010.ギルマスワークス本編断章3『南を戦場に連れてって』
舞踏の月4日。
南方森林同盟最大手ギルド『シマムラァ』のギルドマスター『緑の女王エールート』は困惑して答えた「え?戦争行きたいのぉ?」。
この日も緑髪で美しい顔立ちのエルフ女である『彼』はメンバーの一人からとても遠まわしなアプローチを受けた。
曰く、要約すると「南方にはエルフが美人だから来たけど、ゲームの売りの一つである戦争が全然楽しめない。敵はわいわい野良集団で日夜戦っているのにウチは全然戦争に出ない。不満です。」との事。
エールートは心で呟く「南方、PvEのみで満足出来ないならばPvPはウータンのキャラ作ってゴリラになるか他国へ走るしかないんじゃね?」
しかし、それをいっちゃあおしめえよ。エールートはふむむ、と考えるフリをする、優美な眉毛が片方跳ね上がる。
エールートの隣で初老の魔術師オークであるサブギルドマスターが呟く。
「こうなる事はわかっておったろうにのうエールート。」
この他人事な発言にちょっとイラっとしたエールートはめっちゃ知らん振りをしようとしているサブギルドマスターへキラーパスを送る。
「アルカントス、お前が取り合えず初心者達の戦争体験コースを指揮して?」
彼も南方人だ、案の定こいつも露骨に嫌そうな顔をする。元来南方の古参プレイヤーは平和主義者気取りが多いのだ。
「俺ぇ?…長老会は予防的攻撃を自粛と決定しているぞ?」
その掛け合いを見ていたメンバーが突っ込みを入れてくる。「いや、国宝狙うまで行きましょうよ。」
それを聞いて、エールートとアルカントスは顔を見合わせ「無理じゃね?」という顔表現を確認し合った。
そこへギルドチャットから伝令が届いた。
「女王、将軍!西方が国宝の奪還を諦めて南下して参りました、東方の一部も南下を始めています!」
アルカントス将軍が藤編みの椅子からチャキっと斧を鳴らし立ち上がるとギルドと国家チャットへ向かい募兵を開始した、エールートは座ったまま尋ねる。
「行ってくれるのか?死ぬなよ。」
アルカントスは爽やかな顔をしてからギルマスが出来る有効的な行動を依頼した。
「外交勝利目指しの工作をしてから助けに来てね。」と。
エールートは椅子に座りながら情報を集める、まずはスパイから敵が南下してきた経緯を確認する、大方検討はついているが、
要約すると東方が「西方がお宝取られる、お前等『国辱』ボーナス付く。西方その後南のお宝奪う。攻撃ボーナス付く!オマエツヨクナル!」という意見で西方を丸め込もうとした結果である。
東方からの南下数が西方の南下数より低い理由は、東方の「いきなり西方が裏切って奪った国宝を奪還しに来たら嫌じゃん、守るね。」派と、西方の「国宝奪還実績ほしいのおぉ!」派が、西方から東方が奪った国宝を執拗に狙っているからである。
後は単純に東方は最近戦争をしすぎて現在は厭戦状態に陥ってるのだと思う。カラシニコブの扇動に対しジョンレノンみたいな事をして音楽で戦争を止めようとするロールプレイヤーがいるという微妙に役に立たない情報も入ってきた。
とりあえず初手は三国で2番目に強い南方のギルド『ゴリラゴリラゴリラ』への支援要請であるが、これに対してはボスゴリラの『ゴリラ5号』曰く「ウホッ!ノーザンがフェーダワールドから減ってる今の内にフェーダの都市をゴリラ色に染め上げるウッキー!」みたいな事を言われ断れるも、「モキキー、表のほうが稼げるウッホホイ!」という武闘派閥の引き込みには成功。
こいつらの発言にはウホウホとウキーが混ざってるがその辺までのロールプレイは適当らしい。
午後7時半頃、今日もまたウォーデルタで大戦が始まる、今宵は南方のマジックショウ。
西方軍140vs南方軍80、位置は西方城ファマーズファステと南方城ザイルードファステの間にあるデヴィエルヴズ砦の南より。デヴィエルヴズ砦は西方の初動軍団の手により既に陥落している。
アルカントス将軍と合流したエールートはまず『ゲリラ隊』と呼ばれるレイドグループをギルドから3レイド36人を選抜した、後のギルメンには野良レイドの扇動用サクラに回ってもらった。
これで6レイドと少しのソロプレイヤーを入れて80人、これが南方主力軍の現在と限界国力である。
西方軍は司令官にょっきり大臣が背中に旗を背負いにらみ合いからの突撃準備をしている。La-Ryo-Oは不在か、勝てるんじゃないかな?この戦い。
反則臭い敵の大将が不在である事にエールートの心は少しだけ晴れた。
*
<<にょっきり大臣と!カラシニコブの!マギラ2動画配信!>>
『大臣、そっちはどんな塩梅じゃ?』
『こちらは王様不在ですが、これから南方の主力へ突撃をかける所です。』
『野戦か、「森に気をつけろ」よ?』
『わかってはいますが、あれの対策方法が西方には無理かなーって思うんですよね。』
『正直言うと東方の方がアレには弱いぞ、だって両手武器のプレイヤー多いもん。木につっかかるんだよね。』
『西方もあの戦術マネしよっかなあ。』
『西方のワガママ気質でアレは無理じゃろう、西方お得意の飽和攻撃に対して邪魔になるだけじゃい。』
『それにあの戦術は焦土作戦じゃ、プレイヤーの心に対するな。あ、まずいぞ!』
『どうしました?カラシさん?』
『ゴリラが来た!!!』
(背景音)
<モキー!ムッキー!カラシニコブの首を取れ!ムッキョー!>
<ウホッ!いい獲物!集中toカラシ!!ウッホホイ!>
『やばいやばい死ぬ死ぬ!っていうかお前ら絶対王様とノーザンのサブキャラだろ!動きで分かるわボケ!あ、アアーッ!』
<カラシニコブの戦旗が倒されました>
『カラシさーん!!』
『もう、大人しく砦に篭るわ・・・ゴリラがそっちいったらごめんね。』
『分かりました、こちらも早めに波状攻撃による国宝奪取を目指します!』
『がんがれ~』
『では突撃カウント5.4.3.2.1.前進!』
*
西方の140人から前衛職が全力で一斉に飛び出す、後方からは走りながら魔法や弓の雨を降らせる集団。
それに対してエールートは戦術スキルではなく別の手段で応戦する。
「ゲリラ隊用意」 「k」 「k」 「k」 と短い唱和が続く。
「「複合術、地形変化『世界の合言葉は森』」」x4
その瞬間、複合術を使う3人組の術者から円形40m以内が密集した木々で包まれた、その突然目の前に現れた大森林により敵の突撃部隊はHMDでの一人称視点(FPS)が多い為に前後不覚の錯覚を受け、後方からの援護射撃はその濃密な木々に阻まれる。
『視点を三人称視点(TPS)に切り替えて冷静に対処してください!後は回復重点です!』
にょっきり大臣の動画が悲痛な声で埋まる。「敵を狙えない!」「林をぐるぐる回って逃げられる!」「『地の利』であっちの方が射程が長い!」
南方軍は召喚された森林の地表には前衛職や召喚術士が呼び出したペットを戦わせ、その間に後衛ロールは天然50スキルの『木登り』を使用。木を登り終わったら戦術100スキルの『地の利』を発動させてからの容赦ない遠距離攻撃を西方軍へ加える。
木に敵が登ってきた場合には、この戦いに慣れきった者達がそこへ集中的に攻撃を加え倒し落とし。
戦線の移動により立ち位置が悪くなれば天然90スキル『高飛び』を使い、足場の木を次々に変えて戦う。
エルフやウータン、オークや馳人達が木々を飛び交う。
この戦術は巷では『動くシャーウッドの森戦法』と呼ばれている。
南方のクソ真面目な人々が個性を捨てて、森神か光神信仰をカンスト、天然をカンスト、召喚をカンスト、その他で格闘弓投擲罠カンストという暗殺や正面戦や英雄的プレイの全てを諦め投げ捨てて作り上げた戦術だ。
この地獄を見ながらエールートはよく思う。この防衛的勝利への道が自国の首を閉めているのではないだろうか、と。カラシニコブが揶揄してくる『心の焦土作戦』という表現も間違いでは無いかもしれない。
しかし、勝利の快感を得られなければ我が国は精神的にも負け、国民数は三国偏り、ゲームは崩壊を迎える。
我々は生贄なのだ、王様とカラシはそれをよく分かっているだろうから南方攻略には本気を出さない。
ノーザンライツも表の進行はあまりしない。最近では『皇帝城』をも明け渡す可能性も出て来ていると聞く。
みるみる内に西方の弱くは無いが強くも無い軍団が射倒されていく。このストイックな戦術に対して西方人はブーイングの嵐を放ち始めた。「正々堂々と戦え!」
この罵声に対しエールートは「んじゃ東方と戦えよ!」と心の中で悪態をついた。
しかし、野戦での完勝を得たとはいえ、敵も人間様である。西方は戦線を砦まで後退させて敵指揮官のにょっきり大臣は復帰組みと共に野戦を避けて迂回路を取る、西方軍は砦から真っ直ぐ南下した場所にある門を避けて南西にあるもう一つの門を走りぬけザイルードファステに神速の如く行軍で取り付いた。
これで『シャーウッドの森戦術』はしばらく使えない。賢い、とは言わないが当たり前の戦略転換だ。
城の外壁に攻城兵器が叩き込まれる、寡兵の我々はそれに対して有効打を打てずに次のチャンスを待つ、柔らかくはないはずの城の外壁があっさり崩れる、その城壁の隙間から敵が殺到してくる。
我々は外壁のすみっこでゲリラ隊36人がステルスモードで待機、敵がのこのこと城の本丸の門へ近づいた時に敵の後衛に対してゲリラ隊の36人は横から突っ込んだ。
「うわ、カウンターチャージだ!」「え?何処から?」「後ろ?」「横だよ。」「西か東かで言えよ!」と敵は混乱をしている。突撃隊と化したシマムラァのゲリラ隊は範囲攻撃と回復スキル連打をしながらしぶとい敵をそのまま殺しきらず柔らかい敵だけを轢き殺し走り抜け、外壁の上へ登り本丸の裏手へ消えていった。
その後にはゲリラ隊とそれを追撃する敵前衛部隊、気にせず本丸を攻める敵部隊、外壁上から兵器で本丸を攻める敵部隊に別れ、我々のゲリラ隊は消え去った本丸の裏方向から半周して戻って来た。
ゲリラ隊はまず外壁上の敵兵器部隊を踏み殺しまた城壁を一周し、今度は本丸を攻める部隊を轢き殺そうとしている。
本丸攻撃部隊に混乱と打撃を与えれば内側から城の修理が可能である。
これがぐるぐるぐると繰り返された。
ゲリラ部隊は音楽と光神と錬金のスキルが厚く、脱落者はあまり出ない。
敵は戦線を立て直す前にぐるぐる回ってくるこのゲリラ部隊に蹴散らされる。
本丸をぐるぐると回る大量の人間が発生する、これは悪魔召喚かバターになる儀式か?
その状況を見た実況者二人は呟く。
『駄目みたいですね。』
『今日は南方の視点が見たかったな、見事なもんじゃったわ。』
こうして南方森林同盟の国宝と尊厳は守りきられた。
しかし、これは決して楽な道のりでは無いだろう。
エールートはぐるぐる回るゲリラ隊の中で深く考え込んだ。
設定
種族編
・東方草原帝国
トロル:物理防御力ボーナス、最低物理ダメージ保障。魔力は低い。タンクや物理DPSは勿論、召喚魔法が魔力により威力変動が関係しないのでトロルサマナーは結構見かける。
この種族を選択すると男女関わらずトロルボイスフィルターがデフォルトで設定される。
獣人:大きいケモから小さいケモまで作れるマニア御用達種族。器用さとステルス性にボーナスを持つ。
冷気と斬撃と毒に対して少し耐性を持つ。
ノーマッド:東洋人風の顔立ちで体格はやや小柄である人間種族。
東方で唯一魔力適正があるキャラだが、魔力基礎値は他の2国魔法種族に劣る故にバランスタイプが多い。東方の純魔法?ああ、やっこさんなら死んだよ。
ドワーフ:ずんぐりむっくりで身長が小さい、最大MPボーナスと病気と毒に耐性を持つ、三国一しぶとい種族。背が低いという事は重要な防御特性である。
・西方王国連合 正式にはローラント及び悪魔の国とダークエルフ達による連合軍。
ローランダー:色白、彫りの深い顔立ちで長身の人間種族。西方の前衛やタンクと言えばこいつら、基礎ステータスが妙に高い。竜の血筋が入っているという設定だかららしい。
デビル:青い肌を持ち羽と特徴的な尻尾と角を生やした一部のマニアが好んで使う種族。
魔力と物理攻撃力に高いボーナスがある。防御力?そんなものはないよ。
コビット:訴えられそうな小人種族、一番小さい。ステルス性と移動速度にボーナスがある、ニンジャやアサシン、レンジャー御用達の種族。『足音がしない』というすごい特性を持つ。
ダークエルフ:尖がった耳のエルフから分派した肌が褐色なエルフ、デビルの青肌派との溝は深い。
魔力ボーナスと魔法防御力ボーナスを持つ。性能は南方のエルフと変わらない。
・南方森林同盟
エルフ:新規プレイヤーが好んで使うがすぐに飽きるか頭がおかしくなって消える種族。耳がとがっていて色白な美男美女が多い。時空神スーズー・タンもエルフから神へ至った人。能力は魔力と魔法防御力ボーナス。
ウータン:無意味に作りこまれたお猿系種族、性能は物理攻撃力と器用さボーナスというとんがってる内容、この種族を好む人は大体ウータンギルド『ゴリラゴリラゴリラ』へ加入するらしい。
オーク:物理攻撃力と物理防御力に優れる緑色の豚人間。使う奴は大体「オークックック」とか言い出しちゃう。エルフが大好き、エルフの慣れの果てとも言われている、中の人が。
ストライダー:褐色から色黒の肌を持つ南の果てより来たと言われる人間種族、ステルスボーナスと火に対する防御ボーナスを持つ。よく火攻めに合う南方では重宝される。
設定その他
・キ○ガイゲージ
現実でもネットでもクソ真面目に過ごしていると少しずつ溜まっていくゲージである、これを無理やり押さえつけると胃潰瘍や腸炎等の状態変化を受けてしまうので一定間隔で消費しなければならない。
ゲーム実況者が突然叫びだして不可解な行動や銃剣突撃やショットガン乱射突撃をするのはこの為である。
・Roaming
意思疎通のよく取れたグループやレイドで戦場を歩き回り戦う方法。語源は『ぶらつく』
MMORPGはVCの普及や回線の向上によりチームプレイがより強固になった為、チーム戦練習量の差により同じ装備やスキル構成でも練習していないプレイヤーとは月とすっぽんくらいの戦力差が出る様になってきている。野良Zergは死ぬ。
・ぐるぐる作戦
結構前からある戦法だが2016年頃から異様に増えた戦術である、殺すことより回復としぶとさを重点にして集団が敵軍へ対する足止めとする。撃破をしないとポイントが増えないゲームでは流行らない。
10/3 一部改定 誤字修正




