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破壊機械~白銀の四肢と世界の記憶~  作者: 祭 竜之介
第二位の仕事
7/48

【シロの国《ヒズ・ワールド》】1

 時刻は少し戻り、双子の来襲から五日後の早朝。マモルたちが花火を上げ、床に就いて数時間が経過した“白の領地内”上空、高度2000m。そこに一機の大型機体があった。輸送能力を上げるため、機体の真下に地面と平行なプロペラ機構をつけるとこで空中での安定性と上昇能力の高速化を果たした、ホバー機能に最も優れたヘリ。停空輸送機(ホバートランスポート)が文字通り停滞している。

 空は輸送機の正面から次第に白みだしている。朝の訪れを感じさせる時間になる頃に、機体側面にあるりハッチはゆっくりと開いた。機体が完全停止してるからか風はほとんどなく、上空で、日差しもまだ注がれていないといった条件も加われば、気温は夏とは思えないほど涼しい。

 そんな機体から頭だけを外へ除かせる人物。下を見下ろすその人物は全身を迷彩服で包み、頭部には視覚補助の付いた改造ヘルメットを着用しているため、顔立ち及び見た目から年齢と性別を割り出すことは難しい。両手には二丁の拳銃を構えている。

 彼は改造ヘルメットの機能の一つにあるスコープで、見える倍率をあげていく。彼の視界に映るのは、遥か遠くの地上で茂る深い森、その森の1000m空中で不規則に飛ぶ鳥の群れだった。

「…アレか…」

「はい。とある管理施設より流出した危険生物の『刃状牙鳥(カッターバード)』だとか」

 説明したのはハッチの近くにいる人物の後方、スキンヘッドに岩のようなゴツゴツした顔立ち、細い目は黒い瞳が照りつく。決して狭くはない機体の屋根が頭頂部にあたる寸前なほどの巨体の持ち主の男だ。ハッチの人物の関係者であることはみてとれる。肌は全身黒く対称な白いTシャツが良く映え、その肉体から、布地はぴったりと張り付いている。

扉の人物が見つめる対象である『刃状牙鳥(カッターバード)』は危険性で言えば『血肉狼(ブラッドウルフ)』と同様だった。集団で獲物を狩る改造生物。読んで字のごとく歯は奥へと回転する縦の刃になっており上下に二本ずつ生えている。見た目は頭部に大きな鶏冠(トサカ)のあるサイチョウに近く、羽と胴の体色はどの個体も桃色と黄色がそれぞれ8対2の割合で存在している。特徴の大きな鶏冠にも刃が付いている固体が多く、数は100体以上。

「あれを全部狩るのが、第一関門なのか?」

ヘルメット内でも緊張が伝わる口調だった。通常、奴らの捕獲作戦は極めて困難であり、よって逃げ出した奴らは遥か上空からの射撃掃討により絶命させる必要があった。大型機械を用いての大規模作戦が基本な難易度ということだ。

「そのようです」

 彼の緊張を理解しながらも、それでも淡々と言葉を返す巨体の男。その難易度も当然の理解していながら、あえてそんな風に返す。冷静なその口調により、彼に助け船のない現実味を与えることを男は理解していた。しかし、無人の機体には今この二人以外にはいない。男の中でも多少素直な気持ちが現れるというものだ。二人の関係性から考えても、男は彼に心配の念を示す。「本当に御一人で行かれるのですか?何ならわたしも――」そんな言葉が漏れるが、すぐにそれは否定される。

「問題ねーよ。俺様は一人で行く。じゃなきゃ、同じ団長からの…白からの交換条件にならねぇだろ」

それは彼なりの決意だった。あえて口に出すことで自身のやる気を再確認することにも繋がった。よって、男は彼にそれ以上は言わなかった。眉を寄せ、曇った表情の男の視線の先で、彼は膝を曲げた。飛び立つ姿勢だ。

「……じゃ、行ってくる。目標・刃状牙鳥(カッターバード)120体。そいつらの排除だ」

勢い良く飛び出した人物、四肢を放り投げしばらくは自由落下を行う。

          ☆

 ほんの数秒後、頭の上での異変に気が付いた鳥の何体かが視線を上に向ける。それは紛れもない、野生の勘だった。ただでさえ不気味な人間のその中でも群を抜く不吉さを纏ったカガクシャ。それらに改造を施され、機械的な思考回路で埋め尽くされていても、この時だけはその本能は正常に動くことができた。が、――もう遅い。獣たちは入ってしまっているのだ―――狩人の射程範囲に。

 狩人(ハンター)は体を地面と垂直にして、さながら飛び込みの選手なら満点をとれそうな姿勢で銃口を鳥の群れの一羽に向ける。大丈夫だ、安心しろ。そう自信に、そして目の前の狩るべき対象に言い聞かせ、自信と寵愛を以って迷うことなく引き(トリガー)を引く。

 静けさの残る鮮やかな青い空に鳴り響く銃声とほぼ同時に、空から落ちていく一羽。それに気が付き、一斉に叫び声をあげ上空からの襲撃者を壊そうと向かって行くのは先ほどまでまるで自分たちが空の主だと言わんばかりに優雅に飛んでいた(どうほう)たちだった。

 が、それこそ狩人(ハンター)の思うつぼ。フッと口角が上がったのを知ってか知らずか、鳥たちの何匹かは向かうのを止め停滞(ホバリング)、向かって行った個体たちに危険信号のように鳴いて見せるが気が付くものは少ない。

 途端に引き(トリガー)を何度も引いた人間。それにより放たれた矢のように飛んで来た鳥の数十匹はとたんに速度を失い次々と脱落していく。ようやく数匹が飛んでくる対象のもとに辿り着いたが『それ』には対応できなかった―――今まで拳銃の形をしていた武器は途端に機械の駆動音と共に電気を帯びた棍棒へと姿を変えた。

 電撃はピシャリという音を立て、鳥たちの意識を一瞬のうちに剥がしていく。大きく開けた自慢の刃も、数の有利もまるで意味を成さず、無駄のない体術は正確に一羽一羽虚構の空へ解放する。

 やがて、鳥たちは一撃もくらわすことはなく人間を見逃し、落下を眺める。残り少なくなった鳥たちはそれでも種の保存ができるだけで良かったと安心しているだろう。そう、それだけで――良かったのだと。

 再び鳴り響く残酷なまでの無慈悲な咆哮の正体は、今度は狙いを上に向けた人間が最後の殲滅を開始した音だった。知能を無理矢理底上げされた鳥たちだったが何が起こったのかは、さらに半分しか空になくなったところでようやく理解した。

 そして、また次々と空から引きずり落とされる仲間たちを最後になった鳥は見送った。人間は次はその鳥に銃口を向け引き(トリガー)を引いた。鳥が痛みを覚えたのはその数瞬後、それも一瞬の感覚だった。

          ☆

 地上まで数十メートルの所で迷彩服の背中を引き裂き内側からジェットパックの羽が開かれる。そして空気圧を放出し、落下エネルギーは殺される。

 着地地点の高い木々を折り倒しながら地面に近づいていく、が、そのまま緩やかに着地とは行かずやがて空気圧がなくなり痛みを殺せない受け身を余儀なくされた。

「……いっつ!クソが!最後までホバリング効いてねーじゃん!うちの技術士たちはやっぱ小型機器の開発には向いてねーな!」

 そんな風に愚痴と今後の反省点の中間のような悪態をたれていると、ヘルメットの無線機能から声が聞こえた。

『しょうがないですよ。彼らはまだ若い。それより、本当にこのやり方で大丈夫でしたか?』

声の主は先ほどの輸送機に乗っていた巨体の男だった。心なしか安心したような声だが、今後のことを思うと頭が痛いと言いたげな表情を無線越しに作り彼に声として送る。それを受けて、彼は男に迫る。

「あぁ?それは俺様の心配か?それとも俺様のやり方の心配か?」

『やり方の方です』

その返しはつまり、「あなたの心配はしていない」と遠回しに言っているようなものなのを任務を終えた人物は聞き逃さなかった。「わかった、お前後で殴るわ」などと軽く脅す。それもまた、彼らの距離感であった。

 へルメットをとった彼。口調からもわかるようにヘルメットの中から見えたのは男の顔立ちだった。まだ大人とは言い難い幼さの残っている顔だ。木々に差し込む光は、少年のその真っ赤な髪を緑の森へ反射させる。

「いいんだよ。請け負ったのはあくまで"領域内からの排除"だろ?」

と、ヘルメットから小型イヤホンマイクだけ抜いて耳に当てた少年。そのまま「つまり、その場所に居なければいいんだろ」と言うのだった。

『ものは言い様ですね』

イヤホン越しでも呆れているのが伝わって来る男の声。実際に男はその後、聞こえるようにため息までついてみせた。

「いいんだよ残ってなけりゃ。さ、とっとと行こうぜ、『城の国』に」

 そう言い放つ少年の顔は、決意に満ちていた。太陽もようやく仕事をしようと輝きはじめ、鳥の鳴き声が聞こえない森に命の息吹を吹き込んだ。

          ★

 この世界は環境管制システムによって完全管理されている。具体的には天気は予報するものではなくなり、再現するものに変わったのだ。雨は注意報によって民間に伝わると、その時間には必ず降る。晴れを続けたければそれだけ雲を集めなければいい。そんな風に"地球そのものを機械化されている"と言っても大げさではなくなった世界で、それでも生き生きと生きているマモルという少年は―――

「…あづい…あつすぎる…。」

ほぼ倒れる寸前だった。

 今現在、四人は公道を歩いている。公道、といってもそこに車は一台も走っておらず、黒いアスファルトの両側には広大な何もない大地が広がっている。一面焦げ茶色の地面には時々丘のような日陰スポットがある程度。それ以外はただそこに存在しているものに"焼いてやる"と日の光による殺意を仕掛けて来るだけだった。

 季節は夏。それも猛暑と晴天を再現しているこの状況。マモルのような義肢着用者でなくても参るものだ。そして当のマモルといえば、両義手は手放しで特に力を込めることはせず、背中は丸まり前のめり。目は少し虚ろになり、汗を顔から滴らせている。背にある背丈と変わらない高さの、幅は2倍ほどある大きさのリュックに入っているのは何かといえば、工具が半分の面積を占めているのだった。

「こんなにデカいリュックで良かったのか?残りの空間はどうすんだよ」

工具以外には、空の箱や保冷庫が何個か詰め込まれている。

「そこには全て、食材が入ります。」

とハカセが答える。彼は汗こそかいているがマモルほどの余裕のなさは感じない。

「というか君はその防暖ローブで外気のことは多少はいいはずだろう?……それよりもボクが気になるのはさっきの女の子のことだよ。」

重い荷物を持たせていることに問い詰められる前に、ハカセは話を逸らしつつ気がかりだったこと聞いてみようとする。

 今のマモルは似合っているとは言えないローブで体全体を覆っている。それは《灰の遮布》と呼ばれるカガク時代の新素材。外側の紫外線及び熱は内側で冷気に変換、内側の熱は逃がしつつ通気性を保つことに成功。内部には小型強風の扇風機をいくつも完備した夏場には最適な一品だった。見た目だけは終末感を与えるが、それも都市が栄えていた当時は粋である、と評価されていた。主に趣味や仕事で各地を回る人間のする装備だったからだ。

「さっきの女の子って、サンカのことか?ってか、暑さに関しては多少だぞ多少、つまり最小限だ。」

話を強引に戻すマモル。重さもそうだが、生身の背中にある荷物の密着度から熱が籠るのだ、どうしても不快には感じる。通気性がいいとは言っても限界があり、特にマモルのようにほぼ全身に『鉄を張り付けている人間』にとっては、この状況は拷問でしかなかった。

「わかってるよ。でももうすぐで着くからがんばって!ほら、もうあの街のシンボルが見えて来た。でね、サンカちゃんのことなんだけど――――

気になった事を先延ばしにできないのは、ハカセ自身にとっての長所のつもりだった。陽炎で歪む道の先を指しつつ、会話は続けた。

          ★

 家から三時間半ほど足を進めると辿り着く、重厚な鉄の門扉。高さは五階建てのビルと同じ、丁度マモルたちの暮らす家の倍くらいだ。そして、仮にも一団の本拠地。マモルが音を上げる程の暑さの中、見張りをしてるのは武装した人、ではなく、警備ロボットだった。そこから経済力の違いを実感できる。

 サソリをモチーフにした形、尾のような導線の入ったアームの先には二つの重機関銃。自動で動くブローニングM2といった方が脅威が計りやすいだろう。ハサミにも内部には銃口が備えられている。

 そのよく見知った警備に小さく舌打ちをしたあと、マモルはいう。

「『SH-G4型"蠍"』俺らの作ったやつじゃねぇか。そういう所が苦手だ」

他にいくらでもマモルたち以外に依頼し、実際に自分達でも制作し、他にいくらでも警備機械を持っているだろうこの一団で、わざわざ彼らの手間をかけて作ったものを出してくる必要はない。マモル自身ひねくれた考えなのを理解しているが、側面にあしらわれた、作った当初のそれにはなかったレイピアを交差させたようなエンブレムが、"自分達のものだ"と自慢されているように感じられた。"君らの機械は俺が使役しているぞ"と。そんな被害妄想も甚だしい考えがよぎった時、妄想内の声が台詞を変えて聞こえて来た。

『やあ、やあ。いらっしゃい。来るときはぜひとも事前に連絡してほしいものだけど、俺と君たちの仲だ。大目に見ようじゃないか!』

そんな風に警備ロボットの内の一機がのんきな声を通した。

 途端に門は重厚な音と共に開かれ、中の様子を一同に見せていく。その様子をさしたる感慨もなく、さも当然と言うように通り抜ける一行。本来なら警備ロボットによって近づく人物は履歴を洗われる流れとなり暫く足止めを食らう。紛れもない特別扱いである一行だった。扉が開いた際、ここからは自分たちが案内すると言わんばかりに双子がマモルの義手のそれぞれを握っって前に出る。人の手は、夏の暑さには躊躇うほどのぬくもりをマモルに与えた。

「―――え?ってことは、マモルンは岩壁の底に降りた時から彼女の視線には気が付いていたのかい?」

門をくぐるとこれまでの話がまとまったハカセが言う。双子に引っ張られる体勢を整えながら、マモルは意識を向け答える。

「あ?ああ…というか、五日前からほぼ毎日だな。つっても、俺たちのことを誰かが見てたのは分かってただけだ。ずっと、何か警告してる風だったからな」

「警告…ね」

道を歩いているとき、ずっとその話をしていた。そして、今のマモルの発言からマモルがすぐにサンカを信じ、保存(ブックマーク)した理由を理解した。

 彼女がずっと、マモルの言う殺気のようなものを放っていたのなら、その目的はあの狼を追い払うことだった。サンカそうして警戒していれば自ずと自分の追っている対象も警戒して寄り付かない、サンカの考えていたことはおおよそそんなところだ。つまるところのマモル達を守るための自己犠牲的行動だった。マモルとどこか似ているような、しかし根本からして全く違うようなその行動、見守る側としてつい親しみを持ってしまう。もし、もう一度会うのなら、是非マモルと仲良くしてやって欲しいと親心も湧いて来る。

「…なんだよ。ニヤけて」

そんな気持ちが顔に現れていた。マモルは何か企んでいるんではないかと警戒した。

「んん~?べぇつに~」

ハカセがそうはぐらかした時、下から幼い声が聞こえて来る。引っ張られた両手は、さながら犬のリードのように握られているため、マモルは姿勢を前に倒しそうになる。

「もう!二人ともしっかり歩いてよ!」

「いい加減、仕事しているという自覚を持ったらどうですか?」

そんな風に言い頬を少し膨らませる双子少女、ココネとコトネ。このままマモルを引き倒す勢いだ。

「わるい、わるい。ちょっと気が緩んでた」

だからあんま引っ張るなよ、素直な感想を述べるマモルに同調するように、ハカセも首肯する。

「久しぶりの君たちとの白領(ホワイトテリトリー)だからね、確かにちょっと気が緩んでたかも」

それは取り繕いもない気持ちだった。双子との家族の水入らずの時間は二人にとっても嬉しいことだったからだ。その気持ちは一緒である双子は、これまた素直に喜びつつ応える。

「もう、仕方がないですね」

「そうだよ。それに、白の領地じゃないよ『シロの国』だよ!」

小さな体一杯に胸を張り説明を始めたコトネ。話をまとめるとこういった内容となる。

          ☆彡

 マモルたちの住む銀の川のある"岩壁集落"を含め、旧日本エリアの3分の1と日本海、そして太平洋のあった領海と呼ばれていた場所全てを巻き込んで、『シロの国』と呼ばれている。"シロ"と着く理由は簡単。先ほど四人が門をくぐった辺りから目につく、この国のシンボル・(ホワイト)城塞(ウォール)がその最たるものだ。一面白一色である事、巨大であり頑強であるそれは数千人規模の人間が暮らす城塞住居であることをまとめてそう呼ばれている。

 そして、シロの国の名前の由来はほかにもある。旧日本エリアの領地の中で最も広く、最も安定した土地だった。

「さらに言えば、それを守ってるのがわたしたち《白城団(しろじろだん)》のメンバーなんだよ。“ゲーム”に勝ち抜いていったことでここまで拡大できたんだってさ」

指を立て、自慢げに基礎知識を披露するコトネ。領地拡大の知らせは住んでいるマモルもハカセも知っていたが、最後の説明は知らなかった。

「ゲームで?なんだ、じゃあお前らのやってるのは『現実の土地を懸けた拡大戦争』ってことか?」

「「うん!」」

 二人の回答に、ようやくゲームについて納得がいったマモル。それは、二人の言うゲームが何を目的としているのかということと、そのゲームを今から会いに行く団長がなぜ真剣にやっているかということだ。

「というか、今まで私たちに聞かなかったのはてっきり知っているからと思っていたのですが、二人とも知らなかったんですね。団長にも聞かずに、よく依頼を今まで受けてましたね」

依頼の中には、先ほどの警備機械以上に物騒なものもあるはずだったが、それを全く気にしていなかったのかと、コトネも呆れる。

「「うっ…。」」

胸を押さえるハカセとマモル。それ対して双子のにこやかな顔が尚更ずっしりと痛みを伝える。双子からすれば大人であるはずの間の抜けた様、気恥ずかしいものがあった。

「い、いやあ~なかなか効くね」

「おう、今まで『まあ、こいつら欲しそうだしいいか』程度で協力してたしな」

「「……ハアあ~」」

双子は呆れてため息をついた。わざとらしく。

 四人が歩いているそこは、門を抜けた先にある商店街だった。鉄の骨子と木の壁面、そして陳列されている品々から拙くはあるが店と呼べるものになっている。店に立つ人物はそのほとんどが十代やそれ以下の子供たち。時々大人も交じってはいるが彼らには活気といえるものが全く伝わらず、結果、子どもたちの店しか繁盛していない。見るからに脱力し、下を向く大人たちを尻目に子どもはキラキラと汗を輝かせて商売に勤しむ。

 そんな子どもたちの様子を立ち止まって見ている四人。「なんだか、支えられてる気がするな。子どもたちに」マモルがつぶやくように、誰に言うでもなくそういった。

 その言葉を受け止めたのは双子だった。

「そうでしょそうでしょ。ここにはカッキのある子どもたちがいっぱいいるんだよ。それでね、そんな子たちを守るカナメなのが、わたしたちの白の巨兵(ホワイトゴーレム)なんだよ」

「そこは私たちの自慢です」

双子はそう言ってマモルを見上げる。その真っすぐな瞳には戦士としての意思が込められていた。そして、そんな二人の様子を見てマモルは、改めてこの二人が今の生き方に誇りを持っていることを実感する。

 双子は二、三歩、二人より前を歩いたあと、振り返って言う。

「…じゃあ、わたしたちは一度ホーコクのために整備施設に行ってくるね」

「ここで、一旦お別れです」

あくまでにこやかに、背後に哀愁なども感じさることもなく言った。

「うん」

「俺らはまず、真っすぐ白の城塞の団長の部屋に向かう。……またな」

片方の義手を上げ、振るマモル。これでしばらく、この双子とは会えない。

 そうして双子はまた、戦場に戻っていくのだ。子どもたちの代表として戦場で、最前線で戦うことになる。本人たちが望んでいたとしても、マモルからしたらそれは悲しい事のような気がした。本来―――八年前以前なら、そんな風にこの子たちが傷つく必要は無かったはずだ。一夜の崩壊が蒔いた炎は、結果、それを知らない子供たちの闘志を燃やすことになったのだろう。今回の帰省の原因でもあったような傷をまたしないことを双子に願いつつ、マモルにはただ見送る事しかできない。

 一方、マモルの言ったその言葉の裏に、隠しようのない寂しさが漂っていることに気が付いた双子。示し合わせることもなく、目を合わせると一つ頷きこう切り出す。

「ねえねえ兄ちゃん。」

「ちょっとしゃがんでください。お兄様」

そう言って両手を上げる。催促するように、二人とも小さく跳ねているのが、小動物のようで可愛らしい。

「? こうか?」

疑問を持ちつつ、素直に義足を曲げてしゃがみ、双子と目線を合わせようとする。真っすぐに見つめると僅かに自分より目線が高いことに双子の成長を感じるが、双子の意図を汲み取ることはできそうにない。一瞬、成長の自慢か?とも思ってしまう。そして、その間が隙をつくることとなった。

 ニィと歯を見せて、子どもっぽく無邪気に笑う二人はマモルに近づいていき――――――両頬にやさしく唇を当てた。

「なっ!?」

すぐさま飛び上がるマモル、視界にはご満悦の双子が映る。コトネはしてやっりと腕を頭の後方で組み、ココネは左横の長髪を耳に掛ける。

「にししし、兄ちゃん。お仕事頑張ってね」

「これはご褒美の前金です。しっかりお勤め果たしてくださいね」

じゃ、と双子は挨拶をして人ごみの中へ消えていった。

 一瞬の出来事にマモルは視線を逸らすように横に向ける、そこにはニヤついたハカセが映る。

「な、なんだよ」

「べ~つに~。随分無邪気で可愛い小悪魔たちだなと思ってね」

小悪魔、という表現はその後の成長を感じさせる末恐ろしさの表れのような気がするマモル。「…あぁ、そうだな。励ます立場のはずの俺が、逆に励まされたよ」全くおっかない子たちだよ、そう言って、視線を上空に向けた。

「良いじゃん!家族ってそうして助けたり助けられたり、励ましたり励まされたりするのもんじゃん?」

「あぁ、そうだな」

両頬に残る家族の絆の表れを心地よく思い、同時にうれしく思って雲の少ない空を眺めた。

 ちょうどそのとき、一台の輸送機が視界を横切り、白の城塞を目指していくのが見えた。追うように視線を向けたマモルたちはそこでようやく、脳を仕事へと切り替えた。

「…俺たちも、さっさとあそこに行こうか」

「うん、そうだね。『彼』と会うもの、楽しみだしね」

「それはない。」

 即答するようにはっきりと答えた。夏の暑さは、気にならなかった。

          ★

 人ごみの僅かな隙間をその小さな体を活かして通り抜けて行く、二つの影。やがて人通りの全くない細道にズレると、息を整えつつ二人の少女は顔を合わせる。

「はあ…はあ………どうしたのココネ、顔が真っ赤だよ?久しぶりの炎天下で日に焼けちゃった?」

そのうちの一人、"日世和琴音(ひよわことね)"は皮肉たっぷりにそんなことを言う。彼女はショートの茶髪の混じった髪、釣り目、少し日に焼けた肌、それらが見るからに活発な印象を与える、マモルの義妹(いもうと)。双子の姉の方だ。

「ふふふ。そうですね。私は比較的インドアなので。でも、コトネも顔が真っ赤ですよ?5日ぶりに領地に帰ってきて、興奮しちゃいましたか?」

返すように言うもう一人の少女は"日世和心音(ひよわここね)"。腰まで伸びた真っ黒な髪と対称な真っ白い肌、物腰柔らかそうな垂れ目は見るからに屋内で過ごす人間だという印象を与える、同じくマモルの義妹(いもうと)。双子の妹の方。

「「…」」

互いに言いたいことを終えた二人は、しばらく押し黙る。互いの視界にはほのかに耳まで染め、胸を押さえている姿が入る。そうして、ここまで素直に照れることのできない子供もいないだろうと、どっちが先とも言わずに笑い出した。

「あははは!もう、わたしたち可愛くないね」

「はははは!ええ、全く子供らしくありませんね」

そして、一通り笑いあった二人。急に静寂が訪れた。思えば家に帰った時にはなかった、五日ぶりの空気だ。土煙の舞う自分達の戦場、彼らのよりも幼くても、彼らの知らない戦場の空気。

「…でもまだ、兄ちゃんは苦手なの、ココネ?」

不意にそんなことを言ったコトネは、真剣な面持ちだった。ココネも取り繕うことなく、実姉に向かって本音を漏らす。家ではうまくやっているつもりだった二人の知らない姉妹での顔。

「…ええ。まだ普通の人間は苦手です。でも、私の性能(スペック)が露見したら、きっと彼らは分かってしまう。なんたって彼らは…」

それ以上言わないココネ。彼ら、すなわちマモルとハカセの存在のことを言っていることがわかったコトネは、うなずいて言う。

「うん。兄ちゃんたちは“二位(セカンド)”だからね」

それが何を意味するのか、この時代を生きている人々にはすぐに理解できるものだった。

「はい」頷く、がすぐに悪戯をする子供の目になる「…にしても、コトネはまだお兄様に将来のこと、言えないですね。」と。

「な、なにがカナ!?言えないことないしッ!言わないことないしッ!?」

突然の実妹からの指摘、爆発するように顔を真っ赤にして、視線を泳がす。

「ふふふ。焦っちゃって。可愛いですねコトネは」

余裕の表情のココネは、手で口元を隠しつつ、上品に笑う。

「もう~意地悪だぞ~!!」

頬を染めつつ膨らませたコトネは、腰に手を当てたまま細道を歩き出す。

 ついていくようにココネも足を動かし、やがて足並みを揃える。双子の歩みは直ぐに合い、無理をすることなく街を進む。

 細道に注ぐ光に照らされた小さな背中は、暗い過去を乗り越え明るい未来へと進み生きる人々を象徴しているように思えた。

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