B020.空の悲しみは北へ向かう
「敵の潜水艦を発見!」「嘘だー!」「ただの帆船に見えますよ。」
ドラゴン三体とシルフの影は雲の隙間に隠され、雲の切れ目より見下ろせる巨大な湖に浮かぶ覇王軍の船団を発見した。
「相手は海の民だよ!海に潜らないはずがないよ。じゃないとゲームバランス悪いじゃん。」
俺に化けたエリーンがこのゲームで訴求していはいけない部分を容赦なく指摘する。
「メタだなあ、でもそう言われると覇王軍は水の中で戦えそうな種族がいまいち分からんよな。」
「調べると覇王軍の海洋ユニットは海の民くらいしかいないっすからすげえ強いらしいっすよ。」
「具体的に言うと?」「戦ってみれば分かるんじゃないっすかね。」
海の民達であろう船団は規律良く並び湖を優雅に進んでいるが、目的は何になるのだろうか。
「所であいつらなんで船団なんて組んでるんだろうな。」
「BBSによると現在マギラ3の制海権は覇王軍にあるらしいですね、具体的に言うと海と湖と川が危険になっているらしいです。恐らく戦争か制圧作戦に行く途中でしょうね。」
「ふむ、無縁な場所の無縁な勢力か、ちょっかい出してみるか?」「いいよー。」「あいあいさー。」
と我々は魔物らしく人間達の妨害に勤しむ、ビバモンスター。
「敵の航空機を発見!」「方角は?」「西からでっせ提督。」船に備え付けられた望遠鏡で提督と呼ばれた男は西の空、雲の切れ目にドラゴンの影を確認した。
「妙に統制の取れた飛び方だな。全艦、艦砲射撃用意。」
「距離的には射程外でんがな提督。」
「炸裂信管があるだろ、あれでギリギリ燻り出す程度でいい、もしガチ勢力だったら全艦潜水モードに移行する。」
「アイアイサー。海の民の底力を見せてやりやしょう。」ノースリーブの紅白縞々の服装とセーラー服という統制の取れていない水兵達が配置に付く。
服装は各々の水兵感に偏りがあるので拘りを殺さずにしているが、彼等の動きは正確かつ迅速だ。
「提督、攻撃可能です。」「よし、砲撃開始、撃て。」
ドッカンドッカンと久々に砲撃を受けた、こちら側は雲に隠れてはいるが海上の船団より空中炸裂する砲弾の類をやたらめったら打ち込まれている状況だ。
「毎度思うがこの世界って砲撃技術が異様に発展しすぎてないか?」と俺は分かりやすく表示される砲弾の弾道を読みながら爆風からの回避に徹して戦力分析を開始する。
「敵の船が5隻いるでやすから最低20人以上のグループでやすね。勝ち目は薄いでやんすよ。」
とアレキシも敵の砲弾を避けながら攻撃の機会をうかがっている様だ。
「せっかくの大物だ、あれの実験をしようと思う。」
「アレですかぁ、本当にファンタジーな世界感壊すの好きですよねビータさん。」
「ゲーム世界の魔法は火薬を超える、前にそう言われた事がある。いけそうだと思えば試す、何にでもそうあるべきだと俺も思う。」
俺達は一度雲に隠れ敵の船団の真上へ到達すると、そこから一気に急降下を開始した。
「甲板員警戒!」「こいつぁたまげた!総員、衝撃に備えろ!急降下爆撃が来るぞ!」
ガツンと船体に衝撃が走る、恐らく機械神の兵器攻撃を竜の背に乗った奴が当てに来たのだ。
ベルの音が鳴り、被弾箇所の確認と修理に人員を割く、火災が発生しない攻撃なのが救いか。
参ったな、船体に穴が開きすぎると浸水により潜行が出来なくなる、そうなるとこれからの作戦に支障が出る。
これから水中のネレイドとマーマン達の掃討に行かねばならないのだが、さてどうしたものか。
「迎撃はどうしましょうか提督!」「砲撃で追い払えないなら艦載機を出すしかあるまい。」
「アイアイサー!テクチャル航空部隊出動だぞ!」と呼び出されたのは機械で体を覆った小柄な人間種。
魔王軍の侵攻により祖国を失ったテクチャルやエンシェントエーテロイドは世界各地に散らばった。
その離散先である海の民の戦艦、そこで彼等の目の前にあの有名な悪竜、祖国を封じたプレイヤーが目の前にいる。
これは青天の霹靂だが報復のチャンスである、現状で祖国のグラハティア奪還は政治的な要因と制圧ダンジョンの難易度が絶望的で難しいとの見通しらしいが、やはり一矢は報いたい。
奴等は難攻不落のダンジョンからわざわざ出てきたのだ、恐らくは篭り飽きたのだろう。
「祖国の為に!」と我々はいつからゲーム内で亡国の民というプレイに巻き込まれたのだろう。
ゲームにしてはハードな設定だが、これはゲームの自由度同士がぶつかって出来た結果の不自由だ。
先人はこれを運命と言うらしい、この運命により心が折れて種族変更をした仲間も多い。
海の民が強くて制海権を維持し易いという情報から新キャラを海の民で作った仲間、彼等に付き添う形で船上のゲームとなってしまったが、海と空の組み合わせは強い。
「ギルド祖国奪還軍、テクチャル航空隊。総員出撃します。」
「アイアイ、諸君の健闘と悲願成就を願う。」
「硬いですね。」「飛行船も大概どうしようもなかったが戦艦も面倒だな。」
「でも、ダメージは通ってるみたいだよ、必死に修理してるもん。」
「それよりもこっちのダメージが結構でかいでやすよ、離脱時の水平飛行と上昇中がいい的でやすよ。」
「風魔法で砲弾はある程度妨害できますが、竜は大きいですから確実にMPが減りますね。」
「出血もするっすから、包帯で止血しないといけないっす。回復は僕とバッシーさんの付近でしてください。」
「さしずめ私達は空中補給基地ですね。」「わたしはあの動きちょっとマネ出来そうにないから上空で待ってるねー。」
「MMORPGだと思ってたら従来のゲームとまったく違う事ばかり最近やらされてる気がするなあ。」
「え?望んでこんな無茶をしているんじゃないんですか?」
「このゲーム、なまじ自由度が高すぎるから段々ゲームの敷居が上がるからそれもどうかとは思うんだよな。」
「先輩、敵の船団からテクチャルの集団が出てきたっすよ。ちょっとやばくないっすか。」
次の急降下爆撃をしようとしていたタイミングでその報告がエリーンの背中にいるロドリコより入る。
このタイミングで迎撃部隊、用意が良いのもあるが敵の考えに太いものを感じる。
もし、次の急降下爆撃を実行していたら確実にこちらが損耗してテクチャルの部隊に押し負けていたかもしれない。
しかし、敵は目先の勝利よりも我々を追い払う事を主眼に置いている気もする。
たぶん、それが正しい彼等の道なのだろう。邪魔して悪かったなとは思わないが、敵にもたいした奴はいるもんだよな。
「駄目だー。北へ撤退しよう、いやこの場合は強行突破か?」「了解でやす。」
とそこへ下方からテクチャルの集団が味方の砲弾の弾幕を背中にして銃による攻撃を仕掛けてくる。
テクチャルの数は6体、多くは無いがもしこちらの翼をやられて墜落したら戦闘不能は免れない、そうすると合流にまた時間がかかる。冒険の心得、それは救出不能な味方を絶対に出さない事。
MMORPGにおいては集合や合流時間が目的より長くなるのはよくある事だ、それは避けたい。
「すたこらさっさでやす!」「あばよトッツァーン!」「これにてドロンー。」
と各々は好き勝手言いながら敵の船団を背中にし北へ向かった。
敵が、竜が北へ逃げて行く。
「待てよ!待てよ!うち等の故郷を踏みにじっておいてそのまま逃げるのかよ!」と私はやるせない叫びを竜の背中に向けて銃撃と共にぶつける、あいつら本当にモンスターだ、人間の心なんて持ってるのかよ。
「テクチャル隊、余計な追撃はせずに帰艦せよ、目的が違う。」と提督から冷静な命令を受ける、戦闘は初志貫徹、柔軟な戦いは凡人の、負けてしまった我等には到底出来ない。
「畜生!ドラゴン畜生!せめて1キルくらい取らせろよ!」ゲームで悲しい気持ちになるのもロールプレイなのだろうか。我々はなぜ負けるかもしれないという戦いの道を選んでいるのだろう。
「敵さん追って来ないっすね。」
「まともなレイドなら目的は変えないだろ。罠の可能性も考慮するだろうしな。」
「そもそも船と飛行ユニットでは移動速度が違うからな…。」
「一度陸地に下りて見ませんか?小島がチラホラありますから、何かあるかもしれませんよ。」
「空にいればほぼ安全だが、それは冒険ではないからな…。」
「冒険しろってことですね、分かりました。あの島を覗いて見ましょう。」
我々は眼下の広がる島々の一つに狙いを付けて降下したが、そこの表記はダンジョン、海賊のアジトと表示された洞窟であった。