアールだとかいいだすからだろうが」


 ハルトはぶつくさ文句を言いながらも、裕也の言う通り脱線した話を戻すため、腕を組んで背もたれに寄りかかり、クリスティーに話の続きを促した。


 「ふふ。仲がよろしいのね。羨ましいわ」


 「よろしくないもん」 

 

 「よろしくねぇよ」


 リーアとハルトの声がハモる。クリスティーは一瞬目を細め、再び話を続ける。


 「さきほども言ったように、侵入者が本当に六大魔女の力を継承しているのであれば、まともに戦ったところで勝ち目はありません。ですが、六大魔女は本来、自分の力を無益な殺生に使うようなことはしないはず。ルーシィーやリーアさんを襲った侵入者は、話を聞く限りどうも正気を失っている気がするのです」


 確かに、政財界を支えるとまで言われている六大魔女ならば、冷静沈着で、むやみやたらに己の力を誇示するまねはしないだろう。また、そうでなければ、各国が戦争への利用を放棄させると決め事まで作った意味も薄れてしまう。


 いくら国がその力を利用しなくても、魔女自らが意図的に暴力を振るうのであれば、ある意味、目的がはっきりしている政治的利用以上に厄介事となる。


 「つまりこういうことですか。戦っても勝てない。だけど、何らかの手段で正気を取り戻すことさえ出来れば、俺たちを襲うのを諦めさせることも出来るかもしれないと」


 「あら、そのとおりですわ、裕也さん。中々呑み込みが早いんですのね」


 裕也はクリスティーの意図をすぐに汲み取った。これにはハルトも少しだけ驚いたようだ。リーアは得意げに鼻を鳴らしている。


 「裕也さんのご推察のとおり、侵入者が六大魔女であるならば、本来、むやみに人を襲うようなことはしないはず。なのに見境なく危害を加えてくるということは、まともな精神状態ではないということです。であるならば、何が彼女を狂気に駆ったのかを突き止め、対応をたてることが出来れば、襲うのをやめてくれるかもしれません」


 「そりゃ、戦う以上に無理難題だろ。得体のしれない侵入者が、なんで頭おかしくなったか突き止めるなんて、それこそ誰にも出来ねぇよ。相手が六大魔女だとか関係なくな」


 ハルトの意見はもっともだが、これまでの話を聞いていて裕也には思い当たる節があった。喪服女に偶然触れたときに読み取ることが出来た、女の記憶の一部。大好きな兄を目の前で惨殺された事件。映像の中では兄妹は二人ともまだ幼かった。精神を錯乱させるには十分な理由だろう。


 「なぁみんな。俺に少し時間をくれないか。もしかしたら、何とかなるかもしれないんだ。協力してほしい」


 いきなり自信を持って、解決を思わせるような発言をする裕也にみんなが驚く。リーアですら、びっくりして裕也を振り向いた。


 裕也はもう迷わなかった。ただの厄介な敵だと思っていた相手も、また別の何らかの事情を抱えた被害者である可能性がある。だとすれば戦うのではない。一人の苦しんでいる女性を、裕也だけが知りうる情報を駆使して、なんとかして救い出す。


 六大魔女だとか、政財界がどうのとかは関係ない。力が弱くても、華麗な策略をたてるような頭がなくても、そんなものいくらでも他に頼ればいいだけだ。力ならハルトやクレアに、魔法ならリーアに、知恵ならクリスティーに。遠慮なく周りに甘えさせてもらおう。


 「まったく厄介事を引き受けちまったもんだ、めんどくさがりで事なかれ主義の俺がな。だがま、放っておくことも出来ねぇし、いっちょやってやりますか」



**************************************



 ニースが目を覚ました時、周囲の風景が今までのものと、まるで違っていた。小さいが清潔感の行き届いた部屋。簡易ベッドに長机。化粧台まで用意されている。


 「お目覚めになられましたかな。ああ、まだ動かないで。怪我の方は治療しましたが、かなり衰弱しておられました。何日も食べてなかったのではありませんか?すぐに食事を用意させます」


 部屋にいた一人の男に声を掛けられ、ニースは自分の頭を抑える。自分は確か、どこかの聖杯堂に監禁されていたはず。男が解放してくれたのだろうか。


 立ち上がって、窓の外を眺めてみると、農作業をしている農民たちの姿が見えた。仕事は大変そうだが、いきいきとしている。


 ニースが住んでいた町にも農民はいたが、皆、重い年貢に苦しめられており、働きながら笑顔を浮かべている者など、一人もいなかった。だがここの人々は違うようだ。幸せそうに働いている。見慣れない木の模型を手に駆け回っている子供たちの姿も見えた。子供の間ではやっている玩具だろうか。


 「あれは、竹車というものだ。動物の形に切り取った竹に車輪をつけ、坂道を転がしてその速さを競う。近頃になって急に流行りだしたらしい。子供はいつも独創的な遊びを思いつくものだ」


 外の風景を眺めていると、後ろからまた声がかかる。振り向くと、自分のすぐ真後ろに人がたっていたことに気づく。さっきの男とは別の男のようだ。刈り上げた赤い髪に、整った目鼻立ち。街を歩けば振り返る女性も多いだろう。


 「驚かせて済まない。立って歩けるぐらいには回復したようだね。治りが順調なようで安心したよ」


 「あなたが私を助けてくれたの?」


 「ああ、俺はルシファー。心配しなくていい、ここにいるものは皆、君の味方だ。君に危害を加えるやつらはもういない」


 ルシファーははにかんだような笑みをみせて、頭をかく。どうも、自分を見て照れているようだ。ルシファーの態度に、ニースは思わず小さく吹き出し、ルシファーに礼を言う。


 「ありがとう、ルシファー。でもなんで私を助けてくれたの?あなたのこと全く知らないし、私そんなにお金持ちでもないわよ」


 「君の美しさに惚れたからと言えば、信じてくれる?」


 「無理ね。初対面の女性にそんなこと言う人は、碌な人じゃないわ」


 「手厳しいね。だったら、正直に言うよ。君の力を貸してほしいんだ」


 ニースはルシファーの頼みにすぐには答えず、青く長い髪をかき上げて、窓の外を再び眺める。素敵な光景だ。人々が楽しそうに生活しているのは、見ていて気持ちが晴れやかになる。


 窓の外では、子供たちが思い思いの位置を陣取り、竹車を準備させていた。誰が一番早いか、好きな子の名前でも賭けているのかもしれない。


 「なんで私の力が欲しいのかしら?あなたが何を考えているか知らないけど、私は見ての通りの、ただの一人の綺麗な女の子よ?」


 「ああ、そうだね。君は見ての通りの、ただの一人の綺麗な女の子。そして六大魔女の一人だ」

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