B015.大人の遊びと子供の夢の狭間で握手をしよう。
ペカッっと黒いヌードル状の蠢く一つ目の怪物にスポットライトが当たる。
「触手担当大臣がりるん、どうぞ。」とエリーンは謎の生物に詰問する様に発言を迫る。
なんか知らん部屋に連れて来られたローパーギルドの長であり、このダンジョンの第二ボスであるアブホス科ローパー属Lv24のがりるん氏は中学生くらいの少女の姿をしたスワンプマンに糾弾されている状況だ。
「ダンジョン作成部ももうやることねえんだなあ、こんな部屋まで作っちまって。」とがりるんの抗弁は実に投げやりであった。
そこへ外部ツールによるボイスチャットから触手担当大臣への弁護が入る。
「被告人の弁護人ですが、そもそもダンジョン側のギミックを考えれば触手部屋の第一回完封は問題は無く、それ以後にも冒険者側はどう足掻いてもダンジョンブレイクは不可能に思えます、よって訴訟自体に無意味さを持ちます。」その声は神性さを感じ透き通るような美しい女性の声である。
「え?これ裁判なん?」と困惑するがりるんに
「いや、ノリでやってますから。」「触手だって穴はあんだよ!次行こうぜ次!」
と流石にギルマスの悪魔少女と戦闘担当大臣のオーガ女はこの茶番にももう慣れた様子だ。
エリーンの発作的な意味不明行動にはその兄と親友にとってはいつもの事である、兄ビータと親友ジノーとロドリコは三人でカードゲームアドオンのババ抜きをしながら内容の薄い会議に耳を傾ける程度である。
「真面目に次もっかい全裸で攻めてきたらどうするでやすか?」と三下の亜竜が根本的な疑問を口にする。
「うーん、同志と相談の結果。通せんぼしてから交渉に入るという事で意見統一がされたんだ。」とがりるんは蠢きながら対抗策を口?にするが、
「昔のファンタジーみたいに口車に乗って負けちゃうよ、そのパターン。相手はコビットだよ!昔の映画で見たんだから。」とエリーンは追求の姿勢を崩さない。
「裸のお姉さん達が攻めて来ても巨大ロボで皆殺しにした例もあるよ、オイラ昔アニメで見た。」と最近影の薄いレオさんがよく分からないフォローを入れる。
「まぁ、彼等も実力でデストラップを回避したんです。それはダンジョンメイカー冥利に尽きますよ。彼等の健闘を祈りましょう。」とバッシーさんは大人の余裕で冒険者を待ち受ける、このダンジョンを難易度ヘルモードにしたのは主にこのオークである。
正直に言うと、製図のプロであるマリッドさんの作ったマップを見てもこの会議のメンバーの半数が踏破出来るかも怪しい複雑さだ。
「あーもう、ヨグ!キセル冒険者を狩りに行くよ!」「いいでありんすよ、わちらは会議もダンジョン運営も関係ないでありんすし。」
「キセル冒険者ねえ。」俺はダンジョンカメラで地下二階の迷宮を彷徨う冒険者達の、その中のエルフの一人が持つ地図に目を一瞬向けてからまたババ抜きに戻る。
「りーりちゃん、その落書きちょーが地図なんだよね?みせてよー。」とコビットの少女ノムラがエルフの少女サトリのローブの裾を引っ張りながらねだる。
「気になるわよねぇ、それ、さきっちょだけでいいから見せてくれないかしら?」とアマゾネス男のラニも興味津々だ。
「しらねえ方がワクワクしねえか?」とストライダーの男はウキウキ顔で道すがらまた見つけた宝箱に走り寄り解錠にかかる。
「駄目です、これは外部流出したらエルフ界に悲劇訪れる重要な資料なんです。今日だって特別に持ってきたんですからね。」
「エルフ界って大げさね、でも世界じゃなくてエルフ界なのね。」「けちけちすんなよー。」
「だーめーでーす!聞き分けないならここに皆さん置いて私は帰りますからね!」
その強情なエルフの態度を見てノムラは「裏があるんだな。」と小さく呟いた。
「この先ダークゾーン!直後にワープ!ハイ、歩いて下がって走って!ワープ先は2のAか、良かったー。あれ?」
「どしたの?」「何か問題でもあったか?」「今のところモンスターは勝てない相手じゃないわよ?」
「この先、右手の壁に、あった。」
薄暗いダンジョンの一見なにもなさそうな壁にサトリは手を当てると、その壁の一部が奥へ沈み込み、地面へスライドしていった。
「隠し扉だあ!」「お宝か!?」「期待しちゃうわね。」
「いえ、資料にはショップ。と書かれています。」
「いらっしゃいませー。」とその隠し扉を潜ると、ガラス張りのショウウィンドと治安の悪そうな国の店みたいな構えのレジに一人のオークが立っていた。
「おや、珍しい。覇王側のお客ですか。何にしますか?」とオークは気さくに話しかけてくるが、名前表示を見ると真っ赤な文字で、完璧に敵対生物だ。
「こんちゃ!ソロオークだよ、ころそうぜ!」とノムラは開幕物騒な事を口にするが冒険者なら普通の反応である。
「オークック、元気なお客さんですね。このショップの防犯機能は完璧ですよ、試して貰っても構わないでオーク。」と自信満々なオークに舌打ちをしたノムラとラニとグンベイは品物を確認する。
「うーん、あら?」「ああ、これって。」店に並ぶ武器防具アクセサリ、消耗品の数々。ランクは3程度の物でレベルで言うと15前後向けの装備が自分達にあつらえた様にピンポイントで並んでいる。それよりも問題はクラフトスキルを使用して作った生産者の銘柄が気になった。
『ユニグロナムシテン』
「これ、ほとんどユニグロ製のアイテムじゃない!」「なんで巨大エルフギルドの御謹製アイテムがこんな所で売ってるんだよ。」「なんかわかってきたわー。」
「オークック、魔王軍は生産活動で覇王軍に比べて大きく劣っているでオーク、理由は装備部位の偏りとモンスタープレイでクラフターなんてマニアック過ぎるからでオークな。」
「だからってどうしてエルフギルドから物流があるのよぉ。」
「それはオークも知らないでオーク。そっちのエルフに聞いた方が早いでオーク。」
と視線を一身に浴びるサトリは顔を真横にそらしたまま、表情を殺して買い物の有無を待つ。
「お、『オルフェウスの不安』じゃねえか!」「まぁすごい、これがあれば安全にダンジョンから帰れるわね。」
その発言にサトリは長い耳をピクピクっと動かしてから。
「それは買っておいた方がイイデスヨ。後、マズイ薬も買ッテネ。」と機械的にアイテムの購入を促した。
「ダンジョンからの緊急脱出アイテムと蘇生アイテムだからな。しかし、これ量産出来るもんなのか?」
「オルフェの方は銘は入っていないから、ドロップ品よねこれ。」
「あ、そいつは1パーティー様一個までの購入にして欲しいでオーク。」
「なんでだよー、あるだけよこせよー。」とノムラがだだっこモードの振りをするが。
「これはお上からのお達しなんですオーク、勘弁してつかぁさい。」とオークの店主は下手に出てしどろもどろに言い訳を並べるが。
「お上ってどこの誰だよ。」とコビットの少女は突然ドスの利いた声で尋ねる、すると。
サトリとオークの店主はお互いに目配せをしてから「「もう人じゃないですね。」」と異口同音に答えを出した。
事の発端は結構前、地下5階を作った辺りまで遡る。
バッシー監督の指示でひたすら穴を掘り続けるダンジョンボスの俺はゲームと平行で走らせていたコミュニケーションツール『Sympaxi』に一通のショートメールを受信した。送り主は『エールート』。
エルフギルドのボスのエルフマニアが何の用だよ、と思いながら開いたメッセージはボイスチャットのチャンネルアドレス。妙に回りくどいな。
俺は単調作業がてらにそのチャットルームに参加するとそのタイミングを見計らったように、
カラシニコブ、アルカントス、エールートといったマギラ2ではよく見たハンドルネームの入室を確認した。
「皆様、招待に応じてくれてありがとうございます。」と神秘さと美しさを兼ね備える声がまずは挨拶をする。
だが、こいつはネカマだ。音声も「これがワイの理想のエルフ女声なんや!」みたいなノリで細かく細かく調整された音声ソフトを通しているのだと思われる。
「なんじゃい。わしは忙しく、なかったわ。」「どうしました、エールート。」と他の二人もこの呼び出しは寝耳に水だったらしい。自体を把握している人物は呼び出し主のみ。
「まずは少年にお願いがあります。」と俺に対しての願いだろうが。
「3歳年上くらいの方に少年扱いはされたくないなあ。」とまずは一歩下がる。
「失礼、ビータさんにお願いがあります。実は、ローパー達は現在ほぼ全てが貴方のダンジョンに集まっているのはご存知ですね?」とこっちは知っていて当たり前の質問をする。
「一応ローパーギルドがあるらしいが、そこのメンツは全員こっちにいるとは聞いてるよ。」
「そこなのですが、そのローパー達をそのダンジョンに封印して頂けませんか?」
とこれまた難しい要望である。
「うーん、あいつらの思考で考えて下さい。まずは奴等が満足する獲物がダンジョンに来なくなれば奴等もどっか行っちゃいますよ?」
「獲物を定期的に送れば満足するんですよね?」とこれまた変わった提案をする。
それを聞いたカラシニコブは「ほーん、もう談合しちゃうの?よほどだな3作目は。」と意味ありげな発言で話の腰を折る。
「談合、とまでは行きませんが。こちらのギルドはもう既に200名を超える巨大エルフギルドになりました。」
「3のエルフの方がかわいいんかね。」「オーク視点で見れば2の造形も好きでしたよ。」とおっちゃん達は冷やかしにかかる。
「なんでそんなにギルメンを保有していて覇王になれないんですか?」と俺は基本的な質問をすると。
「エルフのプレイヤーは根性が無い、これはカラシさんの定説でしたよね?」
「ああ、エルフ使いは飽きるのが早いか異様に粘り強い、が正しい説じゃな。」
「まぁ、エールートが後者ですからね。」
「実は、ローパーとオークのエルフに対する執着がストーカーじみてるのもご存知ですか?」
「そりゃそんな種族選ぶ奴にまともな奴はいねえだろ、犯罪者予備軍でも驚かないわい。」
「失礼ですね、オークは紳士の道を目指しています。ウチのギルドはその点厳しく律しています。」
「つまり、現状で火神像を要塞化して占拠するオークギルドとエーテロイドとテクチャルを封じてローパーを集めているギルド天魔。この二箇所によりオークとローパーというエルフの嫌悪する勢力が固定化されている訳ですよ。これはとても重要な事です。」
「…ワシ関係なくね?」「談合のプロとして意見を聞きたくお呼びしました。」「それもどうよ。」
「えーと、つまり、エルフ達、いや、ユニグロは保身を図りたいんですね?精神的な。」と俺はエールートがズバリと言わない核心を容赦なく突く。
「オークとしてはせっかく敵対になったエルフと遊びたいのだが。」
「だからといってエルフだけを付け狙うのは止めて頂きたいんです。」
うーん、まずはお願いで穏便に済ませる気か。そうはいかんよ、だって無理だもん。
「見返りは?」と俺は短くエールートへ牽制を掛ける、タダでは出来ないプロジェクトを進める気は無い。
「ウチのギルドで作ったアイテムの横流しではどうでしょうか。魔王軍はクラフター不足と聞いています。」
「弱い、作れはしなくても敵からはがす分で十分賄えてる。それにウチのダンジョンは難攻不落になりつつあるからな。」
「難攻不落になったダンジョンは挑む人がいますか?」
あいたー、そこを突かれると弱い。
「開発者が悪乗りで作ったクソ難易度のエンドコンテンツは放置される。誰もやらないと悔しいから報酬をあからさまに良くした場合はライトユーザーがゲームから離れて廃人しか残らなくなる。ネットゲーの歴史じゃな。」
「エルフ、ライトユーザー多いですからね。」「差は激しいがな。」
「どう、手を組む?」俺は遠まわしな腹の探りあいを出来る年頃では無いが、良い悪い、出来る出来ないの判断は出来る年齢だと思う、思いたい。
「恐らくあれだけ複雑なダンジョンです。マッピングをちゃんとしているのでしょう?それを最下層以外の分を譲って頂きたいのです。」
「マップは確かにある、無いと迷いますからね。」
「なんだよ、そんなおもしろいモン作ってるなら今度遊びにいくわい。」
「噂では検閲の検閲より面倒なワープと迷路が組み合ってるらしいですよ。」
「マジか、方眼紙買ってこないと…。」
「条件は、生産品。やっぱこれは欲しい。それとデータの流出は防ぐこと、これはお互いというか、そっちの為になるのが大きいですよね?」
「そうですね、分かりました。握手が出来るならすぐにでもしたいくらいですよ。」
「我等のオークギルドに対する問題は?」
「あ、火神をそのまま守っていてください。エルフは火神信仰取りませんので。」
「いや、強いから取るじゃろて、逆になんで取らないんだよ。」
「だって、イメージと合わないじゃないですか。私はエルフ達とエルフらしい生活と空間を作りたいだけです。火属性の攻撃だの覇王軍がどうなろうと知ったことではありません。むしろテクチャルやエーテロイドになる予定だったユーザーがエルフに流れてくるので悪い事でもありません。」
「こいつ本当にブレねえな。」「最初はまともな人だと思っていたのですがね。」
「エルフはいいですよ、古典ファンタジーや神話の小話でもそうですが…。」
とエールートのエルフ語りが長々と始まったので聞き流す程度にして作業へ戻る。
この辺りから勢力超越組織『マギラ3ちゃんを救う会』が発足したといってもよい。
「一番上はエルフ!」「エルフ!」
「一番下は触手!「ぬっちょんけ!」
「そして真ん中ドラゴン!」「ドラゴン!」
「談合三兄弟ぃぃぃ!」「談合さんきょおうだいいいいい!」
ショップで買い物を済ませた後に続く道には地図に『イベント』と書かれていて、そこにはつり橋の表記がありました。表記はゲームっぽいのでは無くて工業規格の表記なのかでおぼろげには分かりますが、吊り橋の先で妙な歌を歌うモンスター集団がポージングしている様子を見た時、私はギルマスを恨みました。
「それではお客様、チケットを拝見しても宜しいでしょうか?」と巨大なドラゴンがこちらをぎょろりと睨んで地から響く様な恐ろしい声で我々ツアー客を歓待した。
・設定
脱出アイテム『オルフェウスの不安』
ダンジョンからの脱出アイテムを何にするか、某RPGの「アリアドネの糸」ってすげえいいワードだなと思い、色々神話を思い浮かべながら思い至ったのがイザナギとオルフェウスのあの世からの脱出神話。
でもこれ駄目な例だよね。
次点、映画「大脱走」での「トンネルハリー」。アイテム?