1章-2話 マスター契約
リーアは裕也の左肩、ルーシィは裕也の右肩をそれぞれ枕にして眠っている。それにしても、さっきのはなんだったんだ。リーアがいきなり口づけをしたと思ったら、淡く白い光が裕也を包み込んだ。
マスターになるための契約の儀式だと思われるが、特に後遺症やら体調不良やらは感じられない。少なくとも今のところは身体に危害を加えられるということはなさそうだ。
もっと大々的に魔法陣とか用意して、祭具とか準備して、呪文唱えてとか面倒くさそうなしきたりがあると思ってた分、若干、拍子抜けだ。包み込んだ光が消え去ったと思ったら、リーアは契約終了の旨だけを裕也に告げ、突然その場に倒れこんだ。
驚いた裕也だったが、どうやら眠っているだけらしい。一度だけ目を覚ましたが、何も言わずに裕也の肩に身を預けると、そのまま再び眠りについた。
マスター契約時の願い事については、まだ聞いてない。リーアが起きたら、いずれ教えてくれるだろう。本当はすぐにでも聞き出したいところだが、無理にこちらから聞いても、かえってこじれるだけかもしれない。
向こうから言い出してくれるのを待つほうが得策だろうか。どう考えても面倒ごとに決まっているのが気が滅入るところだが。
しかし、放っておいたらリーアは贄とやらにされて、殺されてしまうらしい。だが、それも確かな情報ではなく、突然見えた意味不明のビジョンによって、そう判断しただけだ。あれは本当にリーアの記憶なのだろうか。その前に見えたルーシィの記憶ビジョンも不明だ。
それにしてもと、改めて状況を思い直す。ここはどこだろう。元の世界にはおそらくすぐには帰れそうにない。とすると、まず当面の間の生活基盤を固めなくては。
宿を確保して、仕事のあたりをつける。そのあとで飯を食おう。しかし、仕事といっても、何すればいいんだ。PCなんてない世界みたいだし、プログラミングで生計たてるわけにはいかないだろう。リーアとルーシィが起きたら、色々相談してみるか。
「ん・・マスター・・そこ・・ダメ・・」
リーアの寝言だ。何の夢見てるんだ、こいつ。頬を指でつついてみる。手元にマジックがないのが残念だ。寝顔を眺めているうちに裕也自身も相当疲労が溜まっていたことに気が付く。リーアとルーシィを抱えて、適当な木陰を見つけて背を預け、しばらく仮眠をとることにした。
裕也が目が覚めるとあたりは夕暮れ時になっていた。リーアとルーシィはまだ寝ている。遠目に鳥の集団が見える。木陰で休んだからだろうか。体のあちこちが痛む。軽くストレッチをしていたところ、リーアも目を覚ました。
「あ、おはようマスター。いきなり寝ちゃってごめんね。マスター契約って、精霊にとっては、すごい体に負担がかかるんだ。マスターは大丈夫だった?」
「・・そういうことは事前に言っておこうな。いきなり倒れた時はまじで心配したんだから。俺の方は何ともない。リーアももう平気なのか?」
「マスター心配してくれたんだ!うん、そっかそっか。そんなにボクのこと気になってたかぁ。おお、よしよし。もう平気だよ。いい子いい子」
調子に乗るリーアの頭をかるくはたく。叩いた音がきっかけになったのか、ルーシィも目を覚ました。リーアは両手で頭をおさえて、ジト目でこちらを見る。
裕也はリーアを無視して、ルーシィにまだ大きな傷が残ってる箇所がないか確認し、服についた土汚れを払って立ち上がった。
「さてと、これからどうするか。現状把握も、リーアとの契約による”リーアの願い”も気になるところではあるが、何よりもまず最初にすべきは衣食住の確保だな。とりあえず今日泊まれるところだけでも何とか確保できればいいんだが・・」
裕也が考えこもうとすると、ルーシィが裕也の袖を引っ張ってきた。
「ユウヤぁ、行くとこないならウチくる?お部屋いっぱいあるから、好きな部屋選んでいいよぉ」
・・え?思いもかけないところから声がかかり、振り返る。ルーシィって、最初に出会ったときに迫害を受けていた印象からして、言い方は悪いが、街のどこにも居場所のない子供だと思っていた。
「ルーシィ、もしかしてどこかの令嬢とかだったりするのか?いやでも、だったらさっきの街の中での出来事は、どういうことだ?」
リーアも裕也と同じ疑問を抱いたようで、ルーシィを見る。悪魔の子と呼ばれて、街中の人々から、辛い目に遭わされていた。何故、あんな状態になっていたのか。
「うーんとぉ・・内緒ぉ。ユウヤぁはどうしても知りたい?」
「どうしても・・って。やっぱり何かしらの事情ありってことか?あまり言いたくないようなことなら無理に言わなくてもいいさ。それより、ルーシィの家に本当に行ってもいいのか? 突然押しかけて迷惑だったりしないか?」
「全然迷惑じゃないよぉ。ユウヤぁとリーアが来てくれるなら、ルーシィ大歓迎するよぉ。おっきなお風呂もあるから、皆で入ると楽しいよぉ。泡がねぇ、ブクブクーってでるのぉ」
「もしかして、バブルバスもあんのか。ちょっとした豪邸じゃねぇか。人は見た目によらないって言葉が、お前ほどあてはまるやつも、そうそういないだろうな。さっきのトラブルの後で、バブルバスつきの家とは、恐れ入ったぜ。」
ルーシィの道案内により、街外れの小道を抜けて、ルーシィ邸への道を歩んでいく一行。そしてたどり着いた先の建物を見上げる。
ちょっとした豪邸というのは間違いだった。相当な大豪邸、一つの確立された建築物として、壮大な景観を醸し出している。見るものを圧倒する巨大な邸宅。あまり建築様式に詳しいわけではないが、ゴシック建築とかに近い形だったと思う。
正面わきには巨大なステンドグラス。上のほうにひと際大きなアーチ状の組み込みがあり、その先端には、この家の家紋と思われる百合の花びらのような形を模ったオブジェが飾られている。
「爺やぁ。ただいまー。ルーシィねぇ、お友達できたんだよぉ。」
ルーシィに手招きされて裕也とリーアも屋敷の中に入る。玄関前は一面大理石の床になっており、両脇に部屋が三つづつ、計六つの部屋が並んでいた。ただし一つの部屋と部屋の間隔は相当長く、裕也が元の世界で使っていたビジネスホテルの部屋間隔で言えば五部屋分ぐらいはある。
おそらく一つの部屋の面積がかなりの広さであるということであろう。それらの部屋の向こう、つまり正面玄関から見て奥側には両脇を金色で縁取った赤い絨毯を敷き詰めた階段が伸びている。
その階段の上から、ひとりの老紳士が姿を現す。長身で燕尾服を身に着けており、手にはステッキを持っている。温和そうな表情を浮かべており、丁寧な物腰だが、体つきを一目見れば、服の上からでも発達した筋肉が伺え、相当鍛えこんでいるとわかる。
「ルーシィ様。突然、お姿が見えなくなり大変心配いたしました。街など行かれて、さぞかしお辛い目に遭わされたことでしょう。しかし、お友達というのは?」
「ユウヤぁとリーアだよぉ。あのねあのね。ルーシィを守ってくれたの。ルーシィ、悪魔の子なのに、ルーシィのこと助けたいって。すっごく変な人たち。爺やぁとカカ様以外でルーシィに優しくしてくれる人、すっごく珍しい人。」
爺やと呼ばれていた老紳士は裕也とリーアに向き直る。
「ルーシィ様をお助けいただき、感謝の言葉もありません。申し遅れました。私この屋敷で執事をつとめておりますアルシェと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って挨拶をした後、それは見事に四十五度の角度で礼をした。研修中のホテルの従業員にとって教科書になるようなお辞儀の仕方だ。ここまで丁寧にされると逆にこちらの方が緊張してしまう。
「あ、どもすみません。裕也っていいます。こちらはリーア。それで早速で厚かましいんですが、実はお願いがありまして。今晩泊めていただけないでしょうか。出来れば今晩だけでなく、しばらくの間泊めて・・もらうわけにはいかないですよね。やっぱり。失礼しました。」
相手の返事を待つ前に裕也が自分自身で話を完結させようとすると、アルシェはさっと手で制止する。
「何をおっしゃいますか。ルーシィ様のご友人の頼みであれば、わが主も喜んで迎え入れてくださることでしょう。早速話してまいりますので、しばしお待ちくだされ。」
アルシェは階段を上り、奥の廊下に姿を消す。しばらく裕也とリーアは屋敷の広さに見とれていた。特にリーアは自分の姿が映るほど磨きこまれた床や周囲を取り囲むステンドグラスや絵画に感心し、裕也の手を引っ張っては「これ、凄くない?」のフレーズを繰り返していた。
裕也もリーアに言われるまましばらく屋敷の内装に見とれているうちに、アルシェが再び姿を現した。アルシェは裕也とリーアの前で再度一礼をする。
「主もルーシィ様にお友達ができたと聞き、大変お喜びのご様子。心行くまで何日でも泊っていってほしいとのことです。本来であれば、直にご挨拶したいとおっしゃっておりましたが、訳あって、少なくとも今はお会いすることが出きません。しかし、夕食時にはご一緒できることでしょう。早速ではございますが、お部屋にご案内いたします。気に入っていただけるとよいのですが。」
アルシェは先頭に立って、裕也たちを二階の手前にある部屋へと案内する。ここが何階建てかわからないが、あまり上の階でなくて良かったと、裕也は胸をなでおろす。
「ボク、お城やお祈りの場所以外で、こんなおしゃれな家、初めて見るよ。あ、見てみてマスター、真ん中の床に日光があたってるよ。上の方、よく見るとガラス窓になってるところがある。そこから太陽の光が差し込んでるんだね。」
「ああ、凝った造りしてんな。何階建てなんだろうな。アルシェさん、この屋敷には何名ぐらいの方がいらっしゃるんですか?」
「私と主、ルーシィ様、それに少々困った・・決して悪い子ではないのですが・・個性的なメイドが一名でございます。他にも一名、主のご子息であられるハルト様がおられるのですが、我がラング王国の国王、クフ陛下直々のご命令により、本国の友好国であるアストレア王国にて、ルシファー討伐の任についておられます。」
メイドがどんなやつなのか、気になるところではあるが・・せめてこちらに害のあるやつじゃないことを祈る。
ラング王国、アストレア王国やルシファーについても、どれも初めて聞く単語だ。
と言っても、そもそも裕也にとっては、この世界の国名の全てが初耳学の範囲内なのだが。とりあえず、今裕也がいる国は、ラング王国という国であることは分かった。
国王勅命ということは、ハルトという人物は国内でもそれなりの地位についているということだろうか。
いなくなったハルトという人物を含めても、たった五名。それで、この屋敷ならば、かなり持て余しているのではないだろうか。掃除も大変そうだし。
「ハルト様というのは、ルーシィの兄ということですか?」
この家の主がルーシィにとってのカカ様つまり母親であるならば、ハルトはルーシィの兄ということになる。裕也はそう推測するが、アルシェの答えは異なっていた。
「いえ、ルーシィ様はハルト様と血のつながりはございません。そもそも主はルーシィ様の血縁に当たられる方ではなく、事情がありルーシィ様をお世話しているにすぎません。とはいえ、本当の家族以上に愛情をそそいでおられます。さ、着きました。こちらが裕也様のお部屋。リーア様はその真向かいのお部屋をお使いください。ご夕食の時間になりましたらお呼びにまいりますゆえ」
「ええ、ボクはマスターと同じ部屋でいいのに。マスターもボクと一緒に寝たいよね?」
・・何を言ってるんだ、こいつは。リーアは確かに美人だが、体のサイズが小さすぎる。精霊であることはまあいい。人でなくても思いがあれば、後は両者の意思次第だ。むしろリーアが普通の成人女性の大きさであれば、拒む理由など何もない。
だが、そんな思いがあったとしても、体の大きさが拳大の大きさしかないということであれば話は別だ。よほどマニアックな性癖の持ち主でなければ、行為を楽しむことは出来ないだろう。裕也はそんな自分勝手な思いをよそにやり、リーアの言葉を無視して、アルシェに礼を言う。
「アルシェさん、ありがとうございます。ほら、リーアも早く自分の部屋に行きな。」
不満そうなリーアだったが、何やら一人でぶつぶつ文句を言った後、仕方なしにアルシェに示された部屋に入っていった。
裕也も自分にあてがわれた部屋に入る。広さは相当なものだったが、造りとしては質素なものでベッドに机、向かい合いのソファー、それに本棚が置いてあるだけのシンプルな造りだ。裕也はベッドの上にダイブして、仰向けになってみる。柔らかすぎず固すぎず、寝心地は申し分なさそうだ。
それにしても・・裕也は考える。ここが何処かはわからないままだが、元の世界に帰る方法はすぐには分からないだろう。リーアとのマスター契約による願いとは何だろうか。面倒くさそうなのは御免こうむりたい。かといって、簡単なものであったとしても、激しい痛みや苦しみを与えるようなものも困る。なるべく早いうちに聞いておきたいが、さてどうしたものか。
そして、ルーシィだ。悪魔の子と呼ばれ、町の人々から迫害を受けていた。これだけの立派な屋敷に住んでいるにもかかわらず、なぜあんな状態になっていたのか。かといって、アルシェの様子を見るに、館の中でまで肩身の狭い思いをさせられているということでもなさそうだ。街で受けていた迫害について、無理にこちらから言及する気もないが、やはり気にはなる。
裕也が自分なりに色々考えをまとめようとしていたら、扉をノックする音が聞こえてきた。扉を開けるとリーアが部屋に入ってくる。
「マスター、この屋敷すごいね。ボク、びっくりしちゃったよ。大きいし奇麗だし、しばらく住んでいたいな。」
裕也はそんなリーアを見て、軽く頭を小突く。
「そんな話をしにきたんじゃないんだろ。どうした?契約のことか?」
リーアはしばらく俯いていたが、やがて決意したのか、裕也を見つめる。いつものような軽い雰囲気ではなく、真剣なまなざしで裕也の瞳を捉える。裕也もまた、リーアを見つめ返した。
「マスター、改めてお願い、うんうん、お願いがあります。これを聞いたら、ボクを嫌いになっちゃうかもしれないけど、それでもマスターしか頼れる人いなくて」
見るとリーアは肩を震わせている。目に雫も溜まっていた。裕也はリーアの頭を優しくなで・・てやるようなことはせず、リーアの額に向けて思いの限り親指と中指に力をこめ、解き放つ。一般的な言葉でいうデコピンと呼ばれるものだ。
「いったぁぁ! ! 普通、こういう場面だと優しく慰めて、リーア、大丈夫だよ。愛してるよ。今後は何でもリーアの言うこと聞くよって言いながら、事情を聞くのが普通でしょ。マスターってば鬼、鬼なの?ねぇ?」
「生憎、当方ではそのようなサービスは取り扱っておりませんので。・・いいから言ってみろ、ちゃんと聞いてやるから。力になってやるかどうかはまた別問題だが」
「そんなこと言わないで。マスター、ボクを・・ボクを助けて。ボク、このままだと生贄にされちゃう。ボク、まだ死にたくない。お願い助けて、マスター、お願いします・・」
生贄。やはり裕也が以前に見たリーアの記憶の一部と思われるビジョンは間違ってなかったということか。
「続けろよ。最後まで聞くから」
リーアは震える小さな両手で裕也の右腕を掴む。そして裕也を見上げると、怯えた声で言葉を紡ぎだす。
「ボクのいた世界ではね、精霊期っていう決められた期間があって、期間ごとに生贄を決めて、魔竜グスターに捧げるの。精霊期は人間の世界で言えば五十年くらいかな」
「やっぱり生贄・・」
「え、マスター知ってるの?」
「いや、なんでもない。でもなんでまた、そんな風習があるんだ?」
「グスターは生贄の見返りとして、ボクたちに子孫を残す力を十組の夫婦に与えてくれる。その力がないとボクたちの種族は自分たちだけでは、繁殖行為が行えないんだ。一人が生贄になることで十人の子供が産まれることが出来る。そうやって、ボクたちの先祖は子孫を残してきたの。」
・・なんだ、その阿呆なメカニズムは。種族の存続には生贄が必要?なんでそんな訳のわからない状態になっている。ごく普通の行為じゃ子作り出来ないのか?グスターなる魔竜がどうやってリーアの種族に子孫を残す力とやらを与えてるのかも謎だが、なぜ、そのために犠牲者が必要になるのかも、やはり謎だ。
リーアはそこで一息つく。裕也はリーアの頭をポンと叩く。焦らせる気はない。ゆっくり自分のペースで話してくれればいい。色々疑問もあるが、リーアが話し終わるまで、裕也は聞き手に専念することにした。
「次の生贄にはボクが選ばれることになった。ボクが死ぬことで、十人の新たな命が産まれる。種族全体のことを考えればボクが生贄になった方がいいに決まってる。だけど、ボクは死にたくないって思ってしまったの。それで、勝手に逃げ出してボクのマスターになってくれそうな人を見つけて、マスター契約を結んで、ボクの命を助けてっていう、ボクの願いを聞いてもらおうとしたの。だからね、マスター。ボクがマスターと契約をしたのは、ただただ自分の命が惜しいからなの。ボクのこと嫌いになるかもしれないけど、でも、死にたくない・・お願い。助けて、マスター・・」
「リーア、おまえ馬鹿だろ。」
リーアはその言葉に首を垂れる。裕也の言うとおり馬鹿だ。種族繁栄のためには、自分が生贄になったほうがいいに決まってる。自分一人が犠牲になれば、十人の子供たちが産まれてくる。命の数だけ尊さがあるならば、ここは迷わず犠牲になるべきだ。
「そうだよね、マスターの言う通り。ボクはただ自分の命が可愛いだけで・・」
「だから、それが馬鹿だっていってんだ。誰だって自分の命は可愛いに決まってる。自分で自分を大切にするのは当たり前のことだろ。そんなことでいちいち、くよくよしているのが馬鹿だって言ってんだよ。」
リーアは目を見開いて裕也を見る。リーアは自分が逃げ出したことでずっと罪悪感を抱いていた。裕也にも事情を打ち明ければ愛想をつかされるに違いないと覚悟を決めていた。しかし、そんな考え方は、リーアの種族が暮らす狭い世界の中だけでの常識にすぎない。
「いいか。俺はルーシィを助けるとともに、リーア、おまえのことも助けたいと思っている。何でかなんて、野暮な質問はするなよ。ルーシィにもいったことだが、俺は面倒なことはきらいなんだ。種族の繁栄だぁ?知ったことか。俺にとっちゃ、リーア、お前の方が知りもしない精霊種族なんかよりも何倍も身近で、小うるさくて、面倒で、放っとくと目覚めが悪いんだよ。俺はリーアを助けたいから助ける。ルーシィも同じだ。余計な理由も理屈いらねぇ。そもそも人が人を助けんのに理由なんかいらねぇだろうが」
「・・ボク、人じゃなくて精霊だけど」
「そこ突っ込まなくていい。分かってるから。っていうか人だろうが精霊だろうが関係ねぇ。俺はリーアという一人の女を助けたいんだ。ただそれだけ。シンプルな思考だろう?俺は根が単純だからな」
リーアは両手で顔を覆い、しゃがみこんだあと、裕也の首に両手をまわして抱き着いてきた。
「ボク、こんなこと言ったら、愛想つかされるんじゃないかって、怖くてなかなか言い出せなかった。種族よりも我が身のほうが可愛いのかって」
「さっきも言ったが、自分が可愛いのは当たり前だろ。なにも恥ずかしがることじゃない。いいか、リーア。おまえが何を考え、何をしようと自由だ。だが、これだけは覚えてくれ。おまえがいなけりゃ俺が困るんだ。他の知りもしないおまえの種族なんかより、ましてやグスターとかいうワケの分からん怪物より、お前のほうがずっと大事な存在なんだよ。まだ最初に出会ってからほとんど時間がたってないとしてもな。だから、マスターとして命令する。もう二度と自分自身で死のうなんて思うな」
裕也はそこまで言った後、急に自分がものすごく格好つけた言い回しをしていたことを自覚してきた。やばい、こっちのほうが愛想つかされないか心配だ。何言ってんだこいつとか、思われたらどうしよう。お嫁に行けなくなっちゃう。ぐすん。
自分の中の妄想に入り込もうとした裕也だったが、リーアはそんな裕也の目の前に体を持っていき、裕也の頬を両手でつかむと、唇を重ねた。三度目のキス。またしても不意打ちだ。
「ボク、マスター選びの才能あるかも」
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「ぷはぁ。やったぁ二分超えたぁ!ルーシィ凄い、金メダルぅ!」
裕也とリーアがマスター契約について話してた頃、ルーシィはバブルバスに頭のてっぺんまで浸かって、何秒間息を止められるか、自身の限界に挑戦していた。アルシェに、ひとまず体の汚れを洗い流すように勧められ、大きめの風呂の中で、さきほどから思い思いの方法で風呂遊びを繰り返している。
裕也とリーアも一緒に入れば楽しいのに。本当は誘おうと思ったのだが、アルシェにルーシィ様は女性ですのでリーア様は構いませんが、裕也様とご一緒というわけにはと窘めらてしまった。男女差別いけないんだよぉと抗議したが、この場合は差別ではありませんと、きっぱり断られてしまう。差別じゃないなら、皆で一緒にお風呂入ったほうが楽しいのに。
風呂での遊びにも飽きてきたため、窓の外を眺めてみる。月の光がいつもよりも明るい。満月だろうか。空を見上げると、「それ」はふいに周囲に反響を繰り返しながら近づいてきた。遠目には分からなかったが、やがて目で見える位置まで「それ」が近くにくると、人の形をしているのが分かった。頭にベールを被っており、全身を喪服で身を包んでいる。女性のようだ。
「あなたは何色が好き?」
得体のしれない侵入者はルーシィの目の前まで、姿を現すとそう問いかける。ルーシィには何のことか分からない。ただ、目の前の何者かが凄く綺麗だと思った。既にこの時点で意識を奪われていることにも気が付かない。
好きな色。今はどこにいるかわからないルーシィの本当の母親は、ルーシィと一緒に暮らしていた頃、白いワンピースをよく着ていた。
「ルーシィはねぇ。白が好きぃ」
「そお、白が好きなの。いい子ね。」
侵入者はルーシィの声に優しく微笑み、そっとルーシィの喉に手を当てる。何だろう、呼吸ができない。お風呂の中でいっぱい呼吸をとめることに挑戦してたから、反動が来たのだろうか。
ルーシィは自分の喉を触ってみる。手が赤く染まっている。触れた感触で喉にぽっかりと親指の先端くらいの大きさの穴が開いているのが分かった。ルーシィはそのまま気を失った。