B025.Darkness offsprings
ここは天魔のダンジョン。否、今や覇王軍の間では触手のダンジョンと呼ばれているのには理由は簡単である。
冒険者を御自慢の触手や絡め手でがんじがらめにしてDot攻撃やCCの限りを尽くしてじわりじわりと殺しにかかってくる魔王軍プレイヤーが暗くじめじめとした洞窟でウッキウキとして覇王軍プレイヤーを待ち構えているからだ。
そして、現状はこのダンジョンの支配者は魔王軍最大手ギルド天魔のギルドマスターかサブギルドマスターであるはずが、彼等も現在は行楽中で不在である為に現状サブマスターと同等階級に設定されている役職『触長』、種族アブホスLv30、キャラ名がりるんの彼が主に切り盛りしている。
といっても彼はぶっちゃけギルドで2番目に強い上にネットゲームプレイヤーとしての経験も社会人としての経験もある無職同然の人物なのでネットゲーマーとしては万事抜かりが無い。
例え今がゴールデンウィークのコアタイムという日本中のネットゲームで正月と並び最も激戦になる時間帯と言えどもこの触長に抜かりは無い。ちなみに夏休みと盆休みとクリスマス前後はそこまで盛り上がらない。クリスマス休戦なの?
「しょーくしゅっしゅっしゅ!」「ぬっちょんけ!」「ぬっちっぱ!」と奇声を上げるローパー達は今日も元気いっぱいだ。
しかし、最近では敵の覇王軍からの侵攻が質と量共に増しつつあるのでその防衛に当たる我等ローパー系ギルドDarkness offsprings(闇の子供達)は微妙な苦境に立たされている、だってローパーなんてマニアックな種族がこれ以上増える訳ないやん。こんなプレイする奴はサーバー開放前から全裸待機でローパーのキャラメイクを妄想している様な変態揃いだ、俺だって脱いだ。
そこで新たな戦力増強の為に誘致と交渉と落とし所を見つけなければならない、具体的に言うとアラクネ族で最強と名高い、というかマギラ2から同じギルドだったア・ヨグの姉御のコネでアラクネ等をダンジョンに誘致する事に成功したのだ。
ただし、その件にて高難易度的交渉に打つかってしまった。アラクネ曰く!
1.セクハラ禁止。うん、それは仕方ないね、敵にするからいいよ?
2.美少年は触手部屋の近隣に位置させるプレイルームである『誘惑の間』に追い立てる事。
馬鹿な!ショタキャラを弄んで喜ぶ同志もいるんだぞ!バシンと俺は強力な触手攻撃を地面に激しく打ち付け抗議するとア・ヨグの姉御に無言で決闘を挑まれるがこれには拒否で対応、だって姉御強いんだもん。
3.触手部屋の奥か手前に誘惑の間を置くかのデータ収集。うん、敵が切り抜けやすい法則を統計的に見て対処した方がいいのは確かだね。
4.そろそろホームが陥落するだろうネレイド達も誘惑の間に巻き込みたいから水マップ作らない?後ハーピーもかわいいから入れよう。うん、分かる、姉御の言いたい事はよく分かるが。
「落とし子達よ、家族会議だ。」と俺は覇王軍を一回全力で蹴散らして戦線をダンジョン外まで押し上げた後にローパーによるローパーの為の緊急会議を開く。
「触長、この条件を受け入れれば我等の属性はカジュアルかつマイルドになってしまうのでは?」と同志セルフバンジーが的確に言いたい事を理解してくれる。
そう、我等は常に暗黒かつ混沌の法で縛られなければいけないのだ。
「冒険者誘惑は確かにロマンがあると思うプル。でも、それの順序の主導権は握られてはいけないと思うプル。」と同志ホミミンも理解を示す。ちなみにホミミンはギガネクスという半透明の猛毒クラゲというマニアックな方向に変異した為に外見の異形レベルは悲しい事に少し下がった。
「そうだ、未だ未完の漫画にもあったろ、主人公達が頭領の裏切りに合い恐ろしい怪物に囲まれ襲われ、運よく逃げ延びた三下がなぜか目の前にいた綺麗な姉ちゃんに抱きついてパクーってされるあれだよ!やるとしたらあれ!そこは譲れない!」
「しかし、奴等はショタを要求しています!ショタは大体生き残るか序盤で読み手にショックを与える為にサクっと倒されるのが王道でしょう!」セルフバンジー氏はLv20変異でアブホスとなった禍々しい触手をくねらせ一つ目と牙まみれの口の位置を転がすように動かし興奮する。
「おい、ぬしら。そんなつまらん事で何を悩んでいんす。」とアラクネ科マンイーター属Lv30の怖いお姉さんが家族会議に乱入してくる。
「そうはいうがな姉御、我等ローパーは夢に生きる種族だ。夢を食べないと死んでしまう幻想種なんだよ。バクとかユニコーンと一緒。生物として足りえず人が居て足りる、そんな哀れでか弱い集団なのだ。もうちょっとまからんけ?」
「まかりもうさぬでありんす。そもそも、ぬしらの性癖に付き合うとマイノリティー化は避けられんでありんす。どうせここも段々特殊な性癖を開発していき脱落方式で生き残った蠱毒の壺じゃろうて。後、バクとユニコーンに謝れ。」
その厳しい指摘に「…それが世界の選択プルか。」とホミミンは触手を組みそれっぽいセリフを口にする。
「そもそも誘惑の間を作るとしたら、オーク達が作ってるアトラクションダンジョン『風雲火神城』の方が映えないか?城砦の終盤になるとすっぽんぽんのチャンネーが最後に出てきて見とれた所を後ろでハンマーかますんだよ。そっちもおもしろくないか!?」
と当初の目的を忘れている俺に姉御は冷水を浴びせる、文字通り水魔法を姉御の横にいたネレイドの交渉役にぶっかけられた。
「あのな、がりるん、戦力が欲しいと言ってきたのはぬしであろう。ぬしの仕事は身内を納得させて外部から戦力を受け入れること、まずは勝てる戦場ありきという考えを忘れてはいりゃしんせんか?」
と正論であるし分かってはいるが、自分達の主張はしておきたかったのだ。
それに対する答えの決まっている三文芝居は必要だったか?答えはYESだ!三文芝居で建前と本音を言わないと後で禍根が残るからな。
という訳で俺達は渋々という形で姉御が引き入れてきた美人なチャンネー軍団を受け入れ、新たに『誘惑の間』を増築し始めた。
チャンネー軍団は姉御のツテで集まっただけあって、蠱惑的な魅力を持つ人ならざる美形と生娘の様な可憐な異形の少女といった、「お兄さん可愛い子揃ってますよ。遊んでいきませんか、人間じゃないけど。」と言って客を引いても大繁盛しそうな顔ぶれが揃った。
「ゎたしぃハーピーだからぁ、広い部屋と巣穴が欲しいなぁ。」「滝、水場、お風呂!」とキャピキャピしたモンスターガールズはダンジョンに大挙して入るなり我々に過酷な建設労働を強いてくる。
なんだこれは、現代社会の縮図か。なんで俺、銀行員からモンスターになって土建やってるんだろ。
「では、皆さんご安全にー!」と俺はオーガバトラーでもあり設計図の引けるマリッドの姉御から受け取った図面を元に拡張工事を開始する。
隣では死んだ目をしながらセルフバンジーとホミミンが「ぎぶぃとみーべいべー。」「あはーんあはーん。」と歌と合いの手を打ちながら安全ヘルメットを被りながら触手でつるはしを振るっている。
「ローパーは触手だらけだから安全帯はいらないな。」と俺は呟くと。
「ちとした自虐ジョークのつもりでありんすか?」と姉御がコロコロと笑いながら応える。
そんな過酷かつ肉体労働を強いられている状況に珍しい客が来た、少し大きめな体で美形な男顔を持つハーピーとその背中に乗った大きなマーマンのコンビである。
「あ!!ハッチン!スカー!タスケテ!!労働者にされてるの!」と俺はその姿を見つけて咄嗟に助けを求める悲鳴を上げるが、彼等は周囲の雰囲気を察してかニヤリと愉悦笑顔を浮かべた後に脱兎の如くすごい勢いで出口の方へ飛び去っていった。薄情者!
工事はローパーズが担当になった為にダンジョン戦力は低下。コアタイムによる敵からの攻撃は苛烈であるが、ヨグの姉御が指揮する人食いガールズがそれにぶつかる、序盤は戦い慣れない地形とPvP慣れしていない味方が多かったので敵Zergに工事中の場所まで襲われそうになる。正確なダンジョンマップはエルフの上層部しか握っていないはずだが、覇王軍にも暇な奴がいたのか地下一階はかなり敵の侵攻を許している。とはいえ、地下八階まであるダンジョンであるので、このペースで攻略しようとなると時間的にベータテスト1は間違いなく終わる。
エルフが裏切る可能性や情報流出がしたらこのダンジョンはあっさり陥落するだろうが、その可能性は薄い、だって俺等めっちゃエルフに嫌われてるもん。最近、エルフギルドユニグロ所属のエルフはまったくこねえからな、ダンジョン案内人もあまり来ないし。
でも、ユニグロに所属していないエルフやダークエルフは普通に攻めてくるので弄ぶことが出来る。ユニグロって規模がでかい割に秘密結社っぽい所があるからちょっと怖い、だから加入者もちょっと変わり者が多いらしい。
「しかし、ヨグの姉御が連れて来た子達かわいいですな。」「正直襲いたいプルね。」と同志達はリアルMPをガンガンと磨耗させながら工事をしている、するとそこへスーッと俺に天啓が差し込んだ。
「姉御姉御。」と俺はその思いつきに対し協力者を作ることから始める。
「何用でありんす、わっちは今ひよっこの訓練で忙しいんでありんすよ。」
邪険に扱われるが食い下がる、だって神のお告げだもん、脳内の。
「こんな綺麗なチャンネーがいっぱいいるんですから誘惑の間なんていわずにさ…。」「ふむふむ。」
「お兄さん達、こーのダンジョンに冒険しにきたんですか?」とグラハティア廃墟でドッペルゲンガーの男が馴れ馴れしく話し掛けてきた。俺達はこれから災難関と言われる、誤字ではなくそう言われるダンジョンに挑もうとする冒険者達である。
ダンジョン自体はコアタイムに突入しているので、もはや軍団規模での戦闘が始まっているらしいが俺達はそれに混じっておこぼれや宝箱を狙おうとする計画を持つパーティーだ。
ドッペルゲンガーの男は薬草やポーション、ダンジョンで役に立つアイテムや装飾品の類、特に指輪を商っているらしいが、俺達が男所帯のパーティーだと見るや、「いいとこがあるんですよ。寄って行きませんか?毎日戦争ばかりじゃつらいでしょ、息抜きは大事ですよー。」とダンジョンに入って最初の分岐路の一番端の道奥まで誘う様に手招きして俺達を暗闇へ引きこもうとする。
「カシヲ、罠じゃねえかこれ。」とパーティーのタンク役がその役割から警戒を発する。
「エイザス、ここにはリスポーンの都合上で敵は集結できないはずだ、あのドップが敵とグルだとしても切り抜ける戦力はある。」何せ俺等も毎日戦っている戦士だ、レベルも技量も高い方だと信じている。
確かに連日の戦いで刺激が薄くなっている感じはしていたので見え透いた罠と興味本位の刺激によりドッペルゲンガーの男に誘われる様に追従する。
するとドッペルゲンガーの男は何も変哲の無い壁に手を当てると壁が奥へ引きこみスライドした、隠し扉をタダで教えてくれるだと、怪し過ぎる。そもそも隠し扉を知っている時点で罠確定だ。
「罠かな。」「罠だろうな。」「罠だよな?」と俺達は呟き合いドッペルゲンガーを伺うと。
「ええ、罠ですよ。では心ゆくまでお楽しみ下さい。」とドッペルゲンガーは丁寧な一礼をしてから入り口へ戻っていった。
「どうせだ、踏み込むぞ。」「即死トラップじゃありませんように!」と冒険者達は勇気を出してその怪しい光を放つ部屋へ突入する。
「いらっしゃいませー。」「お召し物をお預かりしますね。」という声と共に笑顔で迎える人ではないが肌の露出が多い美女の集団。オメシモノ?冒険者達は一同にこの状況に硬直する、そうなれば相手は赤い名前表示だがこちらの腕に組み付きながら「どうぞこちらへー」と誘導する様に部屋の奥へ引きこみにかかる。
天井に釣られたファンタジーとは不釣合いなミラーボールは上手く輝石を組み合わせて作った一品だろう、青と紫の中間色の色に染まった部屋には黒檀調のカウンターがあり、座り心地良さそうでふかふかそうな真っ赤な客席らしき場所があり、何よりも酒瓶らしき物がカウンター奥に大量に並べられている。
カウンターにはタキシードを着た気の強そうなアラクネ系のお姉さんがコップを磨きながら鋭い目付きでこちらを一瞥した、たぶんあれは勝てる相手じゃないだろう。というかそもそもなんで敵に囲まれてるのに戦いになっていないのだろう。
「カシヲ、これ…。」「やべえ、これって。」一番年上でありリーダーである俺はこの人外少女達に引きこまれる仲間達、自分より年少であろうメンバー達にこの状況を説明してやらなければならない。
それは古来より続く大人の義務である、古株や先輩は新社会人をこの場所へ誘うのが古来日本のしきたりだったらしい。「カシヲ!これって!」「ああ、これキャバクラですやん。」
「え?ダンジョンにキャバクラ作った?がりさん何考えてんの?」と北西に向かう空中のギルドチャットで現在のダンジョン管理人からまた変な報告を色々受けた。
戦力増強の話はいいとして「戦いに向かない娘の活躍出来る場所を作りたいから作った。」という一見美談に見えなくはないが、これが完全にがりるん氏個人の趣味なのは分かりきっている、この人には前科があるからな。
「最初は姉御も馬鹿にして来たけど、タキシード着てマスターって呼ばれたらノリノリになってやんの!」とがりるんさんは嬉しそうに不定形ボイスで報告してくるが、ネットゲーム内とはいえ生き甲斐ややりがいが出来るのは良い事だ。
「あの、それって敵にメリットあるんでしょうかね。」と俺は正直キャバクラなんてものは行った事が無い純情ボーイなのでその施設に大きな不安を抱いた、未知の文化とは恐ろしい物だ。
「ハハ、少年。人外美女に囲まれて晩酌されるのは一部の人にとっては間違いなく受けるよ。」
「あの、私達のギルドをあまり色物にし過ぎないでくださいね。」とそのギルドを玩具にされている傀儡ギルマスの愛微笑が釘を念の為に刺すが。
「「いや、もう手遅れでしょ。」」と異口同音にギルドチャットは埋まった。
・設定
マーマン
水魔法 水属性の魔法を覚えます。
魚鱗 水氷刺斬属性に耐性を持ちます。
水生 水中にてボーナスを得ます。
自然崇拝 地形効果を大きく受けます。
徘徊 ダンジョン捜索にボーナスを得ます。
変異先
リー→ハヴマンド(水魔法、魚鱗、水生を強化)
ゼーメンシュ→トリナイア(自然崇拝ラインを武装へ変更)
・雑談 ネットゲームのキャバクラについて
これ自体を最初に見たのはDCPSOでである、他に人生相談はUOで見かけた。
両者とも長続きはしなかったプレイスタイルだが、こういうプレイを好む人はマジでいる。
探せば貴方のプレイ中のネットゲームでも見つかるかもしれない!
・余談
筆者が新社会人だった頃の話、もう12年程昔になりますか。職場の先輩のよく飲みに連れていって貰いましたが、そこで一番びっくりしたのが六本木にあるファンタジーを演出したバー。
筆者が行ったときはヴァンパイアバーというタイトルだったが、その前はエルフバーだったらしい。
値段もすげえだけあってまだ存在するか謎だが、作りもチープだった為に今後の現実の異世界化が進めばもっと良いのが出来るはず。科学(?)頑張れ。
具体的にいうとコスプレ衣装の技術向上や耳にシリコン入れてエルフにするねーちゃんとかが冗談抜きで発展していくと思う。そういうったノリの延長だろうて顔面を猫科にする手術をしたアメリカ人がいたのはすげえと思った。スクゥーマを奢ってやろう。