準終章.『ボク』等終わろう、お別れしよう
2ヶ月程前。
「おはよう、煉獄。」
私しかいない家でそう呟く。
朝食を最低限取り、身支度を整え制服に着替え家の鍵を閉め牢へ向かう。
「ユウウツダ」電車に揺られながら学校へ向かう、満員電車では無いが席は座れる程空いてはいない。「ネットゲームがしたい。」心は既に判定負け。
「アア、ムイミダ」授業をやる気なさげに進める教師、こんなものが将来何の役に立つのだろうか。
昼食は誰にも見られない場所でささっと済ませスリムフォンでマギラ2の情報を集める。
夜勤明けプレイヤー達のちょっとおかしい書き込みが専用スレッドで目立つ。
機械的に午後の授業をやり過ごす。
人間性を殺せ、私は機械だ、機械だ、今人間に戻ってしまうと涙を流すだろう。
クラスの女子達が「筑紫さん、これからどこか行かない?」とか「ユウリカちゃん、今日も家事が忙しいの?」とアクティブソナーの様に探りを入れてくる。
私は貴方達の玩具には死んでもならない。
私の『家庭設定』としては我が家には両親が不在で、私は家事や遠方の母の仕事の手伝いが忙しいという事にしている。
彼女等に悪意は特に無い、やる気の無い教師にも通勤中で見かける変な人にも隣人の世話焼きおばさんにも悪意はない、全てが等しく灰色に見えるだけ。
家についたら手早く家事を済ませる、最近は良い家電が多いので家事なんて何もしてない様な物だし、夕飯は電子レンジで暖めるだけの配達されたディナーパックだ。
母の手伝いは一応やっている事になっている、そう口裏を合わせて欲しいと母に願ったら快く承諾してくれた。
最低限の事を終わらせると、いつもの通りベットに寝転がりハンドコンソールとフットペダルフレームを体に合わせHMDを被る。
電源ON、ログイン。
「今日も倒そう、倒そう、目に付くものは全て倒そう、墓場に咲く花の様に生きよう。」
戦場、そこは唯一の心の広場。
「敵を打ち砕け、悲鳴を上げろ、恐れ戦け怯えろ竦め!蜘蛛の子散らす如く私から逃げるが良い!」
うん?敵の魔法で作られたマジカルラダーから一人先頭を切って走る戦士が見える。
よし、いっちょボコってやるか!
あれ?こいつなかなか強いぞ?あれ?楽しい?もしかして楽しい?ノーザンやゴリラとは違い人間性を感じる戦い方だけど、それでいて強い?
相手の眼を見る、真剣そのもの視線だ。
男の子にこんな目で見つめられるのは生まれて初めてかもしれない。
口元が少し上がり体が震えてくる。
恐怖?いや、歓喜?どちらも無縁だったから分からない、でも言ってしまいたい、楽しい、楽しい、楽しい、もっともっともっと!と訴えたい。
その一時は踊りの様に、決闘の様に、協奏の様に。
この楽しい時間は最低の終わり方をした、敵のマジカルラダーが消えて二人揃って転落死だ。
最低、最低、あの男(敵ギルマス)はそんな気遣いもできなかったのか。だから母にも逃げられるんだ!
キャラクター設定をオフライン状態に変更し父へ電話を掛ける。
「ふざけんな!あんな楽しい一時を台無しにしやがって!」感情に任せて親に怒鳴ったのはこの時が生まれて初めてだ。
父親も「えー。」と最初は困惑していたが自体はすぐに察したらしく。
「ではワガママなお姫様、君はどんな笑劇を望む?」と父は悪魔の様に囁いた。
*
エーテロギア暦第二期957年門番の月8日、皇帝城の中庭。
叫ぶロドリコを宥めてから自分達はすごすごとギルドホームへ戻る事にした、去り際に少し気になった事をノーザンライツのサブマスに尋ねる。
「なあ、あんたらはなんでそこまでゲームに全てを投げ捨てれるんだ?まるで仕事中毒者の様だ。」
トロルの詩人ハッチマンは、なんだそんなことかと言わんばかりの声で返事をする。
「愚問だな少年、仕事なんかに心からの本気を出せると思うか?9割の人間は無理だ、私が保障しよう。遊びだから全身全霊なんだよ。」
周囲から別の声も聞こえてくる。
「でも経営者だったら本気出すよね。」「自営するネタと資金がねえよ。」
こいつらも『普通』は辞めているが『人間』ではあるんだな、人間の限界を達成していて超人では無い境目の狂人。
「それに少年、我々はゲームに人生を賭けている、つまり博打遊びでもある。つまり同じ土俵に立てばフェアプレイだよ。」
「胴元がたいそう喜ぶ賭場だな。」
「それが良いネットゲームの礎となるなら我々は喜んでミキサー車に飛び込みコンクリートに骨を沈めよう。」こいつらはかなりの物を捨て去ってしまったのだろう、だから強いのだろう。
「そう、では狂人達の宴よ、さようなら。また会う機会があったらよろしく。」
「宴の席は君に開かれている、『普通』が終わりを告げ全てに絶望したら我々は暖かく君を歓迎するよ。」
自分達はきびすを返し皇帝城を背にした。
ポータルは同盟ギルドにも使えない様にしているらしいのでフィルモアまで真南へ走る。
心の中のモヤモヤしてた物が晴れてきた。
目の前には地形状態『濃霧』が発生してるが、自分の心とキャラクターはその霧を迷うことなくつき抜けた。
*
さいたま県内のとある一軒屋、電灯も点けず暗く生活感と女らしさの無い部屋のベッドの上で少女の顔にHMDの明りが反射している。
家にいるのは私だけ、ずっとそう、何年もそう。ほぼ一人で暮らしている。
顔認証、簡易虹彩認証通過、最近ではログインをする度に口元がつい大きく歪んでしまう。これは抑えないと、バレテシマウ。
手を当てて無理やり口を押さえ様とするがハンドコンソールのままでは押さえれない、鼻先が痒くなった時につらいよなあコレといつも思う。
ログインを果たしギルドホーム広間を見回す、ギルドマスターの顔が目に入る。
そのドワーフの顔は父親と同じ様な見た目だ、半年くらいに一度帰って用事が済んだら職場へ戻る父親に似ている、ハラガタツ。
少しフユカイダ、ツマラナイナ、犬の様に待つ。
誰かがログインしてきた。ア、センパイダ!センパイダ!センパイ!「先輩!!」
*
ギルドホームへ到着し情報を頭の中で整理する。
まずは果たし状の出だし、この時点で既にうさんくさかった。
そもそもギルマスとにょっきり大臣はツーカーだ。
それはオフ会や動画配信での仲良しさを見ればわかる、あいつらはグルだ間違いない。
世話焼きのチビパンさんや情報通のキールさんは果たし状の件については一切触れてこなかった、つまりある程度は察していた。
そして、最後に大きな情報となった『コラーダはサブキャラで毎日ログインしている』という事、
これはコラーダがギルドやフレンド表示オフラインで毎日ログインしていたという事になる。
コラーダと入れ替わるように出現したキャラクター。
ハッチマンは言っていた『コラーダは最初から知っていた』これだ。
果たし状の件を最初に言い出したのはギルマスだ、それを最初に聞いたのは自分と控え室にいた…ギルマスの娘。
『子供の強みもある、これが君の知りたかった質問の答えの一つだよ。』
自分は横を振り向きそいつをあの日の眼差しを意識して見つめた。
*
先輩が考え事をしている、真剣な眼差しだ。
以前はこの眼を正面からぶつけられたが真横から眺めるのも良いよね。
見ていて飽きない先輩の顔、イケメンかと言われればそこそこかなーと思う。
ネットゲーにハマったイケメンは残念になるけど先輩くらいなら丁度良い。
父親に嫌々願って手に入れたこの特等席だけど、正面からまたいつかぶつかりたいな、両方出来ないかなー。
あ、先輩がこっちを見つめてきた。
良い目だ、このまま時間が止まれば良いのに、綺麗なアクセサリーよりもお金よりも先輩の瞳の中が良い。
あ、あ、口元が、駄目、堪えるんだ、まだ笑うな、いつもの通り「何見つめてきてるんすか先輩。キャッ。」とか言って誤魔化すんだよ。
言うんだよボク、駄目だ、まずい、心が躍る、堪えてください・・・駄目だ、ひゃあもう我慢できない!サヨウナラ『ボク』。
*
ロドリコを注視している、するとピクっとロドリコは動きを止めて目を白黒させ始める。こいつじゃないのか?と一瞬考えたが反応がおかしいのでまだ見つめる。
集中する、目の力で相手を炙り出す様に、焼き焦がす様に。するとロドリコの口元が突然ニヤァ!と大きく歪んだ、その口の曲がり具合は2ヶ月くらい前に見た狂戦士の口元、その目じりはあの日一緒に踊った剣士の形。
「ロド!」と自分は叫ぶ、しかしその瞬間ロドリコは目の前から姿を消した。
・学校は無意味か?
筆者若い頃は「こんな教科書参考書なんざ尻を拭く紙にもならねえ!そんな事よりバイトとネットゲーだヒャッハー!」でしたが、大人になってまともな仕事に就くと学業の影響はマジである。
特に何かのはずみで技術者になってしまう人間は数学と英語は忘れない様にした方が良い。特に英語はこれからもっと需要が増える。グーグルで翻訳を自動にしてくれる?
ハハッ!世界中にWifiがあると思うなよ。
・仕事と学校辞めてギルド活動してくださいの甘さ。
筆者のネットゲ暦16年の経験から言えばニートギルドは強いが長生きしない。
彼等はイナゴの様にネットゲーを跳びまわり一般ユーザーを萎えさせる害虫である。
それにニートは心が弱い、例え義務感があったとしても身体年齢と精神年齢が最強に合致していない。
じゃあ最強はなんだっていうと、自営業と大学生、これはマジ。
大学生は薬物中毒者の様にゲームへのめりこむ環境があり、自営業者は心と資金力が強い。
ネットゲームが世界にもっと広まればゴルフ辺りの古いスポーツから資金がゲームに流れ込むので給料の出るネットゲーマーは発生すると思う。だって筆者がお金持ちになったら絶対ネットゲームプレイヤー会社作るもん。これが本当の最強になると思うが、これもある意味害獣の類になるかもしれない。
10/10 改定 この頃めっちゃ勢いある芸風だったのな