A012.ランニングインピーダンス
金属球のボスは、その後また一回全滅した後の3回目の挑戦でやっと撃破出来た。
「初見で2全滅程度なら上々じゃねえか。」とギルマスとチビパンさんが言い合っているが、俺はもうちょっと全滅するかなーと思っていたのでレイドグループメンバーの脳筋指数を少し低く見積もる事にした。
ボスを撃破した後には広間の奥に光の門が出現していた、それが恐らく次へ進む道だろう。一同はボスのドロップアイテムの性能をお互いにチャットへ貼り付け、効果や使い道について議論しつつ進む。
次のエリアに踏み入れると、見渡す限りにバグっていた、まず画面の色が白黒に近くなり、至る所に放送禁止用に使うモザイクや変な砂嵐みたいな状態が発生している。
ギルマスが「あのザーザー鳴ってる所、アナログテレビのなんだったか、今の若い者は知らんのかな。」と興味深げに電子の砂嵐を見つめていた。
そこへキールさんが「確かスノーノイズという奴だな。」と説明をしてくれる。
出現する雑魚モンスターも少々変わり、メカニカルな敵から不定形だがスライムとも言えない姿の敵へ変化してくる。
前の通路にも出た『'|}O%5/\σ』というバグりモンスターや、P450というきしめんが絡まったようなモンスター、でかいゴキブリ。でかいゴキブリはなんで出てくるんだよ。しかも妙に作りこまれてるし。
そのでかいゴキブリを見たギルマスを含む一部の人が「あかん、ゴキだけは駄目。」と顔を背けながら戦っている。
「ゴキブリ嫌いの近接攻撃職には地獄だな。」「このゲーム、妙に作りこまれたアンデットとか気持ち悪い虫モンスターとか多いよね。」「プレイヤーの心を折りに行くスタイルだからな。」と愚痴りあい積極的にゴキブリへは挑まない。
「ゴキブリのボスが居ませんように。」と誰かが呟いたがまったく同感だ。
『ブリザードノイズ』正方形のボス大広間に辿り着くと中央にそういう名前の巨大ノイズが鎮座していた。
広間の4隅には金属製のボタンがあり、地面は縦横の長方形の白いタイルで敷き詰められている。イメージとしては真っ白な畳部屋が近い。
それを見た一同はまた溜め息を付き「また床ギミックか。」とささやき合う。
ボスに接近しない様にギルマスが広間を壁沿いに回りこみ、金属ボタンに近寄る「お、このボタンは昔じい様の家にあったテレビの電源ボタンにそっくりじゃわい。」と言っているが何年前の物だよ。
と同様にギルマスが周囲からの突っ込みを受けたが。
「何、たったの70年程前じゃないか。」と答える、あんたも生まれてない時代じゃないか。
「ギミックは床とボタンだろうな、まずは全滅して考えようや。」とのギルマスの意見により、各々が補助魔法を開始、号令とともにノイズへ向かって突撃をする。
今回のボスは最初からダメージが通る代わりに滅茶苦茶硬い。そして、挑発でタンクがボスを引っ張ろうとしてもボスの位置も変わらない不動の砲塔だ。ボスのターゲットと向きは変えられるみたいだ。
各々が全力でボスに攻撃を加えていると、途中で背景から『ピーーー』という音が聞こえ、ボスと地面に色が付き始めた。ボスの色はピンク、床の色は敷き詰められた長方形ごとに青、赤、緑、水色、黄色、灰色、黒、とピンク以外の色が付いた。
これはまずいかな、と思い周囲を見渡すと、4隅にあったボタンが光っている。このタイミングでボタンを押せという事か、とサブタンクである自分は微妙に暇になっているのでボタンへ走り寄ろうとするもボタンまでに思う様に足が進まない、自身が鈍足の状態変化にかかっているのが分かる。
戦術スキル、中央突破の陣、戦術撤退使用。このスキルは味方グループにも効果があるので予めボス戦用に掛けていただろう、戦術スキル方陣を打ち消してしまう。
「うひ!」とボスの目の前にいた人々が防御力低下により数人動揺するも、もしギミックが作動すれば全滅だろうから無視をする、もしこの考えが駄目だったら後で素直に怒られよう。
俺は部屋の隅にあるボタンまでなんとか辿り着き、ボタンを押す、すると地面の長方形タイルの一つがピンク色に変わった。しかし、そのピンクタイルはボスや味方の群れからは遠い。
直後に敵ボスと味方全員が分身する様な、ぼやける様なエフェクトが起こり、俺がピンクのタイルへ逃げ込む前にボスも味方も大爆発をした。まずは1全滅。
「はい、作戦タイム。ビータ君説明よろ。」とギルマスは俺に丸投げする。参加者の半数以上は初参加とはいえ、レイドクエストは熟練者のはずだから検討は付いているだろうが何も語らず。
そういうプライドいいですから。
「まず、ピー音が聞こえたらボスの色が変わります。」
「うむ。」
「次に広間4隅のボタンが光るのでそれを押します。」
「「ふむふむ。」」一部の人間がわざとらしい相槌を付く。
「押すと床のタイルがボスと同じ色に変わるので、たぶんそこが安全地帯です。」
「ただ、ボタン一つだけ押しても安全タイルが遠かったり、ボスと離れすぎるので4つ全部押してみたいと思います。」
「てーことは遠距離攻撃職かサブタンクで4隅のボタンを監視だな。」とギルマスは言い、身内からボタンを押すための担当者を選抜した。
「あ、お兄ちゃん!」なんだいも・・・ってお前は違う。とSevencharが珍しく発言をする。
「ダメージログ見てたら、ボスの爆発と味方の連鎖爆発の名称が違うから、爆発タイミングにはボスから一回離れた安全タイルに逃げたほうがいいよ。」と廃人らしい着眼点で意見をくれる。
「ボスがタイル関係なしに爆発する可能性ありか、ボスの攻撃は強力な単体DDだから、それを同時に食らうメインタンクは大変だな。」
「三国一硬いメインタンクだから大丈夫じゃない?」と周囲から声が上がるもその言葉に
「照れちゃうじゃない。」と言いながらSevencharはマッスルポーズを取った。
「テイク2!行くぞー。」とギルマスは号令を掛けて皆でボスへ挑みかかる。4隅のスイッチには今度は最初から人員を配置した。
すると今度はボスから4隅のプレイヤーに対してエネルギー弾の様なものを定期的に発射するようになった。このエネルギー弾は緊急回避可能ではあるがガード系スキルは貫通らしく、更に一撃が痛い。
4隅の担当になった俺や他の3人は硬いもしくは相当な手足れであるチビパンさんとアニタさんと跳び陽炎さんである。この人達は重装備や盾持ちではないものの、緊急回避やポーションを駆使して、そのボスから継続的に出るエネルギー弾をなんとかしのいでいる。
無理に4隅に張り付く必要は最初から無いかもしれない、これがハード難易度になっていればリソース不足や事故死は避けられないだろうし、色付く時に中央のボス付近からボタンへ走ろうと思えば間に合うか。
問題は、必死にボタンを押すために走った後ですぐに安全タイルへ逃げ込める精神的な余裕があるかどうかだ。そこが今後このダンジョンのハード難易度で来る場合の課題だろう。
『ピーーー』という音が広間に鳴り響く、ボスの色は緑色に染まり、それと同時に4隅の4人がボタンを押すと、今度は地面全てのタイルが緑色に変わった。
しかし、ボスの砂嵐姿が拡散するようにブレ始める、ボスの爆発は確定か。それを見たメインタンクのSevencharは後方へ緊急回避を2回行い大幅に後退する。
今度はボスだけが激しい音と共に大爆発を起こした。その巨大な爆発を分かっていても巻き込まれ戦闘不能になったメンバーは数名出た。さっきより爆発範囲が明らかに広いので仕方ないね。
そして倒れた一人であるデビルの少女曰く、「ガードしてもダメージ900でした。オーバーキルもいいとこですよ。」と倒れながら呟いた。
その直後に『'|}O%5/\σ』が地面から4体湧き出てきた、まずい。サブタンクの仕事来ちゃった。
そのバグったモンスターはタンクが引き受けるには余裕だが、DPS職がこいつに張り付かれると結構な速さでMPが溶ける。
ああもう!と思いながら俺は新手の雑魚4匹に挑発を使用しながらボスからのエネルギー弾を耐えようとする。
もりもりとMP等のリソースが削られるが、そのピンチな俺を見て空気を読んでくれた人々が「雑魚処理優先しろ!」と言いながら範囲攻撃や召喚ペットをこちらの方へぶつけてくれる。
それで倒しきれればいいが、まずはボスの爆風で倒れた味方の復活が優先だ。
倒れた味方を起こした後のグループ建て直しが終わる前にまた『ピーーー』音が発生したので4隅の4人はまたボタンを押す。
この間にボスへ近寄るのは危険なので、ギルマスが「この間にサブタンクが持っている雑魚を処理しろー!」と的確な指示を出してくれる。正直言うとちょっと落とされそうだった。
これでボスの攻略パターンは安定したと見える、後は段々とボスのMPが減るにつれてピー音の発生間隔が短くなってきたのが厄介だったが、なんとか無事1回の全滅だけで倒しきることが出来た。
こいつを倒すのにかかった時間は最初のボスよりも全滅を含めても2倍はかかった。
これでやっとダンジョンの半分くらいか?
ここでギルマスが一度「トイレタイムを5分取れ。」と言った後に。
「ところで爆発するときのあのキャラがブレる演出かっこいいよね。あれなんだっけキール君。」
「一昔前のテレビが電波受信の失敗で起きるゴースト障害という奴じゃないか?」
と余裕そうにパイプ煙草をふかすモーションを取りながら雑談をし始めた。
小話
・トイレタイム
長い拘束時間を要求するレイドクエストではこの時間は重要である。これを考慮しないリーダーは女性陣からの友好度が下がるのでクエストの途中でも頭の隅に入れて置こう。
筆者が一番苦しんだレイドクエストはDDOの全員初見VoN、かかった時間は11時間くらい。でも楽しかったよ。