【シロの国《ヒズ・ワールド》】2
白の城塞。それは日本エリアで一番大規模な団体・《白城団》が管理・統括しているエリア『シロの領地』の中央にそびえ立つ巨大な城塞のことだ。菱形の頂点四カ所に壁の倍以上の長さの塔が存在し対角線を結ぶ辺も存在している。辺の長さはどれも3.5km、高さが200mであり、塔に関して言えば、高さは400mにもなる。さらに、菱形の対角線の中心にも塔は存在しその高さは500mにも達する。中央塔と呼ばれる500mの建物には重要な情報の管理と団長以下分団長含め幹部クラスの主な居住区になっている。8年前までは世界最大の大規模病院だったが、事件によって約8割が倒壊、この8年の間に修復した結果、今に至る。
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「やあ!やあ!今日は本当に来客が多い。君たちが連絡してくれれば、少し予定も合わせ…は、ムリか。はあ…なんで今日はこんなに忙しいのかな。普段は暇なのに…ね?」
饒舌に話した後、露骨に肩を落としたのは白の団長・白城白夜その人だった。長い白髪は本来は前髪によって目どころか鼻までが隠れるほどの長さだ。普段からそれをまとめて後ろに結んでいる。結果、広い額と開けているのか分からないほど細い目が見えている。肌は病的なまでに白く、顔も比較的面長であり常に口角が上がっている。右目の下に二つの泣きボクロと両頬のエクボが特徴的な20代の青年。襟の高めのTシャツに、青のネクタイ、黒のシンプルなズボン。知的で策略家という印象を受けるが、それが間違っていないのは彼の肩書きが示していた。
彼は大きめの椅子に座っているが、背もたれには寄らずに机に肘を置いて手を組んでいる。組んだ手に顎を置き、じっと目の前の彼らを伺うように見る。机の端には趣味か、それともれっきとした彼の武器なのか、刀が控えられていた。そして彼の背面は一面ガラス張りだ。中央塔の高さ500mもある建物を遮るようなものは無く、100m下の他の塔にも屋上のそこは不可侵の領域だった。
「知らねーよ。お前は団長で、俺たちはお前らの依頼をこなすカガク者、それだけだろ」
「そうそう!……それで?僕たちが来るまでは誰と話してたの?僕らと関係ある人?」
二人の背後、つまりはビャクヤの正面は自動ドアになっている。二人がこの部屋に入ってきたとき、彼は電脳化した通話アプリで話していたが丁度それが終わったところだった。
「いいや、全く…ではないけど、関係ないよ。二人のことを"彼ら"は知らないしね」
「…ほーん、ってことは、あんたが前に契約してるって言ってた"七位"のことかだったり?」
「うん、正解!といっても、彼曰く"保護をしているだけ"だよ。なんていったって彼らは重要なトップ10である“七位”だからね。俺はただ相手とのWin-Winな関係を望んでいるだけだよ。君たちともそうだろう?」
と聞き返してくるが、マモルたちはしばらく無言になった。
本当に互いにとってWIN-WINなのか?と。少なくとも今のような商売としての相手なら問題はない。が、彼はこちらの家族を団の仲間に迎えている。裏を返せば、といえば大げさかもしれないが、家族を人質に取られているともいえるかもしれないのだ。
「まあ、君たちも、というか君たちこそが俺の最重要な仲間なのだけれど。どうだい?改めて俺の一団に加わるというのは?」
「悪いが、お断りだよ」
「ふむ、即答か…」
思ったより落ち込むな、と下を向くビャクヤ。演技らしいような反応だが、それは心からのものだろうと二人は理解できた。なにせ事件が起きてから8年の付き合いだ。
「ごめんね。僕らの依頼人はかなり広い。世界的なものなんだよ」
ハカセはそうマモルの言葉をフォローする。
かつて世界にあった海は消え、地続きになった。それは少しずつ、1000年ほどかけて行った計画だった。そして、それによってもたらされたものは大きいく、その"正の面"の一つに『物流の超高速化』があった。物流、それには人も含まれており、今では、日本から出発し裏側にある地域までは輸送機械を使って約1時間半で辿り着くこともできる。それを加味すれば、ハカセの言っていたことも大げさではなかった。
そしてマモルとハカセの現在の知名度は、世界規模といっても過言ではないものだった。
「そうだね。君たちの技術を独占するのはリスクを伴うね。うん。なら、またの機会にするよ」
君たちを引き入れるのはやめるとはっきり言わない辺り、この人物の性格が出ている気がしたマモル達だったが、あえてそこには触れずに話をここへ来た目的に戻すことにした。
「とにかく、これ。今回の依頼の設計図とその模型」
ハカセは机に近づくと、データの入った黒いカードを置く。ホログラムカードと呼ばれるものだった。それが机上に置かれると部屋を暗くしそれに指を重ねたビャクヤ。瞬間に指の置かれた場所から蒼い光が回路のような幾何学模様を作って広がり、ただの長方形は自動的に端が鋭角に折れ、青い光を放出。光がカードの真ん中ほどの空中で集まる。光は膨れるように集まっていき一気に拡散。ハカセが言った設計図と模型が現れる。精巧なプラモデルを思わせる、重厚感があった。
「ふむ。相変わらず丁寧に作るね。模型までとか…」
少し呆れているようなビャクヤ。それに対して、ハカセは照れたように頭をかいて言う。
「いやー、今回はマモルンが夜遅くまでほぼ一日で頑張ってくれたのに対して僕の方は何もしてなかったからね。せめて等身大でもと思って作ってみました。」
「俺たちが外で遊んでいる間、何してるのかと思えば…CADとかシミュレーションアプリとか使えば余裕だっただろうに。」
「実際に作ってみるのが技術士の仕事ですよ~。と、それでどう?この設計で問題ないし、ちゃんとご希望通りの動きができるよ。」
と、ハカセは誇らしげに言う。そしてビャクヤも反論はしない。この設計が綺麗なのは事実だし、隣に表示されている模型も依頼通り、鳥のように羽ばたく動きをくり返している。だが、反論しない一番の理由は何よりも「うん。いいと思うよ。何より俺は設計とか解らないしね。」だった。
「あ、ああ…そうだったね。」
ハカセも返しにはたじたじだ。マモルは頭をかきながら呆れ顔を隠そうとしない。
「それで、この縮小模型は実際の設計の何分の一で作ったの?」
そんなことを言うビャクヤ。しかし、それに対するハカセの答えは、彼からすれば意外なものだった。
「? 原寸大だよ?」
「……はい?」
小首を傾げるビャクヤ。その反応に、今度はマモルが自慢げに鼻を鳴らした。
「僕はマモルンの設計を縮めるなんてことしたくないからね。ちゃんと表示された大きさを、寸分違わず作ってみたよ。僕らの家にはガレージがあるからね!」
「え?でもこのカードって表示できるのは原寸大じゃ?」
目の前のカードは原寸大の表示しかできない。そうなっている超小型機械だ。が、目の前の二人はその発言がさも不思議そうに、小首を傾げた。
「「? 何言ってんだ?」何言ってるの?」
「え?」
「それを普及させたのがだれか、わかってんのか?」
「…あ。」
目も前のカードを見て、ビャクヤは思い出す。未だ肘を置いている机の模様をガラスにし、裏側を見ることができるようにする。カードの裏にかかれているのはフォント加工されたHSの文字。そう。このホログラムカードを作ったのは他でもないマモルたち自身だ。つまり、
「つまり、改造も俺たちが自由にできる。それは縮小した模型だ。えっと、模型に触るように指を置いて、放るように空中に指で弾いてくれ。」
そう言うマモルを習うように、右手人さし指で模型を放る。模型は空中へ離れていくと、途端に拡大。等身大になった。白の部屋が広い空間ゆえに大きくなっても模型は途切れることなく部屋に収まった。
「おお!これが本当の大きさか、なかなか迫力があるね。それにしても…君はこれを五日で作ったのか。凄いね」
「はっはっはー。普通だよ。僕は"マモルンの"技術士だからね!」
言って、笑顔を作るハカセ。しかし、ビャクヤは笑わない。カードのデータをしまうと口角を上げることは絶やさないがむしろ試すような「ふーん」という冷ややかな声を上げる。声と同時に、細い目も僅かに開かれ、黒い瞳が輝く。それは明らかに、何かよからぬことを考えている目だった。
「?なんだよその視線は?」
マモルのその質問に、ビャクヤは「別に」といい言葉を続ける。
「ただ、不思議な人たちだなと思ってさ。今更だけど。」
「なにがだい?」
「君たちはこの八年、片や記憶を亡くした半機械仕掛け。そして、片やその相方の君は昔のことが全くの謎。時々君たちの情報を調べたりするけど、まーったく入ってこないんだよね」
という。その言葉の節々にどことなく悪意にも似た意思を感じる二人。
「…何が言いたい?」
「いいや。二人は謎のままでいいのかな、と思ってね。マモル君は記憶を取り戻したくないのかな、ハカセ君は何かを知っているんじゃないのかな、とか、そんな気を回してしまうわけだよ」
あくまで世界的な規模の土地を管理する団長として、だけど。と、その気遣いがビジネスの一環であること示す。そうした態度が、マモルの頭にあった事柄の一つを納得させた。「なるほどな。そう言うことか」と片手を皿のようにしてその上にポンともう片方の拳を置くマモル。「そう言うってなに?マモルン?」と疑問を持つハカセに、マモルは手を動かしながら答えた。
「ああ、これだよ」
言って、マモルは一枚の紙をズボンのポケットから取り出した。
それは双子が帰ってきてから五日の間にもらった、ある紙だった。
★
それは双子が来て二日が経った日のことだった。その日は折り畳み式のプールをガレージで広げて一通り遊び、取り出した水鉄砲の一番の標的になったハカセはソファーでうつ伏せになり昼寝を、その背中の上ではココネが日課である海外ドラマを見ており、マモルは長机にドライバーやピンセットなどの工具を広げ錆びとりなどの整備をしていた。そんな時、「兄ちゃん」と後ろからコトネに声をかけられた。体力のあるコトネはプールで遊んだ後もしばらくはガレージで走り回った。そのおかげでなぜか泥だらけになりシャワーを浴びて、出てきたところだった。背中の服を小さな手で引っ張られたマモルは脱衣所には着替えを用意していたため、安心して振り返った。
「なんだ―――ああ!?」
しかしそれは失敗だった。マモルは叫びにも似た声を上げた。
視界に入ったコトネは、タオルすら巻かず髪も濡れたまま裸で出てきていた。
「おまっ、なんて格好してる。ちゃんと着て来いよ。夏場だからって油断してると風邪ひくぞ」
少し前に風呂場で胸をみられた時には怒ってたろうが?と一瞬疑問に思ったが、彼女の顔をみて直ぐに理解した。三人より少し多めに動いていた彼女は、風呂場で暖まったためか、疲れいたからか、少し眠そうに頭を左右に揺らしマモルに話しかけていた。そんな様子で、彼女は答える。
「うん、すぐ…着替えるけど…"これ"渡さなくちゃいけないなと、思ってたから…急いで来た…の」
そう言って手に持っていたのは一枚の紙だった。幼い肢体から這うように流れる水滴、小さい唇は間隔の広い深い呼吸をしつややか、目も瞬きが次第に多くなり、眠そうだった。そして小さい手に持った紙はといえば、元々は白かったのだろうが茶色く風化していた。
それを義手で受け、「? 何だこれ、あいつに解読依頼出されてたとか?」と覗き込む。
「ううん、違うよ……渡すよう…言われただ…け」
見てみると、そこには図形が書かれていた。中央に実験等で使う丸底フラスコのような形をしている謎の空間が横書きで書かれており、その丸い空間にはいくつもの太い管が張り巡っている。そしてフラスコで言う所の入り口の部分には直角な線が左右に伸びており、その上にある四角いものが建物だとすれば地上のようだった。見たところ、地下についての企画書に似ていた。
「これ…なんだ…?」
「わかん……ない…」
その後、今にも倒れそうなコトネを抱き止め、脱衣所へ向かい水滴を吹きとり、服を着せて、頭を撫でつつベッドで寝かしつけた――――――ココネに一部始終撮られていた。
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「…この紙、一体どこで見つけたんだよ」
紙を開いて見せ、ビャクヤに疑問をぶつけるマモル。その解答を、ビャクヤはあえて淡々とした口調で答えた。
「これは、領地内の丘の一つの地下に空洞が新たに見つかってね、研究施設が埋め立てられただけの場所だったんだけど、それでも調査しないわけにはいかなくてね、ついでにそこを新しく施設にしちゃおうと思って掘ってたんだよ。そしたら見つけたよ」
「……いちいち説明が長いな」
もっと簡潔に話せなかったのかよと軽くツッコンだが、しかし、流れは伝わった。聞くべき疑問も増えたが。「それで」と、ビャクヤが敢えて言わなかったであろうことに迫るマモル。毎回決まって、ビャクヤの話し方には一定の癖があり、それなりに長い付き合いのマモルには読めていることだった。「それで、その調査は誰がやった?まさかと思うが――――
「ごめん」話を遮ると、右手を手刀のように前にかかげる。そしてこれもまた敢えて、悪びれる風もなく言う「そのまさかだよ。調査に向かわせたのは、君たちの家族だ」
★
「! マモルン!」
ハカセは声をあげて制止をうながした。
でなければ、マモルの義手がビャクヤの首をつかんでいたからだ。結果、首に触れることは無かったが、ほんの数ミリ動かせば、冷たい金属のその性質上、マモルに熱を伝えていた。
二人の距離は離れているというほど離れてはいなかった。しかし、近いというほど近くもない。仮にもし、ビャクヤが腰に銃を持っていたのなら、先に届くのは間違いなくビャクヤの方だと、普通はそう考える。実際に再現されたことはないからわからない。が、今ここでは、話の主導権を握っているのは彼だった。ここは白の本拠地、さらに言えば相手は白の団長。数々の修羅場と呼べる場面を潜り抜けてきたそんなビャクヤですら今この時は机の端にある刀へてを伸ばせなかったどこほか筋線維一つ動けずにいた。相対するのは戦闘の素人であるはずの一カガク者だったにもかかわらず、である。
「あまり刺激しないでください。マモルンが家族のことを"そう"思っているのは知ってるでしょ?」
マモルをなだめるため、そしてビャクヤに向かって警告する意味も込められているだろう。ハカセはゆっくりとした口調でいった。
「…あ、ああ。俺のミスだよ。」ビャクヤも言葉を選びつつ弁解する。
「でも、ホントにすまないと思っている。未開拓の地に幼い子たちを向かわせたのわね。だけど、彼女らも僕が束ねる戦士である以上は、しっかりと安全第一で行かせたつもりだよ。なにより広い場所、破壊力が必要な今回の採掘には彼女らの白の巨兵が必要だったんだよ。」
マモルへ、その開いているのか分からない細い視線を向ける。言い訳になってしまうのを申し訳なく思いつつ、ビャクヤは言葉を並べきった。
これまで多くの人間を見てきたビャクヤだが、マモルほど弱点が分かりやすく、その弱点を守るために必死な人間はいなかった。それを駆け引きの材料に使えると思ったこともあったし、同時にひどく羨ましくも思っていた時期もあった。だから悪いと思ったことは事実であり、ビャクヤのそんな気持ちを分かっているのもまた、目の前の二人だった。
「だってさ、許してあげてよ」
「……わかった」
マモルは言葉こそ静かに、ゆっくりと義手をビャクヤの首から離していく、背を向けハカセの元の位置に戻ると再び振り返ると、切り替えて仕事に向かう顔になっていた。
「…それで、この紙の劣化具合から言って、最近書かれた紙か?」
未だくすぶる敵意をあえて隠さず、マモルは訊いた。目の前のビャクヤは首元から離れたとはいえ、冷たい金属の感覚が未だ残っているのだろう、数ミリだけ乱れたネクタイを大げさに左右に揺らして整え、言う。「いいや。それは正確にはそれでも劣化が抑えられている方だよ」
先ほどの危機がなかったかのように再び淡々と返すビャクヤ。その切り替えの早さと割り切りは流石は団長だと二人も感心する。マモルもその姿勢を称え、先ほどの彼への怒りを無かったことにしようと決めた。そうして未だ晴れない疑問を解消しようと、言葉を返す。「どういうことだ?」
「理由は簡単。それが発見されたのは土の中であり、正確には土の中にあったカプセルの中なのさ。地層の具合、掘り起こした施設の具合からしても古い場所だったよ。」
「カプセル?」
「そう、楕円形の球体。まさしくタイムカプセルさ。開けたときにそれを含め何枚か入っていたけれど、君たちに渡せられるようなものはそれくらいだったんだよ。」
他は劣化が進み過ぎてるから、解読には少し時間がかかるよ。と話しを終えた。これ以上は得られることはなにもなさそうだった。
今時、マモルのような義手を使う者のリハビリ用具くらいにしか使われない紙とペン。ほとんどが電子的なものに置き換わったため、このような紙の企画書が出回ることは8年前にも全くなかった。そのため、これは最近とはいえ半世紀以上前に書かれたもののはずだった。
「あるいはもっと前、カガク時代の始まりに書かれたものかもしれないよ?」
「まさかね」
ハカセとシロは、あり得るかもしれないが馬鹿げている可能性に苦笑した。
「それはいい。問題なのは、この紙に書かれてるもののことだ」
そんな中、マモルが指さしたのはビャクヤから見て紙の右端にある文字だった。書かれているのは《project all memory》という文字。
「オールメモリー。つまりは記憶に関すること、だからお前は俺にこの紙を渡した。」
違うか?と聞いてみる。ここでようやく、ハカセがマモルの納得したことが何かをつかめた。先ほどビャクヤがからかうような態度で言った「記憶を取り戻したくないのかな」につながる話のようだった。
all、というのがどこまでを指すのかは分からないが、あくまで可能性の話。マモルが記憶を取り戻せるかもしれないという話だ。
「正解、君はそれを探すと思っている。何なら、協力も惜しむつもりはないよ」
ビャクヤと考えを共有できた二人。
マモルの脳は3分の1が機械である。そしてマモルは頭部がそうなったと同時に記憶を失った。八年前以前の記憶を。少なくとも自然には治らないし、再生医療で細胞を補えるとしても記憶まで戻ることはできない。memoryと書かれているということで昔の記憶がどこかで保存されているのなら、賭けてみる価値はある話だった。シロが言いたいのはそういうことだ。
手を伸ばすシロに対して、マモルは一つ微笑むと、丁重に断った。
「…たしかに、この図だけじゃ場所とか大きさとかはさっぱりだが、それは、協力は遠慮しておく。この記憶装置みたいなのを探すことと、破壊機械の残骸に関しても俺は自分でやるよ。」
こればかりは独りよがりと言われても、手助けされるわけにはいかなかった。実際にその意地を通し突き止めるだけの"力"がマモルにはあったからだ。
そして、その答えが分かっていたのだろう。視線を下げつつ微笑むビャクヤ。相変わらずだな、と言いたげだった。
「そうかい。なら、俺もとやかく言うつもりはない。けど、必要な時は言っておくれよ。俺もそれなりに権力あるからさ。」
「ああ。…お前にはこれでも感謝してるんだよ」
会話の終わりに向かった所で、マモルは本心を一つ打ち明けてみる。今更嘘偽りを言っても仕方がないし、調子に乗るから普段では絶対に言わないが、この呑気を擬人化したような人間もマモルの守りたい人間の一人だ。それだけ彼を認めているのだと、先ほど襲いかけた謝罪も含め述べることにした。
「そうなのかい?」
以外、と言わんばかりに目を見開くシロ。その様子を確認し、マモルは改めてこの人物をそれほど嫌っていないのだと理解した。
「ああ、お前のおかげで双子に友達が出来たらしいからな。俺も世話になったし」
「君、面白いくらい双子のこと大事にしているからね。この前だって、双子が分隊長になったことを知るやいなや、『逐一報告しろー』なんて言ってさ。ふふふ。ホントに兄バカだね」
こちらが正直に話している中、雰囲気を壊すようにからかってくるビャクヤ。「う、うるせーよ。」とマモルは動揺を隠せずに言う。頬が熱くなっているのを自覚しつつ、視線を逸らすのだった。
★
受付にいるコトネとココネは、窓の奥の人形の警備兼承認ロボットに話しかける。数回の電子音の後、カメラセンサーの異様に大きな機械、双子が《ギョロ目ちゃん》と呼称しているそれは『オカエリナサイ』と言うと、手に当たる部分に内蔵されたセンサーを作動、ガラス扉を開き、二人を歓迎する。
「ふい~!つっかれた~」
ここまで炎天下にさらされ二人の体はすぐに体を包む冷気に癒されていた。
コトネは両手を広げて大きく伸びをし、ココネは手のひらでパタパタと顔を仰ぐ。長い廊下を数歩歩き、交差する地点まで来ると、待ってましたと言わんばかりに左から、ココネに抱き着いて来る小さな影が一人。それは抱き着かれた彼女よりも頭一つ小さい少年だった。
「おぉ?」
「おかえり!ここねぇ!」
ねえ、ご本呼んで!としがみつく少年の名前はタイヨウ。キラキラした笑顔は名前通りのものだ。4歳児に抱き着かれたココネはさして動揺する素振りもなく、「ええ、いいですよ。いいこにして待ってたご褒美です」といって、コトネと目配せをする。今後の予定を彼に合わせようとする妹に言葉を出さずいいよと言い、親指を掲げたコトネ。しかし、タイヨウが「あッ」と思い出したような声を上げたことで、予定の変更を察した。
「どうしました?」
「さっき、ショータさんがいってたの。ここねぇが帰ってきたら、“チをモラっておいて”って」
その言葉で、何を行うのかをおおよそ理解した。"血を貰っておいて"自分がまともでないのだと言い聞かされているようだった。
「…わかりました、行きま――「とお!!」
暗く俯きかけた妹を励ますように後ろから姉が抱き込む。
「ごめんねタイヨウ!あたしも行ってくるね!」
「うん!」
またねー!ねぇちゃんたち!と無邪気な笑顔て手を振るタイヨウに答えながら、くっついたままの双子は廊下を進む。やがて、彼が部屋に戻ったのを確認し、足を留めた。
「ありがとう、コトネ」
「いいよ、お姉ちゃんだもん、ねー!」
今までより一層強く抱き締めたコトネに対し、ココネは顔を擦り寄せ、熱を感じた。