B038.戦火に挑む勇者達
時は少し遡る19:50。
「ぼさっと突っ立って無いで次の塹壕まで走れ!」「ターンク!もっと早く進めないのかー!」「敵のCCを食らったら塹壕なんて作れる訳無いだろ、後衛は砲撃を避けながら支援しろ!」お互いに厳しい注文を出し合う味方達、進む大地は敵の要塞から発射される砲弾で爆ぜ輝き、魔物の軍勢は地を進む俺達をあざ笑う様に嫌がらせの限りを付くしてくる阿鼻叫喚の地獄絵図。
「エイザス、次は20mで攻めるぞ。」とグループリーダーのカシヲが厳しい要求を出してくる、「カシヲ、俺達だけで突出しても狙われるだけだ、他のグループが並走してくるのを待とう。」と俺達は塹壕の中で言い争っていると隣に新しい塹壕が繋がったらしくそこから顔を出してきたノースマンの女が「あれ?カシヲとエイザスやん。んじゃ、もしかしてここが最前線?」と声を掛けてくる、見慣れないキャラだが中身知っている。
こいつは同じギルド所属だが接点のあまりなかったミュアという名の元ヒーラーのサブキャラであるソミュアという奴だ。「ミュアが来たという事は戦線を押し上げないと後がつかえるな、エイザース!次だぁ!」と俺は仲間に地獄の地表を進んで次の塹壕を作成する様に指示を受ける、なんてこったい。
「ああ、やだなあ。天魔のキャバクラ行きたい。」と俺は愚痴ると塹壕から飛び出して地表を走り始める、それに合わせて回避特化のDPSやサブタンクやヒーラーがやや距離を置いて追従し、元居た塹壕の中からは上体を少しだけ出した遠距離職が敵のアーリーマンやシルフや亜竜といった飛行散兵の妨害に備える。
味方にも竜人やゴーストや死神等といった飛行ユニットはいるが、ファンタジー冒険物でお前等主役サイドの種族じゃねえから!といった種族を選ぶ奴は大体協調性が無いのでアテにはならない。
案の定、そいつらは砲撃の射程外である高高度で敵と空戦を満喫しているのがミニマップに表示されたグループマーカーの縮尺で分かる。
「キャバクラー!」と謎の雄叫びを上げながら塹壕を必死に作成する俺をカシヲが護衛しながら周囲を見渡す、右にはミュアと左にはエルフのタンクだろう人物が追いついて塹壕の作成にかかり始めたらしい。
よし、これで戦線で孤立する心配はないが、そこへきっちり敵の要塞砲は降り注ぐ。タンクの俺はこの砲撃を4発くらい食らっても倒れないだろうが、DPSのカシヲがこれを食らうと2発くらいで沈む。十字砲火なんてきっちり決められた時には即お陀仏だろう。
敵砲撃の命中精度は悪くないが、流石に発射と弾着に時差がある為にヒーラーからの回復魔法で即全滅は免れる、うちのヒーラーは珍しい死神ヒーラーなのでエルフより手札は地味だがPvPでは優秀な人材だ。
そのヒーラーであるヤマチャンも敵砲撃を緊急回避でかわした直後に光神に祈り捧げる詠唱ポーズを取りながら「キャバクラ!」と叫んでいるのでこいつもどうしようもない。死神等の幽体種族が行う緊急回避はスーッと虚空へ姿が消えるステルス性もあるモーションでカッコイイのだが、この発言では台無しである。
その発言を拾ったのか、右隣のミュアからは「キャバクラってなんなんー!?」という疑問の叫びと、左側からは、「やはり人間は俗物。」とエルフの集団から呟き声が聞こえたがそれも砲弾の音ですぐに掻き消された。
新たな塹壕の作成完了の前に突撃をしかけてきた敵のデビルとゴブリンをカシヲが味方と共に素早く切り伏せた、兵数ではこちらが優位とゾーンチャットで流れているが、塹壕を作成する人数を考えると素直に2割は戦力減と見ていいだろう。
後方からは大砲を搭載した木馬がさっきまで篭っていた塹壕を乗り越えて前進し俺達の後方に付いた。
木馬は超壕性能という奴があるらしく、理屈は知らんが塹壕くらいなら躓かずに乗り越える事が出来るらしい。製作者チームのプロットではこの木馬はテクチャルやエーテロイドの固有生産物だった予定らしいが、急遽策神信仰魔法で召喚出来る様になったとか。
そうなると無論、敵もこの木馬を召喚出来るはずなのだが、不思議とそれが出てこない。
敵の注意を引きつける挑発スキルは策神にあるのでタンク職なら大体は策神信仰を持っているし、その延長で信仰レベルを上げるなら木馬と塹壕の数は多くても不思議は無い。火神信仰にも挑発スキルはあるらしいが、火神像は現在魔王軍に独占されている為に所持している味方は少ない。
となると木馬を出さない魔王軍は単純に慢性的なタンク不足か火神信仰タンクが多いという事になるが、火神は攻撃的な内容が多いのでタンクには微妙に向かない。
魔王軍は役割が人間離れした種族が多すぎてイマイチ安定していないと見るのが正解か、それとも木馬や塹壕に頼らない別次元に旅立ったかという推測が浮かぶ。
そんな中で突如『皆さん、敵の突撃に備えて下さい!』というゾーンチャットが流れた、発言者はギルマスのノトーさん。
このエルフは日頃はぽややんとしているヒーラーだが、その長い耳を持つだけあってか情報収集は早い。近所にいる噂好きのおばちゃんがエルフだったらこんな感じだろう、敵が突撃準備をしているのはスパイでも潜り込ませたから分かるのだろうか。
俺は次の塹壕を掘りに行くか判断し兼ねているとカシヲが、「敵チャージが来るなら突出しても意味は無い、ここで防げるだけ防ぐぞ。いざとなったら木馬の後ろに逃げ込め。」と仲間達に言い含めている。例え現実で死なないとは言え、生き残れる可能性があるならゲームでもそれを尽くしたいと思うのはゲーマー根性か生存本能か。
「あーらやだ、敵の突撃ですって。」「なのだー。」「この地獄が終わるならさっさと決戦した方が精神衛生上に好ましいぜ。」と我々は能天気にロールをタンクに変更したグンベイが掘り進める塹壕に移動を繰り返しながら敵と戦うが、問題は砲撃の合間に起こる近接戦である。
遠距離攻撃を防ぎやすいスキルは数多くあるので対処はし易い部類なのだが、魔王軍は基本的にそういう献身的なスキルを取らない攻撃的な傾向がある為にこちらからの遠距離攻撃はよく通るがその分敵の近接攻撃力が滅法高い。よって木馬からの支援砲撃はとても効果が高いのだが、お互いの砲撃の直撃からの近接戦と回復の応酬で戦局は魔王軍が防戦でも個人戦闘では魔王側が攻撃に回ることが多い。
ましてや我々が位置するのは戦場の中心よりやや東である、左を見れば覇王軍二番手ギルド『ジェノサイドパーリー』主力が居て頼もしい防衛線を維持するが、右を見るとギルド『黄金のシロッコ』が募集した主力部隊であるが、それはもう敵味方入り混じった乱戦の最中である。
敵の突撃が来るとしたらこの混沌と疲弊のしきった中央の突破、覇王軍の前線指揮官は既に遁走したとカラシとエールートも実況で言っていたが、そうなると覇王軍敗戦の色は濃厚になる。
私が指揮官であったなら全軍での塹壕前進などしないで敵の砲弾照準より素早く動ける部隊と動けない部隊と木馬の3つの部隊に分けて中央に木馬と素早い部隊と右翼に遅い軍を配置し敵の正面突撃力を木馬を犠牲にして後退、そのまま味方がこちらの防衛砲撃射程内まで引いた後に包囲殲滅かカウンターチャージをするが。
今の私がそれを進言した所で「ぽっとで軍師様乙。」と言われて終わりな上に、万が一評価が付いてしまったらここ最近での現実の苦労が水の泡となる。
なので、「こりゃだめかもなのだー。」と馬鹿っぽい枠の冒険者を維持するのが現在の私に出来る事だ。過去の栄光が如く、王様王様とチヤホヤされ担ぎ上げられそれに応えられる時間はもう永遠に来ないかもしれない。
「ノムラちゃん、貴方は元気いっぱい能天気枠だから最初に諦めるのは駄目よ。」とアマゾネス男に言われ。グンベイは「俺達の努力をここで無駄にする訳にはいかねえ!」と熱血漢めいた事を口にするが、駄目だ、駄目なのだ。このパターンは負けなのだ、私は何度も何度も目にしてきたのだから分かる。
もう少しで張り付ける距離であった敵の要塞は堀のある北門の吊り橋を下ろし、その向こうからは異形の魔王軍が『昔の日本社会はこうでしたよ』といったドキュメンタリー映像で見たラッシュアワーやデパートのバーゲンといった昨今ではめっきり見かけなくなった押し合いへし合いめいた光景を思い出させてくれる様に突撃を開始した。
『敵チャァァアジ!』という悲鳴が周囲に砲音の合間に聞こえた。
「逃げるのだ、わたし達は高機動系スキルを全員が持っているから、敵の突撃速度より早く逃げながら戦えるのだ。」と私は両手斧から弓へ獲物を持ち替え空へ向かって矢を乱射した。
「ノムちゃん・・・まぁいいわ、タダで轢き殺されるのも嫌だしね。」とラニも弓を構えるがこのアマゾネスが弓を握ったのはここ最近である為に腕はイマイチだ。
「しゃあねえ!お前等二人は俺が守ってやるよ!」とグンベイが盾を打ち鳴らし、ラニが「あーら、かっこいいわあ、素敵!」と掛け合っているが、「いや、まずは木馬の後ろまで走るのだ。」と私は真っ先に敵の突撃から踵を返した。
「中央駄目っぽいけど、あれがこっち反転して来るんじゃねえのか?」と俺は不安になってソミュアに尋ねると、「んーわからん、専門家に聞こうか。カシヲー、敵のチャージは反転出来そう?」とソミュアは別の人にパスを送るが、その相手の戦士は敵オークの戦士達と殴り合いをしている状況で今はそれ所ではないらしい。
オークの戦士達、統制の取れた攻撃と手厚い回復魔法、何より我々の方角よりやや東側を執拗に狙っている。
そこには客将として招いたエルフの増援がいる、敵要塞方面から数を増すオークの緑色で引き締まった肉体が視認出来る頃にはその頭上のギルドネームも確認出来た、ギルド『グリーンボア』魔王軍の3位か4位に当たる大手の部類であるギルドだ。彼等のモットーは何時だってエルフエンカウント!エルフと仲良くもするし痛めつける事もするされるのエルフが好きでたまらない集団だ。でも本人達がエルフになるのは極端に嫌がる変わり者達だ。
その勇敢なオークの戦士達に続くように敵のローパーやローチャー、マミー、ゴブリン、ハーピーといった単体ではおよそ脅威にならない集団が徒党を組んでオーク達の支援に当たる。
「パグ(寄せ集め)戦力でしょうけど、よく整った攻め方です。流石はアルカントスさんですねえ。」とこちらギルマスのノトーさんが回復魔法を連打しながらも敵からの攻撃を回避し敵戦力の分析も怠らない。そして、その後にギルドチャットのみで放った言葉は衝撃的であった。
「エルフを囮にして回復重点、中央敵の主力は通り過ぎたのでこの目の前のレイドの半包囲を狙いましょう。」と客であるエルフを餌に使う事を決定したが、あんたもエルフだろうに。
「む。」この初老のオークが敵の動きを見ながら唸り声を上げたのに俺は違和感を感じ、「どうしましたか将軍。」と尋ねた。
すると初老のオーク、アルカントス将軍は「野風隊、突出し過ぎだ。恐らくエルフを使った罠だろう、野風隊は後退せよ。」と驚きの発言を将軍はしたのだ、なぜ驚くかというとオークの楽しみはエルフで遊ぶ事である、それがオークが生まれた理由と演じる理由である。
「将軍、それは少し酷な命令かと。」と俺は共に戦ってきた野風に対する同情の意見を上申すると、
「パナラ、エルフをいたぶるのは確かに楽しい、エルフに打ち負かされるのもまた楽しい。しかし、今回は魔王殿直々の指揮であるからには負ける訳にはいかんのだ。更に言えばいたぶってくるのはエルフじゃないからおもしろくない。」とオークの矜持を多少曲げてまでも勝利の道筋を曲げない様子だ。
「その魔王様にカツアゲされたと不名誉な噂が流れていますが?」と俺は最近拾った話を駄目もとで尋ねてみると。
「あの魔王殿は集めた資金を死に金にはせぬよ、若いからな。そもそも資金は覇王軍から回ってきた物が大半さ、敵と味方の経済が繋がっているこのゲームでは資金の方向性もまた戦略になる。カツアゲを受けた、ではなく融資という形で贈っただけだ。」と言いながらオークの頭領は白い顎髭を撫でる動作をした。
「ああ、エルフがあぁ、エルフが遠ざかっていくでオーク。」と嘆く野風とその部隊は敵に包囲される前に後退に成功した。次は本当の敵であるギルド『ジェノサイドパーリー』軍全体と対峙しなくてはならない。
敵は覇王軍2位ギルドでレベルの高い冒険者を揃えた正統派戦力である事に対し、こちらはオークギルド『グリーンボア』率いる野良魔王軍との混成部隊、数では魔王軍が勝っているものの、質では間違いなく敵の方が精鋭である。
そして、エルフを使った囮作戦による包囲殲滅狙いをきっちり考えてくるような敵の指揮官は心理戦や状況判断は大きく違えないだろう。
その証拠に敵が野風隊を包囲しようとした時に突出させた2レイドは既に後退し、この敵方面軍の陣形は大雑把に言うと味方のDDD要塞からから見ては横陣だが、我々の軍団から見れば斜線陣という敵集団に対して兵列を斜めに配置する陣形を整えてからは決して崩さない。これが出来るという事は恐らくレイド間で予め階級が決めてあるのだろう。
それに対して我々は要塞より北へ打って出た後に北東を目指したのでまだ布陣が完了していない。これは将軍が「兵力はこちらが多いのでたぶん勝手に鶴翼の陣になるから必要ない。」との事なので統制は取っていないが、その通りになりつつある。
状況としては敵を包囲しようとする東魔王軍とそれにナナメに受け流し敵の分断を狙うジェノサイドパーリー軍という構図である。
『なあエールート。』
『なんですか、エルフがきのこたけのこ派どちらかという話ならもうしませんよ。』
『いや、そうじゃなくて。今の戦況じゃが、東側がいい勝負してておもしろいぞ。』
『私としては魔王の航空部隊の統制がすごいと思いますね、あれってウチのギルドくらいキッチリしてそうですし。所で物見の為に天空神信仰取ってみましたけど、これ確かに便利ですね。』
『エルフにはなりたくねえな、お前のギルドって現実での忍者テーマパークにいる忍者みたいなプレイなんじゃろ?』
『緑に囲まれて世俗とは極力関わらない、冒険者をするならエルフっぽくする、ハーフエルフは認めない、里への侵入者は倒す、その程度ですよ。仕事じゃあるまいしそこまで厳しい戒律なんてありません。魔王の航空部隊もそれくらいの縛りであの戦力でしょう?たいしたものですよ。』
『十分面倒臭いな、もういいわ。現時刻は20:15。戦況は西側軍団双方消滅、中央が大体覇王200対魔王190プラス復帰狩り30、東が覇王100対魔王120、主戦場南には魔王本陣と補給路と航空部隊、主戦場は大湖に浮かぶ戦艦からの艦砲射撃にまだ届いていない程度か。』
『魔王側があっさり勝つと思ったのですがね、思ったより泥沼じゃないですか。』
『魔王側の航空爆撃部隊が補給路分断部隊を掃除するのに必要だから決定打を与えられんのじゃよ。補給路の分断を爆撃以外で防げば魔王軍の完勝だったんじゃがな。』
『そうなると勝敗の鍵はやはり補給線ですか。』
『まぁ、戦争では古今東西それが一番重要なんじゃからそうなるじゃろて。それよりもこの数で戦争してサーバが落ちないのがすごいと思わんか。』
『サーバ落ちるとか、その時代の事は知らないのでちょっとコメント出来ませんね。あ、ハーピーが近寄ってきたので逃げますね。』
『ほい、艦砲射撃内に入って描写距離を最大まで設定した方がいいぞ。』
『このゲーム、前作よりマシンスペック必要だからそれ出来ないんですよ。』
「なんでこんなことになるのだー!」「グンちゃん、『風火』発動お願い!」「もう発動してる!」と私達は敵の陸上落ち武者狩りユニットであるローチャーやゴブリンやケンタウルスに追い立てられている、私達より後ろを走っていた味方は全員倒された。後ろを振り返る余裕は無いけど、魔王軍のケンタウルスとアーリーマンに至ってはこの戦場で始めて見たくらいにレアだよ。
前方にはやっと湖に浮かぶ艦隊が見えて、その周囲から復帰してきた味方もこちらに走り寄って来る。
待ちに待った味方の艦隊が一斉に火を噴いた、その砲弾が私達を守るように炸裂すると共に私は敵へ振り返り、「な”の”だあ”あ”あ”!」と歌神信仰レベル8のデスボイスを追跡者達に放った。
梅雨時期を未だに知らない私ですが、連日関東での曇りと雨模様で多少ウンザリしてきます。
レイニーブルーって奴ですかな。