ソードブレイカー
「あんた、俺と勝負しないか?あんたが勝ったら俺の全財産をやる。それなりに貯めこんでるんだ。俺が勝ったら、あんたのその剣を貰う。どうだ?」
昼間から酒場で暇を持て余していた俺に声をかけてきたその男と対峙した時の違和感は、かつて経験したことがないものだった。
奴のあの武器はなんだ?独特のあの形は見たことはある。しかし、あの大きさはなんだ?
自信はあった。傭兵として今まで何回も戦場に出て人を斬った。酷い怪我をしたことだって勿論ある。しかし、死ななかった。自分の命が削れていく、そんな感覚の中で殺し合い、生き延びてきた。あいつが欲しがっているこのバスタードソードを使いこなすのにどれだけ時間を掛けたか知っているのか?俺の打ち込みの速さを知っているのか?俺が今まで何人殺したか知っているのか?知る訳がない。ただ「剣が欲しい」というだけの理由で斬り合いを望むような奴だ。こんな奴に俺が負ける訳がない。
テーブルに置かれた二つの金貨袋を眺めながら、俺は快諾した。しばらくは傭兵の仕事、大きな戦は起こりそうもない。金もなかった。断る理由もなかった。
街はずれの広場に向かう俺たち。後には酒場でのやり取りを見ていた野次馬が数人ついてくる。ちょうどいい、野次馬どもにも俺の腕をみせてやる。俺の腕が噂になれば、傭兵以外の仕事も入ってくるかもしれない。
「なあ、最強の剣士ってどんな奴だと思う?」
俺は答えなかった。
そんなことに興味はない。おとぎ話に出てくるような剣士は最強だろうが、そんなものこの世にはいない。「あいつは強い」と噂の奴が戦場で死んだのを知っている。何人もだ。強いて言うなら、どんな戦場でも生き延びる奴だろう。
「俺は、最強っていうのは、誰よりも強くて、絶対に折れない剣を持ってる奴だと思ってるんだ」
「さて、始めようか」
別に目立った特徴もない、体格も俺より一回り小さく感じるこの男はおそらく20代だろう。
しかし、その武器だ。鞘を見る限りでは、ただのロングソードだと思っていた。違っていた。周りの野次馬もざわつき始めた。当然だ。抜き身になったロングソードのようなもの、片刃の剣のその峰は櫛のような、魚の骨のような、それはソードブレイカーだった。ふつうは、右利きの場合は右手にレイピアなどの小剣を持ち、左手にソードブレイカーを持つ。相手の剣を受け、捌き、折る。ソードブレイカーとは防御用の剣だ。常識ではあり得ない。せいぜいダガー程度の大きさのはずだ。それをこの男は両手で構えて俺の正面に立っている。
こんなもの、見掛け倒しだ。男が打ち込んでくる。それなりに速い。力もある。しかし、俺の方が上だ。お前程度の男を何人殺してきたと思っている。5合6合、7合8合と打ち合うたびにしかし、また別の違和感が湧いてきた。こいつの攻めはおかしい。こんな打ち込み方をしてきた奴は今まで一人もいなかった。打ち下ろし、斬り上げ、胴払い。目測でも、剣が体に触れない距離というのはわかるはずだ。それでも全力で剣を振るってくる。一撃一撃が俺の体ではなく、俺の剣を弾く。俺の攻撃でもそうだ。この男は攻撃をかわさない。剣で受ける。魚の骨の峰ではなく刃でだ。それどころか弾き返そうと打ち込んでくる。
お互いの息が上がり始めたころ、確信した。この男は俺の体を狙っているのではない。俺の剣を狙っている。俺の剣を折ろうとしている。「剣を貰う」とはそういうことか。
剣の技は攻めるためのものだけではない。特に盾を使わず戦う場合、攻撃を受け流す技というのは重要になる。剣と剣がぶつかり合った瞬間に自分の剣を傾け相手の力を流し、体制を崩したところに一撃を叩き込む。両手剣の基本であり、俺も戦場で幾度も使ってきた技だ。しかしそれは、自分の肉体に対して攻撃された時の技であり、自分の武器に対して攻撃されたときの技ではない。そんなこと考えたこともなかった。俺は今、その攻撃を受けている。
させるか。その武器ごとお前の頭をたたき割ってやる。剣を横に構え、体を回転させ、その勢いを乗せた一撃を振り下ろす。このバスタードソードはその辺りに出回っているものとは違う。通常は指3本分の剣幅だが、これは指4本分にしてあり、その分重く破壊力がある。鍔にも獅子の飾りを彫り込んだ特別なものだ。この剣を見た人間が「あれを持っている男はただものではない」という噂をさせるように鍛冶屋に作らせたのだ。何人も殺し、生き抜いてきた俺の分身だ。お前なんぞに折られてたまるか。
一瞬だった。男は刃を返し魚の骨で剣撃を受ける。十字に絡まる剣、腕を一息に下げる。俺の分身は折れた。
「あんたのそれ、特注品だろ?今度のはどうかと思ったけど、やっぱり折れたね」
野次馬の喧騒をよそに男が静かに俺と剣を見下ろす。
「俺のこれも特注なんだ。まあ、見てわかるだろうけど」
魚の骨を鞘に納めながら背を向ける。
「どんなに強くても、剣がなければただの人間だ。俺はこいつで折れない剣を探してる。その剣を持った奴を倒して、俺は最強になる」




