【シロの国《ヒズ・ワールド》】3
「それじゃあ、僕たちはこれで」
扉の前まで移動したマモルとハカセ。そもそも依頼は羽ばたく鳥と同じ動きをする兵器を作ることだったため、ビャクヤの部屋でこうしてだらだらと残っている必要はなかった。
あとはタッチパネルに手を触れるだけでロックが外れ扉が開くのだが、丁度ハカセが触れる直前、ビャクヤに声をかけられる。
「あ、まってまって。二人にまだ言ってないことがあったんだよ」
「うん?なにかな?」
「俺たち暇じゃねーけど、さっさとしてくれるか?」
明らかに面倒くさい気持ちが伝わる口調でそう言うマモル。ハカセも言葉こそ聞く姿勢だったが、眉根は寄せていた
二人の視線にビャクヤは「あはは…」と少したじろぎながら話を続けた。
「まあ、そう急かずに、君たちもすぐここを出る気はないだろう?」
「いいや」
「うん、食材とか買ったら、すぐに出るつもりだけど?」
「えぇ…?」
意外そうな声を上げるビャクヤ。二人の冷たすぎる態度になぜここまで避けられてるのかと少し困惑するが、卓上の時計をチラリと見て、話を続ける。
「ま、まあ、せっかく来たんだしもう少しゆっくりして言ってよ。よければ昼食とか出すし、ね」
と言いつつ、今度は視界の右上を向いていた。「もう少ししたら、面白くなりそうだしね。」そうつぶやくビャクヤの声は扉と窓際という距離で聞こえない二人。ビャクヤのその様子にいい加減呆れたのか、マモルがため息交じりに答える。観念したという方が正しい。
「はあ、わかったよ。んで、なに?」
「そーこなくっちゃ。ああ…いや、話は二つなんだけどね。せっかく来たんだから、今の僕らの団の機械を整備してほしくてね」
とのことだった。毎回シロの国にくるとその依頼とは別の何かが追加される。当然、依頼を受けるのは歓迎だが、しかしこうして毎回予定を狂わされる白の国の訪問には抵抗がある。そのためさっさと退却したいという気持ちが働くだけであり、断じて彼が嫌いというわけでない、断じて。
「またそれか…はあ、わかったよ。どうせ今回の戦闘でココネとコトネの白の巨兵が傷ついてるらしいからな。整備するつもりだったよ」
「なあんだ。ならよかった」
いや、よくはない。そもそもこの依頼の図面を届けたら帰ることになっていた。追加依頼など、他の依頼者には受けたくても受けられないというのがほとんどである。それだけマモルとハカセの二人の技術は評判である。そうした点において、いくら妹たちを預けているからとはいえ、特別扱いが過ぎる話ではあった。
「それで?他には何があるの?」
ハカセも聞いて来る。普段からの流れとして依頼の追加で整備を要求されることはよくある。しかし、今回ビャクヤは言った「二つある」と。一つは整備依頼だとしても、もう一つは一体?「ああ、二つ目ね。それは――――
★
菱形の建物『白の城塞』。それは一辺が3.5km高さが200mの大型の建物だ。故にその部屋数も多くそれなりの広さがあり、人などを探すには規模が大きい。探し物などがあれば見つけるのは至難中の至難だ。さらに、この領地内で一番目立つ建物・中央塔は対角線の建物が菱形にありその伸びている中心に存在だ。一見、外から見た構造は単純にできているが、中に入ればそう簡単ではないと実感する。対角線の建物兼通路で一直線に中央塔へ行ける道は一つしかないく、それ以外の道が蟻塚のように存在している。ダミーによる防衛も兼ねたその道を見つけられるまでは、永遠とさまよう必要がある。目的地手前まで来て、壁一つの所で辿り着けない、と言う例が少なくないのだ。マモルはゴーグルに地図を搭載してるのでそこまで迷わずにこれたが、熟知していない新人の団員や外から来る人物は憶えるのに半年以上かける場合もある。
そしてここにもう一人、その迷宮に迷い込んだ人物がいた。
「だああああああーーーー!!広すぎんだよここおお!」
周りに誰もいないただの一本道の所で、その叫びはただ反響し消えていく。
「落ち着いてください。屋上のヘリポートから降りてきて何度もあと少しまでの場所に着ました。中央塔までの道は一通り憶えたでしょう?」
ここまでの数時間。早足で建物内を駆け、競歩の大会かと思われるほど急いでみたが、全く目的地の中央塔に着く気配がなく、彼の苛立ちは頂点に達していた。が、隣にいる巨体の男に肩を捕まれつつそう説得され、少しは冷静になる。呼吸を整え、目を閉じ深呼吸。目を開けた。
「…ああ、大体憶えた。だから、多分この道を行けばつくはずだ。ついてこい、ボーガン」
ボーガンと言われた男は少年の指した先を見つめる。今の二人は《灰の遮布》をそれぞれ被っているが、少年は裾を引きずるほどに布が余り、ボーガンの方は対称に腰までしか布がない。見るからに不審人物、不可解極まりない組合せである。あまりうろつくのは"互いに"得策ではないと凸凹の二人もわかっていた。
「では、さっさと行きましょうか」
「おう」
二人の男は歩き出す―――ところで、部屋の一つから二人の人影が出てきた。
身長差のあまりない二人組の幼い子供達だった。
「まさか、献血だけじゃなくてわたしも含めて健康診断もついでに受けさせるとはね。団長、恐ろしいね」
「はい。前回の健康診断は二人でインフルにかかり参加できませんでしたし。でも今回測ってみて、背は伸びてましたね。良かったじゃないですか」
廊下を歩く二人の少女。それに向かうように反対側から歩いてくる男二人。
少女たちの見た目は、年齢が二桁いかない程度、幼さがにじみ出ている可愛らしい見た目だ。一人は黒髪ロング、一人は茶髪交じりのショート。と違いはありながら、距離感や、服装でどこか統一感がある。
対してこちら側の二人は屈強な筋骨隆々の男と目つきの鋭い少年。布を被っていなければ、いや、被っていたとしても、身長差や雰囲気から目が合えば100%警戒される見た目だ。統一感などまるでない。
そんな少女たちと少年たちは今、一度も目を合わせずに通り過ぎるところだ。会話が交わることは無いが、しかしそれでも、二人の少女の声は聞こえて来る。
「でも、胸は大きくなってなかった…うう」
「大丈夫ですよ。私たちまだまだ成長期ですし」
少年は二人の幼い少女たちの会話にフッと微笑む。こんな時代、こんな世界に居ながらも少女らしい会話をしている彼女らがとても可愛らしく思えたからだ。しかし、そんな思いは次の発言でかき消されることとなる。
「それに、なんて言ったって彼らは、世界で第二位ですよ?三年間関わって分かったでしょ?きっと、琴音にとって大きなその問題も気にしないはずです」
「うん。そうだね」
? 世界第二位?何のことだ?そんなふうに少年は考えがわき道に逸れていく。
「それにさっきは一緒に来てくれてありがとうございました。やっぱり頼りになる姉ですね。コトネ」
「えへへ、そうでしょ~」
「ええ、ほんとにチョロ、…褒め甲斐がありますね」
「?」
すっかり手玉に取られている少女、なんだか笑い出しそうになった少年。そうして、ようやく彼女たちとはすれ違う。ついうっかり話の内容を聞きいていたくなるが、その気持ちをグッとこらえ、少年は道を歩いていった。そしてある程度離れると、彼女たちの声は聞こえてこなくなった。
★
カツカツカツ、と靴の音を響かせ、人通りのない道を歩く。白一色のその道は少し気を抜けば自分が進んでいるのか止まっているのかすら分からなく程だ。ある程度清潔なのは良い、この場所が元々巨大な病院だったのを彼らは知っているし、幼いころに何度も見たことがあったからだ。実際にお世話になったことは無いが、それでもたったの8年でここまで悪趣味なものにはならないだろうと、少年はこの構造そのものに呆れた。そうして暇な通路を歩いていくとようやく突き当り、つまり目的地に着いた。
「…ようやくだ」
「はい。長かったですね」
と、ボーガンの目線は下にある頭に向かう。目こそ合わせないが、言葉には野次と皮肉を含んでいる。「う、うるせー。来たことなかったんだから仕方ねーだろ」そう言った少年は視線から、言葉の圧から逃げるように目線を逸らす。
結局、あの後もしばらく歩き回り、ようやく着いたうえでのその少年のその発言だ。自信満々に先陣切って歩いたこともあって、少年に対する嫌味な視線も圧を増す。
見た目は、少年の気を落ち着かせるガードマンのような出で立ちだが、こうしてみる限り二人が独特の距離感なのがわかる。少年は扉の前につき、チラリとボーガンを見、そこでようやく、連れ添った相方である彼の顔色が悪いことにも気がつく。
「大丈夫か?」
「ええ…いいから、さっさと開けましょう。わたしは早くここから出たい」
ボーガンはそう答える。少年もそれに答えようと、「わかってるよ」とタッチパネルを押そうとする。
しかし、その手は簡単には押さない。焦らしてるわけでも、こうしていれば開くと思っているわけでもない。ただ、震えている。緊張しているのだ。
その様子をそばで見て取れたボーガンは少年の緊張を包むように声をかける。
「大丈夫です。もしここで駄目でも、手はいくらでもあります。ここが全てではない。あくまで最善ではありますが」
「……ああ、わかってるよ。わかってるんだ。そ、そうだ。まずは部屋のノックからだな」
少年は言い訳なのを自覚しながらもノックをしようと拳を作り、甲をしならせる――――直前だ。扉が独りでに開いた。
「じゃあ、いつもの銀行に振り込んでおいてくれ、追加の依頼の分もだ「ゴフっ!」……ぞ?」
扉が開くと視線は背後の部屋を向いたまま、身体は出て行こうとしていたもう一人の少年に正面からぶつかった。
★
視線を下げたマモル。視界に映ったのは涙目で眉間の下あたりを抑え、しゃがみこんでいる少年だった。
少年はその態勢のまま、潤んだ瞳で精一杯敵意を送るように見上げている。背は自分の胸の辺りだったため、幼い見た目の少年にあたったのだ。ここは年上としてきっちり謝罪すべきだろう、という人生の先輩風を吹かせてマモルは言う。
「悪いな、少年。ケガはないか?」
「あ~あ、大丈夫?二人とも…プクッ」
少年に義手を伸ばしたマモルの背後では、何が面白いのかビャクヤが心配の言葉と共に噴き出していた。彼からすれば全て想像の上をいく展開だったのは、言うまでもない。
「いいよ。俺様も少し油断してた。」
少年はマモルの手を取らず。一度膝に手をついて立ち上がった。
「悪かったな。…じゃ」
そう言って、マモルの肩に手を置くと、それに反動をつけてビャクヤの部屋に入れ替わるように入って行った。
視線は布で分からないが、どこか儚げな印象を持ったマモル。「? なんだ?」そう呟くようにいうが、もし話を聞いてもどうすることはできないだろうと思った。そんな時だ、今度は頭の上から声がした。
「お気になさらず。彼は少々緊張しているのです。ここまで、色々ありましたから」
そうマモルの答えを求めていない疑問に答えたのはドア付近にいた大男・ボーガンだった。
「! あ、ああ。悪いな。あんたの連れにちょっと悪いことしたみたいだ」
「いいえ、お気になさらず。それでは、失礼します」
するりとマモルと近くいたハカセとの間をよどみなくくぐる大男ボーガン。
その動きと、先ほどドアに居たときに全く存在を感じなかったことをマモルは不思議に思った。が、全く無関係な人間に質問攻めをしてしまいそうで、それは悪いと思い。頭をかきつつ何も言わずに部屋を出て行った。つられるように、ハカセもスタスタと付いていった。
事前に来ていた来客二人が部屋から出たのを音と気配で確認すると、少年は話を切り出した。
「それじゃあ、お前たちが俺様達に付けてきた交換条件のこと、話をしようぜ」
対面する白髪の男は何も言わず、開いているのか分からなかった薄い目を少し開くと、普段から心がけている笑顔をさらに横に伸ばして笑った。エクボはさらに深くなるが、そこに可愛げは微塵もなかった。
★
数分後、白の城塞の西塔地下。そこは巨大な組織である"白城団"の整備施設になっており、大型機器だけでなく彼らの使われている武器の整備まで行っている場所だった。はしごや鉄骨の廊下が張り巡り、数百人の技術士が各々作業を行っている。
「あいッかわらず、多いなあ、人数が!」
「うん。大規模団体ってのも納得だよね。」
そこに顔を出したマモルとハカセは整備施設の中央まで行き、ぐるりと辺りを見回す。遠くの技術者は米粒ほどしか姿が確認できない。
現在の二人は、マモルはあの大きなリュックは背負っておらず、代わりにリュックから取り出した革のカバンをハカセが両手で持っている。年季の入ったそれは、若い彼が持つと誰かからのおさがりのような不自然さがある。
そんな二人の視界に映るのは、黙々と工具や武器の錆を落として油を塗る人間や巨大な機械の装甲を剥がして新たに溶接する人間、中には休憩中なのか腰を落ち着かせたり油を売る人間もいる。そんな各々やるべきことをやっている中、倉庫の最奥で誰も手を付けない機体が一機。それは20mを超える超大型の機械兵器。白い装甲にやたら大きな腕が特徴的な人型。胸の辺りには操縦室として人間二人が入るほどの空間がある。
そう、これがマモルの家族である双子の姉妹・琴音と心音が扱う白城団の最終防衛兵器・《白の巨兵》そのものだった。
「おい。アレ」
「ああ。二位だ」
「また団長の贔屓かよ」
そんな風に耳に入ってくる数人の声。その声が波及し、次々とざわついてく技術士たち。その声は嫉妬ばかりではなく、羨望の声もあったが、それそのものが耳に障る聞き取れない音となっているため、聞いていて気持ちのいいものではなかった。
「…うるせー…」
「ま、気にせず僕たちの仕事を続けようね」
納得したマモルは上を向き、目線を下へ移動させることで巨兵を眺めていく。巨兵の足元まで一通り見切ると、「よしっ」と気合を一つ込める。
そして首に提げたゴーグルを目元に移動させると、ピピピっという電子音によりゴーグル機能の一つ設計図との比較をする『検査』を開始した。
「マモルン。あくまで微調整は僕の仕事だからね、君は、―――
「わかってるよ。検査するだけ、だよ。整備は流石にやらねぇ。ハカセの出番なくなるからな」
ニシッ、とやんちゃに笑うマモル。「少し時間がかかる、から、よっと」言いながら義足を屈伸運動は上下に動くことで義足の誤差や違和感がないか感覚的に確認する役割を担う。その後、身体を低くしたまま横にずれる伸脚運動や立ち上がって軽く跳ね飛ぶなど、軽い体操をする。そのうちに周りの技術者も不思議そうに手を止め、見つめ、集まってくるものもいる。
そのうち「脚立、いりますか?」と話しかけてくれる人間もいた。何度か二人の作業を見ている人間なら、これからマモルがやることに脚立が必要ないことを分かっているはずだったため、彼は恐らく新人だろう。ハカセが丁重にお断りする。
「あ、問題ないよ。彼は一人であそこまで行ける」
「は、はあ…」
納得がいかない、と言うより疑問が晴れない様子の技術士の一人。それもそのはず、ハカセが指さす先、そしてマモルの目線の先は20m向こうの巨兵の頭頂部だった。
ゴーレムというだけあり頭頂部は高さのない円筒形をしていた。確かに足場と呼べる所ではある。問題はそこまで行くための手段だ。まさか飛んでいけるわけもない、新人の技術士はそう考えている。
「一体、あそこまで、どうやって?」
「? もちろん、とんでいくよ?」
淡々と、それ以外ないだろうと言うかのように技術士の言葉を聞いていたハカセは答えた。
マモルは目の前で丁寧に屈伸と伸脚を行っている。新人の彼にわかるのは、これから足を使う気満々らしいことだけだった。
「え!?だったあそこは20mですよ?」
「いいから~いいから。君はちょっと下がってなね~」
流石に気に触れたのか、少しむっとした様子で徐々に下がって行った新人技術士。ちょうど時を同じくしてマモルも準備が整ったようで、「よしっ!」と気合を込める。
「ハカセ、行ってくる」
「うん。…みなさん!衝撃に備えてくださいね」
そう周りに声を上げるハカセ。その声に呼応するように周囲の技術士が口々に言う「おいマジか。」「やべーぞ、またあれか!?」「毎回毎回、良いのかませよ!」と、中にはどこか期待するような声も交じっているが、ともかく、当のマモルはお構いなしに屈伸の姿勢で止まっている。手は背中より後方で、背中を丸め、小さくなる。
「? 彼は噴出装甲などを装備してるんですか?」
「いいや。飛ぶんじゃなくて、跳ぶんだよっ」
言葉だけでは文字面は伝えられないため、首を傾げる新人技術士。
そして、視線をマモルの方に移した彼は次の瞬間、凄まじい突風に驚くことになる。
「! なっ!?」
「そおおい!!」
屈伸の姿勢からの義足を勢いよく伸ばしての跳躍。物質が超スピードで動いたことにより、遅れて風が吹き荒れる。
新人技術士が風に目を伏せ、再びマモルのことを追おうと視線を上に向けると、もうすでに巨兵の胸部分まで到達していた所であり、尚も上昇を続けていた。
垂直跳びと言うには余りにもケタ違い。跳ぶことで20mに達する人間など、もはや漫画の域だった。それが目の前にあるのだ。
「一体…」
つい、そんな言葉を漏らす新人技術士。声と共に驚愕の表情が色濃く出ている。いったいどういった構造なのか、あれは飛行ユニットではないのならどうやってあそこまでの性能を可能にしているのか、そんな考えが巡るがハカセの答えは―――――「ふふふん」と自慢げに笑って見せ「企業秘密っ!」というのだった。楽しみに満ちた表情。子どもらしいようなお茶目な様子が垣間見える。
ともかく、そんな風に跳んだマモルは一気に20m上空、《白の巨兵》の頭部まで飛び上がっていった。
「よ…っと。到着。さてと、作業を開始しますか」
マモルは首を左右に振って関節を鳴らすと頭頂部にある蓋を開き、ゴーグル越しに中を覗く。
いくつもの配線、歯車、シャフト、その他諸々の機構が寄り集まり形成されている。あそこから覗くだけで構造を把握するにはそれなりに時間がかかるだろうと新人技術者は踏んだ
★
二分後、呆然と立ちすくむ新人技術士と不満の欠片もなさそうに眺めるハカセたちは、降りてきたマモルを目にする。
「あ、来た来た」
「え?随分早くないですか!?」
「? そんなことないよ?」
いい加減に学んだ新人技術士。この二人には自分たちの常識は通用しないようだと。
「おし、じゃあハカセ。ココと、ココと、ココと…あとココ。今言った箇所が錆びついてたり1mm以上削れたりしてるな。それで…ココとココとここら辺が今回の故障個所な。外部はなぜか破損はなかったが、やっぱ内部がな。ったく、意外と広くて手間取ったぞ」
ホログラム設計図を広げ、破損個所と不良個所を指摘。最後の「ここら辺」では、大きな破損個所を指で円を描くように示した。
「うん。まあ、初めての大規模補修だからね。とっとと済ませるよ」
「おう。どれくらいだ?」
白の巨兵はこの八年間、一度としてここまで壊れたことは無かった。それはそれだけマモルたちの技術の高さ、製作物の頑丈さを示しているのだが、それでも何年も壊れずにいられる機械は存在しない。整備もなしにそんなことが可能になれば、作ることで技術士と設計士の仕事は終わってしまう。手を抜いているわけではないが、わざと整備する余地を残している必要がある。そうすることで新たな技術士が学び、古い技術士と設計士を超えることもできる。そのため近くで見ている新人技術者は何か盗めるのではと期待してはいた。
「うん、これだけの規模だからね。10分くらいかな」
「随分早くないですか!?」
隣で叫ぶ新人技術士。超えるべき先代の技術士と設計士が目の前にいる。が、ここまで圧倒的な技術の違いを見せつけれては流石に驚かずにいられない。通常、ここまでの大規模機械の整備には早くて半日、遅ければ二日を要するのがほとんどであり、特に故障や錆びつきは取り出す部品とは別にもう一つ作って調整したり、取り換える必要がある。スペアを持ってきていれば時短にはなるだろうがこの二人にはそんな様子はない。なので時間がかかる、はずだ。
「じゅ、10分…10分ですか…」
余りの作業スピードに驚かずにはいられない様子の新人技術士。
「うん。じゃ、始めるよ」
そんな驚いている人生の後輩を尻目に、ハカセはそそくさとカバンを下ろして開く。開かれた途端に、中からさらに一回り小さい機械が出て来る。両サイドに肩に背負えるベルトが付いているため、それを背負うと機能が働く。電子音と共にハッチが開き、中から出てきたのは三対の長く細い機械の腕。その指先に関して言えば針と同じくらい細い。
最後にハカセが手動でハッチの境目を上に引くと、そこから神経接続を可能にする粘着質の軟性の電子基板が現れる。それをハカセ自身の首筋にある電脳端子に張り付ければ準備は完了だ、これで脳と機械は一体化した。それは、この背負われた機械はもうハカセの一部であること示している。なれた様子で三対の腕をそれぞれ別々の方向に動かす。あくまで試運転だったその動きを数秒するとやめ、「よしっ。いける」と気合を込める。背後でその様子を見ていた新人技術士は、ハカセの眼鏡がぎらつくのを確認した。