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ショートショート040 博士を愛しているボタン

作者: 笹石穂西
掲載日:2017/07/09

 わたしはボタン。

 いつも博士が使っているパソコンのボタン。

 わたしは、博士が愛おしい。

 だって、博士は毎日のようにわたしを使ってくれるんだもの。

 それってつまり、博士がわたしを必要としてくれているってことでしょう?


 わたしは、博士の気持ちをよく知っている。

 わたしを楽しそうに押す日。いいことがあって、うきうきしている。

 わたしを荒く叩いている日。嫌なことがあって、いらいらしている。

 わたしは嬉しい。だって、博士は素直な気持ちを、わたしにぶつけてくれるんだもの。

 それってつまり、博士が誰よりもわたしに心を開いてくれているってことでしょう?


 近ごろ、博士は上機嫌だ。毎日、わたしを楽しそうに押してくれる。

 たんたんたん。とんとんとん。たーんとんとん。とんとんたーん。

 きっと、すごく楽しみなことがあるんだと思う。すごくいいことがあるんだと思う。

 博士が楽しいと、わたしも楽しい。

 わたしは、博士のことが大好きだから。

 毎日わたしを使ってくれる博士のことが、大好きだから。


 ときどき、思うことがある。

 わたしは、あとどのくらい博士のそばにいられるんだろう。

 わたしは、わたしみたいな物は、すぐに古くなって捨てられてしまう。

 新しい子がすぐにやって来て、わたしはさよならされてしまう。

 そのことを思うと、わたしはすごく悲しくなる。すっごく、哀しい気持ちになる。


 できることなら、ずっと一緒にいたい。

 最期は一緒に死んで、壊れていきたい。

 だけどそれは叶わない夢なのだと、わたしには分かっている。

 それは、わたしみたいな物の宿命だもの。

 どうしようもない、ことだもの。


 でも、いいの。わたしは、わたしをわきまえている。

 いつか、わたしは捨てられる。そして新しい子が、博士のそばにいるようになる。

 その新しい子は、わたしじゃない。でも同時に、やっぱりわたしでもあるの。それは、別のわたしなの。

 そうしてわたしは、わたしたちは、いつまでも博士のそばにいられる。

 わたしは嬉しい。

 だって、博士はわたしを、わたしたちを、いつまでも使ってくれるんだもの。

 それってつまり、博士にとってわたしたちは、かけがえのない物だってことでしょう?


 博士。

 貴方を、愛しています。

 わたしは、わたしたちは、貴方を心から愛しています。

 だから。だから、願わくば。

 いつまでも元気で、うんと長生きしてね。

 長生きして、うんとたくさん、わたしたちを使ってね。

 博士。

 わたしたちは、いつまでもいつまでも、貴方のそばにいるね。

 愛しています―――――。


             ***


「―――以上のように、本研究が人々の暮らしに大きな恩恵を与えることは、間違いないと言えるでしょう」


 発表が終わり、会場は大きな拍手に包まれた。博士が演壇から降りて舞台裏に戻ると、助手が駆け寄ってきた。


「教授、おつかれさまでした」


「ありがとう」


「それにしても楽しみですね。教授が夢見ているような時代が、早く来てほしいものです」


「そうだな」


 助手のお世辞を適当に受け流しながら、博士は未来に思いを馳せる。


 人々の暮らしはもっと便利になるだろう。企業も利益を得て、私の研究費も増える。そして私はもっと研究ができる。素晴らしい。


 博士はステージを振り返り、まだ映っているスクリーンに目をやった。




〔電子機器の新しい入力方式に関する研究 ―完全思考型インターフェースの実現―〕

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― 新着の感想 ―
[一言] ん~、哀しい話といいましょうか、片思といいますか。八百万の神様がいるようにキーボードにも想いがあったのだとしたら…… 今打っているキーボードを思わず見つめてしまいました。
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