002.上意討ちってなんだよ
先日の戦いと結末が心のトゲになっている、それがチクチクと痛むが時間と次の戦いが癒してくれると祈るがその日の授業は案の定頭の中を素通りしていった。学校から帰ってすぐにHMDとパソコンに電源を入れベッドの上にあるフットペダルに足を合わせ左右の手にハンドコンソール装着する。
マギライゼイション2の起動を選択、もの悲しく切なくなるBGMを流しながらのログイン画面で顔認証と簡易虹彩認証をパスしログインを果たす。
一応存在するIDとパスワードのログイン方法は別のゲームでアカウントハックを受けて以来やめ。
昔のHMDは顔認証と簡易虹彩認証が出来る仕様ではなかったので、大枚を叩いてこのゲームを始めると同時に最新のHMDを買った、もっとハイエンドになると匂いまで伝わる念じるだけでボタン操作が増える物もあるらしいが無論お値段もお高いので学生でアルバイトもしていない自分には買えた物ではない。
実はこのログイン方法でもやり方次第でハッキング出来るのだが、ゲーム会員登録画面で『私はIDとパスワードを使用せずにログインします。』という項目にチェックを入れれば電話サポートのオペレーターを騙す以外には本人以外のログインが難しいので他人のアカウントを乗っ取って売るという行為等もまず不可能。
それに、このゲームでハック後に奪われて困る物はレア素材系くらいであり、武器防具装備は装備された瞬間に持ち主が固定されトレード不能になる上レジェンダリーやレリック装備以外たいした物ではないし、貨幣は一応役に立つが欲しい装備や生産品は所属しているギルドからほぼ無償で配られている。
自分は現在ギルドでは兵士区分なのでレア素材を拾っても全てギルド倉庫に投げ込んでいる。
このギルドから無償で必需品が配られる所がミソなのだが、自分の所属しているギルド『永久凍土』ははっきり言うと共産主義だ。兵士は兵士として活躍を期待され、生産者は生産者の本懐を尽くす、機械の様にPvE(人間対モンスター)に篭る人物もいる、専業は当たり前だと思われ物資のやり取りに金銭がまったく動かない。動くとしたら博打の時だけだ。
その代わりレアな素材集めやレイドイベントをこなす為に、主に土日のコアタイム(午後7時から午前1時くらい)をこのゲームとギルドに捧げなければならない。
しかし、ギルマスがいつも言ってるように「人間の集中力はネットゲーでも平均2時間くらいじゃの。」というコンセプトの為に、コアタイム中をフルで動員される事は無い、なぜならギルマスは早寝だ。
上記の事をログインして草原帝国の北東にある副都『ノヴォハン』の個人ショップやギルドショップを見ながら考える、ショップに出せる素材や未使用のレアランク装備でもドロップ品は単体特殊性能やセット効果が付いているのでこまめに探すと掘り出し物やパズルのピースの様な装備が見かける。パズル装備は買ったらギルド倉庫に放り込む、誰かが揃えて使ってくれるだろうと願いながら。
ノヴォハンは帝国首都『デイハン』よりNPCやプレイヤー人口は少ないが、ここから北東には『邪竜氷山』南東には『ドワーフ殺しの山』南には『大獣草原』といったPvEに打ってつけの狩場が広がり、PvEや素材集めをするには最高の立地である。東方帝国内のガチ勢力(ネットゲー廃人集団)は大体このノヴォハンに集まる。
ウィンドウショッピングしつつその足でギルドホームへ向かう、ギルドホームは軍区と商区とスラムの3つから選べる。軍区はデルタゾーン(戦場)へのテレポートステーションが近い、商区はショップが見易くパブリック生産所も近い、スラムは犯罪者状態に陥ったプレイヤーでも衛兵に見つからずにホームへ入り易い等の特典があるもホームの維持費はどれも結構高い。
軍区のギルドホームの扉を開くと室内はレトロ中世な内装でゆり椅子に座ったメンバー達が中央の北欧風暖炉を囲むようにボイスチャットで雑談をしていた。そこへ物憂げな顔をしたローブ姿のトロルから声を掛けられる、彼の名前はチビパンと言う。
せっかくだからチビパンさんの説明をしよう。チビパンは種族トロル、スキル構成は召喚と信仰魔法といくつかのCC、つまり足止めスキルをメインで戦う。トロルという前衛御用達の種族で召喚職を選んだのには理由がある。トロルには力と耐久力が高いという種族ボーナスの他に、最低物理ダメージ保証というボーナスがある。チビパンの武器はロッドであるが、このゲームでのロッドは攻撃力がゼロに等しい。しかし、これにトロルの物理ダメージ保証が加わるとダメージの与えられるロッドになる。
例えば敵魔術師の魔法詠唱を妨害をするには妨害スキルか術者を何度も殴るか大ダメージ一撃与えると言った条件が必要である。
チビパンは自身の召喚した複数のスケルトンと一緒に本人が敵の魔術師へ一斉に殴りかかり専業魔術師を完封するタイプのネクロマンサーである。
この戦闘スタイルを見た敵はそのトロルの外見もあってか「こいつ前衛召喚なんじゃね?」と思われ弱点である敵DPS達による集中攻撃をあまり受けない。大体CC(足止め)スキルか魔法を食らって放置され、最初の犠牲者にはなり難い、完全PvP(対人)型の、つまり自分と同じ兵士区分だ。
「やあ、ビーさん。ギルマスが呼んでたよ、別に急いではないみたいだったけど。」
トロルの外見は厳つい岩巨人である上、ゲームのボイスチャット変換機能に『トロルボイス変換』等と言う謎のフィルターがあり、その発音は低く、ごりごりっとした声に変換されている。温和なそうな肉声も迫力のある声に変わっていた、この声を聞く度に「このゲーム未来に生きてるな」と思う。
この暖炉のある広間を奥へ回りこみ出口から正面壁中央にある木製の大扉を開ける、その部屋はコンクリート張り部屋で中央に長大な長方形のテーブルがあり、そのデーブルに付属する椅子の一つに総白髪で後ろに髪を束ね、変な髭を生やした隻眼のドワーフが座っている。
ここはよくあるギルドのマスタールーム、玉座の間と言った訳では無いがそれと同等の部屋だ。
ギルマスは「議会場」と呼んでいる。ギルマスは己を支配者ではなく議長だと言い張っている。ギルド情報のメンバー画面で役職を見ると確かに普通はギルドマスターと表示される部分が『議長』という階級になっている。
「ギルマス、用事でしょうか?」と自分は呼ばれていたらしいので尋ねる。
返事もせずに少し沈黙した後ギルマスは何か言おうとして、やはり考え込む様な顔をして答える。
「まずは昨日の件を謝りたかったのが一つだな、すまん。ラダーの魔法切れちゃってたわ。」
と、その言葉に自分は胸を撫で下ろす、あの勝負は本当に危なかったから痛み分けの結果で問題はない。
しかし、嫌な予感がする。正直その話題は忘れたいので自分の修行に励みたいのだが。
「他には、にょっきりから連絡があってな。」
「西方大手ギルドのマスターですね。」やはり嫌な予感がする。
「うむ、あいつの言によると、お前が戦ったあの剣士、コラーダがあの転落死後に行方不明となったらしいわ。」という言葉に「え?」と自分の思考が回る。
ケース1.自分を殺しきれなかったのでクソゲー!と叫び引退。
ケース2.心が壊れて引退、正直あの人は頭おかしい方面の人だと思う。
ケース3.恥ずかしい顛末な為にほとぼりが冷めるまでサブキャラで活動。
「たぶんその考えのどれかだろうな。いや、考えることは皆同じじゃよ。」と心を読みにきたドワーフ、こいつエスパーか。
「そこでだ。」と明るい声に変わるギルマスへ「面倒はゲームのシステム面までにして下さい。」と釘をさして置くが「そこをなんとか…。」と言われると仕方ない、改まってギルマスの言葉を待つ。
「ゲーム中を回ってコラーダを探し出し、再戦をして欲しい。無論、バックアップはする。」
え…あれをもう一回!?「理由を伺っても宜しいでしょうか。」しかも探すの!?
「あの試合の反響がオチも含めて大きくてな、このゲームはベータテストからはじまりもう5年にサービスされていてユーザーの減少やプレイヤーの新規獲得が難しくなっているんじゃよ。」
「まぁ、5年も生きればMMORPGとしては悪くない方だと思いますよ。」
「ですが、それは運営側で対処すべき課題なのではないでしょうか、ここが潰れてもみんな他の新しくおもしろいゲームを探すだけです。」と自分はギルマスに「このゲームと心中するの?」といった感じで問い詰めるが。
「たぶん、無い。」という無常な返答であった。
「探してもいないのにですか?」と自分はよく分からない追求を続ける。
「いや、めっちゃ探してる。たぶん日本でトップクラスにネットゲーを放浪したわしの網にすごいゲームの情報がかからんからな、あっても英語のみ対応だ。」と悔しそうにギルマスはテーブルをドンドコ叩いた。
「自動翻訳AIがもう少し発展すればいいのですけどね。」と自分は人事の様に最新テクノロジー、科学の神がいればそいつに期待しよう、そいつに祈ろうと思っている。
「でも洋ゲーはグラフィックがバター臭い。」とギルマスは他国との文化的及び美的感覚に異議を唱えた。
「このゲームも洋ゲーじゃないですか。」と内心溜め息だらけであるが容赦なく現実を突きつけてやる。
「このゲームのテクスチャは日本運営による公式MODじゃよ、北米サーバのマギラ2はバター顔じゃ。」と悲しそうな顔をギルマスはした、いい歳して実にあざとい同情の買い方だなあ。
短い沈黙が起こった、この沈黙には自分から切り出した。
「…先の戦いで遅れを取りました、あの戦いは恐らく私の負けであったかもしれません。」と正直に吐露する。
「そうかもな。情熱と冷静さの価値に貴賎は無いと思っているが、結果は出るからな。」とギルマスは突如として戦う人の顔に切り替わる。喜怒哀楽激しすぎやしませんか、モーションキャプチャー働きすぎ。
「今一度剣の修行をしたいと思います。出来るならば、自分は今いらっしゃる『跳び陽炎』さんとのデュエルと特訓を望みます。」と俺は次は負けない為の決意を表明する。
「うーん、どうする?カゲロー。」とゆるい声でギルマスは虚空へ語りかける。
その影はギルマスの椅子の死角に居た。常にギルマスに影として張り付く剣士、暗殺者に対する絶対的なスキル構成を持つギルド一だろう技量の剣士『跳び陽炎』。
「主の心のままに。」影はそう小さく呟いた。
「わしとしてはお前さんが身内よりと戦うよりもっと大きく出て度胸を付けた方がいいと思うんじゃ、いっそVRガンシューティングでショットガン縛りとかもいいが、そっちいって帰ってこなくなったら寂しいからやっぱ勧めない。」とギルマスはプイっと顔を横に向けた。
「そこで話は戻るが、全世界、それもフェーダーワールドも含めてコラーダ探して欲しい。名目上は『果たし状』としてだ。更に申し訳ないんだが…。」
「何か…?」ギルマスは厚かましいなぁなぁ男なので面倒しかパスして来ないが、今回は何だ?
「新規プレイヤーがウチに加入したんでそいつの観光とスキル上げに付き合ってやって欲しい、全国巡りをするなら丁度いいじゃろ。ほれ、ロドリコ、出てきなさい。」
ギルマスが手を叩くモーションをすると、議会場の横にある控え席の扉から一匹の獣人が現れた、青い毛並みに白い縦模様、大きいくりくりとした黒い瞳、丸っこいリスの様なでかい尻尾、頭にはテンジクネズミ(マーラ)の様な耳が乗っていて、格好は肩掛けのカバンに短パンだ。あざとい!
テトテトと自分の前にその獣人は歩み寄り頭を下げ言った。
「ロドリコと申しまっす!よろしくおなしゃす先輩!」彼は熱血系らしい。
つい口にしてしまう。「えー。」という言葉の後に短いのか長いのか分からなかった旅が始まる。
設定
・フェーダワールド
ビータ達が活動している表の世界ともう一つ裏の世界がある。
表世界地形をミラーリングされたその世界には基本的な衛兵やNPCも居ないし国家も国境も無い。
ただただ人波の無い世界だが、所属国関係の無いギルドで徒党を組めて、ギルド単位で首都や街や村や皇帝城を占拠する事が出来る。
占拠した場所は自分達でゴーレムや傭兵を召喚し防衛しなければならない上に賑やかにしたいならベンダー(売り子)や群集NPCを導入するべきだろう。落す方も落とされる方もカタルシスを得られるでしょう。
フェーダワールドの物資は表世界には持ち込めないが表からフェーダへ持ち込むことは出来る。
戦うに当たっては攻撃が同じギルドの味方やパーティーにも当たり判定が出たり、その気になれば隠密を極めたプレイヤーが戦闘一切なしに敵ギルドの宝物庫や宝箱を荒らしたりも出来る。ソロギルドで皇帝城を手にしてその時に付与された「皇帝」特性で無双の限りを尽くした重魔法戦士も伝説として残っている。
本家の海外版ではこのフェーダワールドの方が人口が多いそうな。
なお、死亡時に装備のドロップが確率(高い)である、レジェンダリーもレリック装備も容赦なく落ちる。
40年前のネットゲーに回帰したかもと言われるこのゲームでかつての名言は復活した。
表の世界で気に食わない奴に言うその一言。「Fなら殺してる。」と。
9/9改訂、3ヶ月前に急ぎ足で書いた作品なので誤字が目立つ、伏線は割りと回収出来ているので安心。