2章-9話 連盟国裁判
「はぁ~、そんなに日がたってないはずなのに、なんか随分と久しぶりに来た感じがするなぁ」
裕也はしみじみと感慨深げに、あたりを見回す。今までの疲れを全て払拭させてくれるような音色が聞こえてくる。ハルトとエリスが、さっきから飲み比べをしているが、つくづく二人は化け物だ。この分だと朝までに、一樽、丸ごといってしまうのではないだろうか。
ここはアストレア王国城下町にある黒猫亭の一室。裕也は、ハルト達とアクア達、皆を連れてマルクの演奏とマジックショーを見に来ていた。ジェシカとニースも一緒だ。
和平交渉は、驚くほどスムーズに行われた。クルガンはこれまでの非を認め、ルシファーは、寛容にそれを許した。政治事と細かい今後の方針には、メイガンやルキナ、ハルシオンにアクアなど、互いの軍から、行政事情に明るい人物を集め、回数を重ねて会議を繰り返している。
税収や、住民の移住の自由、交易や商業など、決める事柄は多数にわたっていた。中でもハルシオンが才を存分に発揮してはいるが、その分、彼に仕事が集中してしまい、もはや二日寝ていないらしい。
戦争で犠牲になった兵の家族には、慰労金が支払われることとなった。両親ともなくした子供や、家族の中に働けるものがいなくなった人々には、アストレア王国の財源から生活費があてがわれることとなった。
アストレア軍に援軍を送っていた、ラング王国のクフ王と、砂漠の国シスイ王国の女王パトラには、クルガン王とメイガン、ルキナが対応に当たっていた。こちらも今回の援軍への借りをどうかえすか、今後の付き合い方にもかかわる問題だ。このため、準備には何度も会議を入念に重ね、過分すぎるくらい慎重に対応している。
ルシファーがこれまで治めていた地方は、結局、アストレアの領土となった。その代わり、ルシファーはアストレアの宰相となり、元々ルシファーが治めていた部族たちを中心に、アストレアの統治をクルガンとともに担うものとして、方針が固まった。
ハルシオンやアクアは、ルシファーとともに、今後アストレア王国の政治に携わっていくことになった。エリスは自分には向いてないし、肩がこるからと言い放ち自ら辞退した。まだ行く道は決めてないようだ。
クルガンはエリスに対して、このままアストレアに残るなら、近衛騎士隊長に抜擢する申し出た。だが、エリスの性格からして、気ままな冒険者などの方が向いているのかもしれない。
「でもさ、まさかこんな形で戦争が終わってくれるなんて、全く考えもしなかったぜ」
エリスは大ジョッキをあけながら、ハルトにも酒を注ぐ。注がれたハルトも、負けじと飲み干し、エリスのジョッキに追加の酒を足していった。
「ついこのまえまで、アストレアには全軍突撃の命令が出てたんだ。なぁ、メイガン、ルキナ」
「ああ。俺は今でも信じらんねぇよ。あんなに長引いてた戦争が、こんなにもあっさりと終わっちまうなんてな」
「ふふっ。その一番の功労者は、自分がしたことの価値を全く忘れてるようだけどね」
ルキナの指さす先。両隣をジェシカとニースに囲まれ、頭上にはリーアをのせた裕也は、二人の美女と一人の精霊の感触を同時に味わう幸福感に酔いしれていた。
「いや~、やっぱり、ジェシカさんはいつ見ても綺麗です。ニースは天使みたいに可愛いし、俺もうこのまま、ずっといたい・・」
「マスター、ボクのことだけ触れてくれないの?」
「だって、リーアは俺の、なんていうか体の一部みたいなもんだって思ってるからさ。今更、リーアがいない生活なんて考えられないしな。ひょっとして、迷惑だったか?」
リーアは、裕也からの言葉に頬を赤らめて、相好を崩す。
「もう~、最近のマスター、ちょっと油断すると不意打ち仕掛けてくるんだから。言っておくけど、ボク、そんなに軽い女じゃないんだからね」
そういいながらも、裕也の上でニヤニヤし続ける。ジェシカは裕也のグラスに酒を注ぐと、少しだけ眉をひそめて裕也に小言をいいはじめた。
「裕也さん。今回は奇跡的に上手くいったから、結果的に最高の終わり方になりましたけど、こんなこと、何回も繰り返さないでくださいね。一歩間違えたら、裕也さん、命まで危ないところだったんですよ」
「うわ。ジェシカさんに、そんな風に心配してもらえるなんて、俺、世界一の幸せ者です。生きててよかったー」
表情を緩ませる裕也に、今度は反対側のニースからも、同じように窘められる。
「裕也さん、ジェシカさんの言うことを真面目に聞いてください。いくらなんでも無茶し過ぎです。まあ、その無茶の中のおかげで、私も病気から救われたんですけど」
ジェシカとニースはそれぞれ、裕也の肩によりかかる。リーアの感触も暖かい。そこにマルクの演奏が心地よく響いてくる。和平交渉なんて言う、とんでもない無理難題をこなしたご褒美だ。今は何もかも忘れて、このときだけを楽しみたい。
久しぶりに訪れた黒猫亭では、この日、朝まで、安らぎのひと時をみんなが味わった。つい数日前まで考えられなかった光景。ハルトがエリスと酒を飲みかわし、アクアとルキナとメイガンで、カードゲームに興を注ぐ。ハルシオンはマルクの演奏に聞きほれる。
奇跡でもまぐれでも何でもいい。無事に戦争が終わって、今の光景が見ることが出来て、本当に良かった。これを幸せと呼ばずして、何を幸せと呼ぶだろう。裕也は、黒猫亭でのひとときを心から楽しんだ。
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「くそっ、何もかもが忌々しい。大体、なんなのだ、あの裕也とかいう若造は。クルガンもルシファーも、この手で地獄におとしてやる」
あたりに割れた酒瓶が転がっている。部屋は散乱し、窓ガラスは八つ当たりで投げつけた椅子によって、元の姿を失っていた。
クヌルフは、これでもかというぐらいに、やけ酒を飲み続けた。大臣職を追放され、懐に貯めこんでいた、本来のルシファーへの献上金である金財は全て、国に没収された。
アクアに乱暴を働こうとしたことも露見し、クルガンから絶縁を言い渡された。おまけに、貶めたはずの黒猫亭のホビット族の吟遊詩人は、今も盛況に演奏を奏でている。
皆が憎かった。これまでの自分の行いなど全く顧みず、ただ復讐を考えることだけに時間を費やす。どうすれば、皆を最も苦しめることが出来るだろうか。
人の価値は生まれで決まる。自分は選ばれた人間だったはずだ。アクアとかいう小娘は、大人しく自分に見初められたことを感謝し、奉仕しておればよかったのだ。クルガンは血のつながりよりも、ルシファーのような出身すら分からぬ部族を優遇するというのか。
今回の戦争の責任は全部、俺にあるような言い方をしやがって。王の座はクルガンに譲ってやったのだ。俺にだって、いい思いをする権利はある。少しぐらい金財をいただいたからって、それがなんだというのだ。本来なら牢獄いきだと?馬鹿を言うな。俺は何一つ悪くない。当然の権利を要求しただけだ。
聞けば、ルシファーの元には六大魔女すらいたという。ん?待てよ・・
クヌルフの中に、ひとつの暗い復讐の案が浮かぶ。そうだ、これなら、皆に後悔と絶望を味合わせてやれる。あの裕也とかいう小僧には死んでもらうことになるが、まあ、当然の報いだろう。
「くくくくくく・・ははははは・・・いいぞ。最高だ。クルガンもルシファーも地獄に落としてやる。それに裕也とやらを貶めれば、その友を敬称している、あの忌々しいハルト達まで、苦痛を与えられるではないか」
クヌルフは心の底から沸き上がる歓喜の笑いを、もはや抑えることが出来なかった。早速行動を開始する。まずは、諸王国への手紙だ。そして裁判の申請。これは、自分ではやる必要はないな。
クヌルフは頭の中に思いついた、彼の中での素晴らしい計画を実現するため、調整を繰り返す。やがて方針が決まると、ひとつずつ実行に移していった。あいつらがどんな顔をするか、今から待ちきれん。クヌルフの心に再び笑いが込み上げてきた。
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「マスター、ねぇ、マスターってば。流石にもう起きようよ。夕方だよ」
リーアは眠り続ける裕也を起こす。結局、明け方近くまで飲んでいたため、この時間帯までずっと眠り続けることになった。まだ朦朧とする意識のなか、裕也は顔を洗いに洗面所に向かう。
「ああ、もう絶対酒は飲まないって誓ったばかりなのに、なんでこんな・・」
急に喉に込み上げてきたものを吐き出すため、そのまま便器の前で座り込む。どうしてこう、自分は同じ過ちを繰り返すのか。うっ、まただ。裕也はそのまま、しばらくトイレにこもり続けたあと、水分補給のため水を多めに飲んだ。
「ううっ、リーア。気持ち悪い・・助けて・・」
「まったく、しょうがないなぁ。もうお酒は、ほどほどにしておきなよ、マスター。ほら、背中さすってあげるからさ」
リーアは裕也の背中側にまわり、小さい体を駆使して、懸命に裕也の背中をなでる。少しづつ、落ち着いてくると、ようやく意識がはっきりしだした。
「色々あったけど、そろそろ帰り支度しなきゃな。リーアも今のうちにアストレアで買っておきたいものとかあったら、言ってくれよ。明日か明後日ぐらいには、クリスティさんところに帰るからさ」
「思ったよりも、ずっと長居しちゃったもんね。一応、電報で状況だけは説明してるけど、心配してるよね。きっと」
だよなぁ。クレアにも会いたいしな。元気にしてるだろうか。もし、他の男と仲良くなってたら、どうしよう・・
裕也とリーアは、何日かぶりのアストレアの城下町を散策することにした。店が多いので、とても全部は回り切れそうにない。まだ食べたことのないものも多く、アストレアの名物といわれる屋台のメニューから、なるべくボリュームの少なそうなものを、多めにチョイスしていく。
中でも茹でた肉を冷やし、特製のタレにつけて食べる一品は、絶品だった。残念ながら、日本の冷しゃぶとは、タレが異なるため違う味だったが、絡み合うソースにほのかな酸味がきいており、十分に味を楽しめる。
「マスター、これ、おかわり頼もうよ」
「ああ、そうだな。親父、もう二皿追加だ」
割烹着をきた、人のよさそうな店主がお椀にいれて、お代わりした分を運んでくる。裕也もリーアも夢中になって、かぶりついた。
店を出たあと、クリスティたちへの土産を物色し、クレアのために貝殻で出来た首飾りを購入した。カレンやアルシェさんの分も何か買わなくちゃな。色々、店を見回っているうちに、あたりはすっかり暗くなってしまった。
「リーア、黒猫亭に戻ろうか」
裕也が帰路につくと、突然前に五、六名の兵士が現れた。後ろにもほぼ同数の兵士が裕也に向けて、槍を向けている。
「ちょっと、マスターに何の用なのさ」
「黙れ、精霊風情が」
憤るリーアをあしらい、兵たちは、槍先を裕也に向けたまま、一歩ずつ歩み寄ってくる。
「おまえが、裕也だな?」
裕也も兵たちがただならぬ緊迫感を持っていることに、焦りを覚える。だが、今この状況で何か捕まるようなことをした覚えはない。
「そうだ。あんたたちは誰だ?」
「アストレアの衛兵だ。貴様を、六大魔女を戦争に介入させた容疑で連行する」
兵たちは一斉に裕也の身柄をとりかこむ。リーアは必至で抵抗し、兵たちに魔法を放つ準備をはじめるが、裕也がそれを阻止した。
「ここは大人しくしておこう、リーア。何かの誤解だ。すぐにとける」
裕也とリーアはそのまま、衛兵たちに連れ去られ、アストレア城の地下にある牢獄に監禁された。
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「裕也が捕まっただぁ?なんでそんなことになってんだよ。無銭飲食でもはたらいたってのか?」
ハルトは最初、何かの冗談かと思い笑い飛ばした。だが、ルキナとメイガンはとても冗談を言える状態ではない。アクアとエリスも同様だ。ハルシオンが沈痛な面持ちで、その場にいる皆に伝え聞いたことを告げる。
「ルシファー邸に、ニース殿がいたことが発端だそうです。それに、もう一人の六大魔女ジェシカ様と懇意にしておられたことも、状況に不利に働いております。ルシファー軍の軍議はルシファー邸で行われてましたからな。軍議の場に、六大魔女が居合わせたと判断されたのかもしれませぬ」
「だとしても、おかしいだろ。なんで裕也が逮捕なんだ?その場合だとルシファーや、ハルシオン、おまえとかの方が連行されそうなものじゃないか」
「それがどうも、裕也が六大魔女を介入させた黒幕だと入れ知恵したものがいるようです」
「はぁ?誰だよ、そんなバカなことするやつは・・まさか?」
「そのまさかです。クヌルフが密告したらしいのです」
ハルトは壁に思いっきり拳をたたきつける。アクアとエリスも同時に激しくテーブルをたたいた。メイガンとルキナは唇をかんで、頭を抱える。
「それで、ハルシオンさん。裕也さんは今どちらに?」
「アクア殿。裕也様は現在、アストレア城の牢獄にとらえられております。おそらく連盟国裁判が開始されるまで、閉じ込めておく気でしょう」
「今すぐ助けに行こうぜ、アクア姉さん。裕也の奴、だいぶ飲んでたからな。このまま放っとくと、牢獄の中で吐いちまうぜ。けけけ」
エリスはまだ事態の大きさを正確には呑み込めていないようだった。連盟国裁判は、本来、不条理な力を持つ六大魔女を戦争に巻き込むような不届きな国があらわれないようにするための、多国間での取り決めによるもの。国ではなく個人が、その責を問われるとなれば、まず極刑は免れない。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇんだ、エリス。このままだと裕也は間違いなく死刑にされる。あいつは戦争を終わらせた一番の功労者だぞ。そんなこと、絶対にあっちゃならねぇ」
ハルトはグラスを力強く手に握りしめる。グラスはハルトの握力に耐え切れなくなり、鈍い音をたてて砕け散った。ハルトの手がガラスの欠片によって、赤く染まっていく。
「とにかくまず、各国に掛け合ってみましょう。裕也さんには、残念ながら裁判が始まるまで、私たちが直接面会することは許されないと思います。ですが、その間にありとあらゆる手を皆で考え、なんとしても裕也さんを助け出すのです」
アクアの提案に、その場にいた全員が力強くうなづいた。ニースとジェシカは申し訳なさそうに、皆に頭を下げる。
「ごめんなさい、元はと言えば、私たちのせいで」
「何をやってるのかしらね、私は。裕也さんの護衛としてここに来たはずなのに、こんな形で足を引っ張ってしまうなんて」
だが、二人の六大魔女を責めるような輩は、この場には一人もいない。
「バカ言ってんじゃねぇよ。あんたらは何も悪くねぇだろうが。もちろん、裕也とリーアもな。せっかく戦争が終わって、大団円をむかえたってときに、こんなくだらねぇケチがついて、全てを台無しなんて、俺は絶対にごめんだ。裕也の阿保はひっぱたいてでも、必ず連れ戻す。俺らに心配かけさせたこと、土下座させて謝罪させてやらなきゃな」
「いや、ハルト。裕也が土下座はおかしいだろ・・ったく、素直に裕也を助けるの一言でいいんだよ」
「メイガンの言うとおりね。ハルト、男のツンデレなんて気持ち悪いだけよ」
メイガンとルキナの突っ込みにふいに皆から笑みがこぼれる。ハルトは顔を赤くして、うるせぇと小さくつぶやき、顔を横にそむけた。エリスがハルトの頭を、派手な音をさせて一発叩く。ハルシオンがエリスの肩に、ポンと手を置く。
相手が連盟国だろうが、関係ない。ハルト達は、それぞれ思いつく限りの策を提案しだす。黒猫亭の店主が、人数分のエール酒をトレイにのせて運んできた。
「そいつぁ、俺からの驕りだ。裕也って、マルクの楽器が壊された時に、面倒見てくれた、あんちゃんだろ。俺らにも協力できることあるんなら、手伝わせてもらうぜ。大事な客につまらねぇ真似をされると、こっちも後味が悪いんでな」
その日の黒猫亭での話し合いは、結局、次の朝日が昇るまで続いた
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リーアはようやく事態を理解すると、目から水分が全部失われるんじゃないかと思うくらい、泣き続けた。裁判の対象となっているのは裕也だけなので、リーアが裁かれることはない。だが、それはかえって、リーアをより辛くするだけだ。
「・・やだよ、マスターがこんな、わけのわからないことで死んじゃうなんて、絶対にやだよ。ねぇマスター、逃げよう。誰も知らないところに行って、皆が忘れてくれるまで、隠れてようよ」
「リーア。俺だって、出来るならそうしたい。俺なんかのために、こんなに泣いてくれて、ありがとうな。やっぱ、リーアと契約してよかったよ。でも、もうちょっと、色々楽しみたかったな」
「なんで、過去形なのさ!ボクは、こんなところでいなくなるような主を持った覚えはない。とんだ大迷惑だよ」
迷惑と言いながら、リーアは裕也の胸にしがみついて離れようとしない。顔を胸におしあてて泣き続ける。裕也はリーアの頭を優しくなで続けた。
あまりに突然すぎて、裕也は恐怖すら感じなくなっていた。現実感がなくなっているのかもしれない。実際に裁判が始まれば、それまで抑えていた心の内が一気に噴き出し、怖くて立っていることも出来なくなるかもしれない。
リーアはそんな裕也を直視することが出来なくなっていた。ふと、リーアの中にある考えが思い浮かぶ。
・・そうだ。この方法ならマスターを、裕也を助けることが出来る。その代わりに犠牲にしなければならないものもあるが・・
リーアは悩まなかった。リーアの裕也に対する想い。それは既に単に契約を結んだ主従関係というだけではなくなっていた。リーアには裕也のためならば、どんなことでも出来る覚悟がある。
「ボク、疲れたからもう寝るよ。ねぇマスター・・ちょっとだけ甘えてもいいかな。今日はマスターの胸に抱かれて眠りたい・・」
「ああ、好きにしてくれ。ごめんな、リーア。こんな不甲斐ないマスターで。今度契約するときは、もっと頼りがいのあるやつ選んでくれ」
・・まったく。マスターは何にも分かってない。今度はもうないんだよ。本当にしょうがないマスターなんだから・・
リーアは裕也に抱かれながら、安らかな寝息をたてはじめた。その表情にあきらめを連想させるようなものは一切ない。リーアの中に怯えはなかった。ただ、この先、一緒にいられないことだけが残念だ。
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それから数日後。ついに連盟国裁判が開催されることになった。この裁判で判決が出れば、そのまま裕也の刑は実行される。判決決定後からの猶予の時間はない。裕也は、今頃になって、自分の運命を肌で感じ始める。怖い。死にたくない。ダメだ、このまま、動きたくない。裕也はぎゅっと目を瞑る。ふと、小さな指が裕也の額をつついた。
「もう、マスターってば。臆病者なんだから」
目を開けるとリーアが笑っていた。なんでだ。これから俺が死ぬって時に、なんでそんな平然としていられる?裕也の中に怒りが込み上げてきた。
「リーア、おまえ、俺が死ぬのになんでそんな顔してられるんだよ!もう既に新しいマスターの目途でもつけたってことか?」
「そんなわけないじゃん。ボクのマスターは裕也ただ一人だけだよ。それにね・・マスターは死なない。だから、安心して」
「何言ってんだ。裁判が始まったら、俺の刑はそのまま実行されるんだぞ」
リーアは、裕也が慌てふためくのを無視して、小さな小瓶を取り出した。少しだけためらった後、一気に中身を飲み干す。
あれは・・?どこかで見覚えがある。確か、クリスティに渡されて、ハルトに渡した瓶。
”半日間、誰でも好きな人物に変身できます。年齢、性別、種族その他一切問いません。これはお試し品です。気に入ったら是非、当社のご利用をご検討ください”
そうだ、リーアが欲しいと言って、持ってったんだ。でもなんでそんなものを?裕也はリーアに問い変えようとする。リーアの体は、どんどん大きくなり、体つきが女性から男性へと変わっていく。顔つきもみるみる変化し、そしてもう一人の裕也が誕生した。
「リーア、何してんだよ、おまえ?」
「ボクが、マスターの代わりに裁判で裁かれる。マスターを助けるにはこれしかないの」
・・は?何言ってんだよ。そんなことしたら、俺が助かっても、リーアお前が死刑にされてしまう。もしかして、リーアはずっとこのことを考えていたのか。だから、俺は死なないって。
「バカかお前は?そんなことして、何の得がある?大体リーア、お前は自分の部族の掟で理不尽に生贄になるのが嫌だから、逃げ出して俺のところに来て、俺とマスター契約結んでたんだろうが」
「そういえばそうだったね」
「そうだったね、じゃねぇよ。何でこんなことするんだよ?全然理屈に合わねぇぞ」
「マスターってさ。最後まで鈍感だよね。本当。殴ってやりたいくらい」
「なんだ、なんのことを言ってる?いや、そんなことより・・」
「ボクはマスターが好き。大好き。だから、自分が好きな人のために犠牲になる。ただそれだけのことだよ、マスター」
リーアは、優しく微笑みかける。裕也は今になってようやく事態を理解し、これ以上ないくらいに取り乱す。だめだ、そんなこと絶対にさせてはだめだ。なんなんだ、一体。くそっ、リーアを止めなきゃ。だが裕也の体は自分の意志で動かなくなっていた。
「マスターは一日お留守番。クリスティおばちゃんからもらったお薬の中にね、体を麻痺させる薬と、透明にさせる薬もあったの。ほら、メイガンが一度手に取ったの覚えてる?マスターが寝てる間に勝手に飲ませちゃった。ごめんね。麻痺はもう効いてるみたいだね。透明の方もじきに効果があらわれるはず」
裕也は懸命に体を動かして抵抗しようとする。だが、首を横に振ることさえできない。
「マスターはここでじっとしていればいい。ボクが裁判を受けてくる。明日からは牢には誰もいなくなるから、鍵も開くよ。外に出たら、たまにはボクを思い出してよね。ずっと忘れたままなんていやだよ」
裕也の体の色が消えていく。見張りの兵が牢のカギを開ける。裕也に化けたリーアが連れていかれる。裕也は懸命に抵抗しようとするが、まったく体を動かすことも、声を上げることも出来ない。
バイバイ、マスター。ボク、マスターに出会えて、すごく楽しかったよ・・
このまま立ち去ろうとするリーアの後姿を見て、裕也は懸命に抵抗を試みる。こんな終わり方、理不尽すぎる。俺は納得しねぇ。誰でもいい。リーアを助けるためなら、どんな代償だって払ってやる。だから頼む。奇跡を起こしてくれ。
そんな裕也の心の声に応えるように、突如、二人の女性が裕也のもとに現れた。ジェシカとニース。ここに来たのはジェシカの瞬間移動だ。ニースが裕也に化けたリーアに手をかざす。瞬く間にリーアの体が元に戻っていく。
六大魔女ニースに与えられた力。リストアの能力。効果はその場にあったものを一定時間さかのぼり元に戻す。
見張りの兵が驚いて叫び声を上げようとするが、ジェシカは素早く見張り兵の首筋に手刀をあてて気絶させる。
「えっ、どうして・・」
慌てるリーアを無視し、今度は裕也に近づく。裕也にかかった透明化と体の麻痺が一瞬でとける。ジェシカは裕也の牢の扉を、鍵ごと切り裂いた。リーアにみぞおちを食らわせ、眠らせると、裕也を牢から連れ出す。ジェシカとニースは裕也を力強く見つめる。
「さあ、いきましょう、裕也さん。あなたは私たちが絶対に死なせない」




